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巡り巡る 〜漢字の意味が世界を変える世界〜  作者: 暇な鍼灸師


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第54章 生きるという事



■洋館・二階客室



「——よし! 終わったぁ!!」


鈴木が雑巾をバケツに投げ込み、その場に大の字になって倒れ込んだ。


「間に合った……。ギリギリセーフだ……」


アレックスも額の汗を拭い、壁に寄りかかる。


東義昭の号令のもと、対策局全員が死に物狂いで行った「超速ルームクリーニング」。埃まみれだった物置部屋は、わずか数分で、賓客を迎えるに相応しい清潔な客室へと生まれ変わっていた。


「ふぅ……」


東がネクタイを緩め、安堵の息を吐いた、その時だった。


シュンッ!!


何の前触れもなく、部屋の中央の空間が歪んだ。


「おっ、ここだね!」


明るい声と共に現れたのは、六名ムツナ宗方ムナカタ、そして清原の三人。コタロウも六名の腕の中で尻尾を振っている。


「うわぁ〜! すっごく綺麗なお部屋だ!」


六名はピカピカに磨き上げられた床や窓を見て、目を輝かせた。


「ありがとう東さん! 僕たちのために用意してくれたんだね!」


「……あ、ああ。当然だ。仲間を迎えるのだからな」


東は内心の心臓の早鐘をひた隠し、涼しい顔で頷いた。


「さて、部屋割りだが」


東は三つの鍵を取り出した。


「一応、三人それぞれに個室を用意したが……」


「いえ、一部屋で構いません」


宗方が即答し、鍵を一つだけ受け取った。


「広さは十分です。それに……」


宗方は六名の肩に手を置いた。


「六名様の就寝中、万が一にも敵襲がないとは限りません。

私が同じ部屋で、24時間体制で警護にあたります。清原さんも一緒の方が安全確保が容易です」


「……なるほど。君がそう言うなら、それが一番安全か」


東は納得して鍵をしまった。


「ところで、荷物はどうした? 」


「あ、今から持ってきますね!」


六名はニカっと笑うと、何もない空間を見つめた。


「——『ほう』」


指も動かさず、ただ思考しただけ。


シュンッ、シュンッ、シュンッ!


次の瞬間、部屋のあちこちにダンボール箱、タンス、布団一式、さらには清原の愛読書などが、次々と出現した。


それもただ落ちてくるのではなく、適切な場所に「配置」されるように。


「……ははっ」


その光景を見ていた髙橋俊明が、乾いた笑いを漏らして膝をついた。


髙橋は自分の手を恨めしそうに見つめた。


(僕の『橋』は、対象に触れて、座標計算して、ようやく転移できる物理型……。

なのに彼は、思考一つで引越しを完了させた…)


圧倒的な格差に絶望する髙橋をよそに、東はパンと手を叩いた。


「……見事だ。

では、荷解きができ次第、下の食堂に来なさい。

ささやかだが、歓迎の宴を用意している」


その言葉に、清原が顔をほころばせた。


「おぉ、歓迎会ですか! そいつはありがたい!

