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寡黙の将

作者: 不動 啓人

上杉景勝三部作。『寡黙の将』『心、鬼になりて』『上杉景勝』

――この儂が、

 天正6年(1578)。

――御館様おやかたさまの跡を継ぎ、

 春日山城かすがやまじょう

――上杉家を支えていけようか?

 謙信けんしんが城内に築いた毘沙門堂びしゃもんどう


 この年の三月。越後の虎、上杉謙信が脳溢血にて身罷った。

 巨星堕つ!

 その報は直ちに諸国を巡り、一つの時代の終わりを告げるような重々しさを擁していたが……

 しかし、当の越後上杉家では、その悲しみに打ちひしがれてばかりいる訳にはいかなかった。なぜなら謙信は生前、自らの後継ぎを明言する事なくこの世を去ってしまっていたからである。

 生涯女性を近づけなかった謙信に実子はない。あるのは二人の養子。

 一人は謙信の姉である綾子あやこと、その夫・長尾政景ながおまさかげの間に次男として生まれた景勝かげかつ

 もう一人は北条家との同盟の折に人質として上杉家にやってきた北条氏康ほうじょううじやすが七男。氏秀うじひで改め、景虎かげとら

 歳は景虎が一つ上。しかし、景勝は上杉家『軍役帳』において《御中城様》と筆頭に挙げられ、事実上の後継者と目されていた。だが、景虎には北条という後ろ盾があり、更にはその同盟国たる武田家までが動くであろう情勢であった。

 この両者の関係は上杉家に仕える者達に大いなる混乱を与え、事は一触即発の事態を迎えていた。

 そんな中、先に動いたのは景勝であった。謙信の葬儀が終わるや否や、直江兼続なおえかねつぐをはじめとする側近の者達を伴っていち早く春日山城の本丸に入り、隣国会津の蘆名盛氏あしなもりうじに自分が越後国主になった事を伝えたのである。

 当然、これに景虎派は納得する筈もなく、今まさに、兵を押し立てて本丸へ攻め寄せようとしていた。世に言う『御館おたての乱』である。


 景勝は行動の人である。大勇の人である。不安に悩むのではない。弱気に怯えるのではない。ただ、確固たる確信がないのだ。自信はある。しかし、自信だけでは物事は思い通りには動かない。

 景勝は己を知る。謙信を知る。比較検証をする。その事によって景勝は痛感し、己の自信に確信が持てないのだ。

――儂は上杉家の……いや、御館様の後継ぎとしてやっていけるであろうか?

 ただ、とある国の当主をやれと言われれば勇んで務めよう。だが、事はかの謙信の後継ぎなのだ。比較されて当然であり、それが景勝を苦しめるのだ。

――皆は付いてきてくれるだろうか?

 と。

 今、景勝の目前には、生前謙信が崇め、己をその化身と信じた毘沙門天の姿があった。燭台の仄明かりに照らされて、その偉容は景勝を圧さんばかりである。謙信はこの偉容に何を想い、何を感じ取ったのであろうか?

 その時、堂の扉が叩かれ、兼続が顔を覗かせた。

「殿。そろそろ……」

 これより景勝は、自らに従った家臣達と今後の方針を決めるために軍議を開くのである。その場で景勝は、改めて自分が国主である事を家臣達に宣言するつもりだ。

「分かった」

 景勝は兼続を下がらせると、再び静寂の中で毘沙門天と向き直った。だが、毘沙門天は何も語りかけてはくれなかった。

――やはり儂は凡夫であろうか?

――それとも、御館様が特別であったのか?

――いくら迷おうとも、お答えは戴けぬか……

――ならばせめても、その偉容を御貸し願おう。

――いつの日にか儂にも、あなた様の化身だと言える日が来るように――

 毘沙門天の憤怒の顔は歪まない。


 その日から、景勝の顔からは笑顔が消えた。

 人々は景勝を『寡黙の将』という。

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