表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

ぼくのいっちゃん

作者: 新田 船

 小学校から中学校、そして高校と学生生活が11年目になる私にはクラス替えをするごとに必ず聞かれる台詞がある。


「ねぇ、曽野そのさんてあの5人組と幼馴染だったんでしょ?」


 始業式の式の最中、校長の長い話に欠伸をかみしめていると後ろからつんつんとつつかれた。振り向くと、これから1年間クラスメートになる高田さんが好奇心を隠し切れないキラキラとした目で耳打ちをしてきた。


「そうだけど、せいぜい仲良くしてたのなんて小学校3年くらいまでだから」


 またか、と内心うんざりしつつも、申し訳なさそうな顔を作って何回も言い古したお決まりの言葉を告げると「えー」とつまらなそうな声を上げる彼女に「ごめんね」と思ってもいないことを言ってから前に向き直る。校長の話が丁度終わったところらしく、ステージから降りていく姿が目に入った。


「それでは、次は生徒会挨拶です」


(そろそろか)

 

 放送部のアナウンスに伴い、周りがざわざわしだした気配を感じて両手で耳をふさいだ。ざわめきはステージの脇から現れた4人の男女の登場と共に、ますます大きくなる。

 そして、先頭にいた少年がマイクを持ちにこりと微笑んで挨拶をした瞬間体育館中に歓声が響き渡った。


「みなさん。おはようございます」


「「「「きゃぁぁぁぁーーーー仙道明せんどうあきら様ーーーーーーー!!!!」」」」


 耳をふさぎたくなるような音の暴力にも関わらず、明と呼ばれた少年は眉1つひそめずに声援に手を振って応えた。


「今日も元気がいいね。でも少し静かにしてもらえるかな」


 口元に手をあて、しーっという仕草をするとぴたりと静かにさせてから、ありがとうととろけるような笑顔を浮かべた。そこいらにいる男子がやっても、女子に鼻で笑われるだけだが、中性的な甘い顔立ちの彼はその姿が恐ろしいほど様になっていた。

 金持ちの多いこの学校の中でもトップレベルの金持ちで、全国模試3位の頭脳を持ち、運動神経も良く、なのにそれを鼻にかけるでもない物腰の柔らかさと気安さから女子だけでなく男子からの人気も高く、1年生にして支持率70%で生徒会長になったまさに神の寵愛を一身に受けた存在だ。

 そして、彼の後ろに控えている3人も同じように神様に盛大にひいきされたと言わんばかりの美点と美質を備えていた。

 向かって、彼のななめ右後ろに立つまばゆいばかりの銀色の髪にアイスブルーの瞳を持つけだるげな色香をまとった少年は、ヨーロッパを拠点とした海運王の息子でフランス人とのハーフである副会長の海流かいる・フォン・フランセーヌ。

 海流の右横に立ち、真っ直ぐな黒髪が印象的な大和撫子を絵にかいたような美少女が書記の佐紀八鹿さきやしかは、華道の家元の出であるのだが、華道だけでなく日本舞踊、香道、茶道の免許皆伝を持っているという才女だ。

 そして、明を間に挟んで反対側に立つのが、世界的に有名デザイナーの父とハリウッド女優を母に持つ、会計の洞泉賢吾どうせんけんごだ。まだ16歳だというのにすでに青年といっても差支えのない位落ち着いた佇まいに、親譲りの涼やかな美貌から、幼いころからモデルとしても活躍している。

 

 彼らは、昨年の秋に1年生にして熾烈といわれるこの学校の生徒会選挙を勝ち抜いた有名人物5人組で、親衛隊という名のファンクラブまで結成されるほどの人気ぶりだ。5人組の名の通り、あと1人イギリス貴族の血を引く書記がいるのだが、数日前に実家の事情で海外に行っている為本日は欠席しており、近くに座っているファンの子が残念そうな呟きをもらしていた。

 ただ、今年の私のクラスにはその5人のうち明ともう一人の書記が同じクラスになるため、どこかそわそわした空気を醸し出していた。


(あいかわらずキラキラしてるなぁ) 


 檀上にいる彼らを見て、そんな事を思う。同じ哺乳類だというのに全く次元が違うとしか思えない。 

 しかも、そんな彼らは普通のサラリーマン家系の私の幼稚園時代から小学校初期にかけて遊んだ元幼馴染なのであるからびっくりだ。

 元幼馴染達である彼らが、全校生徒に笑顔を振りまく様子を他人事のように眺めながら、周りの騒音が落ち着いたのを確認すると手を耳から離し、大きく欠伸をした。

 


