第61章 燃え上がる民意
■洋館・東の執務室
「不死原組……。確かに厄介な連中ですな」
勅使河原州宏は、昔を懐かしむように、しかし鋭い眼光で語り始めた。
「実はちょっと前に、奴らとシマの境界線でひと悶着ありましてね。
向こうは『死なない兵隊』を盾に、数で押し切ろうとしてきやがった」
高柳が息を呑む。
「不死身の集団……どうやって撃退したんですか?」
「相性ですよ、先生」
勅使河原はニヤリと笑った。
「奴らの武器は『数』と、組長・不死原の『即死攻撃』だ。
生身の人間が触れればイチコロ。黒田たちじゃあ、分が悪すぎる。
……だか、俺は違う」
勅使河原は手を開いてみせた。
「俺は前線に立ち、そこらへんの瓦礫や石ころに『使』の能力を通して、即席の兵隊を作りました。
石っころには寿命も心臓もねぇ。不死原がいくら触れようが即死しねぇんです」
「なるほど……!」
「向こうは痛みを感じないゾンビですが、こっちは痛みを感じない石人形。
泥仕合になりましたが、ある程度一箇所にまとまったところで……俺の『河』で、崖の下まで一気に流してやりました。
まるでトイレの水洗みてぇにな」
勅使河原は、愉快そうに鼻を鳴らした。
「向こうも『相性が悪い』と悟って引いてくれましたが……。
今回動くとなれば、あの時以上の数が来るでしょう」
勅使河原は真剣な表情になり、東に向き直った。
「東先生。
今回の防衛戦、K-Securityの若い衆は下げさせてください。
生身の人間じゃ、事故が起きる。……こちらの被害をゼロに抑えるなら、俺一人で事足ります」
勅使河原は言葉を継ぐ。
「もし、数が多すぎて俺の手が回らねぇようなら……六名か、宗方を貸していただければ十分かと。
彼らなら、不死原なんぞ指先で十分でしょうから」
自信に満ちた提案。
確かに「物理的な戦闘」に限れば、勅使河原の読みは正しい。非生物による完封勝利が見えている。
だが、東義昭は静かに首を横に振った。
「……勅使河原さん。貴方の戦術眼は正しい。
もし奴らが、かつての抗争のように『真正面から喧嘩を売ってくる』なら、その作戦で行きましょう」
「……真正面からじゃねぇ、と?」
東は窓の外、広がり始めた夕闇を見つめた。
「彼らも馬鹿ではない。
常に覚醒者が入り浸るこの洋館に、無策で突っ込んでくることはないでしょう。
……攻めてくるのは、不死原組だけではないのです」
東はデスクの受話器を取り、短縮ダイヤルを押した。
「長宗我部、聞こえるか?
……ああ、そうだ。不死原組が動いた。
だが、それは囮か、あるいはトドメの一撃だろう。
……すぐに私の部屋に来てくれ。あらゆるケースを想定した作戦会議を始める」
受話器を置き、東は脳内で盤面を整理する。
(不死原組が単独で動くなら、勅使河原の言う通り局地戦で終わる。だが、今回は違う。奴らの背後には西園寺がいる。そして西園寺が接触できる『東への恨みを持つ者』は誰だ?
全流連の轟、全農連の豊穣、そして日教連の桂木だ。
彼らが手を組んだと仮定しよう。轟の『物流停止』と、豊穣の『食料制限』。この二つが合わされば何が起きる? 首都の機能不全……いや、人為的な『飢餓』だ。
そこに桂木の『扇動力』が加われば、飢えた市民はどこへ向かう? 憎き対策局だ。
不死原の武力は、ただのヤクザの殴り込みではない。
物流が止まり、食料が消え、飢えた市民が暴徒となって押し寄せる……。その混乱の中に、不死原組が紛れ込んでくるとしたら…)
少しの沈黙…東が勅使河原と高柳を見据えた。
「物流が止まり、食料が消え、飢えた市民が暴徒となって押し寄せる……。
その混乱の中に、不死原組が紛れ込んでくるとしたら?」
「なっ……!?」
勅使河原の顔色がさっと変わった。
「市民を……盾にする気ですか!?」
「奴らならやるでしょう。
そうなれば、貴方の『河』も『瓦礫』も使えなくなる。
市民を巻き込まずに不死原組の兵隊だけを排除する……そんな針の穴を通すような戦いを強いられます」
東は組み上げた指に顎を乗せ、脳内で無数のシミュレーションを走らせた。
(……轟が物流を止めれば、髙橋の転移だけでは補給が追いつかない。
豊穣がデマを流せば、鈴木の野菜は受け入れられない。
そして桂木が扇動すれば、我々は『悪』として孤立する……)
「……厳しい戦いになるぞ」
東の瞳に、冷徹な光が宿る。
「だが、手はある。
奴らが『生活インフラ』を人質に取るなら……我々は『国家権力』という劇薬を使うまでだ」
「長宗我部が来次第、始めましょう。
……この国を人質に取ったテロリストどもを、どう料理してやるか。
我々の描く未来図に、老害たちの席はないということを教えてやるのです」
勅使河原はゴクリと唾を飲んだ。
