プロローグ
とある喫茶店での、出来事です。
本編への導入部分なので、しょうが進むとこれがどういう場面なのか、理解できます。
ある晴れた日の午後。
和かな町並みの中の喫茶店内。窓際の席で、話し込んでいる人物が2名。
一人は、20代前半の好青年。左手にメモ帳、右手にボールペンを持っている。取材中の記者のようだ。
もう一人は、小柄だが貫禄のある30代の男だ。
その男は、一定以上の成功者のオーラの様なものを纏っている。
視線は、まっすぐに記者を捉えている。見つめている瞳にはしっかりとした輝きがあり、その人物の持つ強い意志の存在がうかがえる。
男は、圧倒的な存在感を放っている。
「あなたは、世界ランク1位になっても、一度も負けたことは、ありませんね?いったい、どうしたら、そこまで勝ち続けることができたのですか?」
記者は、質問を投げ掛ける。
この男に世界の誰もが、聞いてみたいと思う質問トップ3に入っている質問である。
「ハハ……。またその質問か……。」
男は、その質問を聞くと、一瞬またかというような、あきれたような嫌な顔をする。
もうあらゆる人に、何回も聞かれているため、もう答えるのは少々嫌だ。
なぜなら、その理由は自分にとって、全ての人が生きていく上で、基本的なものだ。
「その理由はね、たくさんの人が僕を助け、支えてくれているからだよ。コーチやマネージャー、ドクター、家族、ライバル達、そしてファンのみんな……。みんなが、僕を応援し、ピンチになると力を貸してくれる。そして僕は、そんなみんなの期待に答えようと、必死にがんばる。お互いが、お互いを支え合っていて、そこから大きな力が生まれる。その力のおかげで、僕は勝ってこれた。そんな感じかな……。」
「そうですか。ありがとうございます。」
「いえいえ……。」
いつもの使い慣れた言葉で、スラスラ話す。もう、この質問に答えるのは、何回目だろうか……?
いつも通りのことしか答えない、退屈なインタビュー。
誰か、もっといい質問をしてくれる記者は、いないのか。
形式的には、いつも通り丁寧にどんな質問にも答える。しかし、こんなことしか聞かないなら、はっきり言って時間の無駄だ。
また早めに切り上げるか……。
男は、そんなことを考えている。
「次の質問です。あなたにとって、最も印象の深い試合は、どの試合ですか?」
「ああ、それはね……。」
自分に質問してくる人々は、勝つためのことだけを聞いてくる。そのため、敗けのことを聞いてこない。
確かに、勝つことは大事だ。勝つことでしか、学べないこともある。
だが、それと同じように、負けたときもその時にしか学べない、多くのことを学べるというのに。
むしろ成功するには、負ける経験が必要だ。自分の自信を根本から打ち砕かれ、そこから死に物狂いで立ち直る。
そういう経験が、真の揺るぎない自信と強さを身に付けさせる要因となる。
自分はそれらを経験してきた。だが、誰も聞いてこない。
なんて、もったいないのだろう。
「では、次の質問です。」
「ああ……。」
記者の言葉に、意識が半分外に向いた状態で答える。
そして、しばらく自分の世界に入り、その時のことを考えていた。
やがて、その試合を鮮明に思い出し始める。彼と、初めて戦ったあの試合を……。
「あなたは、負けてしまい、壁に当たった時、どうやって乗り越えましたか?」
その質問を聞くと、哲希は眉をピクッと上げて反応する。
(こいつ……)
驚いたことに記者は、自分が考えている内容と同じことを質問してきた。
やっと、重要なことを聞いてきた。
男は、ニヤリと記者を見る。
男は、それから質問に対して、普段は言わない自分の考えを付け加えながら、積極的に答え始める。
記者も男の態度を見ると、ここぞとばかりに一気に質問していく。その質問に、男は丁寧に答える。
記者は、うまく男の心を掴むかとができた。
順調に取材が進んでいく。
「これが最後の質問です。」
「ああ。」
「あなたにとって、最も尊敬するプレイヤーは誰ですか?」
男はニヤリと笑って、記者を見る。
この記者は、今までの無能な大多数の記者達と違って、大切なことを聞いてくる優秀な記者のようだ。
自分を前もってよく調べてきていて、この機会を活かして、自分自信もスキルアップしようとしている。
学べることは何でも学び、どんどんと上に向かおうとする。伸び盛りの時期ならではの、眩しいばかりの姿である。
それを見ると、男はその青年がかつての自分と被って見えた。
男は横を向いて、気づかれないように微笑する。
この熱心な記者に、男は心を動かされた。
「君を、気に入ったよ。」
「え……?」
「今日は、特別だ。知る人しか知らない。あの試合のことを、……話そう。」
記者は、呆然としている。
あの試合を思いだすと、不思議な気持ちになる。
自分のテニス人生の中で、最も印象の強い試合。偉業を達成した後に、行ったあの試合を………。