 

「ただいまー」


 騒がしい始業式も終わり、自宅に帰ると玄関にうちの家族のものとは違う大きな革靴が目に入る。靴を脱いで、台所に行くとリビングのソファに母と背の高い金色の髪の少年が机を挟んで座っており何冊も広げられたアルバムを眺めながら談笑していた。


「いっちゃん、お帰りなさい」


 少年は私に気が付くとすくっと立ちあがり、まるで飼い犬が飼い主にとびかかるような感じで抱き着いてきた。彼の胸位しか背がない私の身体をすっぽり抱きしめてギュッとすると、気が済んだのか私の手を引いてソファに並んで座らされた。


「さて、と」


 向かいに座っていた母が自分が見ていた側のアルバムをぱたんと閉じ、買い物用のバックを以て立ちあがった。


一花いちかが帰ってきたなら丁度いいわ。私スーパーに買い物に行ってくるから、セイ君とお留守番宜しくね」


「そっか、わかった。行ってらっしゃい」


 「今日はお祝いだからお母さん張り切っちゃうわよ」という謎の言葉を残して母は家を出ると、残されたのは私と少年だけになった。


「セイ、アルバムなんてみてどうしたの?」


「由比さんが今日部屋の掃除をした時に、出てきたからって見せてもらってたんだ」


 そう言って、少年-四条セイは手近にあったアルバムを開いた。ちなみに由比というのは私の母の名前である。


「ふーん、帰って来てたんなら始業式でればよかったのに」


「こっちに着いたの丁度学校終わった後だったし。それに、はやくいっちゃんに会いたかったから」


 さらっと笑顔で言われた台詞に、自然と頬が赤くなる。しかしその笑顔に含まれるものは純粋な好意だけだと分っているから、そんな自分が気恥ずかしくて視線をそらすと先ほどまで母たちが見ていたアルバムのうち一つの写真に目をとめた。


 そこに映っているのは、緑色の幼稚園の服を着た6人の子供達だった。


「これ……」


「あぁ、卒園式の時の写真だね」


 6人の子供たちは卒業生のピンクのリボンをつけており、幼稚園の門の前で全員で手をつなぎ、カメラに向かって無邪気に笑っていた。

 

 まだ、私が彼らと仲が良く、一番楽しかった頃の最後の思い出だ。

 

 私が彼らとそもそも知り合ったのは、このお金持ち学校系列の幼稚園に勤めていた叔父のすすめがきっかけであった。

 入園した当時、人見知りが激しく、引っ込み思案な性格もあり、いつもすみっこで静かにしている私に声をかけてくれる相手がおらず、いつもひとり園の隅っこで本を読んでいた。

 そんな中、幼稚園児にも関わらず異常なくらい女の子にモテていた明が幼稚園の死角にある場所、つまり私のいた場所に逃げ込んで来たことで仲良くなり―実は出会った時に何かあったらしいが覚えていなかったりする―明とつるんでいた賢吾、八鹿、海流とも自然と交流を持つようになった。

 そして、あとから増えたもう一人の幼馴染と小学生に上がるまで当たり前のようにいつも一緒にいたのだ。


 しかし、身分も立場も関係なく遊ぶ、そんな子供のありふれた日常は長く続かなかった。


 頭もよく、運動神経もよく、性格もよく、顔も良く、さらには金持ちという高ステータスの彼らの事を周りも私も幼稚園の頃まではすごいなー、かっこいいなー程度にしか思ってなかった。

 それにあの頃は、明も今みたいに穏やかではなく乱暴者なガキ大将で、八鹿は方向音痴でいつも気が付くとどこかにいなくなっていて、海流一日寝てばっかいたし、賢吾は高い所に昇っては降りられないって泣きだして、みんなどこか困ったところがあって、それでも一緒にいるのが楽しい友達だった。

 でも、小学校に上がって、新しい人間が入ってくると彼らは親達からの言葉を受け幼馴染達に集まり、格差というものを理解し始めるようになると、私を近くにいるのにふさわしくない存在として認識し攻撃をしかけて来るようになった。

