Continuation
時は2017年、世紀の大天災の傷はまだ完全に癒えたとは言えないが、人々は少しずつ復興を続けている。
そんな中、日本の東京の“新有明”という場所で、史上初となる、全国参加の、国別男子テニスの世界大会、通称“ワールドデビスカップ”の決勝戦が行われている。
(この世界では、世界が未曽有の天災に見舞われた影響もあり、現実の世界とは多少の違い等がありますので、あらかじめ御了承下さい)
戦っている国は、日本とイギリス。
今行われている試合は、シングルス3である。
対戦しているのは、日本チーム、西城学と、イギリスチーム、ウィリアム・ブラウン(ウィル)である。
現在のスコアは、2‐1で日本がリードしている。
そして、試合は現在大詰めで、セットカウント2‐2、ゲームカウントは、5‐4で、日本チームがリードしている。
「そこだ!」
ウィルが浮いた球を打ち、西城は強力なスマッシュを、相手コートに叩き込む。
「グ……。」
ウィルは反応できず、ボールを目で見送った。
「ッシャアーーー………!!」
西城の渾身のスマッシュが決まった瞬間、観客から歓声が上がる。
他の選手達も、興奮しながら、その状況をしっかりと見ている。
会場に2つある、センターコートの入り口で、阿波哲希と雜賀優が、それぞれ別の入り口に立ち、固唾を飲んで、その様子を見守っている。
試合は、遂にクライマックスを迎える。
「40‐15。チャンピオンシップポイント、日本。」
審判のコールが、盛り上がっている会場内に響く。
西城は、ボールボーイからボールを受け取り、ポジションに就いた。
(あと、1ポイント……)
西城はボールを突きながら、気持ちを落ち着かせている。
そして、目を閉じチームメイトのことを思い出している。
試合が始まる前に、彼らから掛けられた言葉を思い出し、胸に刻んだ。
ついに、覚悟を決めてトスを上げた。
(これで、決める!!)
その動作を見ると、ウィルも構える。
「ハッ!!」
渾身のフラットサーブが、打たれた。そのサーブは、200km近くの速さで、ギリギリのコースを突いて、飛んでいく。
(よし、ボールの風を切る音が聞こえてくる、ボールもしっかりと見えている……。)
サーブを打ち返そうと、イギリス代表のウィルは構える。
(いいぞ……、さあ、ここでラケットを引いて、構えるんだ)
だが、体が動かない。
ボールはしっかりと見えているのに、体が全く動こうとしないのだ。
(なぜだ……、なぜ、動かない)
ボールはそのまま、ウィルの横を飛んで行った。ボールが壁に当たって、軽く跳ね返る。
ボールが落ちた瞬間、西城はラケットを放り出し、寝転んで喜んだ。
「ッシャアー……!!!」
日本が、第1回大会を優勝した、歴史的な瞬間である。
西城が地面に寝転んだと同時に、観客席からも、壮大な声援が上がる。
そして、多くの観客達が、試合の終わったコートに飛び込んでいく。その流れに続いて、日本代表選手やその関係者も立ち上がり、コート内に次々と入って行く。
「やった、やった。優勝、優勝です。この瞬間、日本、デビスカップ初優勝の偉業を達成しました。」
実況席の人達も、試合が決まった瞬間、歓喜に包まれた。
少しの間、カメラが回っていることも忘れて、浮かれ、喜び舞い上がっていた。
「西城……、おい、やったぞ。」
勝が、西城の傍まで走って来て、言う。
西城は、他の人達が、自分の周りに来たことに気が付くと、立ち上がり、涙を流して喜んだ。
「ああ……。俺達が優勝したんだ。」
その言葉を聞くと、勝は感極まって、西城に抱き付いた。
西城は、疲れ切っていたので、よろけて、後ろに倒れそうになる。
「お、おい、疲れ切ってんだから、離れろ……。」
「スゲーよ、……お前。本当に……。」
「フ……、当たり前だ。」
二人は、その場で抱き合った。
リュカは、そのすぐ側で何度も叫びながら、子供の様に飛び跳ねていた。
哲希は、西城が優勝を決め、人々がコートに入っていく光景をしばらく見ている。
