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巡り巡る 〜漢字の意味が世界を変える世界〜  作者: 暇な鍼灸師


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第56章 上司の背中




■洋館・東の執務室(午後)



「……ふぅ」


空調の効いた執務室。東義昭は、アンティークのカップで極上のブルーマウンテンを一口啜った。


部屋には静謐な空気が満ちており、外の喧騒とは無縁だ。


彼の手元には、サラが洗出した『清』と『斎』の苗字を持つ覚醒者リストと、一台のスマートフォンがある。


東は窓の外、彼らが飛び回っているであろう市街地の方角を一瞥した。


「彼らの熱意が伝わり優秀な覚醒者をスカウト出来ると思ったんだが…非効率極まりないな」


「私が同行するか…?いや、他人の家の玄関など雑菌と生活臭の巣窟だ。私が直々に出向くになど、生理的に耐えられん」


東はリストの上位を指でなぞる。


ピックアップしたのは、多重債務者、あるいは社会的な承認欲求に飢えている「落ちこぼれの覚醒者」たち。


「ならば私はココから動こう……人間を動かすのは『欲望』だ」


東は受話器を取り、流れるような動作で番号を押した。


「——もしもし。……突然の電話で失礼する。

私、内閣府・覚醒者特別犯罪対策局の局長代理、東義昭という者だ」


『は、はぁ……? 東……って、あのテレビに出てる政治家の?』


「そうだ。単刀直入に言おう。おめでとう」


東の声色は、詐欺師よりも甘く、そして悪魔のように魅力的だった。


「貴方は、国が認定する『特別技能保持者』に選抜された。

つきましては、貴方のその『場を清める能力』を、国家プロジェクトに貸していただきたい」


『こ、国家プロジェクト……?』


「報酬は公務員給与の倍。福利厚生は完備。

さらに……興信所の調べでは、貴方には消費者金融への負債があるようだが?

これについても、提携銀行を通じた『特別借り換え』の口利きが可能だ」


『っ!? ほ、本当ですか!?』


受話器の向こうで、相手が椅子から転げ落ちる気配がした。


「嘘は言わん。……どうだね?

日陰で借金に追われるか、国の英雄として安定を手にするか」


『やります! やらせてください! 一生ついていきます!』


「賢明な判断だ。では、のちほど契約書を送る」


ガチャリ。


東はリストの一人に赤ペンで『済』のマークをつけた。


所要時間、わずか3分。


「……チョロいものだ。次」


東は淡々と、しかし確実に「電話一本」で候補者を落としていった。


権威、金、安定、そして自尊心。


相手の急所を的確に突き、Yesと言わせる話術。それは彼が永田町の海千山千の中で培ってきた、最も得意とする「政治」そのものだった。



■洋館・食堂(夕刻)



「ただいま戻りましたー!!」


夕食の準備が進む食堂に、髙橋俊明と白川真純が飛び込んできた。


二人の姿はボロボロだった。スーツは汗じみを作り、靴は埃まみれ。疲労困憊のはずだが、その顔には、連日の徒労感を吹き飛ばすほどの「達成感」が輝いていた。


「おお、お帰り! その顔、いいことあったか?」


鈴木浩三が、冷えたビールを片手に出迎える。


「ええ! 大収穫ですよ鈴木さん!」


髙橋が興奮気味にネクタイを緩めた。


「東先生のアドバイス通り、『給付金』と『居場所』の話から切り出したら、皆さんドアを開けてくれて!」


「最初は警戒されましたけど……」


白川も手帳を開き、嬉しそうに報告する。


「こちらの活動ビデオを見せて、『貴方の力が必要なんです』って訴えたら……。

斎藤さんと、清田さんと……皆さん、『自分の能力が人の役に立つなら』って涙ぐんでくださって……!」


白川の目にも、うっすらと涙が浮かんでいた。


心と心が通じ合った手応え。それは、デスクワークでは得られない現場の熱量だった。


「今日だけで、なんと4名の方から内諾を頂きました!」


「4人か! そりゃすげぇ!」


サラ・コッホが口笛を吹き、アレックスが拍手を送る。


「あの門前払いの日々が嘘みたいね。Nice work!(いい仕事したわね!)」


「泥臭い努力が実ったな。誇っていい数字だ」


「はい! これでシフトの穴埋めに一歩近づきました!」


髙橋と白川は、期待と尊敬のこもった目で、上座に座る東を見た。


「東先生! アドバイス、本当にありがとうございました!

