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それから何があったのかはジョーの知るところではない。
どうやら警察から大勢人間が向かわされたらしく、ジョーを発見した警官曰く、ジョーは顔の半分を焼きながら家の前で死にかけていた。
このまま村を出て王都にあるレーチャー病院というところで世話になりながら、ジョーは〈糸使い〉を鍛え続けた。
常に糸の巻きついたロールを身につけるようになり、四肢を使わないかわりにすべてを糸で代用するようになった。
自分の意思のままに、糸を動かせるようになるべきだと本能で理解したからこそ、痛みに耐える必要があった。
村のみんなは大丈夫だったのだろうか、スルムはケガなんてしていないだろうか、みんな生きていてくれているだろうか。
気になりつつ、それに反して鍛え続ける。
スキルだけでなく、肉体指針も鍛え始めた。
十七歳になった頃、体の調子もようやくもとに戻ったので、魔人族の復活に伴って結成された騎士団のもとで自分を鍛え続けた。
何度怪我をしても何度地面を転がっても、決してあきらめるようなことはせず、騎士団もそんなジョーの姿勢に影響を受けて、己を鼓舞する。
「糸使い」
「‥‥‥なにか?」
「おつかれさまってさ、言いに来たのよ」
「ああ‥‥‥おつかれさま‥‥‥」
誕生日だなぁ、と漠然と考えながら空を見る。
その日もジョーはボロボロになっていた。剣の使い方を教わっていると、こうして身体を怪我するのも多くなってくる。
ラナ・レデエは傷を見ながら、髪の端を摘む。
「お前が、お前さんが本当にそこまでボロボロになるまでやることかい‥‥‥? 魔人族との戦いはさ‥‥‥ほんとうなら、お前は戦場に立ちたくないって泣いていてもおかしくない年頃なんだぜ」
「俺は家族を魔人族に殺された」
「たからさ! 今度は家族だけでなく、自分まで奪われかねない」
「俺はバザを地獄に落とすのよ」
「自分が先に落ちるかもしれないでしょう‥‥‥!?」
「それならそれで、俺は‥‥‥あいつらを地獄に引きずり込む蜘蛛の糸になるよ。それが一番だと、俺の脳細胞が言ってる」
頑なであった。ラナは「そうかよ」と言ってから、ジョーの額をぺちんと叩いた。ジョーは「冷えたレモンが食堂にあるよ」と遠ざかっていくラナの背中に投げかけた。
「俺も‥‥‥そろそろ動こう‥‥‥」
怪我は下手に隠すより風にさらしておいたほうが治りが早い。ジョーはあたらしいシャツを羽織って、食堂の方に向かった。
食堂では十五歳の少女メリリ・ホーンがせかせかと働いているところだった。ラナは「いじわるボーイ」とジョーをからかう。
「今日のいじわるさん登場ですね、シミズさん」
「お嬢、こいつまた第六感で冷やしレモン見てましたよ」
「サプライズなのに! もう!」
「許してくれよ、お嬢。俺の第六感は常に働き盛りなんだぜ」
てきとうな椅子に座って、メリリに微笑みかける。メリリは慌てながら、冷やしたレモンをジョーに渡した。
「ある程度身体が休まったら今度は街に出てくるよ。ということなのだけれど、猫噛みはいるかい?」
猫噛みというのは、元盗賊でジョーに誘われて──というより、半ば無理矢理強制的に──騎士団に入団したオーザム・ディガーズの事である。警察に歯向かう姿を何処かの新聞記者が「ネズミが猫に噛みついている」と表現したことがきっかけで、そんな二つ名がつけられた。
「ディガーズさんなら、馬の面倒を見ると言っていましたよ!」
「あいつのことよく構うね」
「俺、あいつ好きなんだ。子供に優しいだろ」
「人の良いところを見つけるのが得意だものな」
「悪いところばかり見ていたら悲しいだろ」
馬屋に向かってみると、やたら猫背の男が馬に微笑みかけているのが見えた。
「猫噛み」
「げ、糸使い」
「行くぞ」
「またあ? 俺もう嫌だぜアニキ、また雑用ばかりする」
「俺は趣味、お前は罪滅ぼし」
「王城の金庫に入っていたろ。何やってんだ本当に」
うだうたとうるさいオーザムの首根っこを掴み、街に出る。ジョーはときおり王都に出て困っている街の住人を手助けしている。
善意というわけではなく、かつて騎士団長レイン・マラガスに「気を詰めてばかりでは強くはなれない、ほどほどに気分転換をするべきだ」ということを言われたのでやっている。
「アニキだけだぜ、人助けしてストレス解消してんの」
「いけないか?」
「いけないぜ、健全でないもの」
「言う。お前は俺の兄か?」
「いつもそれを言うから俺なんも言えなくなるんだよ」




