誰かの日々-坂下紫咲の場合-
朝起きたら前髪がはねていた。
目蓋は腫れぼったくて肌はキシキシ、喉はカラカラ。
坂下紫咲の目覚めは舌打ちするほど最悪なものだった。
「あーもーやだなー。やだやだやだ」
今日は月曜日。
仕事が億劫だとかそんなものではない。
そもそも紫咲はショッピングモールで服屋の店員をしているから、日曜に憂鬱になる暇などない。実際昨日も仕事だった。
原因は分かっている。
昨晩仕事が終わってから遅くまで高校時代の同級生らと飲んでいたのだ。
二時間飲み放題付きの居酒屋で、女子しかいない空間。
近状報告やら彼氏の話題、時に下世話なことなんかも気兼ねすることなく話せる機会は、実は社会人になると限られるのだと紫咲は実感していた。
貴重な機会だとハメを外して終電ギリギリまで騒いでいたから、自宅に戻ってやる夜の身支度はほとほとおざなりになってしまったわけで、つまりは自分のせいだった。
「楽しかったからいいんだけどさー」
ひとりごちながら制汗剤を身体にふりかけ、服を着替えて顔を洗う。
鏡を見るとうっすらクマが浮いている事に気づいて、コンシーラーどこ行ったかなと考えながら、紫咲は今度からもう少し慎重さを身に付けようと心に決めた。
セミロングの髪を整え化粧を完璧に仕上げてしまっても、家を出るまでにもう少し時間の余裕があったので、いつもは食べない朝食を準備する。菓子パンと、お湯を沸かしてコーンスープを作るだけの簡単なものだった。
一人暮らしの紫咲は、生活する中で手間をかけたくない事柄に関しては病的なまでに短縮しようとする、一種の癖がついていた。
例えば朝食は後片付けの時間がかからないパンを頬張り、通勤に時間をかけたくないので駅から徒歩一分の部屋を借り、職場も駅ナカのショッピングモール。
予約品や限定品という単語は紫咲にとって心躍ることもない、むしろ時間をかけて手にするに値する価値を見いだせないのだ。
簡単に手に入るもので事足りるなら、それ以上はいらない。
それが彼女のポリシーだった。
お湯が沸くまでの間、単純な日常反射でテレビをつけてぼーっと眺める。
『おはようございます。朝ヨミ月曜担当の森です。今日の東京はどんよりとした曇り空ですねー』