先生の読み通りでした。……おかげさまで、今日は大きな成果が出せました!」


「報告します! 本日の確保人数、計4名です!」


二人は背筋を伸ばし、誇らしげに頭を下げた。


東はコーヒーカップを置き、二人の輝く笑顔と、泥だらけの靴を見つめた。


そして、重々しく頷いた。


「……うむ。4名か」


東の声は、いつも通り沈着冷静だった。


「素晴らしい成果だ。君たちの誠意と努力が、頑なだった相手の心を動かしたのだろう」


「ありがとうございます!!」


二人は顔を見合わせて喜び合った。


「明日も頑張りましょう、髙橋さん!」


「ええ! この調子なら、ノルマ達成まで走り抜けられますよ!」


その微笑ましい光景を見ながら、東は手元のタブレットに視線を落とした。


誰にも見えない角度で。


そこには、東が今日一日、執務室から一歩も出ずに、エアコンの効いた部屋で電話だけで確保したリストが表示されていた。


『本日の確保人数:5名』


(……私が昼寝を挟みながら、電話しただけで5名、か)


東は心の中で苦笑した。


効率だけで言えば、現場に出向く彼らのやり方は非効率の極みだ。


私が本気を出せば、明日にはあと10人は確保できるだろう。


もしここで、「私は電話だけで5人集めたぞ。君たちは効率が悪いな」と言えばどうなるか。


彼らの達成感は粉々に砕け散り、自信は喪失し、「どうせ先生がやればいい」という依存心が生まれるだろう。


(……組織には『士気』が必要だ)


東は指先一つでタブレットの画面を消し(スリープし)、二人に温かい視線を向けた。


「君たちは、現場の空気を変えた。それは数字以上の価値がある」


東は嘘をつかずに、しかし「自分の成果」という真実を隠して褒めた。


「その調子で頼むぞ。……期待している」


「はいッ!!」


髙橋と白川のモチベーションは最高潮に達した。


幸田美咲が運んできた夕食を、二人は「美味しい、美味しい」と言いながら頬張る。


その横顔は、自信に満ちていた。


東は冷めたコーヒーを啜りながら、内心で独りごちた。


(……やれやれ。上司というのも楽ではないな。

私の確保分は……数日後に『向こうから問い合わせがあった』とでも言って、自然に合流させるとしよう)


汚れ仕事と効率化は上が引き受け、現場には夢と誇りを持たせる。


そして、部下の成長のために自分の手柄を消す。


それもまた、東義昭という男の「大人の正義」の形だった。


「さあ、食え食え! 今日は祝い酒だ!」


「飲み過ぎですよ鈴木さん!」


「六名も食えよ! ハンバーグだぞ!」


賑やかな食卓の裏で、着々と「最強の監獄」を作るための駒が揃いつつあった。



■衆議院議員会館・東義昭事務所(夜)