 それでも小学生のすることだから、せいぜい机にカエルを入れたり、ものをかくされたりする程度だったが、人の悪意になれていない子供には衝撃的な出来事だった。その上、その嫌がらせがだんだんエスカレートしてきて、小学校3年生の頃に犬との散歩中に誘拐同然に山中に連れて行かれ、枯れ井戸に落とされ、たまたま山にキャンプに来ていた人たちに助けられるまで放置された時点でついに我慢の限界がきた。

 次第に私は彼らから次第に距離を置くようになり、彼らもよそよそしくなった私に仕方ないとどこか諦めた表情離れてゆき、その関係は初めからなかったかのようにぷつりと途切れてしまった。


「いっちゃん。どうしたの?」


 当時の苦い記憶を思い出して、自然とうつむいていた私を引き戻すように肩を揺さぶられ我に返る。心配そうな顔でこちらを見る彼に、なんでもないと笑いかけ次のページを開いた。

 

 次のページは中学校時代のもので、入学したばかりの真新しい制服に身を包んだ私とセイが家の前で並んでいる写真があった。少年は背は高くなり、雰囲気が少し変わったが先ほどのページにいた子供のうち一人の面影を強く残していた。


 今隣にいる少年-セイはあの5人の中で最後に仲良くなった子だ。

 セイはイギリス人のクウォータで、金色の髪に新緑の瞳をもつ子供の頃の彼は、同年代の子より背が低く宗教画の天使の様に可愛い顔をしていた。しかしそのせいで、近所の公園で意地悪な男の子に「男女」といじめられていた。丁度その時近所を散歩中だった私が怪我をして泣いていた彼を助けたのがきっかけで出会った。

 それからたまに公園に行くと、セイがいて私の姿を見かけるといつもよちよちと私の後についてきた。幼稚園も違うところに通っていたのに転園してきたときは驚いたものだ。そして、私を通して4人とも知り合いになり友達も増えたのに、何かあると真っ先に私の所にやってきてくる様は私の母性本能をくすぐった。

 兄弟は姉しかいなかったので、弟ができたみたで嬉しくて甘やかしていたため、向こうも遠慮なく甘えてきて「小さいカップル」とからかわれるくらい仲が良かった。


 だからか、私が彼らから理由も言わずに距離を置きだした時に諦めずに何度も家にやってきたのは彼だけだった。


「ねぇ、どうしていっちゃんは最近遊んでくれなくなったの?」


 その日は校門の前で待ち伏せして、セイは無理矢理自分の家の庭まで引きずって行き二人っきりになるとそう聞いてきた。


 何も言わずだまったままの私にセイは「どうして、どうして」と、なんども同じ言葉を繰り返す。しかし彼らと離れて鎮静化したとはいえまだ行われていた苛めと劣等感にいらいらしていた私は、そんな彼に理不尽な怒りを抱き、口汚く詰った。

 何を言ったかは覚えていないが、さんざん泣いて、怒って、ひどいことを言ったのを覚えてる。なのに、彼は私の事を怒るどころか、許してくれた。


「ぼくらとなかよくしてるから、いっちゃんはひどい目にあってたんだね」


 普段の甘えたな様子など、まるで感じさせない静かな声だった。 


「じゃあ、もう人のいるところでは、話しかけない、目もあわせない。でも、いないときならいいんでしょう」


 小さな手が私の手に伸ばされ、顔が近づく。

 

「でも、あの4人に知られたらまた周りにばれていじめられるかもしれない。だから、ぼくといっちゃんの二人だけないしょで、仲よくしよう」


 柔らかな感触を頬に受け、呆然とする私に柔らかな笑みを向けた。   


「ね?ぼくだけのいっちゃんになって」


 


 この顛末から今に至るわけだが、人目のないところで会わなくなったかわりに彼からのスキンシップは増えた。

 それでも幼いうちは小さい体で精一杯手を伸ばす姿が可愛くて、抱きしめ返したりしていたのだ。だが、中学校に上がるころになるとどんどん背が伸び始めていまでは190センチ近くなり、150で成長が止まった私と40センチもの差がついた。時々その力の差に苦しいと抗議しているが、抱きつき癖は直るどころか一層ひどくなる一方だ。

 彼の家の古参のメイドさんたちは私たちの幼い出来事を知っているせいか、抱き着いていても暖かい目で私たちの事をみており、その視線に耐えられなくて、会うときはなるべく自分の家に来させるようにした。


