1日目、ペンギンは落ちる
――1日目。
ペンギンは空を見上げていた。
青い空。白い雲。そして、黒い影――鳥だ、渡り鳥が翼を広げ、空の彼方へと飛んで行くのを、ペンギンは食い入るようにじっと見つめているのだ。
渡り鳥が羽ばたくその姿を脳裏に焼き付けながら、ペンギンは思う。
その昔、ペンギンのじじぃのじじぃの、そのまたじじいよりももっとじじぃの頃。ペンギンはただの鳥で、空を自由に飛べていたのだとペンギンのじじぃは言った。それが美味しい餌――つまりは魚だ――を食べるために、長い長い時を掛けて美味しい餌――大事なことなのでもう一度言うが魚だ――のある海の中に適応していった結果、風に乗って空を飛ぶ翼が、波に乗って海を泳ぐ翼に進化したのだと。
「我等がご先祖様は、随分とまあ食い意地がはっておるよのぅ」
そう言って、くえっくえっと笑うじじぃに対し、周りは呆れた視線を向けた。このじじぃ、年老いてなお旺盛な食欲を見せており、お前が言うなよと、周りの目は誰もが語っていたものだ。
「おれも、そら、とべるかな」
ペンギンは、じじぃの話を思いだしながら、そう呟いた。
ペンギンは思う。海を見る度にいつも感じていた「何か」について。
海は好きだ。それはもう間違いなく好きだと言える。海に飛び込み、白い気泡を抜けた先には辺り一面青々とした色が出迎える。その瞬間が、特に好きなのだ。
だが、だがしかし。
身体の何処かから感じる、この違和感とも、不安感とも、寂寥感ともとれる、漠然とした「何か」。この感覚はいったい何なのかと。
その答えを、今なら分かるかもしれない。じぃじぃの話を聞いた今ならば。
ペンギンの視界いっぱいに広がる、青々とした空。もしかしたら、いつも感じていた「何か」は、この青空を求める声なのかも知れない。
恋しいのだと。恋しくて、狂おしいのだと。
今はもう遠く離れ、薄くなりはしたが、しかし今もな受け継がれている鳥としての本能が、そう囁いている気がするのだ。
ひゅるると風が吹く。風は耳元をかすめ、通り過ぎていった。 その頃には、渡り鳥の姿は、もうなかった。
そのことを残念に思いながらも、何故かほっとするペンギン。それは、ペンギン自身が気づかぬ間に抱いた、ほんの僅かな「飛べない鳥」としての劣等感がそうさせたのか、誰も知るよしもない。
びゅるるると風が吹く。今度の風は、先程のよりも強い風だ。まるで、物悲しげに下を向くペンギンの背を励ますかのような、優しい風でもあった。
その風に突き動かされたのか、ペンギンは顔を上げる。青々とした空が、そこにはあった。
ペンギンの脳裏に、空を羽ばたく渡り鳥の姿が思い浮かぶ。その一つ一つの動作をつぶさに思い出しながら、ペンギンは両の翼、フリッパーを広げて、ぱたぱたと再現してみせる。
何度も何度も羽ばたいて、ああ違う、これじゃない、と納得のいくまで何度も繰り返す。
ぱたぱた。
ぶんぶんぶん。
ぶわっさぶわっさ。
ぱたたたた。
ぱたぱたたた。
納得したのかペンギンは羽ばたくのを止めて、ひとつ頷き、そして、脱兎の勢いで駆け出した。鳥なのに兎とはこれ如何に。いやしかし兎は鳥と同じく1羽2羽と数えることが出来るのだから、ある意味仲間とみなしてもいいのではなかろうか。どうだろうか。
まあ、それはともかく。
ペンギンは、羽ばたきながら全力で走る。 ペンギンは重力の束縛に抗いながらも、宙を舞う。空が、近づいた。あれほど遠くにあったのに、手を伸ばせば届きそうだと思えるくらいに。
――しかし、現実というのはかくも無情なもので。
重力の檻に囚われたペンギンが、いかに羽ばたこうが、いかに足掻こうが、飛べない鳥は物理法則に従い、崖の下へとまっ逆さまに落ちていき。
ばちゃーん!!
そして、海面に叩きつけられるのであった。南無。
最後の方、睡魔に教われながら書いたので、どーなってるのやらと心配しつつ予約投稿したもんで。
話自体は、あと2~3話続いて終わるんじゃないかと。この話を書いてる途中でカンガルーの話その他に移ったから続けは出来て……。しかもオチも考えてないときたもんだ。
まあ、気長に書きましょー。