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シーソーゲーム

その人達と出会った日のことを、私は今でもよく覚えています。


あれは十四の誕生日を迎えた翌日でした。両親からプレゼントされた赤い靴を履いて、私は日課である散歩に出かけました。


初めての靴を履く時はどうしてあんなに心が踊るのでしょう。足先に羽が生えたような軽さを感じ、私は普段訪れない遠くの場所にやってきていました。


そこには広い公園があり、時間帯も相まって親子連れの姿が目立ちました。私は空いているベンチに腰を落ち着け、しばらく休憩がてら見るともなく周囲の人々を観察していました。

そしてそんな中に、一際私の目を引いた一組の姿がありました。


私の近くのベンチに、品の良い初老の女性が腰掛けていました。その視線の先には、六歳位とおぼしき少女が一人、砂場で楽しそうに遊んでいました。

少し年の行った母親か、若い祖母だろうと思われました。

私があまりにしげしげと彼女達の方を見ていたからか、突然夫人の方がこちらに振り向き、微笑みました。

「こんにちは」

しっとりした口調で挨拶され、私も慌てて会釈し、思わず陽気に訊ねました。

「あそこに居るのは娘さんですか?」

その問いに女性が答える前に、私の横合いから甲高い声が響きました。

「フランシア!」

見ると一人で遊んでいた少女が駆け寄り、女性の膝に手を付いて、心配そうにその顔を覗き込みました。

「フランシア、なにしてるの?知らない人と」


あどけない口調で諭すようにそう言ってから、少女が敵意に近い瞳で私を睨み付けました。子供らしい無遠慮な眼差しに私がたじろいでいると、女性が優しい声音で否定してくれました。


「大丈夫よマルー。心配ないわ」

「ならいいけど」


その一言はあっという間に少女の私に対する不信感を消し去ったようでした。無邪気にこちらを向く少女に、私はぎこちない笑みを浮かべて訊ねました。

「かわいい娘さんですね?」

二人との距離を縮めるつもりで口にしたことでしたが、女性と少女の顔が同時に曇りました。


「何言ってるの、お姉さん」


先に口を開いたのは少女の方でした。少女は幼い目元を険しく吊り上げると、侮辱されたと言わんばかりの憤然とした様相で両手を腰に当て、私を見据えました。



「マルーはフランシアのお姉ちゃんよ」



一瞬、告げられた内容が理解できず、私は固まりました。そんな私をよそに、私への関心を失ったらしい少女は女性に何事か告げるとまた駆け出していきました。


残された私たちの周囲には沈黙が降りました。周囲には相変わらず喧騒が広がっているにも関わらず、まるで靄に包まれたようにここだけ異様な静けさに落ちていきました。


「…面白い子ですね」

頬をかきながら誤魔化すような苦笑いを浮かべた私に、夫人は軽く眼を伏せて唇を動かしました。

「本当なんですよ」


すっ、と、感じている空気の温度が下がったような錯覚を覚えました。女性は前方を見つめたまま、遠くを見るように眼を細め、淡々と語りだしました。


「遠い昔、私とマルグレーテは双子の姉妹でした。両親は早くに亡くしましたが、いつも二人で支え合って生きてきました。それが崩れたのは二十五歳の誕生日の時。誕生日から数年経ったある日、マルーの主人から便りを貰ったのが始まりでした。彼女の様子がおかしいと。訪ねた私の前にいたのは若い姉の姿でした。はじめは勘違いかと思いましたが、五年、六年経つうちに若返りは歴然としてきました。そして私が五十歳を迎えた日、姉は赤ん坊になっていました。どうすればいいのか分からず一晩中姉の手を握っていました。それからまた姉は成長を始めました。けれど今度は逆に私が若返っていきました。それからずっとその繰り返しです」


言葉どころか顔色も失った私を一瞥し、女性は言い訳するように小さく笑うと吐息のようなため息をもらしました。


「私達、明後日が誕生日なんです。私は、もう何度目の四十三歳かしら」


老夫人は六歳の姉の手を引いて去っていきました。私は放心しながらその背中を見送ったことを覚えています。何も言えず、何も考えられず、しばらく全身が痺れたように動けませんでした。


今にして思えば、あれは単なるあの女性の言葉の戯れだったのかもしれません。多くの大人がするような、年端のいかぬ子供をからかって内心で笑うあの心理。けれど、真偽を確かめる術が残されていないのもまた、動かし堅い事実に違いはありません。


世の中にはそんな風に、理屈や常識では説明できない暗渠(あんきょ)のような部分が、見えない糸のように存在しているのかもしれません。




…なんて偉ぶって考えられるようになった時、私は自分の子供時代の終わりを悟りました。





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