 元に横に座っている今ですら、距離は五センチと離れておらず近すぎる距離に間を明けようとすると、離されまいと更に差を縮められる。

 

 こんなに幼馴染にべったりで、いいところの坊ちゃんなんだから、婚約者ができたらどうするのかと聞いたら、イギリスだと親が結婚を強要したら捕まるから大丈夫と笑顔でかわされた。でも祖母がひ孫の顔を見たいというから早く結婚はするつもりらしい。


「懐かしいね。この写真とか、この前一緒にイギリスでアリスと遊んだ時のやつでしょ」


 彼が指をさした写真は、私と姉、それともう一人の女の子がロンドン塔を背景にピースをしているものだ。これは、今年の1月にセイの一家とうちの一家で一緒にイギリスに行った時のものだった。セイの父の本家にあたる場所で世話になるため、うちの一家はセイの両親と一緒に親戚一同の挨拶回りをすることになり、そこで出会ったのが現当主の孫娘にあたるセイの従妹-アリスだ。セイは他の従兄と遊びにでかけ、女同士でと言う事で引き合わせられた私たちは姉も含めた3人でイギリス観光をした。

 まだ14歳なのに英語、日本語、ドイツ語と3ケ国語話せて、飛び級で理系の大学に通っている天才少女だが、中身はいたって普通の子で、ショッピングで着せ替えごっこをしたり、アクセサリー店をめぐったりして楽しく過ごした。


「あのアリスがこんな顔で笑うなんて初めて見た」


「そう?大人しい子だったけどはにかみ屋さんで、一緒にいるときはずっとこんな感じだったよ」


 もし私と彼女2人だけだったら、きっとお互いだまっていて気まずい空気のままで時間が過ぎ去るのを待つしかなかっただろうが、我が家のなかでも特にコミュニケーション能力に特化した姉の菜智<さいち>も一緒だったため、特に会話に困るということもなかった。それに、帰国するときはメールアドレスを教えてもらい、姉妹で定期的に連絡を取りあう位には仲良くなったのだ。


「………………なるほど、そういうことだったんだ」

 

 セイはしばらく間を置いたのち、何かに納得したかのように頷いた。そして何かを思い出したらしく、床に置いてあった鞄をあさると、中から小さい箱を2つ取り出した。


「忘れてたけど、これアリスから菜智さんといっちゃんに渡してくれって」


「アリスが?」


 好きな方を選んでいいというので、そのうち一つを選びふたを開けると、中には青の文字盤に星を散らした可愛らしいデザインの時計があった。


「アリスがスイスの時計会社と協力して作ったやつで、右側にあるの針を調整するつまみを2回引っ張るとうちの関連会社の上げた人工衛星に位置を知らせることができるから遭難した時とかに使ってってさ。あと、最初に時計を付けた以外の人がつけると壊れるようになってるから、くれぐれも他の人に渡さないよう気を付けてね」


「わかった。あとでアリスにもお礼のメールおくるよ」


「あのアリスが人に物を送るなんてよっぽど2人を気にいったみたいだね。おかけで僕としてもおじい様に話が楽に通ってよかったよ」


「?」


 言っている言葉の意味が分からないが、セイは何が嬉しいのかにこにこと笑っており、首をかしげる私の耳に顔を寄せた。


「……あのね、いっちゃん。僕か今回イギリスに行ったのは、家の用事じゃなくて僕個人の用事でね、おじい様に許可をもらいに行ったんだ」


 内緒話をするようなささやき声が耳をくすぐる。


「許可も貰えて色々根回しもおわったし、これからはもう我慢しないよ」


 くすくすと笑いながら、手を引っられ、自然とセイの胸元に入り込むような形になる。


「ねぇ、いっちゃん。好きだよ」 

   

「?知ってるけど」


 これだけ綺麗な顔の少年に言われたら普通はときめいてもおかしくはないが、残念ながら私にとって彼からの「好き」は会うたびに言われているので、特別ではなく挨拶に近いものがある。しかし、セイは私からの返答に少し困ったような顔を見せたが、すぐにいつもの笑顔に戻った。


「今日まではそれでいいよ。でも、明日からは違う答えが聞きたいな」


 遠まわしな言葉に、どういう事か聞こうとすると玄関の扉が開く音と共に帰宅を知らせる母の声が響いた。


「由比さんもかえってきたみたいだし、もう帰るね」


 そう言って密着していた体をするりと離すと、先ほどまで開いていたアルバムを閉じ他のアルバムと重ねた。帰り支度をし始めた彼に、台所に入って来た母がもう帰るのかと問うと、家にも帰ってきたことを伝えなければならないと引き留める母からの申し出をやんわりと断った。 