窓の外には、静かな森と微かに見える東京の夜景が広がっていた。


対策局の活躍で少しずつ街に平穏が取り戻されつつあった。


だが、室内の四人の男たちは、それよりも遥か先の「未来」を見据えていた。


「……報告しよう。まずは人員確保の件だ」


東義昭が、デスクの上に分厚いリストを叩き置いた。


「白川君と髙橋君の泥臭いドブ板営業、そして私の……まあ、効率的なリクルートにより、苗字に『清』と『斎』を持つ覚醒者は、現在102名確保できた」


「100名越えですか。……想定以上ですね」


弁護士の高柳慎吾が、驚きの声を上げながら眼鏡を押し上げた。


「これなら、地下収容施設パノプティコンの24時間シフトも余裕を持って回せます」


「ああ。だが、集めるだけでは意味がない。……勅使河原さん」


東は、ソファに深々と腰掛けた着流し姿の男——勅使河原州宏に水を向けた。


「貴方を呼んだのは他でもない。

20名以上の荒くれ者を束ね、K-Securityとして生まれ変わらせた貴方の『統率力』と『現場感覚』が必要だからだ」


「へっ、買いかぶりすぎですよ先生」


勅使河原は謙遜しつつも、鋭い眼光でリストを覗き込んだ。


「だが、これだけの人数を『ただ座って能力を使わせる』だけじゃあ、遅かれ早かれ破綻しますぜ」


勅使河原はタバコを燻らせた。


「人間ってのは、役割と誇りがなけりゃ腐る。

ただの『人間結界』として扱うのではなく、彼らに階級を与え、班を作り、責任を持たせるべきです。

……ガキの使いじゃねぇ。命を預かる仕事なんだと、骨の髄まで叩き込む研修が必要でしょうな」


「同感だ。……その研修プログラムの監修を頼めるか?」


「お安い御用で」


東は満足げに頷くと、ホワイトボードに向き直った。


「さて、ここからが本題だ。

私が描く『覚醒者共生社会』……それを実現するための三つの法案。

これを絵空事ではなく、現実のシステムとして稼働させるための雛形ひながたを作る」


東はマジックを走らせた。



【1. 覚醒者労働促進法】



「能力を産業に転用する。

髙橋君の転移物流、鈴木君の農業革命……。これらを合法化し、税収を生むシステムにする」


「法的障壁は、労働基準法と独占禁止法ですね」


高柳が即座に指摘する。


「彼らの能力は、既存の産業を破壊しかねない。トラック業界や農協からの猛反発は必至です」


「だからこそ、『特区』から始める」


長宗我部政宗が、重厚な声で口を挟んだ。


「特定の地域、特定の業種に限って解禁し、そこで圧倒的な利益が出ることを見せつける。

『反対していると損をするぞ』と、経済界に思わせれば勝ちだ」


「そして現場の運用ですが……」


勅使河原が補足する。


「覚醒者にも『免許ライセンス』が必要ですな。

車の運転免許と同じだ。講習を受けさせ、更新制にする。

そうすりゃあ、能力の暴走も防げるし、国も管理しやすい」


「採用だ。……免許制度、すぐに条文化の雛形を作れ」


「承知しました」と高柳がペンを走らせる。



【2. 国家安全保障・覚醒者動員法】



「次は国防だ。

グレイのような外敵、あるいは六名のような災害に対し、覚醒者をランク付けして上位のSランクに『予備自衛官』として動員する権限を持つ」


「これは……憲法論議になりますよ」


高柳が渋い顔をする。


「徴兵制の復活だと、野党とマスコミが発狂します」


「そこは私の出番だろう」


長宗我部が不敵に笑った。


「『徴兵』ではない。『災害派遣』だ。

覚醒者を『兵器』ではなく、震災やテロから国民を守る『レスキュー隊』として定義する。

……鈴木君や髙橋君が市民を助ける映像を、これでもかと流すのだ。

『彼らに国を守らせなくてどうする!』という世論を作ってみせる」


「頼もしいな、長宗我部。

……勅使河原さん、裏社会の視点からはどうだ?」


「へい。……抑止力としちゃあ最高です」


勅使河原は腕を組んだ。


「核兵器なんかよりよっぽど効く。

『日本に手を出せば、空間ごと消されるぞ』と思わせりゃあ、外交カードとしても最強でしょうな」



【3. 国立覚醒者アカデミー設置法】



「そして最後。……これが最も重要だ」


東の声が優しく、そして熱くなる。


「未来の覚醒者を保護し、育てる学校を作る。

六名のような……孤独な怪物を、二度と生まないために」


