切りかぶの家
昔々、子豚とアヒルが一輪車に乗り、バグパイプが絵筆を握って、お粥が自分のために火をおこしていた頃の話。
メアリは元気な女の子です。森の近くに、お母さんと二人で暮らしています。
ある日、お母さんはメアリに大きな手籠を持たせて言いました。
「イチゴジャムを作って、おいしいパイを焼きましょう。カゴいっぱいにイチゴを集めてきてほしいの。森の中にはたくさんイチゴがあるでしょうけど、奥へ行き過ぎないようにね。迷子になったら、帰ってこれなくなってしまうからね」
「はぁい、お母さん、行ってきます」
メアリは森に出掛けました。
森の中では明るいお日さまに照らされて、まるで宝石のように輝きながら、たくさんのイチゴがなっていました。メアリは一粒を口に放り、その味を楽しみながらイチゴ狩りに没頭しました。
熟れたイチゴをどんどんカゴに入れましたが、イチゴは全くなくなりません。夢中になったメアリはどんどん茂みの奥へと入っていきました。ふと辺りを見回すと、今まで一度も来たことがない位、遠くへ来てしまっていました。
さて困った、帰り道が分かりません。メアリはカゴを抱えたまま途方にくれましたが、急にどこからか、とても甘い香りが漂ってきました。
「なんだろう、お母さんが焼いてくれるパイの匂いみたいだわ」
すると、メアリの前を一匹のリスが通りすぎました。手には大きなクルミを掲げ持っています。
メアリはリスの後についていきました。すると、大きな切りかぶでできた、かわいいおうちに着きました。入り口にもかわいい看板がかかっています。
『中味は自前、あとはお引き受け致します』
そんなことが書いてありました。
リスに続いて扉を潜ると、長い長い下りの階段が続いていました。
どんどん降りていくと、ぽっかり開けたお部屋について、いろんな甘いにおいが絡まり合って迎えてくれました。入ってすぐのテーブルで、白いウサギと茶色いウサギがチェスをしていました。
「これでチェック」
白ウサギがそう言うと、捕虜になった一つの駒が、ぽーんと跳ねて白ウサギの口に飛び込みました。駒はみんなクッキーでできていたのです。よく見ると、チェス盤も市松模様のクッキーでした。ウサギにもぐもぐ食べられている仲間を見上げ、チェス盤に残った他の駒はわんわん泣いていました。
と、部屋の奥から何やら小さな足音が、カーニバルの行列みたいに賑やかにやってきました。チョコレートの人形達が、焼き上がったばかりのマフィンやカップケーキを、テーブルの上に運んできました。一生懸命働いているようですが、焼きたてのお菓子はチョコレートには少し熱すぎたようです。
やっとテーブルに並べた時には、どれもこれもチョコレート風味に仕上がり、人形達は崩れて床に広がってしまいました。
「ここはお菓子屋さんなの?」
メアリがリスに訊ねると、リスはクルミをコンコン床に打ち付け、得意気に答えました。
「そうだよ、ここでは自分が好きなケーキを作ってもらえるんだ」
すると、チョコレート人形が出てきた扉から、エプロンをつけた女の人が出てきました。
「おまちどおさま。これが、ニンジンと蜂蜜のケーキ。こっちがクルミのパイよ」
リスはパイを受け取ると、持っていたクルミを差し出しました。チェス盤まで食べ尽くしたウサギ達は、その場でケーキを食べ始めました。
「私も何か作ってもらいたいな」
「いいですとも。でも中味は持ってきてもらわないとね」
「このイチゴでいい?」
メアリがカゴを差し出すと、女の人は受け取り、奥へ入っていきました。
メアリが近くにあった椅子に座ると、今度は砂糖でできた妖精達が飛んできて、メアリの周りで喧しく口々に、好き勝手なことを喚き始めました。やがて女の人が戻ってくると「焼き上がるまでこちらを召し上がれ」と、木苺の葉っぱで作ったお茶と、ちっちゃなシュークリームを振る舞ってくれました。そこで、ウサギとリスも仲間に入れて、楽しいティーパーティーがはじまりました。
おなかがいっぱいになったメアリは、いつしかうとうと眠ってしまいました。
気がつくと、そこは森の入り口でした。
辺りはすっかり夕方でした。家に帰ったメアリはお母さんに、不思議なお店のことを話しました。いっぱいのイチゴの代わりに、カゴに詰められたイチゴのタルトを見せながら、また行ってみたいなと笑顔で言いました。
お母さんは黙っていました。イチゴのタルトにも手をつけませんでした。
メアリが亡くなったのは、それから二日後のことでした。




