第63章 総力リクルート
■永田町・国会議事堂 衆議院委員会室
重厚なオーク材の扉が閉ざされた委員会室には、張り詰めた緊張感と、それ以上に濃密な「媚び」の空気が充満していた。
フラッシュの光が断続的に焚かれる中、東義昭は参考人席ではなく、法案提出者としての席に深く腰掛けていた。
議題は『覚醒者労働促進法案』の最終審議。
かつては「人権侵害だ」「徴兵制の布石だ」と東を口汚く罵っていた野党のベテラン議員、浪川が質問に立った。
「……えー、東先生。
本法案における、覚醒者の労働環境の安全管理についてですが……」
浪川は額の汗をハンカチで拭いながら、揉み手をするように言葉を継いだ。
「非常に……そう、非常に画期的で素晴らしいスキームだと、改めて感銘を受けておる次第です。
かつての私の発言は、勉強不足による誤解もございまして……。
先生の描かれる『共生社会』の理念に、我が党も全面的に賛同いたしたく存じます」
それは数日前、西園寺や轟の失脚を見た男の言葉だった。
西園寺の逮捕、轟や豊穣の失墜、そして不死原組の消滅。
それらを目の当たりにした彼らは、恐怖に震え上がり、雪崩を打って「東派」へと寝返っていた。
周囲の議員たちも、固唾を飲んで東の反応を待っている。
東がその気になれば、「貴様は昨日まで私を罵倒していただろう」と過去の発言を掘り起こし、政治生命を絶つことなど造作もないからだ。
だが、東は穏やかに微笑んだ。
「ありがとうございます、浪川先生。
先生のように経験豊富な方に、私の理念をご理解いただけたこと……大変心強く思います」
「は、はあ! 恐縮です!」
「過去の些細な行き違いなど、これからの日本の未来に比べれば塵のようなものです。
……昨日の敵は、今日の友。
共に、この国を豊かにしていこうではありませんか」
東が右手を差し出すと、浪川は感極まったような顔で、その手を両手で握りしめた。
「も、もちろんですとも! 微力ながら尽力させていただきます!」
委員会室に、安堵の溜息と万雷の拍手が響き渡る。
東は拍手を受けながら、内心で冷ややかに独りごちた。
(……そうだ。それでいい)
東は、無益な粛清を好まない。
裏切り者を一人一人断頭台に送るのは、カタルシスはあるかもしれないが、非効率的だ。
恐怖で支配するよりも、恩を売り、利益を与え、システムの一部として組み込む方が、社会は安定する。
彼が望むのは、血の雨が降る戦場ではない。
誰もがルールを守り、システムが円滑に回り、美味しいワインを静かに楽しめる……そんな「退屈で平和な日本」なのだから。
■数日後・洋館のバルコニー
夕暮れ時の風が、東の髪を揺らしている。
眼下に広がる庭では、六名がアレックスとコタロウがサッカーに興じ、宗方がそれを無表情で眺めている。
食堂からは、幸田美咲が夕食の準備をする匂いが漂い、鈴木浩三が採れたての野菜を運び込んでいる。
谷は覚醒者の事件の書類を片付け終わりタバコ休憩に行き白川はコーヒーを飲んでいる。
食堂の影では髙橋が家族に電話して週末の予定を立てて、それを聞いた田治見がちょっかいをかけている。
かつて暴徒が押し寄せた森は、今は静寂を取り戻していた。
「……平和だな」
東は手すりに寄りかかり、呟いた。
国会は全会一致で法案を通し、経済界は東のシステムによって未曾有の好景気に沸いている。
逆らう者はもういない。
話し合いと、少しの圧力と、大きな利益分配。
それらによって築き上げられた、東の理想とする「管理された平和」。
「……退屈だ」
東はワインを一口含んだ。
その言葉は、決して不満ではない。
この「退屈」を守るために、彼は手を汚し、策を弄し、怪物たちを従えてきたのだ。
「この退屈が、一日でも長く続けばいい」
東はグラス越しに、赤く染まる東京の空を見上げた。
街は静かに呼吸をしている。
彼の作った新しい秩序の中で。
だが、東は知っている。
この平和が、薄氷の上に成り立つ仮初めのものであることを。
人間の欲望、覚醒者の暴走、そしてまだ見ぬ世界の歪み。
それらが再びこの退屈を脅かす時、彼はまた躊躇なく振る舞うだろう。
「……さて、夕食にするか」
東はグラスを置き、愛すべき部下たちが待つ食堂へと背を向けた。
■対策局・農地エリア(翌日午前11時)
「オラァァァッ!! 次だ次ィ!! ダイコン一丁上がりぃッ!!」
鈴木浩三が咆哮と共に地面に手を叩きつけると、ボコォッ! という音と共に、青々とした大根が一斉に土から飛び出した。
種を植えてから収穫まで、わずか30秒。
驚異的な生産速度だが、それは同時に、土壌への壊滅的な負担を意味する。
「鈴木さぁん! 土が! 栄養がスッカラカンですよぉ!!」
悲鳴を上げているのは、髙橋俊明だ。
彼は、一瞬で数百キロ離れた山奥へ飛び、栄養豊富な腐葉土をコンテナごと転移させ、次は湖へ飛んで大量の水を撒く。
「はい土ォ!! 次、水行きまーす!!」
ズザザザザーッ!!