「教育、ですか」


高柳が眼鏡を外した。


「法的には『少年院』ではなく『全寮制の高等専門学校』という位置づけが良いでしょう。

衣食住を保障し、能力制御を教え、卒業後は公務員としての地位を約束する」


「ああ。そこは『檻』であってはならない」


東は断言した。


「彼らが自分の能力を呪うのではなく、誇れるように導く場所だ。

田治見先生や白川君を常駐させ、メンタルケアを徹底する」


「……いいですな」


勅使河原が目を細めた。


「俺のとこのガキもそんな場所がありゃあ、ヤクザにならずに済んだかもしれねぇ。

……東先生。アンタ、冷血漢に見えて、随分と熱いモンを持ってるじゃねぇですか」


「……フン。国益のためだ」


東は照れ隠しのようにそっぽを向いたが、その表情には確かな情熱が宿っていた。


四人の男たちは、夜が更けるのも忘れて語り合った。


政治家、弁護士、元ヤクザ、そして革命家。


立場は違えど、見ている未来は同じだった。


「……よし。骨子は固まった」


東がホワイトボードを叩いた。


「この雛形を元に、法案を作成する。

次の国会……いや、もっと早く、閣議決定で既成事実化するぞ」


「忙しくなりますね」


高柳が苦笑する。


「根回しは任せろ」


長宗我部が頷く。


「現場の運用なら、いつでも声をかけてくだせぇ」


勅使河原が胸を叩く。


東は、頼もしい同志たちを見渡し、ニヤリと笑った。


「行くぞ。

……この国を、中身から作り変える」


夜明け前の東京。


新しい日本の設計図が、この小さな事務所から生まれようとしていた。



■貸会議室・大ホール



ざわざわ、がやがや……。


都内の某貸会議室。そこに集められたのは、苗字に『清』や『斎』を持つ、総勢102名の覚醒者たちだった。


彼らの表情に緊張感はない。まるで宝くじに当たったかのような、浮ついた空気が充満していた。


「いやー、マジで驚いたよな! いきなり電話かかってきてさ!」


「そうそう! 借金で首回らなかった時に、『国の仕事だ』って! 神の助けかと思ったよ!」


「手取り30万で座ってるだけって、どんだけホワイトなんだよ。最高じゃん」


「俺の能力、『能力が使えなくなる』だけの地味な能力だぜ? これで金貰えるとか笑っちゃうよな」


私語、笑い声、スマホをいじる音。


彼らにとって、これから始まる仕事は「楽なバイト」であり、自分が収容する犯罪者の恐ろしさなど、テレビの向こうの出来事に過ぎなかった。


その様子を、ホールの最後列から睨みつけている男たちがいた。


黒田義信、横手、そして相談役の勅使河原州宏だ。


「……チッ。どいつもこいつも、遠足気分かよ」


黒田がギリギリと奥歯を噛み締める。


「あいつら、覚醒者の怖さを分かってねぇ。

ニュースで見るのと、生身で対峙するのがどれだけ違うか……。

自分たちが抑え込む相手が、一歩間違えれば自分を殺す怪物だってことを理解してねぇんだ」


横手も深いため息をついた。


「金が良いから来た、休日が多いから来た……。

動機が不純すぎますよ。こんな連中に、日本の治安を背負う覚悟なんてあるんすかね?」


K-Securityの面々は、命懸けで怪物(寺土)と対面したり、普段からの業務で覚醒犯罪者と対応した経験がある。


だからこそ、新入りたちのヘラヘラした態度に、腹が立って仕方なかった。


「……まあ、落ち着け」


勅使河原が、静かに口を開いた。


彼は腕を組み、騒がしい若者たちを穏やかな目で見つめていた。


「お前らだって、若い頃はあんなもんだったろ?」


「え……?」


「鉄砲玉の怖さも、シマを守る重みも知らず……ただ『カッコいいから』『金が稼げるから』って理由で、俺の門を叩いたんじゃねぇのか?」


勅使河原の言葉に、黒田と横手はハッとして顔を見合わせた。


確かにそうだった。粋がっていただけのチンピラが、親分に拾われ、厳しく育てられて「一人前」になったのだ。


「何も分かっちゃいねぇだけだ」


勅使河原は言った。


「知らないなら、教えてやりゃあいい。

恐怖も、責任も、誇りも……。それを分からせ、導き、国民を守れる男にするのが、俺たちの役目だろう?」


その言葉の温かさと重みに、黒田の目頭が熱くなった。


この人は、どこまでも「親父」だ。


「……っ、はい……!