いやぁ、至れり尽くせりですなぁ」


「待たせると悪いよ、清原! 急いで片付けちゃおう!」


「へいへい、分かりましたよ」


東たちが部屋を出て行くと、三人は手際よく荷物を整理し始めた。


宗方がテキパキと布団を敷き、清原が服をタンスにしまい、六名が小物を棚に並べる。


数分後。


生活感のある、居心地の良い空間が出来上がった。


「……ふふっ」


ふと、六名が笑った。


「どうされました? 六名様」


「いや……なんか、嬉しいなって。

みんなと一緒に住んで、ご飯食べて……これからどんな生活が始まるんだろうって」


「そうですねぇ」


清原も窓の外の景色を眺めながら頷いた。


「今まで隠れ住むような生活でしたから。

こんな立派な家で、賑やかな人たちと暮らせるなんて……人生何が起こるかわからないな」


清原がそう言った後、宗方が二人の背中を押した。


「さあ、行きましょう。皆さんが待っています」



■洋館・食堂



三人が食堂へ降りると、そこは戦場のような慌ただしさだった。


「お肉もう少しで焼けるわ!」


「サラさん、そっちの鍋お願い! 私はサラダを刻むから!」


「誰かお皿出してー! 手が足りないわよ!」


キッチンでは、幸田美咲、サラ・コッホ、白川真純の女性陣が、悲鳴を上げながら調理に追われていた。


突然の大人数の宴会。準備が追いついていないのだ。


「うわぁ……大変そうだねぇ」


六名が目を丸くする。


その惨状を見た宗方が、スッと袖をまくり上げた。


「……見ていられませんね」


「宗方?」


「六名様、清原さんは席でお待ちください。

少し、手伝ってきます」


宗方は音もなくキッチンへと歩み寄った。


「——失礼。私がやりましょう」


「えっ、宗方さん!?」


揚場あげばを代わります。貴女はサラダの仕上げを」


宗方は幸田から菜箸を受け取ると、人間離れした速度で調理を開始した。


宗方がキッチンに参戦してから速度が段違いに変わった。


「はい、揚がりました! 次、サラダ!」


「了解です。ドレッシング、かかりました」


キッチンでは、宗方と幸田美咲、そしてサラたちの超高速連携により、料理が次々と完成していった。


出来上がった大皿を、これまでは男たちがバケツリレーで運んでいたが、今日は違った。


「——転移」


「——ほう


宗方と六名ムツナが、指を鳴らす。


シュンッ、シュンッ!


キッチンにあった料理が瞬時に消え、次の瞬間には食堂の長テーブルの上に、美しく配置されて出現する。


熱々のスープ一滴すらこぼさない、神業の配膳。


「す、すげぇ……。配膳係いらずだ」


黒田たちが目を丸くする。


「六名様、貴方は座っていてください。私がやりますから」


宗方が言うが、六名は嬉しそうに首を振った。


「えぇー、いいじゃん! 何か手伝わせてよぉ。

みんなのご飯なんだから、僕も運びたいんだ!」


六名は楽しそうに、次々と小皿を転移させていく。

一方、清原は食堂の装飾に見とれていた。


「へぇ〜……。すっげぇ柱だ。これマホガニーか?

壁紙も本革じゃねぇか……。とんでもない所に就職しちまったなぁ」


準備が整い、全員が席に着く。


上座の東義昭が立ち上がった。


「では、改めて紹介しよう。

今日からこの対策局に住み込みで加わることになった、新たな仲間だ」


東の紹介を受け、六名が一歩前に出た。


「……初めまして。

今日からお世話になります、六名むつな 駿太しゅんたと言います」


六名は深々と頭を下げた。


「色々とご迷惑をおかけしましたが……精一杯頑張ります。よろしくお願いします!」


続いて宗方が、胸に手を当てて一礼する。


「宗方と申します。

掃除、洗濯、料理……雑用は何でもお任せください。六名様同様、よしなに」


最後に清原が、頭をかきながら挨拶した。


「えー、清原です。しがない中年ですが、足手まといにならないよう働きますんで、ひとつお手柔らかに」


(……この人が、お父さん)


事情を知るメンバーたちは、清原の屈託のない笑顔を見て、胸を締め付けられる思いだった。


「よし。皆、良くしてやってくれ」


東が高らかにグラスを掲げた。


「これより、新たな体制でのスタートを祝して……乾杯!」


「「「乾杯!!」」」


賑やかな食事が始まった。


席を移動しながら、対策局のメンバーたちが次々と六名の元へ挨拶に訪れる。



【鈴木 浩三】



「よう、六名! 昨日のキムチ、マジで美味かったぞ!

これからは毎日あんな美味いもんが食えると思うと楽しみだぜ。

……ま、困ったことがありゃ俺に言え。力仕事なら手伝うからよ」


「ありがとうございます、鈴木さん! 畑仕事とか、僕も手伝いますね!」



【髙橋 俊明】



「六名くん、よろしくね。

……君たちの『思考型転移』、正直羨ましいよ。僕なんて触らないと飛ばせないからね」


「そんなに変わりないですよ!同じ転移能力同士仲良くしたいです!」



【谷 雄一 & 白川 真純】



「へっ。昨日は肝が冷えたが……ま、よろしく頼むぜ。

俺たちは現場じゃ足手まといかもしれんが、法の知識なら任せとけ」


「谷さん、言い方……。

六名さん、分からないことがあったら聞いてくださいね。私たちは『チーム』ですから」


「はい! 谷さん、白川さん、頼りにしています!」



【サラ & アレックス】



「Hi. 昨日ぶりね。

あなたのセキュリティ突破能力には脱帽よ。これからはその力、私たちのガードに使ってよね?」


「ああ。背中は預けるぞ。……だが、無茶はするなよ? 命は一つだ」


「うん! サラさんもアレックスさんも、凄腕のスパイなんですよね? 色々教えてください!」



【田治見 薫】



「おう新入り。歓迎するぜ。

ま、アタシの世話にならないように気をつけるこったな。

……あとで酒盛りすんぞ。付き合えよ?」


「あはは……田治見先生、僕未成年ですよ?」



【幸田 美咲】



「六名さん……来てくれて、嬉しいです。

ご飯、いっぱい食べてくださいね。……これからは、毎日一緒ですから」


「うん! 美咲さんのご飯、最高だよ!

