ACT 2.ブラックサンズ
夜の冬名峠。
黒のFDが下りを攻めていた。
(出て来い、ハチロク!)
だが、トレノは一向に現れない。本当に幽霊だったのであろうか。
休日の朝方。
トレノが冬名峠を走っている。
その車体の側面には、伊丹牛乳店(自家用)と書かれており、毎朝冬名湖の店に牛乳配達をしているのだ。
配達が終わると、トレノはダウンヒルを一気に駆け下りて行く。
ピンポン──伊丹家のインターホンが鳴る。
「はーい」
ドアを開ける京子。
外には啓太郎が立っていた。
「京子、冬名湖行こうぜ?」
「足は?」
「お前んちの車でいいじゃん」
「今お父さんが乗って出かけていて家にはないの」
「そっか。残念だな……。あ、そうだ」
「ん?」
「俺、ついに免許取ったんだぜ」
そう言って啓太郎が自動車運転免許証を見せてくる。
「じゃあ例のハチロクってのを買うのね?」
「ああ」
「買ったら見せてね」
「京子は買わないの?」
「私はパス。今の車で足りてるから」
「ふーん。じゃあ俺、ハチロク買ってくるわ」
啓太郎が去って行くのと同時に、トレノが戻ってくる。
プップー──退けと言わんばかりにトレノがクラクションを鳴らす。
京子は道を開けた。
トレノが駐車スペースに止まると、おっさんが出て来た。
伊丹 拓郎。京子のお父さんだ。
「お帰り、お父さん」
「さっきの男、誰だ?」
「ボーイフレンドだよ」
「な、何!?」
「そ、そっちじゃなくて」
「ああ、お友達ってやつか」
「幼馴染みの啓太郎」
「原田くんか」
「うん」
二人は家の中に入る。
一方の啓太郎は車屋さんにいた。
「すいません、これ下さい」
「そんなの買うの?」
「え?」
「いや、何でもないです。毎度あり」
啓太郎は購入手続きをした。
そして翌朝、京子の家に車でやってくる。
彼は京子を助手席に乗せ、冬名湖に向かった。
道中、走り屋の車とすれ違った。その車は黒のFD。
京子はそのFDを目で追った。
(あれは……)
「京子、見たか? 今の走り屋の車だぜ」
「ふーん」
「黒のFDって確か山上兄弟のブラックサンズじゃなかったかな」
「……………………」
「何だよ、聞いてんのか?」
「聞いてるよ。峠を攻めて楽しいの?」
冬名湖に着き、車を止める啓太郎。
駐車スペースには他にも車が止まっていた。黒のRX-7 FC3S。
その車のドライバーが降りてこちらへやってきた。
「君、ちょっと聞きたいんだけど、この辺りで速い走り屋を知らないか? ハチロクのトレノとか知ってると嬉しいんだが」
京子はFCのドライバーを見た。
(ハチロクってトレノのことだったんだ)
「あなた、もしかしてブラックサンズですか?」
「よく気付いたな」
「下で黒のFDを見かけましたから。こんなところで何してるんですか?」
「ハチロクを探してるんだ。弟が軽くちぎられたらしくてね」
「そうなんですか。残念ですが、僕には分かりません」
「そうか。そう言えば、君の車もハチロク……いや、ハチゴーか?」
「え?」
「これハチゴーのレビン」
「ハチロクじゃないんですか?」
「ハチゴーだよ」
「ガーン!」
「ハチロクと間違えてハチゴー買うやつって本当にいるんだ」
その言葉にはらわたが煮えくり返る京子。
FCのドライバーは車に乗り込んで去って行く。
「啓太郎、この車運転させて」
「どうするの?」
「追い抜く」
「お前じゃ無理だろ」
「前にFDとかいう車に勝ってるの」
「は? まあいいけど。無茶したりぶつけたりするのは勘弁な」
京子と啓太郎は席を交換した。
京子はアクセルを踏み、ハチゴーを走らせた。
ハチゴーはぐんぐん加速していき、最初のコーナーに突入する。
「や、やめろ──っ! ぶつかる──っ!」
ハチゴーは減速するとドリフトでコーナーを抜け、カウンターを当てて立て直す。
次のコーナーも同じようにドリフトで攻め、更にカーブを抜けるとFCが見えてきた。
(一台来た……?)
FCの背後にハチゴーが張り付く。
ハチゴーがFCを追い抜こうとする。
(上等だ!)
FCはスピードを上げた。
(コーナーを三つも抜けりゃバックミラーから消してみせるぜ!)
コーナーを高速で抜けるFC。続くハチゴー。
(離れるどころか張り付いてる!? 本気で行くしかないか!)
FCがハチゴーから離れていく。
(とろいな、この車……。まだトレノの方がいい)