 玄関まで見送りに行くと、それに気づいたセイは軽く手を振った。


「じゃあね。僕のいっちゃん、また明日学校で」


 彼は時折所有格で私の名前を呼ぶ。昔からそうだったから、今更なにも思うことなく手を振りかえした。ただ、その台詞の何かに違和感を覚えるが、ほんの小さなものだったので深く考えることもなく、去りゆく背中を見送ると家の中に戻った。


  

「今日はお赤飯と、一花の好きな唐揚げに、ごぼうサラダ。おまけに鯛とケーキまで買ってきちゃった」

 その日の夕飯は、今までになく豪勢でかつ混沌としていた。母は何かよほど嬉しいことがあったらしく始終ご機嫌で、父と姉からは「いやー、めでたいめでたい」「まさか妹に先を越されるとは」となにがめでたいのかよくわからない言葉とともに背中を叩かれた。とりあえず目の前に並んだ好物を平らげていると、残り3人はハイテンションのまま晩酌を始めたので、食べ終わると先に風呂に入り、部屋にもどってアリスに腕時計のお礼をメールでおくると、明日から本格的に始まる学校のために早く布団に入った。


 その日は、ひどく懐かしい夢を見た。幼稚園の頃にクラスのみんなで花いちもんめをしており、私のいたチームはじゃんけんが弱く、遂に私とセイだけになった時の思い出だ。そして、わたしはじゃんけんに負けたので向こうのチームに行こうと手を離そうとした時、セイは逆に私の手を強くにぎりしめ行こうとした側の反対側に駆けだした。そこからはもう、明を筆頭に残り3人がなにやってるんだと追いかけてきて、私はひっぱられるままにセイの後をついていった。

 走って、走って、息が切れたのかようやくその足がとまると、疲れてへたりこんだ私の体を抱きしめて、追いついた4人に視線を向けた。


「ぜったい、あげない」


 

 目が覚めると、時計は午前7時30分を指していた。少しいつもより起きるには遅い時間だが学校が自転車で20分のところにあるので、そんなに急ぐこともなく起き上がった。母は昨日酒を飲み過ぎたらしく、二日酔いで寝込んでいたので残りの家族は各自で準備をしてから家を出た。

 通いなれた通学路を自転車で進み、学校にはいる。新しい教室では、すでにいくつかグループができており、ホームルームが始まる前のおしゃべりに興じていた。


「あ、曽野さんおはよー」


 自分の席に座ると、後ろの席で一人で本を読んで座っていた高田さんが、私に気が付き声をかけてきた。


「おはよう」


「ねぇ、結構おそかったけど仙道君と四条君見た?」


「ううん。見てないよ」


「生徒会の用事で遅いのかなぁ」


 高田さんは持っていた本で口元を隠し、ちらりと教室の入り口を見る。 


「気になるの?」


「そりゃあね。別に好きってわけじゃないけど、学校で話題の人物が近くで見れる機会だもん。私高校からの外部生だから、去年は誰とも一緒のクラスにならなかったし」


 ファンというわけではないが、好奇心はあるということらしい。それ自体は悪いことではないと思うので、適当に相槌を打った。正直、10回もクラス替えをすると、必然的にあの5人のうち誰かと同じクラスになることはあったが、関係が途絶えてからは事務的な用事ですら彼らは人を通して話を伝えるようになったので、ただのクラスメイトなぞよりよほど遠い位置にいる私にはあまり興味のない話だ。

 今年はセイも同じクラスだが、セイも学校内や知り合いのいそうなところでは絶対に声をかけてきたりしないので、校内では他人であると言っていいだろう。

 彼女もある程度話すと気がすんだのか、今度は本が好きかと話題をかえてきたので、私は今話題のベストセラーを読んでいると告げると、どうやら彼女はその作者の本に最近はまったらしく今度読み終わったら貸してほしいというので、貸し出す約束をした。あとは、とりとめもない話題で時間をつぶしていると、教室の外がにわかに騒がしくなり、察した私は高田さんに彼らが来たことを告げた。

  