空中に開いた穴から、ダンプカー数台分の土と水が畑に降り注ぐ。
鈴木がそれを能力で瞬時に撹拌し、また種を撒く。
「収穫班! 何やってる遅ェぞ! 次のキャベツが詰まってんだよ!!」
「無茶言わんでくださいよ!!」
収穫を担当しているのは、今日は非番だったはずの黒田義信、横手らK-Securityの面々と、たまたま通りかかって捕まった谷などの職員たちだ。
「箱が足りねぇ! ダンボール持って来い!」
「黒田さん、こっちのトマトもう熟れすぎて破裂しそうです!」
「たまたまタバコ吸いに来ただけでなんで俺がこんな泥だらけになんなくちゃいけねぇんだよ!?」
「出荷先はどこだ!? 埼玉の倉庫か!? 髙橋さん、転移先指定してください!!」
「あぁもう!物流もやんなくちゃいけないので一旦席外します!」
戦場だった。
30秒ごとのタイムリミット。
鈴木が常に「木」の能力を解放している為一瞬でも手を休めれば、成長しすぎた野菜が腐るか、土が枯渇して不毛の大地になる。
物流革命と食料革命の裏には、彼らの血と汗と涙(物理)があったのだ。
■農地エリア・端(正午 休憩)
「「…………」」
昼のチャイムが鳴ると同時に、鈴木と髙橋は泥だらけの地面に大の字になって転がった。
指一本動かせない。呼吸をするのさえ億劫だ。
「……なぁ、髙橋さん」
鈴木が、空を見上げたまま掠れた声で言った。
「……なんですか、鈴木さん」
「空が……青いなぁ」
「……そうですね。
……あれ、おかしいな。俺には、お花畑と川の向こうで死んだ婆ちゃんが手招きしてるのが見えますよ」
「ははっ……。奇遇だな。俺もだ」
二人は泥まみれの顔を見合わせ、力なく笑った。
「……俺たち、そろそろ死ぬかもな」
「……過労死ですね。間違いなく」
覚醒犯罪者の数は減り、Nシステムとその他の防犯カメラを扱うサラと、転送又は実働部隊の六名と宗方がいる時点で、偶に出てきた覚醒犯罪者等は一瞬で片付くのであった。
手の空いた二人の英雄は日本の食卓と物流を支える為に今まさに、労働基準法の彼方へと旅立とうとしていた。
■洋館・食堂兼指令室
優雅にランチを取りに来た東義昭は、食堂の惨状を見て眉をひそめた。
収穫作業に駆り出された黒田たちが、泥だらけで死んだようにカレーを啜っている。
そして、窓の外では鈴木と髙橋が死体のように転がっている。
(……限界か)
東は冷静に分析した。
システムは完璧だ。だが、それを回す「エンジニア(能力者)」の数が圧倒的に足りていない。
鈴木と髙橋を、単純労働で使い潰すのは愚策だ。
東は、PCに向かってサンドイッチをかじりながらキーボードを叩いているサラ・コッホの元へ歩み寄った。
「サラ」
「んー? What's up?(どうしたの?)」
サラはモニターから目を離さずに答えた。現在は、まだ捕まっていない覚醒犯罪者の居場所特定作業に追われている。
「追加のオーダーだ。
犯罪者リストの検索条件を広げろ」
東は淡々と告げた。
「現在の『危険度』優先ではなく……『能力の属性』で探せ。
具体的には、鈴木君の負担を減らす『木・草・花・土』の操作系。
そして、髙橋君の代わりになる『橋(架け橋)・方(方向操作)・道』といった空間干渉系だ」
サラの手が止まった。
彼女はゆっくりと振り返り、充血した目で東を見た。
「……Maji de?(マジで?)」
「Majiだ」
東は真顔で即答した。
「彼らが過労死すれば、日本のインフラは崩壊する。
犯罪者でなくてもいい。在野に埋もれている能力者を、金で雇ってもいい。