……ありがとう、受け入れてくれて」



【音無 賢人】



「…………」


賢人は無言で六名の前に立ち、握り拳を出した。

六名は少し驚き、そして笑顔で自分の拳を合わせた。


「……よろしく、音無さん」


「……ああ。よろしくな」


多くは語らない。


宴も中盤に差し掛かった頃。


部屋の奥から、紋付袴もんつきはかまに着替えた勅使河原州宏が、厳かな様子で立ち上がった。


かつて六名に「ゴミ」と呼ばれ、殺されかけた男。


「……」


六名は勅使河原が挨拶に来ようとしているのを察し、自ら席を立った。


「待ってください。僕から行きます」


六名が歩み寄る。宗方も音もなくその背後に立つ。


一瞬、会場に緊張が走る。かつての因縁。


六名は勅使河原の正面に立つと、躊躇いなく、直角になるほど深く腰を折った。


「……勅使河原さん」


六名の声が震える。


「この間は……本当に、申し訳ありませんでした。

貴方たちをゴミだなんて……あんな酷いことを言って。命まで狙って……。

本当に、ごめんなさい」


頭を下げ続ける六名。


「これからは……日本をより良くしていきたい仲間として、償わせてください。

よろしくお願い致します」


勅使河原は、しばらく無言で六名の頭を見下ろしていた。


彼は六名の「昔話」を直接は聞いていない。だが、東から全てを聞かされていた。


この少年が背負っている業の深さを。父への歪んだ愛を。


「……顔を上げな、若いの」


勅使河原の野太い、しかし温かい声。


六名が恐る恐る顔を上げると、そこには優しい皺を刻んで微笑む親分の顔があった。


「過ぎたことだ。水に流そうじゃねぇか」


勅使河原は、ゴツゴツした右手を差し出した。


「こちらこそ、よろしく頼むぜ。

……俺たちはもう、同じ釜の飯を食う『家族』だろ?」


「……!」


六名の目から、大粒の涙が溢れ出した。


あんなに酷いことを言ったのに。殺そうとしたのに。


この人は、笑顔で握手を求めてくれる。


その懐の深さが、許されることの温かさが、六名の凍っていた心を溶かしていく。


「う、ぐ……! はい……っ!」


六名は両手で勅使河原の手を握りしめ、泣き崩れた。


「ありがと、うございます……っ! ありがとうございます……!」


「へっ、泣き虫な子供だ…」


勅使河原もまた、涙目で鼻をすすり、六名の細い体をガシッと抱きしめた。


「……辛かったな。

これからは一人じゃねぇ。俺たちがついてる。

……頑張れよ! 駿太!」


力強い抱擁。


かつて殺し合いをした二人が、互いの体温を感じ合い、認め合う瞬間。


「……うあぁぁぁぁん!!」


六名の慟哭が、今度は悲しみではなく、喜びの声として響いた。


パチパチパチパチ……!


周りから、割れんばかりの拍手が湧き起こる。


黒田も、鈴木も、東でさえも、その光景に目を細めていた。


宗方は、主人が抱きしめられる姿を見て、フードの奥で静かに一礼した。


夜はまだ始まったばかり。


最強のチームの結束は、この夜、鋼鉄よりも固く結ばれた。



■洋館・食堂(宴の夜)



「ギャハハハ! なんだ若いの、お前キスもした事ねぇのか!? あたしが色々経験させてやるぜぇ?」


「むぅ……。田治見先生、飲みすぎだよぉ。僕そう言う話はちょっと苦手で……」


テーブルの一角では、最強の闇医者・田治見薫と、最強の創造主・六名が、日本酒の一升瓶を挟んで向かい合っていた。


田治見は六名の肩をバンバン叩きながら、ニヤリと笑う。


「へぇ、意外と可愛いとこあんじゃん。

……なぁ、アンタのその『修』って力。アタシの『治』と違って傷跡一つ残さねぇよな。どういう理屈だ?」


「えっとね、時間を巻き戻してるわけじゃないんだ。

『壊れる前の状態』を再定義して、現在に上書きしてる感じかな?」


「定義の上書きだぁ? チート過ぎて反吐が出るな!