目の前の男は、暴力団よりも遥かに恐ろしい絵を描いている。
東義昭の頭脳が、来るべき総力戦に向けてフル回転を始めていた。
■対策局・食堂(夜)
大型テレビから、緊迫したニュース速報が流れていた。
『――速報です。都内の児童養護施設および小学校にて、集団食中毒が発生しました。
全農連の豊穣会長は会見で、「原因食材は、対策局の鈴木捜査官が能力で作成した野菜である可能性が極めて高い」と発表しました』
画面には、苦しむ子供たちの(加工された)映像と、深刻な顔で頭を下げる豊穣篤子の姿。
さらに、コメンテーターが畳み掛ける。
『未知のエネルギーで作られた野菜……やはり人体への影響は未解明だったということでしょうか』
『子供たちを実験台にしたと言われても仕方ありませんね』
食堂で夕食をとっていた鈴木浩三が、箸をへし折って立ち上がった。
「ふざけるなッ!!
俺の野菜は毒なんかじゃねぇ! ちゃんと検査もした! 俺が一番食ってるんだぞ!?」
鈴木の怒号が響く。周囲の職員たちも憤りを見せている。
ネット上のコメント欄には、『あんなに美味しかったのに嘘だろ?』『対策局は今まで助けてくれたぞ』という擁護の声もあったが、テレビは大々的に不安だけを煽り続けていた。
「落ち着け、鈴木君」
コーヒーを片手に、東義昭が静かに声をかけた。
「東! でも、こんなデタラメ……!」
「分かっている。これは豊穣の仕掛けた『毒』だ。
……だが、反論するにはまだ早い」
東は冷徹な目でモニターを見つめた。
「これだけでは終わらんよ。
食の不安を煽った次は……『供給』を止めに来る」
「え?」
「見ていろ。奴らは畳み掛けてくるぞ」
東の予言通り、翌朝のニュースはさらに絶望的なものとなった。
■翌朝・街頭ビジョン
『国民の皆様の命を守るため、苦渋の決断をいたしました』
画面の中で、全流連の轟謙三が、芝居がかった苦渋の表情で語っていた。
『毒が含まれている可能性のある野菜を、我々のトラックで運ぶわけにはいきません。
安全が確認されるまで……対策局からの物流を、一時ストップいたします』
その宣言と同時に、都内のスーパーから水と食料が少なくなってきた。裏で轟と豊穣が本来東京に卸される水や食料を大量に買い上げて隠していた。
空っぽの棚。ガソリンスタンドの長蛇の列。
市民の不安がピークに達したその時、新宿の駅前広場に桂木学が現れた。
「皆さん! 見てください!
東義昭と対策局の暴走が、我々の生活を破壊したのです!」
桂木はマイクを握りしめ、絶叫した。
「彼らは我々の仕事を奪い、子供たちに毒を食べさせ、そして物流を止めた!
覚醒者による支配……それが東の狙いです!
このままでは、貴方たちも、貴方たちの子供も、怪物たちの奴隷になってしまう!」
桂木が対策局が全ての悪となるような演説を行う。
「そうだ! 許せない!」
「飯を返せ! 仕事を返せ!」
最初は半信半疑だった市民たちも、空腹と将来への不安、そして巧妙な扇動によって、徐々にその怒りの矛先を対策局へと向け始めていた。
■対策局・食堂(昼)
『打倒! 対策局!』
『悪魔を追い出せ!』
テレビに映るデモ行進の映像を、六名駿太と宗方が心配そうに見つめていた。
六名の皿には、大好きなハンバーグが乗っているが、今日は手付かずだ。
「……僕たち、やっぱり悪いことしてるのかな」
六名がポツリと漏らす。
「みんな怒ってる。……どうしたらいいんだろう?」
宗方は無言で首を振るが、その表情のない顔からも不安が滲み出ていた。
「馬鹿を言うな、六名」
背後から、温かい手が六名の頭に乗せられた。
勅使河原州宏だった。そして、その横には東も立っている。
「東さん……勅使河原さん……」
「安心しろ。あれは演出された怒りだ」
東は優しく、しかし力強く言った。
「君たちが悪いわけじゃない。
……少し、大人の喧嘩が過ぎただけだ。すぐに終わらせる」
東は勅使河原に視線を移した。
「勅使河原さん。……例の件、頼めますか」
「へい」
勅使河原は頷いた。
「暴徒化した市民……そして、その中に紛れ込むであろう不死原組のゾンビ共。
これらを『選別』する必要があります」
東は指示を出した。
「今日非番で今、手が空いている102人の中から……名前に『清』や『斎』のつく覚醒者を数名、正門前に配置してください。
彼らの『浄化』や『結界』の能力が必要になります」
「お安い御用です。
『清原』さんを含め、結界持ちや浄化持ちは何人か育っています。
……兵隊共の化けの皮、入り口で剥がしてやりましょう」
「頼みます」
■数日後・対策局周辺の森
都内の食料備蓄は徐々になくなり、食料の値段は通常の10倍程になっていた。市民の飢餓感と怒りは限界を超えていた。
「行くぞ! 対策局には食料がある!
