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3日目、ペンギンは跳ねる

 ――3日目。


 ペンギンは空を見上げていた。昨日と違って、頭以外にも白い包帯が巻かれている。


 晴天。雲ひとつとない青空に昇る太陽が、燃えるように輝く中、ペンギンは腕を組み考え込んでいた。もしペンギンに眉毛があれば、八の字に寄せていただろう。


「むむむ、むー……」


 唸りを上げて思うのは、昨日一昨日のことである。


 一昨日の空は、飛べずに落ちた。昨日の空も、飛べずに落ちた。この二日、結局、飛べずじまいの空だった。この事実に、ペンギンは首をひねる。


 一昨日、空を飛べなかったのは、速さが足りなかったから。ペンギンはそう考えた。だから昨日、足が速くなるために努力したのだし、実際に速くなってもいた。これで空が飛べると、そう思っていたのだ。


 しかし現実はかくも残酷なもので、足が多少速くなったところで、ペンギンが空を飛べるはずもなかったのである。


 頭以外の、体のあちらこちらに巻かれた包帯は、それが原因だ。崖から落ちた際に出来た怪我の治療後。まあ怪我と言っても、擦り傷や軽い打ち身で度合いで言えば軽症といたって元気なもので、包帯が巻かれたのも、二日続けて馬鹿なことをやったペンギンに対する医師の当てつけだ。なにせ、崖から落ちた理由を尋ねてみると、空を飛ぼうとしたからだと飛べない鳥が言うのだ、馬鹿だと思わざるを得ない。ペンギンとしては至極真面目に答えたのだが。


 頭が痛いと、ペンギンは思った。


 空が飛べない理由がわからないのもそうだが、医師から拳骨を食らったせいで物理的に痛いのである。余計な手間をかけさせるなと、説教を受けたのだ。おかげでたんこぶがひとつ増えた。


 しかし、崖の上から海面に叩きつけられた痛みよりも、ただの拳骨のほうが痛いのは、さすがコメディと言うべきか。海よりも拳骨の方が威力が強いとすれば、極端な話、拳で海が割れそうな気がしてならない。恐るべし、ギャグ補正。


 さて、話を戻そう。


 ペンギンだ。今は、ペンギンが空を飛べなかった話をしているのだ。なぜ、落ちたのかと。


「どうして、とべないんだろう……?」


 ペンギンは首を更にひねった。答えがわからない。


 実に謎である。不可解である。不可思議である。


 ペンギンの首の角度が60度になったが、答えは出ないまま。時間だけが、ただ過ぎていく。




 ぽちゃん。


 何かが水に落ちる、音がした。ペンギンがいるのは崖のすぐ側で、崖の下は海だから水の音が聞こえても不思議ではないだろう。


 ぽちゃ、ぽちゃん。


 さざ波に紛れて、水の音が響く。特に気になるような音ではないはずなのだが、くるくると空回りするペンギンの頭には、染み渡るようによく響いた。


 答えの見えない難問に焦る心が、落ち着きを取り戻す。すると、ふとある光景が頭に思い浮かぶ。


 それは、一匹の魚だった。名はひらめと言う魚だ。

「漢」と書いて「おとこ」と呼ぶ、漢一匹の旅の果てに、漢は罠にかかって、海の外へと釣り上げられてしまう。そして、処刑台と言う名のまな板の上へと運ばれたのだった。


 刺身か、煮付けか。唐揚げだって、いいだろう。鮃の待ち受ける過酷なる運命に、ペンギンは思わずよだれが出てくるが、問題はそこではない。鮃が、まな板の上にのっていることが重要なのだ。


 鮃に、まな板。鮃、板。続けて読むと、ひらめいた(・・・・・)