とにかく数が要る。……今日中にリストアップしろ」
「No way……(嘘でしょ……)」
サラはガクリと項垂れ、机に突っ伏した。
「私だって大変なのよ……! ただでさえ犯罪者リストの更新でパンクしそうなのに、これ以上探せって……!?」
サラの悲鳴に近い嘆き。
その背中を、ポンポンと優しく叩く手があった。
「よしよし。サラさん、元気出して」
「サラ殿。貴女が場所を特定してくだされば、我々がすぐに迎えに行きますから」
ハンバーグ(昼食)を食べに来ていた六名駿太と宗方だった。
彼らは「現地への転移要員(タクシー代わり)」として、サラとセットでこき使われている。
「うぅぅ……六名くぅん……」
サラは涙目で六名の服の袖を掴んだ。
「あんたたち元気ね……。若いっていいわね……」
「東さんが『働かざる者食うべからず』って言ってました」
六名はニコニコしながら、残酷な真実を口にした。
「……はぁ」
サラは重い体を起こし、栄養ドリンクを一気に飲み干した。
「分かったわよ、ボス。
やればいいんでしょ、やれば!
……日本の隅々までスキャンして、草一本操れる奴まで根こそぎ見つけ出してやるわ!」
ヤケクソ気味にキーボードを叩き始めるサラ。
その横で、東は静かにコーヒーを啜った。
「頼むぞ。
……この国には、まだまだ『人手』が必要だ」
敵はいなくなった。
だが、対策局は今、かつてないほどの「深刻な人手不足(マンパワー不足)」という、最も現実的な敵と戦っていた。
■洋館・指令室(午後1時)
「……Boss. もう無理。My eyes are burning(目が焼けるように痛い)……」
サラ・コッホが、デスクに突っ伏したまま呻いた。
モニターには、日本地図と無数の犯罪者データが表示されている。
「犯罪者リスト、警察のデータベース、裏サイトの掲示板……全部洗ったわよ。
『植物』や『空間』の能力者ってか全国の「鈴木」と「髙橋」って苗字多すぎて逆にリストアップに困るわよ…」
サラは涙目で東を見上げた。
「大体、犯罪者なんて隠れるのが仕事なのよ?
いくら私が頑張ったって見つけれる数に限りがあるわよ…それに植物系の能力者と転移系の能力者も探せって…善人の方が多い日本でそれらを犯罪に使っている能力者って少ないのね…素晴らしい国だわ…」
「……その通りだ、サラ」
東義昭は、サラの背後に立ち、静かにコーヒーを置いた。
「だから、視点を変える。
犯罪者を探すんじゃない。……『成功者』を探せ」
「……Hah?(はぁ?)」
東はモニターを指差した。
「検索条件をリセットしろ。
探すのは『事件』じゃない。『奇跡』だ」
東は流暢に指示を出し始めた。
「SNS、地方新聞、趣味のブログ……これらをクロールしろ。
キーワードは——
『巨大カボチャ コンテスト優勝』
『枯れない奇跡の花壇』
『絶対に遅刻しない伝説のバイク便』
『密室からの神隠し』」
サラが瞬きをする。
「Wait……それって、ただの一般人じゃ……」
「そうだ。
彼らは無自覚に、あるいは趣味の範囲で能力を使っている可能性がある。
犯罪者は隠れるが、趣味人は成果を自慢したがるものだ」
東はニヤリと笑った。
「写真付きでSNSにアップされている『異常な収穫物』や、GPSログに残る『あり得ない移動速度』……。
それが、我々が探すべき『金の卵』だ」
「……!!」
サラの目に、狂気じみた光が戻った。
「なるほどね……! 『自慢しい』の一般人なら、向こうから証拠を出してくれてるってわけか!