我々の飯を取り戻せ!」
桂木学の扇動により、数万人に膨れ上がったデモ隊が、対策局のある洋館へと向かう森の一本道を行進していた。
横断幕には『打倒・東義昭』『子供を守れ』の文字。
その中には、目を血走らせた一般市民に混じり、異様に殺気立った男たち、不死原組の構成員も息を潜めていた。
森の木々がざわめく。
地響きのような足音が、洋館へと迫る。
■洋館・指令室
無数の監視カメラの映像が、森を埋め尽くす群衆を映し出していた。
「……来たわね。予想以上の数よ」
サラ・コッホが、冷ややかにキーボードを叩く。
「推定3万人。中には武器を持った市民もいる。
……そして、サーモグラフィで反応がおかしい連中が約500人。間違いなく不死原の兵隊ね」
「ああ。歓迎しよう」
東義昭は、モニターに映る暴徒の波を見下ろし、静かに、しかし冷酷に告げた。
「全ての毒は出切った。
これより、反撃を開始する」
東はマイクを手に取った。
「各員、配置につけ。
……『東京枯渇作戦』を、ひっくり返すぞ」
スイッチが押された。
森の向こうで待ち構えるK-Securityと、覚醒者たちの目が光る。
本当の戦争が、今始まろうとしていた。
■対策局・周辺の森(正午)
「進めぇぇ!! 悪魔の城を焼き払え!!」
「食い物をよこせ!!」
桂木学の絶叫に呼応し、飢えた市民たちが森を進む。
彼らの目は血走り、理性は空腹と怒りで焼き尽くされていた。
その群衆の影に、異様な殺気を放つ男たち――不死原組の構成員たちが紛れ込んでいる。懐にはドスや拳銃、そして不死原の「不死」を「原」の能力で高域に展開して「死なない体」という最強の凶器を隠し持って。
(……へへ、チョロいもんや)
変装した組員の一人が、舌なめずりをした。
(門が開いた瞬間、この一般人どもを盾にして突っ込む。
K-Securityがモタついてる間に、中を血の海にしたるわ)
地響きのような足音が、洋館の正門前に到達した。
「開けろ!! 東義昭を出せ!!」
「子供たちに毒を食わせた謝罪をしろ!!」
怒号が飛び交う中、重厚な鉄の門が、ギギギ……と音を立てて開いた。
「……来たぞ! 突撃だぁ!!」
桂木が叫び、群衆が雪崩れ込もうとした、その時だった。
『……ようこそ、市民の皆様』
スピーカーから、東義昭の冷静な声が響き渡った。
『腹が減っているのだろう? 食事と食料を用意した。君たちにとっては不安かもしれないが是非遠慮なく食べてほしい。
ただし……我々のルールに従ってもらう。
「一人ずつ」、そのゲートをくぐってくれたまえ』
門の向こうには、簡易的なゲート――空港の金属探知機のような枠――が設置されていた。
そしてその横には、どこにでもいそうな中年男性、清原たちが、緊張した面持ちで立っていた。
「はっ! 何がルールだ! 無視して進め!」
桂木が煽るが、先頭の市民が鼻をひくつかせた。
「……いい匂いがする」
ゲートの奥から、強烈な食欲をそそる香りが漂ってきていた。
空腹の市民は、たまらずゲートをくぐり抜けた。
ブォン。
空気が揺れるような感覚があったが、何も起きない。
「……あれ?」
市民が顔を上げると、目の前には湯気の立つ炊き出し所があった。
「……食い物だ! 」
高くなりすぎた食料を買えなかった低所得者達が一人、また一人と対策局の玄関前へ吸い込まれていく。
それを見た不死原組の男たちが、痺れを切らした。
「ええい、まどろっこしいわ! 邪魔やどけ!」
「オラァ! 全員殺したるわ!」
数人の男たちが正体を現し、ドスを抜いてゲートへと突っ込んだ。
「死なない体」を過信した特攻。
だが。
ブォン。
ゲート――清原たちが展開する『清浄結界』――をくぐった瞬間。
「……あ、が……ッ!?」
男たちの体が、糸が切れた人形のように崩れ落ちた。
「不死」の能力が強制解除され、蓄積していたダメージが一気に噴き出したのだ。