ま、アタシのメス捌きの方が『芸術点』は高いけどな!」


「あはは、田治見先生の手術は芸術っていうか……解体ショーだよね。他の人から聞いちゃったよ?」


毒舌と純粋さが混ざり合い、意外にも話が弾んでいる。


その隣の席では、鈴木浩三と、六名の父である(が、本人は知らない)清原が、しっぽりと焼酎を酌み交わしていた。


「いやぁ、鈴木さん。この猪肉の燻製、絶品ですねぇ。

噛めば噛むほど味が出る。酒が進みますわ」


清原が目尻の皺を深めて笑う。その無邪気な笑顔を見て、鈴木は胸の奥がチクリと痛むのを酒で流し込んだ。


「……へっ、気に入ってくれたなら何よりだ。山ほどあるから食ってくれ」


「ありがとうございます。

しかし、私のような凡人が、こんな凄い人たちの中に混ざっていいんですかねぇ?

六名様のお役には立ちたいんですが、何せ何の取り柄もない中年ですから」


清原が自虐的に笑うと、鈴木は真剣な顔で首を横に振った。


「そんなこと言うなよ、清原さん」


鈴木は、清原のコップに酒を注いだ。


「アンタは……立派だよ。

六名の奴が、こうして笑って飯を食えてるのは……アンタが側にいてくれるからだ。

それだけで、十分すぎるくらい『仕事』をしてるさ」


「……そうですかねぇ?」


清原は照れくさそうに頭をかいた。


「なんだか、鈴木さんにそう言われると……昔からの友人に励まされてるような気がしますな。不思議と」


「……違げぇねぇ。これからは『ダチ』だ。飲もうぜ」


鈴木は涙腺が緩むのを誤魔化すように、グラスを煽った。


(……六名。お前が命がけで守った親父さん、いい顔して笑ってるぞ)


キッチンカウンターの方では、サラ・コッホとアレックス・ターナーが、配膳のために立ち働く宗方を興味津々で観察していた。


「Hey, Munakata. ちょっと質問いい?」


サラがワイングラスを揺らしながら話しかける。


「はい、何でしょうサラ様。ワインのおかわりですか?」


宗方は手元のシェイカーを振りながら(カクテルも作れるらしい)、無機質な顔を向けた。


「No. あなたの構造についてよ。

食事もしない、睡眠もとらない。……動力源エネルギーは何なの?

六名の能力供給? それとも自己発電?」


「基本的には六名様からの供給ですが……」


宗方は出来上がったカクテルをサラに差し出した。


「『宗方』という名前を与えられた時点で、私は『六名様に尽くす』という概念で動く永久機関のようなものです。

彼が喜び、彼が生きている限り……私のエンジンが止まることはありません」


「……Wow. 愛の永久機関ってわけ?」


サラが口笛を吹く。


「Romanticだな」


アレックスが苦笑いした。


「俺たち人間は飯を食わなきゃ動けないが、あんたは『忠誠心』だけで動いてるのか。

……敵には回したくないが、味方としては最高にタフだ」


「お褒めにあずかり光栄です」


宗方は恭しく一礼した。


「ですが、皆様が美味しそうに食事をされている姿を見るだけで……私の回路も満たされるような気がします。

不思議ですね。心臓などないはずなのですが」


宗方は、自身の胸に手を当てた。


その言葉に、サラとアレックスは顔を見合わせ、少しだけ優しい目をした。


部屋の隅、ソファ席では、髙橋俊明、谷雄一、白川真純、そして音無賢人が、カオスな宴会場を眺めていた。


「……信じられませんね」


髙橋が眼鏡を拭きながら呟く。


「つい先日まで、殺し合いをしていた連中ですよ?

