プロローグ 『▪️を求めた』
人は、なぜ▪️ぬのだろうか。
人は、なんのために生きるのだろうか。
夢を追ってるから、目標があるから。
きっと、色々あるのだろう。でもそれは結局生きたいのではなく、▪️にたくないだけなのだ。
なら、人が▪️なない理由を見つけたら、その人はどうなるのだろうか。
「──▪️にたい」
それは、紛れもない心からの言葉だった。
だから、少年は跳んだ。
夢へ翔けろ、という言葉があるように。
夢へ?未来へ?光へ?──否、▪️へ。
跳んで、飛んで、浮いて、回って、落ちて落ちて、落ちておちておちておちておちて──
──止まった。
「────」
あまりの衝撃に、少年は言葉を出せなかった。
痛みではない、起きた事柄にだ。
地面に打ち付けられるはずだった体は、宙に浮いていた。
淀みきった瞳に映るのは、月光──ではなく、ナニカだった。
きっと、この現象は、誰しもが経験したことがあるだろう。
命を投げ出した少年を止めたナニカは、怪物でも、化け物でもなんでもない。
きっとこれは──
──神様のいたずら。
◇◇◇◇◇
言葉に出来なかった。
そう思う程に、その存在は美しい容姿をしていた。
思わず息を飲む、という言葉はこういうことか、と今更ながらに理解した。
そして同時に、その存在が人ではないということも理解した。無論、飛べる人などいるわけもないが……。ともかく、脳は瞬時に人外と解釈した。だがそれは、美しいを否定しうる材料にはなり得ない。現に少年は、吐露してしまったのだから
「──綺麗」
そう、吐露してしまったのだ、神に。▪️に、神様に。
「───」
その存在は、ゆっくりと近付いて、少年の頬に手を添えた。
大切な物を扱うように、生まれたての子供を抱きしめるような優しい手つきで、顔をペタペタと触る。
「…えっ、と。なに…?」
「いえ、その…ここまで▪️に飢えてる人間が珍しくて」
その存在の口ぶりから、本当に珍しいということはよく分かった。
珍しいというのは、いまいち、納得はできないが。
「▪️に、飢えてる…」
「でも、ダメ」
「ダメ…って」
何が──と発する前に、景色が変わった。
寂れた木造建築に、本来は赤いはずの、聳え立つ2本の柱が表す場所。それは、紛れもない神社だった。
そこは、見たことがあるような、無いような、そんな場所だった。
「おっと…」
優しく地面に降ろされ、立ち上がる。地面の硬い感触と相変わらずの冷たさは、今が現実だと突きつけていた。
「ここには、人も、動物も、感情も、色も、温もりも、何もない。──勿論、▪️も」
「なんで、僕をここに…」
それは、困惑から来たものか、それとも、目的が阻まれた怒りから来るものか。
「それは、あなたが飛び降りたから」
そう言ったその存在は、「いや、違う」と静かに呟き、先ほどの言葉を訂正した。
「あなたが、迷子だから」
「僕が…?」
少年は、ひどく落ち着いた顔と声音でその存在に問い返す。
「僕は…僕の人生は、出口のない迷路みたいなものだ。迷って、迷って、やがて力尽きる。それがきっと、僕の未来なんだ」
少年は、自分の手を握りしめ、「だから」と付け加える。
「そんな人生を送るくらいなら、終わる場所くらいは自分で決めたい」
「…そう。でも、それは許されない」
怪訝な顔で見つめる少年を先導しながら、説明を始めた。
「あなたは、あなたの魂はまだ、導かれる時じゃないから」
「寿命までゆっくり待てって話?」
「ううん、そうじゃない。あなたの魂はまだ、あなたの人生に納得していない。迷路に出口が無いのは、諦める理由にならない。だって、迷路なんて脆い壁、いくらでも壊せるんだから」
「だけど、それは…」
俯く少年の手を、その存在が取って───
「──あなたに、ここの巫女を任せます。私と一緒に、ここを綺麗にしませんか?」
本宮の中央、小さな池の水面に立って、そう告げた。
「巫女…って、僕は男で…」
「性別なんて、ここでは関係ありません。大事なのは、あくまで形」
何故だか、その瞳に吸い込まれるような気がした。けど、不思議と抵抗しようとは思わなかった。
「ここは、冥府神社。私の先生が管理していた神社であり───」
色が、温もりが無いと言われた世界。の、はずなのに。どうしてだろうか。
「──あなたの、新しい家です」
こうも、透明な熱が水面に揺れているのは。
「あぁ、だけど一つ。勘違いしないでください」
人差し指をピコンと立て、ハッキリと告げる。
「ここは、天界とか、地獄とか、そういう場所ではありません。勿論、現世でもない。いわばその境界です」
と言われても、少年には理解のしようがなかった。
「簡単に言うとですね。あなたの体は、まだ現世にも存在してる。つまり、コレからもあの世界で生きて欲しいということです」
「───」
「えぇ、勿論理解していますとも。嫌だってことを。ですが、安心してください。あなたの親は、親族は──あなたのことを覚えていませんから」
突如、意識が引き延ばされるような感覚が少年を襲う。
「ま、待って──」
しかしその言葉が完成する前に、少年は姿を消した。
彩が戻った神社の中央で、その存在は、夜空に浮かぶ太陽を見上げた。
「あなたはまだ、▪️を知らない。知る必要もない。▪️の意義を、意味だけを、この世界で知っていけば良い」
伸ばした手のひらには、桜の花びらが落ちていた。
「だから、そちらの世界では、存分に──愛を、学んでくださいね?」
愛は、人を彩り、▪️は人から色を奪う。
しかし、何色でもない少年には、▪️が救済だった。
──いや、訂正しよう。少年にあるのは、闇。いわば黒色なのだ。真っ暗な心を、魂を綺麗に、真っ白く染めてくれる▪️こそが救済なのだと、信じ込んでいる。
つまり、人が何かする際に神を信じるように、少年もまた、▪️に神を求めているのだ
でも、現実はそうじゃない。愛が、記憶を作り。記憶が色を作り、色が、人を作る。
神なんかではないのだ。
少年に望むのは、幸せになってほしいという理想。
「───なーんて、私が思うのは、傲慢ですかね〜」
かつて、少年を愛し、人々に忘れられ、▪️───死に神を求めて、死神となった少女がそう言った。