「生身の人間」に戻った彼らは、待ち構えていた勅使河原とK-Securityにあっさりと関節を極められた。
「ぎゃあああッ!? い、痛ぇ!? なんでや!」
「はい、ご苦労さん」
勅使河原が、地面に組み伏せられたヤクザを見下ろして鼻で笑った。
「『更生施設』で垢を落として、ただのチンピラに戻ってから出直してきな」
次々と倒れるヤクザたち。
それを見た市民たちがざわめき始める。
「おい……あいつら、デモ隊の中に刃物を持って……?」
「ヤクザだ! 暴力団が紛れ込んでたぞ!」
バルコニーに姿を現した東が、冷ややかに見下ろした。
「……これが、貴方たちの『正義』の正体ですか? 桂木さん」
■対策局・前庭
正門での選別が終わった市民たちは、信じられない光景を目にしていた。
「はい、お待たせしました! 採れたてですよ!」
鈴木浩三が、プランターから一瞬で立派なキャベツや大根を育て上げ、それを幸田美咲たちが次々と鍋に放り込んでいる。
「毒だなんてデマです! 私たちが食べて見せますから!」
幸田がシチューを頬張り、満面の笑みを見せる。
それを見た子供が、我慢できずに駆け寄った。
「おいしい……!」
その一言で、豊穣篤子が流した「毒野菜」のデマは崩壊した。
さらに、広場の真ん中には、見たこともない大量のコンテナが積まれている。
「な、なんだこの量は……? スーパーには何もなかったのに……」
東がマイクを持って降りてきた。
「不思議に思うかね?
これは、全流連(轟)と全農連(豊穣)の秘密倉庫から、特別に『譲って』いただいたものだ」
東の背後で、髙橋俊明が疲れた顔で敬礼した。
「……転移で運び出すの、大変だったんスからね。マジで山ほど隠してありましたよ」
「隠して……いた……?」
市民の中に、動揺が走る。
「俺たちは飢えていたのに、あいつらは食い物を隠し持っていたのか?」
東は畳み掛けるように、大型モニターを指差した。
サラ・コッホの仕事だ。
『……下民どもは飢えさせておけ。その方が扱いやすい』
『毒の診断書、上手く捏造できたでしょう?』
モニターに映し出されたのは、料亭での轟と豊穣、そして西園寺の密談の盗撮映像だった。
「嘘だ……」
「俺たちは、あいつらに騙されて……」
市民の顔色が、恐怖から怒りへと変わっていく。
その矛先は、もはや対策局ではない。
「……さあ、仕上げだ。
本当の『悪』を、ここに引きずり出せ」
シュンッ!!
東の後ろで控えていた六名と宗方の能力で空間が歪み、広場の中央に、豪勢な食事を囲んでいた四人の男女――轟、豊穣、西園寺、そして逃げようとしていた桂木が、椅子ごと転移してきた。
「なっ……!?」
「ここは……どこだ!?」
轟が箸を取り落とし、豊穣が扇子を落とす。
彼らが見上げた先には、数万人の、怒りに燃える市民の瞳があった。
「……やあ、ようこそ」
東が、悪魔的な笑みを浮かべて彼らの前に立った。
「安全圏からの高みの見物は楽しかったかね?
……紹介しよう。彼らが、物流を止め、毒のデマを流し、貴方たちを飢えさせた張本人だ」
「ひっ……!」
西園寺が悲鳴を上げる。
「ち、違う! 私は……!」
「……てめぇらか」
最前列にいた市民が、震える拳を握りしめた。
「俺の子供が……腹減って泣いてる時に……てめぇらは料亭で飯食ってたのか……!」
「殺せ!!」
「許すな!!」
暴徒の波が、今度は四人の黒幕に向かって押し寄せた。
「ま、待て! 話せば分かる!」
「警察! 警察を呼べぇ!!」
轟の絶叫も、豊穣の悲鳴も、怒号にかき消されていく。
K-Securityは、それを止めることなく、ただ静かに「市民の安全」を守るために道を開けた。
「……自らが煽った炎に焼かれる気分はどうだ?」
東は、民衆の海に飲み込まれていく昭和の亡霊たちを見下ろし、静かにワイングラスを傾けた。
「革命完了だ」