それが今じゃ、肩を組んで飲んでるなんて」


「全くだ。世の中何が起こるか分からねぇ」


谷が焼き鳥をかじる。


「ま、あの六名ってのが、意外とただのガキっぽいからな。

田治見先生に絡まれてタジタジになってる姿見てると、毒気が抜けるわ」


「ええ。……でも、それが彼の本質なんでしょうね」


白川が優しく微笑む。


「……音無君」


白川は隣の賢人を見た。


「大丈夫? 無理してない?」


賢人は、鈴木と笑い合う清原と、田治見に遊ばれている六名を見ていた。


親の仇。そして、親を守るために怪物になった少年。


「……正直、自分でもよく分かりません…」


賢人は、幸田美咲が持ってきてくれたお茶を一口飲んだ。


「許したわけじゃありません。

でも……こうして笑っている彼らを見ていると、思うんです。

もし俺の両親が生きていて、彼らと出会っていたら……こんな風に、一緒に笑い合えたのかなって」


賢人は拳を開いた。


「だから、俺は……この時間を守ります。

いつか来る『終わりの時』まで、彼らが人間として笑っていられるように」


「……うん。私たちも手伝うよ」


髙橋が賢人の肩を抱く。


「おーい! そっちのインテリ組も混ざれよー!」


顔を真っ赤にした鈴木が手招きしている。


「黒田たちが芸やるってよ! 見てやれ!」


見ると、K-Securityの元組員たちが、裸芸を披露しようとして勅使河原に止められている。


「……ふふっ。行きますか」


「止めないと警察沙汰になりますね」


賢人たちが立ち上がり、輪の中に加わっていく。


宗方が静かにグラスを片付け、東が満足げに珈琲を啜る。


洋館の夜は、騒がしく、そして優しく更けていった。



■洋館・食堂(深夜)



宴は終わり、食堂にはイビキと寝息だけが満ちていた。


鈴木や黒田たちはテーブルに突っ伏し、音無や六名は自室へ戻っている。


そんな平和な静寂の中、東義昭は音もなく立ち上がった。


背後には、ほろ酔いだが目は据わっている田治見薫と、無表情なマネキン・宗方が控えている。


「……行くぞ」


「へいへい」


三人は足音を殺し、廊下の突き当たりにある角部屋へと向かった。



■洋館・角部屋(隔離独房)



ガチャリ、と重い鍵が開く。


部屋の中央、頑丈な拘束具でベッドに固定されている男——氷川智宏が、侵入者に気づいて顔を上げた。


「……ッ!?」


氷川の目が、極限まで見開かれる。


入ってきたのは、自分を解体した悪魔(田治見)と、マネキンの化け物(宗方)。


「ひ、ヒィッ……! 来るな! 来るんじゃねぇ!!」


両手首を失った腕をガチャガチャと振るわせ、氷川が絶叫する。


「あっち行け! ババア! 人形! 殺される! 殺されるぅぅ!!」


「静かにしたまえ」


東が冷ややかに告げ、部屋の施錠を厳重に確認した。


防音設備は完璧だ。どれだけ叫んでも、宴の席には届かない。


東はベッドの足元に立ち、氷川を見下ろした。


「……君たちにこんな汚れ仕事を頼んでしまって申し訳ない。だが、やらなければならない事だ」


「気にすんなよ東」


田治見はニタニタと笑いながら、ワゴンに乗せた医療器具(と、保存液に浸かった氷川の両手)を運んできた。


「アタシは全然ウェルカムだぜ?

『能力のオンオフが脳のどこにあるか』……前から興味津々だったんだ」


「ひ、ひぃぃぃ……!」


「宗方君。すまないが、コイツに『宗』をかけてくれるか? 麻酔代わりだ」


「畏まりました」


宗方がギチギチと音を立てて歩み寄る。


氷川は涙目で首を振るが、逃げ場はない。


宗方のプラスチックの手が、氷川の額に触れる。


「——『宗』、鎮静」


「あ、が……」


氷川の瞳から光が消え、抵抗がピタリと止まった。

呼吸はしているが、自我が強制的にシャットダウンされた状態だ。


「よし。始めろ」


田治見は手袋をはめ、保存容器から青白くなった手首を取り出した。


「ほらよ、返してやるぜ」


田治見は切断面に手首をあてがい、能力を発動させる。


「——『田』、展開。『治』、接続」


ブチュ、グチュ……。


肉が粘土のように混ざり合い、血管と神経が再接続されていく。


宗方のおかげで、氷川は眉一つ動かさずにそのグロテスクな手術を受けている。


数分後。両手の接続が完了した。


「よし、繋がったな。……おい氷川、聞こえるか?」


東が声をかけると、虚ろな目の氷川が小さく頷く。


「氷川君。……ここに氷を出しなさい」


東の命令に従い、氷川は従順に手をかざした。


ヒュオッ。


掌の上に、小さな氷の結晶が生成される。


「……よし。回路は正常だ」


東は頷き、田治見に目配せをした。


「よろしく頼む」


「あいよ。……さあ、中身を拝見といこうか」


田治見は氷川の頭元に回り込んだ。


「——『治』、開頭」


パカン。


頭蓋骨の縫合が外れて、まるで蓋のように開かれる。


鮮血も出ず、脳が露出する。正気なら発狂する光景だが、氷川は動かない。


「……ここか? それともこっちか?」


田治見は露出した脳の特定部位を、指先や器具で刺激し、遮断していく。


「氷川、出せ」


「……はい」


ヒュッ。(氷が出る)


