番外編:ちきんれーす
突発的に思いついて、本編ぶっちして書いた。今では反省している。
一匹のダチョウが荒野を走る。
ダチョウは前のめりに首を突き出しながら、砂ぼこりを上げて走っていた。よく見れば、胴体を包む黒毛の羽根が少し色褪せており、このダチョウが老齢していることが分かる。
しかし、全盛期を過ぎたとは言え、その動きには衰えが一切見えなかった。むしろ、無駄のない、熟練された動きである。どうやら、ただ年を重ねた訳ではないようだ。
今でも若いもんには負けんと、いつものたまいていたりするのだが、この走りを見ればその言葉に頷けるだろう。
その老ダチョウの背後に、一匹のダチョウが迫ろうとしていた。老ダチョウに比べれば、幼い顔立ちをしたダチョウだ。羽根の色合いからも、まだ若いと見える。
「っぐぬぬぬぬ……っ!!」
若ダチョウは砂ぼこりを盛大にたてながら、必死に追いすがる。
もはや意地だった。足が速いからと年頃の娘達にちやほやされて助長した精神が、こんな老いぼれに負けることを許さなかったのだ。何より、その年頃の娘達が見ているのだ。負けてられない。
若ダチョウは余力を振り絞って、更に加速した。後のことを考える余裕は、もうない。
追いつ追われつの2つの影が、今並ぶ。
「ほっほっほっ。ようやく追いついたようじゃの、若僧。道に迷うたのかと思ったわい」
「――だっ、黙りっ、やがれってんだっ、この年寄りっ、がっ。――もっ、もうっ、いっ、息がっ、切れてんじゃっ、ないかっ!?」
「……息が切れているのはどちらじゃよ、この青二才が。そんな状態じゃと最後まで走れるのか心配じゃのぉ?」
「――んだとおっ!?」
舌戦を繰り広げながら、2匹のダチョウは荒野を走る。その先には、深くて広い溝があった。――崖だ。
とても飛び越すことはできない崖が、大きな口を開いて待ち構えていた。
だが、2匹は足を止める気配を一向に見せないでいる。かと言って、その事実を2匹が知らない訳でもない。この先に崖があるのを知っていながら、足を止めないのだ。
では、なぜ、足を止めないのか?
それは当然だ。なぜなら2匹は、度胸試しをしているからに他ならない。
度胸試しとは、どちらがより崖っぷちぎりぎりで止まれるのかを競う競技である。これは、ダチョウにとって神聖なる勝負でもあり、子々孫々と受け継がれてきた伝統的な決闘方法でもあった。
言い争いになった時。喧嘩をする時。誇りをかける時。賭け事をする時。様々な時に行われるのが、この度胸試しである。……一部に神聖なる文字が似合わない時がある気がするが、それは気のせいだ。全て合法だ。よって、問題ない。
さて、この2匹がどうして争っているのかは、この際置いておこう。大事なのは過去ではなく、現在、それに続く未来である。
2匹の目の前に、崖が迫りつつあった。もって数分、いや数十秒だろうか。
お互いに口や動きで相手を牽制しながら、あともう僅かと言う距離にまで迫った瞬間、2匹はようやく足を止めた。
しかし、足を止めたからと言って、体は急には止まれない。慣性の法則に従って、ずるずると地面に線を引きながら体が前へ前へと滑っていく。
両翼を広げて空気抵抗を増やし、両足に力を込めて2本の――左右合わせて4本の、大きなかぎ爪で地面に縫い止めんとばかりに踏ん張る。
ずずずと滑る動きは徐々に緩やかになって、そして、止まった。
からからと石ころが崖の下へと落ちていく中、2匹のダチョウの姿は崖の上にある。2匹は見事、崖っぷちぎりぎりで止まって見せたのだ。
周囲から大喝采が上がる。
若ダチョウは、ぜぃぜぃと息を切らせて、がくりと膝を地につけた。
反対に老ダチョウは、ふぅと一息つくと、顔を天に向けて「ブォーン!」と喉を振るわせた。
決着はついた。それは、それぞれの足場を見れば一目瞭然の結果だった。
どちらが勝って、どちらが負けたかについては、2匹の様子が物語っているので語らなくてもいいだろ。時には、敗者に対する配慮も必要なのだから。
こうして、チキンレースの日は幕を閉じるのであった。
前書きに書いた通り、突発的な思いつきで書きました。
元々は資料集めの時に集めたネタからふと思いつき、それならこれはどうかとさらに連想したものがこれです。ある意味カンガルーの二の舞ですな!