OK、Boss! 天才的だわ(Brilliant)!」
「頼むぞ。……それと、並行してもう一つ仕掛けを用意してある」
■洋館・特設スタジオ(廊下)
「はい、カメラ回ります! 笑顔でお願いしますよ、笑顔で!」
カメラマン(広報担当のK-Security隊員)が叫ぶ。
そのレンズの先には、新品の制服を着せられた鈴木浩三と髙橋俊明が立っていた。
二人の顔色は土気色。目の下にはドス黒いクマ。
ドーランを厚塗りしてなんとか隠しているが、立っているのがやっとの状態だ。
「……3、2、1、キュー!」
「……に、日本の……食卓を、守る……」
鈴木が、引きつった笑顔でカンペを棒読みする。
「あなたの『緑を育てる力』が……国の力に、なります……」
「……移動時間の無駄を、なくそう……」
髙橋が、死んだ魚のような目でピースサインを作る。
「僕たちと一緒に……新しい物流を、作りませんか……」
「「年収2000万円保証! 公務員扱いで一生安泰! アットホームな職場です!」」
「はいカットォォ!! OKです!!」
ガクッ。
カットの声と同時に、二人はその場に崩れ落ちた。
「……嘘つき……。何がアットホームだ……」
鈴木が床に伏せながら呻く。
「家に帰れねぇじゃねぇか……」
「……年収2000万でも……使う暇がないよ……」
髙橋が白目を剥く。
その様子を、東は冷ややかに見下ろしていた。
「嘘は言っていない。
人が増えれば、君たちも家に帰れるようになる。
……このCMを、全国の街頭ビジョンとYouTube広告で流しまくれ。
『捕まる』のではなく『スカウトされる』と思わせれば、隠れている能力者も出てくるはずだ」
■警視庁・取調室(特別面会)
一方その頃。
勅使河原州宏は、鉄格子の向こうにいる男たちと対面していた。
最近逮捕された覚醒犯罪者だ。
「……単刀直入に聞くぞ」
勅使河原は、凄みを利かせた声で言った。
「テメェらの知り合いに、『妙に野菜や果物の出荷ペースが異常に早い奴』や『物理法則を無視している様な運び屋』はいなかったか?」
幹部たちは怯えて顔を見合わせた。
「い、言えば……減刑してくれるのか?」
「ああ。東先生のお墨付きだ。
隠してても得はしねぇぞ。……蛇の道は蛇だ。心当たりがあるんだろ?」
一人が震える手で口を開いた。
「……い、いました。
群馬の支部で……野菜を一晩で腐らせたり、逆に急成長させたりする変な婆さんが……」
別の幹部も手を挙げた。
「う、ウチにも……。
大阪のバイク便の下請けで、渋滞に関係なく絶対に10分で届ける若いのが……」
勅使河原はニカっと笑い、メモを取った。
「上等だ。
……宝の持ち腐れとはこのことだな。
そいつらの名前と住所、全部吐け」
■洋館・指令室(夕方)
「——Bingo!(ビンゴ!)」
サラがキーボードを叩く手を止め、叫んだ。
複数の検索結果と、勅使河原からの情報がモニターに並ぶ。
「Boss! 見つかったわよ!
SNSで『お化けカボチャ』を自慢してる群馬の主婦!
それと、GPSログがあり得ない直線を引いてる大阪のフリーター!」
サラは興奮気味に言った。
「解析結果……主婦の方は『土・肥』の複合能力!
フリーターの方は『道』の空間干渉よ!」
「でかした」
東は即座に振り返った。
後ろで待機していた、二人に声をかける。
「六名、宗方。出番だ」
「はーい!」
六名はサッカーボールを置いて立ち上がった。
「迎えに行けばいいんですか?」
「ああ。サラの出した座標へ飛べ。
そして丁重に……かつ強引に連れてこい」
東は鈴木と髙橋の方をチラリと見た。彼らは死んだように眠っている。
「彼らに、最高の『契約書』を見せてやれ。
……これでようやく、鈴木君たちも週休二日が取れるようになる」
「了解です。……行こう、宗方」
「御意」
シュンッ!!
六名と宗方がその場から消えた。
日本のどこかで、自分の能力を持て余していた「隠れた天才」たちが、数分後にはこの洋館で呆然とすることになるだろう。
東はワインを一口飲み、満足げに呟いた。
「……さあ、かき集めろ。
この国を回すための、新しい歯車たちを」
人材不足という最後の壁に対し、東の総力戦が実を結ぼうとしていた。