「おはよう」


 教室の扉が開き、明のさわやかな声が教室に響くとほぼ全員の視線がその声の主に集まった。物語にでてくる王子様のような華やかな容姿をマジかで見て、クラスの女子達が色めき立った。そして、彼に続いてもう一人の少年が入ってくるとその軽く声が上がった。

 朝日の光を受けてまばゆく輝く金の髪をもつ美丈夫という言葉がふさわしいセイと王子様の様な明が並ぶいることで、2人は2割増しくらいに輝いて見えた。

 セイも同じように周りに向けて挨拶をしてから、大きく視線を巡らせた。

 そして、私の姿を見つけると大きく破顔した。


「おはよう、いっちゃん!!」


 この時、私はそれが自分に向けられた言葉だと分からなかった。


「どうしたの?」


 返事をしない私の目の前までやってきて、そう問われて初めてセイが自分に話しかけていることに気が付いた。


「っ、わ……私に話しかけたの?」


「うん。昨日いったでしょ。明日学校でって」


 ありえない事態に、目を白黒させている私はその言葉に昨日の事を振り返り、セイが去り際に言った台詞を思い出した。あの時は普通にスルーしていたが、「学校で」というのは、いままで外での接触をさけていた彼が言うには明らかにおかしい言葉だった。

 あたりまえの様に話しかけているが、それは学校にいる「いつも」のセイならありえないことだ。だって、そう決めたのはほかならぬセイのはずなのに。


 なぜ?


 その問いを口に出せず、固まっている内にホームルームの開始を告げるチャイムがなり、新しい担任の先生が入ってくると、2人の様子を見ていたほかの生徒たちも席についた。


 私も前に向き直り、必死に平常を保とうとしたが、周りからの好奇の視線に身が縮こまる。


 それまでの日常が変わる予感がした。




「時間があまりないから単刀直入に聞くぞ。セイ、どういうことだ」


 一限目の休み時間、セイは用があると明に生徒会室に連れて行かれた。何を言われるのか大体想像がついていたので、大人しくついて行き、無駄に金をかけた防音性のある扉を閉めると明は開口一番に予想通りの言葉を吐いた。


「どうって?いっちゃんに話かけただけだよ」


 肩をすくめると、険しい顔で睨み付けられる。そこに、一般生徒達が王子様と褒め称える朗らかな笑顔はなく、身内の人間だけしか向けない尊大な口調になっていた。


「いち……曽野一花は俺達から離れた。だからあの時に、もう関わらないと決めただろ」 

 

「僕はそれに対して、頷いたことは一度もないよ」


「だがっ……、あいつは普通の」


「それに、ね、彼女はもう僕の婚約者だから明が何を言おうと無駄ってこと。しかもうちの一族公認の」


 その言葉に目を丸くした明を見て口の端が上がるのを感じた。

 そう、敏い彼らは一花が離れて行った理由をなんとなく察していた。しかし、自分の求められる立場というものを知っていた彼らは、親の力で周りを威嚇するという「ろくでなし」ではなかったため、大事な幼馴染がこれ以上傷つかないように優しさから彼女を手放した。それでもしばらくの間はいじめが続いていたというのに。


「僕の婚約者である以上、彼女を害すような人がいれば、そいつらはうちの一族を敵に回すことになる」


 既にお互いの仲は両家公認で、一族にも一家で挨拶を済ませている。溺愛する孫娘の友人になったことで当主であるおじい様の印象も良く、許可はすんなり下りた。流石に高校を卒業するまでは、結婚はまだという話になったが、それでもこの日を何年も待ったのだ。あと2年くらいどうという事もない。


 明は少し考えるように目を伏せてから、探るようにセイを見上げた。


「だが、朝の様子からみると、あれは全くわかっていない様だったが?」


「だってまだ話してないからね」


 これだから頭がいい人間は厄介だなと、内心で舌打ちするが、そんな表情はおくびにも出さず言葉を紡ぐ。


「でも、話せば彼女は了承するよ。だって僕が彼女を好きだから」


 それは確信だった。 

 なんだかんだで、彼女はセイに甘い。多少めんどくさがりな所はあるが、できる範囲のことであれば大抵のお願いは叶えてくれた。ずっと一緒にいただけあって、「今の」一番は自分であると自負している。たとえ自分の人生を左右する選択だとしても、欲しいと手を伸ばせば選んでくれるはずだ。