「ハズレか。……じゃあ、この海馬の横の……ここか?」


「出せ」


「……はい」


ヒュッ。(氷が出る)


トライ&エラー。


脳を弄りながら、能力の発現トリガーを探る狂気の実験。


そして、数十回目の試行。


田治見がある神経節を指で押さえた、その時だった。


「……出せ」


「……はい」


氷川が手をかざす。


だが、何も起きない。


「……お?」


東が身を乗り出す。


「もう一度だ。出せ」


「……はい」


シーン……。


氷川は命じられるままに念じているようだが、指先からは冷気すら出ない。


「ビンゴだね」


田治見がニヤリと笑った。


「この部位だ。ここを『治』で変質させて、信号を遮断してやる」


田治見は脳の一部をコネコネと弄り、回路を物理的に組み替えた。


そして、頭蓋骨を戻し、皮膚を癒着させる。


「——閉頭。完了だ」


「宗方君、解除を」


「はい」


宗方が手を離すと、氷川がガバッと息を吸い込んだ。


「ハァッ! ハァッ! ……テ、テメェら……何しやがったぁぁ!!」


意識が戻った氷川が、狂乱して叫ぶ。


頭の中に得体の知れない違和感がある。何をされたか分からない恐怖。


「静かに」


東が人差し指を立てる。


「もう皆寝ている。起こすな」


「うるせぇ!! ぶっ殺してやる!!」


氷川はベッドから飛び起きようとして——自分の手首が戻っていることに気づいた。


「……あ? 手が、ある……?」


指が動く。感覚がある。


歓喜と殺意が同時に湧き上がる。


「ハハッ! バカめ! 手を治すなんてよぉ!

テメェら、今までのお返しだ! 凍って死ねェェ!!」


氷川は満面の笑みで、東と田治見に向けて両手を突き出した。


絶対零度のイメージ。全員を氷像に変える確信。


「——『氷』!!」


…………シーン。


「……あ、れ?」


何も出ない。


冷気も、氷も、水滴すらも。


「な、なんでだ?」


氷川は焦って何度も手を振る。


「出ろ! 凍れ! オラッ! なんでだよ!?」


感覚はあるのだ。出し方も覚えている。


なのに、脳から手先への命令が、どこかで消失している。


アクセルを踏んでいるのに、エンジンが繋がっていない車のように。


「なんでだ……! なんで出ねぇんだよぉぉぉ!!」


絶叫する氷川をよそに、東は冷静にデータを記録した。


「……とりあえず、成功だな」


東は振り返り、二人に頭を下げた。


「宗方君、田治見先生。……嫌な実験に付き合わせて済まなかった」


「いえ。六名様のためになるデータですので」


宗方が無機質に一礼する。


「能力を人為的に『消せる』ことは分かりました。

あとは、時間経過で脳が修復されて、再び使えるようになるかどうかの実験ですね」


「……あ、あぁ……」


氷川は自分の手を呆然と見つめ、ガタガタと震えだした。


力が、ない。


自分を特別足らしめていた、全てを蹂躙する力が、奪われた。


「……もうやめろ。……殺してくれぇ……」


氷川が泣き崩れる。


「こんなの……生きてる意味がねぇ……殺せよぉ……」


東は冷ややかな目で氷川に歩み寄り、その胸ぐらを思い切り掴み上げた。


「……甘えるな」


「ひっ……」


「殺してくれだと?

今まで、お前に命乞いをして、それでも殺された人間は何人いた?

彼らは選べなかった。だが、お前には『生きる』という罰が残されている」


東は氷川をベッドに放り投げた。


「せめて自分の罪を……我々の実験材料として利用されることで償え。

それが、お前の新しい存在価値だ」


「あ……あぁ……」


氷川は絶望に瞳を濁らせ、天井を見上げて動かなくなった。


手はあるのに、氷が出せない。


その無力感こそが、彼に与えられた終身刑だった。


宴の裏側。


三人だけの、決して表には出せない秘密の実験は、「経過観察」という名の下に、静かに続いていくのだった。

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