 そう、ついにペンギンは、飛べない謎の答えをひらめいたのだ。実に古典的な表現である。


「ちからが、たりなかったんだな」


 ペンギンは、嘴からたれるよだれを拭きながら、頷いた。前回にも言ったが、どうしてそう思ったのかについては、聞かないでほしい。


「ちから、ちから、ちーかーらー……」


 力が、足りない。


 跳び上がる力も足りなければ、(フリッパー)で羽ばたく力も足りないと、ペンギンは思ったのだ。だから、いかに足が速くなろうが空を飛べなかったのだと、納得した。


 となれば、あとはもう簡単だ。力をつければいいだけなのだから。


 ちからーちからー、と調子っぱずれな歌を歌いながら、ペンギンは力をつけるために、その場を後にする。その足取りは、とても軽い。





 所変わって、鶏小屋。


 柵で囲われた広場の一角に建てられた小屋の前に、ペンギンの姿があった。先ほどとはうってかわって重い足取りで、とぼとぼと肩を落として、小屋から出てきたところである。


 こけこっこー。


 そんなペンギンを見送るように、何処ともなくニワトリの鳴き声が響く。続けて、もう一声。


 くっくるどぅーどぅるどぅー


 きっきりきー。


 きけりけー。


 一声どころか、いくつもの鳴き声が後に続いた。どうやら先ほどの鳴き声に触発されたらしく、次々と鳴き声が上がる。あっという間に周囲は鳴き声に包まれた。もはやBGMである。


 ちなみに補足すると、鳴き声は全てニワトリのものだ。ただ、日本以外の表記をしているだけである。日本では「こけこっこー」と表されるニワトリの鳴き声も、他国では「くっくるどぅーどぅるどぅー」や「ここりこ」と表されるのだ。これは、聞き手の普段使用する言語の違いが原因の、聞き違いのようなものだった。同音異義語ならぬ、同音異表語(・・・・・)とでも言うべきか。


 こけこけ騒がしくなる一方、ペンギンは見るからに落ち込んでいた。


(どうして、だめだったのかな……)


 思うのは、先ほどまでいた鶏小屋でのやり取りだ。ペンギンが、ニワトリに願いを伝えた時のことである。


「たかく、とべるように、してくださいっ」


 ペンギンはそう言って、ニワトリに頭を下げた。土下座する勢いで、目一杯頭を下げた。


 ペンギンが空を飛ぶためには、力が必要だった。より高く跳び上がるための力が。そのためにも、ニワトリの協力が必要だと思ったのだ。


 なぜ、ニワトリか。


 それは、ニワトリが「飛べない鳥」の中でも最も「飛べる鳥」に近い力を持っているからだ。その存在は仲間内でも別格で、エリートと言ってもいい。まあ、それでも空を飛べないことには変わりないのだが。


 とは言え、ニワトリが空を飛べないのは翼が小さいためであり、それ以外には、力自体には、何ら問題なかった。その力は、最大で数十mは跳び上がるほどなのだ。これは、人間の大きさに換算するならば、そこらの家の屋根の一つや二つ、軽く飛び越せる力だと思えばいいだろうか。


 ペンギンは、その力を求めていた。だからこそ、ニワトリに願い出たのである。


 しかし、ニワトリの反応は芳しいものではなかった。


「え? 空を飛びたいって? 無理無理、止めときなって。どんなに頑張ったって空なんか飛べやしないよ。だろう? だからさ、そんな無駄なことは止めておやつでも食おうぜ」


「我は今、三食昼寝つきの生活に勤しんでいるのだ。そんな暇などない。お引き取り願おうか」


「動いたら、疲れるから、やだ」


 それは見事なまでに、駄目発言の連発だった。何だ、このニワトリどもは。丸々と肥え太ったその姿を見れば、堕落するにもほどがあると、思わず言いたくなっただろう。


 どうやらニワトリ、家もあって餌も豊富な今の鶏小屋生活に、完全にだらけてしまった様子。動物としての本能や、野生の誇りも、何処かに忘れてきたのか、捨ててきたのか、全く見えないのだから相当ひどい。