すると、軽く笑い、ゆっくりと階段を下り始め、コートに向かって歩き出した。
「よし、勝者の胴上げだ。皆さん、御協力お願いします。」
日本代表監督が、そう呼びかけると、周りにいる人達が西城を取り囲んだ。
その中には、当然だが、チームメイトの勝とリュカの姿もあった。
ニヤニヤしながら、西城を見ている。
「え……、お、おい……。」
次の瞬間、西城の体が、空中へと投げ出された。胴上げの始まりである。
「それ、ワッショイ、ワッショイ………。」
「こら、……やめろ、やめないか……。」
西城はそう言ったが、少し考えた。
今日のようなめでたい日位は、こういうのも悪くないか、と。
すると、めずらしいことに、西城が笑った。
大会で、初優勝を決めたのが、哲希ではなく、他の誰でもない自分だったので、よほどうれしかったのだろう。
西城の笑顔を見ると、勝とリュカは、お互いを見て笑った。
そして、胴上げは続いた。
その光景を、イギリス代表の選手達は、黙って見ていた。
さっき西城と試合をしていた、イギリス代表のリーダー、ウィリアム・ブラウン。
序盤は実力の差を見せつけ、圧倒的にリードしていたが、激戦の末、ファイナルセットまでいって、負けてしまった。
「みんな、すまない……。」
そう言うと、ウィルは下を向いて、うなだれてしまった。
「ウィル……、仕方ないですよ。精一杯やったんだし、あそこまでいって負けたのなら、誰も文句を言いやしませんよ。
チームメイトがそう言って、元気づける。
しかし、ウィルは相変わらず、下を向いたままうなだれている。
少し、泣いている様である。
普段絶対に弱みを見せない彼が泣いただけに、皆どうしたらいいか分からず、戸惑っている。
そんなイギリス代表の傍に、試合着姿の雜賀が、歩いてきた。
「……残念だったな。」
雜賀の声を聞くと、ウィルは、ビクッと反応した。
イギリス代表は、一斉に雜賀の方を見た。
雜賀は、人々を掻き分けて、ウィルの傍まで来た。
そして、うなだれているウィルを、上から見下ろす。
「すまない……、お前まで回していれば。」
ウィルは、雜賀の顔を見ることが出来なかった。
もし、自分が勝って、雜賀まで回せていれば、わずかではあったが、逆転優勝する可能性が、あったのだから。
「仕方ないさ……。それに、仮に俺まで回ってても、相手がな……。」
雜賀は、ソッポを向いて答えると、哲希の方を向いた。
もう結果が出てしまっているので、今更何を言われても、どうにもならないからである。
「うわ……、うお……。」
西城の胴上げは、まだ続いていた。
哲希は、胴上げをしているところに、ゆっくりと近づいてくる。
胴上げをしている人達が、哲希に気が付きはじめた。
哲希が近づくと、人々は道を開け始めた。
「おい……、いいかげんに降ろせ。降ろさないか。」
西城が言い終わると同時に、突然人々が静かになり、胴上げが止まった。
「ガ………。」
西城は、突然胴上げが止まったので、なす術もなく、地面に落ちてしまった。
西城は頭を押さえながら、ゆっくりと立ち上がった。
「イッ…、ツツツ………。こら、急にやめ………。」
西城は立ち上がり、怒りだしたが、皆は無視して、同じ方向を向いていた。
西城も、皆が向いている方を向いた。
そこには、ウォーミングアップを済ませ、試合着姿の哲希が立っていた。
「阿波……。」
その場にいた全員が、哲希の方を向いている。
少し沈黙があってから、哲希は鼻で笑って、話し出した。
「……どうやら、僕が出る幕は無かったようですね。」
哲希は、少し皮肉そうに笑いながら、嫌味のように言葉を発した。
「フ……、そのようだな。」
西城も、その言葉に対して、普段よりも嫌味っぽく、多少挑発的に返した。
しばらく互いを軽く見た後、二人はニコッと笑いあい、握手を交わした。
「なーに、カッコつけてるんだよ。」
勝は、哲希の頭を、クシャクシャに掻きむしり、リュカも哲希に抱きついた。
そこから、その場にいた人々は、哲希にちょっかいを出し始めた。
そして、日本代表がこの場に全員そろったので、再び胴上げが始まった。