 そのために、7年もかけて周りを固めてきたのだから。


 昔から一花はセイに甘かったが、いつも一番というわけではなかった。

 たとえば、女同士ということで個別に遊ぶ回数は八鹿が一番多かったし、本の貸し借りで趣味の合う海流の家をよく訪れ、帰る方向が一緒だからと賢吾と一緒に歩いて帰り、そして何かあった時に真っ先に名前を呼ぶの相手が目の前にいる明だった。セイも4人の事は好きだったから、多少の不満はあっても我慢をしたが、それでもずっと面白くないと感じていた。

 

 いじめの件に関して、気付いていた他の4人と違って、一花以外の周りが見えていなかった自分は何も気づいていなかった。だからこそ、真っ直ぐぶつかって彼女の本音を聞けたのは運が良かったとしか言いようがない。


『ただ、いっしょににいたいだけなのに』


 声が枯れるんじゃないかと思うくらい、泣きながら叫んでいたたくさんの言葉の最後に出てきた一番の望みは、友達と当たり前にいたいという純粋なものだった。

 もしこの言葉を聞いたのが彼らのうち誰かだったのならば、きっとその思いに心動かされて何とかしよう動いたただろうことは容易に想像がつく。もしかしたら、今も仲良し6人組で思い出を重ねていったのかもしれない。

 だけど、その時のセイには目の前で泣いている少女だけしか目に入らず、そのくせその自分のつまらない欲の為に少女の願いを叶えることを放棄した。


 自分勝手な己をあざ笑うように一層笑みを深めたセイの姿をどう受けたのか、先ほどよりもいっそう険を増した目を向ける明からからわざとらしく視線をはずし、扉の上にかけてある時計を指さした。


「それよりも、もうそろそろ教室に戻らないと遅刻しちゃうよ」


 教室を出るときに、何人かのクラスメイトが一花の机を囲っていた。しかし、まだ事情がつかめていない段階だから、下手に馬鹿な行動を起こす人間はいないはずだし、何も知らない一花から情報を引き出すことはできないと判断したからついてこれたのだが、優等生で通っている明がセイと揃って出て行って遅刻なぞしたりしたら、そこからへんな邪推をされかねない。明もそれは分かっているらしく、忌々しそうに時計の針を睨み付けてから荒々しく扉を開けた。


「昼にもう一度話を聞かせてもらうぞ」


「いいよ。ただ、これだけは先に言っておくね。いっちゃんに、手を出さないで」


「それは事情を聞いてからだ。海流達にも連絡をつけておけ、いっかには昼に風紀を付けさせる」


 周りに聞こえないように2人は小声で話しながら、早足で教室までの道をたどった。


「……いっか、ね」


 気付いているのだろうか。さきほどまで「いちか」と正しく呼んでいたのが、いつの間にか昔の呼び名である「いっか」に戻っている事に。後味の悪い別れ方をしたせいか、関わらないと決めた後も4人は関わらないように「意識」していた。それが後悔であれ、残った友情であれ、まだ彼らは一花の事を割り切っていない。


 それを考えると、自分の行動は軽率だったかもしれない。しかし、それでももう近くにいるのに声もかけられない生活に耐えられなかったのだ。


「もし、僕からいっちゃんをとったら、たとえ----でも-------だから」


「?なんか言ったか」


 あっという間に教室につき、中に入ろうとした明が怪訝そうに振り返った。どうやら無意識に心の中の言葉が口に出ていたらしい。気付いて慌てて、嘘を吐く。


「あぁ、昼休みの事をちょっと考えてただけだけど。口に出てた?」


 少しおどけた様な口調でいうと、明はそんなことかとばかり呆れた目を向けた後にすぐに教室内に目線を戻した。そして、自然な風をよそおい一花の方を軽く一瞥してから何事もなかったかのように自分の席に向かった。


 その様子を目で追いながら、今度は誰の耳に届かぬ声で小さくつぶやいた。


「ぜったい、あげないよ」


 だって、手を伸ばしたあの時から彼女は僕だけのいっちゃんになったのだから。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 続きが気になります♪ 他の幼なじみからの視点とかでシリーズ化してほしいです(*^^*) ご一考、願います(≧∇≦)
[良い点] 面白かったです! セイ、いいですね。行動力もあるし、それぐらい強引じゃないと 主人公は落ちないと思います。 できればこれからどうなるのか、続きが読みたいです。 甘々とか大好きです。ヤンデレ…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