 それでも、ペンギンは諦めずにお願いするのだが、ニワトリどもは終始その態度を変えず、ついにその首が縦に振られることはなかった。


 頼みの綱が切れた、その瞬間である。まあ、その頼みの綱も、掴むだけでちぎれそうな代物だったので、むしろ良かったと思うべきだろう。


 だが、そう思えないのが、このペンギンだ。だから、こうも落ち込んでいるのだ。


 いま思い返してみても、どうして断られたのか、さっぱりわからないでいる。空を飛ぶことに無心するペンギンには、「怠惰」なる感情が理解できないなのだ。


「どうして、なのかな……」


 ぽつりと呟くペンギンに、横手から答えが返ってきた。


「腑抜けだからさ」


 そう言って、ペンギンの前に姿を現したのは、一匹のニワトリだ。いや、ニワトリにしてはやけに首が長く、がっしりとした体つきをしている。――シャモだ。「軍鶏」と書いて「シャモ」と読む、あのシャモが現れた。




 シャモは風が運んでいたペンギンとニワトリの会話を、全て聞いていた。そして、怒りを覚えたのである。


 シャモは、闘犬ならぬ闘鶏だ。気性が穏やかなものもいるが、基本的にとても闘争心が強く、気性は激しい。シャモ同士を闘わせる、見せ物があるほどだ。


 闘うために生まれてきたシャモにとって、家畜魂が刻まれたあのニワトリどもの態度は、唾棄すべきことだった。実に許されざる態度だ。


(あんの馬鹿(ニワトリ)どもめ……っ!!)


 思い出すと、馬鹿どもをしばき倒したくなってきたが、ぐっと堪えて我慢した。優先順位の問題だ。優先すべきは、馬鹿ではなく、ペンギンだ。……そう、馬鹿どもはあとでしばき倒せばいい。


 シャモは、ぎょろりとペンギンを見つめた。ペンギンは落ち込んでいたが、しかしその目は決して諦めてはいなかった。空を飛びたいと、叫んでいるのが見て取れる。


 いい目だと、思った。体の中で、何かが燃えたぎるのを感じた。闘争心が、刺激されたのだ。


「なあ、ペンギン……」


 だからだろうか、シャモの口から、自然と言葉が出てきた。


「なあ、ペンギンよ。空、飛びてぇか?」


 その問いに対し、ペンギンの返事は決まっている。書くまでもない。


 捨てる(ニワトリ)あれば拾う(シャモ)あり。かくしてシャモは、ペンギンの願いを叶えるために動き出すのだった。




 ペンギンは地面に倒れ伏していた。体を酷使し過ぎて、ばてているのだ。


「……つ、つかれ、たんだな……」


 シャモはペンギンに力をつけさせるために、過酷な運動を課した。具体的に言えば、ウサギ跳びだ。膝を深く曲げた姿勢――しゃがんだ状態でぴょんぴょん跳びはねる、あのウサギ跳びだ。


 しかも、重りと自分を背負わせて、数百段もある石段を全力疾走で登らせるのだ、誰だって倒れ伏す。


 ちなみにウサギ跳び、科学的には全く効果がないどころか、体を痛めて壊れてしまう恐れがあるのだが、これはコメディだ。努力だ根性だ気合だと、スポ根漫画を地でいくシャモとは大変相性がよかった。


 つまり何が言いたいのかと言えば、ペンギンの力は強くなった、である。実に恐ろしい話だ。


「これで、やっと、そらがとべるんだな……っ」


 あと少し、もう少ししたら、体力が回復したら、空が飛べる。そう思うだけで、力がみなぎる気がしてきた。


 ペンギンが起き上がるまで、あと少し。


 ペンギンが空を飛ぶまで、もう少し。


 ペンギンが崖から落ちるのは、その後だ。






鮃と鶏の辺りで何度か書き直すことになりました。特に、鮃。


ちなみに今回の殊勲賞は、軍鶏。脳内プロット時にはいないキャラでした。

資料を集める前だったかな。そう言えば軍鶏がいたなと、ピキーンときた訳ですよ。闘争本能ばりばりですから、ただの鶏を腑抜けにして、根性でペンギンを鍛えさせてやればどうかと。

おかげで鶏が迷走しましたが。




これで残すはあと一話……と、番外編の計二話ですか。一週間以内に終わるかなー。


最近、私の興味がそれてましてね。こう、ロボとか、魔法とか、童話っぽいのとか、書くまでなくても考えたいんですよ、ええ。


まあのんびりがんばろー。

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