本当に、親父について来て良かったです」


黒田は涙をこらえ、震える声で誓った。


「コレから更に骨が折れる仕事かもしれませんが……俺、一生ついていきます!」


「へっ、大袈裟な奴だ。……さあ、行ってこい社長。挨拶だ」


「ウスッ!!」


黒田は涙を袖で乱暴に拭うと、表情を引き締め、演壇へと上がった。


マイクの前に立つ黒田。


しかし、会場のざわめきは収まらない。


「えー、本日は……お集まりいただき……」


黒田が話し始めても、まだ私語を続けている者、あくびをしている者、隣の席と談笑している者がいる。


(……あぁん? テメェら、誰が喋ってると思ってんだコラァ!)


黒田の喉元まで、極道時代の怒号が出かけた。


「静かにしねぇと埋めんぞ」と言えば、一瞬で静まるだろう。


だが、それはもう許されない。自分たちは「K-Security」。市民に愛される警備会社だ。


(我慢だ……。我慢しろ、黒田義信……!)


黒田は拳を震わせながら、笑顔(に見えるひきつった顔)を作った。


「……えー、皆様。改めまして、K-Security代表の黒田です。

これから皆様には、国の安全を担う重要な任務に就いていただきます。

……どうか、ご静粛に願います」


精一杯の丁寧語。


だが、その迫力不足な態度は、舐められる原因にもなった。


クスクスという失笑が漏れる。


「なんだあの社長、ガチガチじゃん」


「顔は怖いけど、声震えてね?」


黒田は屈辱に耐え、なんとか定型文の挨拶を読み上げた。


「……以上で、私の挨拶とさせていただきます。

続きまして、当社の相談役であり、本プロジェクトの統括責任者……勅使河原より、講習を行います」


黒田は逃げるように演壇を降り、勅使河原の元へ戻った。


「……すいません、親父。

俺の力不足で……あいつらに、言葉が届いてないみたいです。

やっぱり、俺じゃ……」


落ち込む黒田の肩を、勅使河原がバシッと叩いた。


「いや、よくやった」


勅使河原は、満足げに頷いた。


「昔のお前なら、マイクスタンドで一番前の奴を殴ってたところだ。

……よく堪えたな。立派になったじゃねぇか」


「親父……」


「胸を張れ。……後は、俺に任せろ」


勅使河原はゆっくりと、しかし圧倒的な存在感を放ちながら、演壇への階段を登った。


その一歩ごとに、会場の空気が変わっていく。


マイクの前に立つ。


勅使河原は何も言わず、ただ鋭い眼光で、102名の受講者たちを端から端まで見渡した。


シン……。


ざわめきが、波が引くように消えていく。


ただの老人ではない。修羅場をくぐり抜けてきた「本物」だけが持つ、言葉なき威圧感。


全員が固唾を呑む中、勅使河原が口を開いた。


「……楽な仕事だと、思って来たな?」


低く、腹の底に響く声。


「金が良い。休みが多い。座ってるだけでいい。

……結構だ。その欲望は否定しねぇ」


勅使河原は、演壇をドンと叩いた。


「だがな。

テメェらがこれから対峙するのは……書類やパソコンじゃねぇ。

『理不尽な暴力』そのものだ」


空気が張り詰める。


先ほどまでヘラヘラしていた若者たちが段々と静かになる。


「覚悟を決めろ。

ここから先は、金稼ぎじゃねぇ。……『命のやり取り』の話をする」


元極道の親分による、魂の講習。


それは、浮ついた覚醒者たちを「プロの看守」へと変えるための、最初で最後の儀式だった。

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