第45章 瞬足のマネキン
■東京郊外・氷の柱跡地(数十分前)
「……マジかよ」
清原は、グレイと氷川が消えた空間を呆然と見つめていた。
髙橋俊明による強制転移。一瞬の出来事だった。
「おい! 司令はどこだ!?」
「貴様、何をした! 答えろ!」
周囲を固めていた米軍の特殊部隊員たちが、銃口を向けて詰め寄ってくる。
司令官が消え、残されたのはどこの馬の骨とも知れぬ日本人一人。彼らが殺気立つのも無理はない。
「ちっ……! 待て待て、落ち着け!」
清原は両手を上げながら、背中で隠したスマホで短縮ダイヤルを押した。
『……はい』
コール一回で繋がる。宗方だ。
「宗方さん! 緊急事態だ! グレイと氷川が連れ去られた!
俺は今、米兵に囲まれてハチの巣寸前だ! すぐに来てくれ!」
電話の向こうからは、清原の焦りとは裏腹に、ジュゥゥゥ……という小気味よい音と、カッカッという木と金属が当たる音が聞こえてきた。
『……はぁ』
深いため息。そして、中華鍋を振る音。
『困りますね、清原さん。私は今、手が離せないのです。野菜の火の通り加減は一瞬が勝負ですから』
「料理!? 今料理してんのかよ!? こっちは命がかかってんだぞ!」
『あと少しで盛り付けです。……5分。
5分後にそちらへ向かいますので、間を持たせてくださいね?いざとなれば遠隔転移させますから』
「ご、5分!? 無茶言うな!」
プツリ。通話が切れる。
「貴様! 誰と話している!」
兵士の一人が清原の胸ぐらを掴んだ。
「司令の居場所を吐け!」
「あー、えっと……!」
清原は脂汗を流しながら、脳をフル回転させた。
5分。銃を持った軍人相手に、丸腰で5分間、時間を稼ぐ。
やるしかない。
「……じ、実はですね! 皆さんご存知ですか!?」
清原は引きつった笑顔で、背後の神社を指差した。
「あそこに見える八母天満宮!
あそこはですね、東日本最古の天満宮と言われておりまして、学問の神様・菅原道真公を祀っているんですよ!
いやぁ〜、由緒正しい! 梅林も綺麗でしてね、春になると……」
「What are you talking about!?(何を言っているんだ!?)」
兵士たちが困惑と怒りで顔を見合わせる。
「あ、興味ないですか? じゃあ交通安全の話でも……!」
■奥多摩・隠れ家
ジュウゥゥ……カンッ、カンッ!
宗方はエプロン姿で、手際よく中華鍋を振っていた。
キャベツのシャキシャキ感を残しつつ、強火で一気に仕上げる野菜炒め。
ポケットにスマホをしまうと、熱々の野菜炒めを大皿に盛り付ける。
「……ふぅ。完璧です」
宗方はお盆に料理を乗せ、リビングへと運んだ。
リビングでは、六名がちゃぶ台の前でテレビのお笑い番組を見て、ゲラゲラと笑っていた。
「あはは! 何それ! バカだなぁ!」
「お待たせいたしました、六名様」
「わぁ!」
六名が振り返る。
ちゃぶ台には、パラパラの黄金チャーハン、湯気を立てる中華スープ、彩り豊かな野菜炒め、そして小皿に盛られたキムチが並べられた。
「すごい! 今日は中華だね! 僕、チャーハン大好きなんだよねぇ!」
六名の顔がパァっと明るくなる。
「美味しそう〜! 冷めないうちに……頂きます!」
六名が勢いよく箸を伸ばし、手を合わせようとした——その時。
「——六名様……?」
宗方の静かな声が、背後から降ってきた。
「……あ、あぁぁ……」
六名の動きがピタリと止まる。
泳ぐ視線。引きつる笑顔。
「い、いや、違うんだよ宗方?
いただこうと思ったけど……『その前に』、最初に手を洗わなくちゃだよね?
うん、知ってる知ってる! 今行こうとしてたんだよぉ!」
六名は言い訳をしながら、脱衣所へとダッシュした。
「……ふふ。困ったお方だ」
宗方はその背中を見送りながら、エプロンの端で手を拭いた。
「手、洗ったよー!」
戻ってきた六名は、今度こそ堂々とちゃぶ台の前に正座した。
「それでは改めて……頂きます!」
六名はチャーハンを頬張り、野菜炒めを口に運ぶ。
「ん〜ッ!! 旨いぃぃ!! 野菜がシャキシャキだ!」
「よかったです」
宗方は、六名が幸せそうに食事をする姿を、ガラス玉のような瞳で愛おしそうに見つめた。
「……さて。六名様」
「んぐ? なに?」
「申し訳ありませんが、私は一瞬、あいつ(清原)の所に行ってきます。
少々トラブルのようですので」
「えー? 清原さん、またドジ踏んだの?」
六名はテレビを見ながら笑った。
「分かったよ。……少しだけ、お留守番してるね」
「はい。すぐに戻ります」
宗方は一礼すると、空間を書き換えた。
シュンッ!
■東京郊外・氷の柱跡地
「……で、ですね! 梅干しの種の中にある『天神様』っていうのは……」
「Enough!!(もういい!!)」
清原の苦し紛れのうんちく講座は、限界を迎えていた。
兵士たちの忍耐が切れ、数人が安全装置を外す音が響く。
「貴様、ふざけているのか! 殺すぞ!」
銃口が清原の額に突きつけられる。
(……終わった。宗方ァァァ!)
清原が目を瞑った、その瞬間。
シュンッ!
清原と兵士たちの間に、エプロン姿の宗方が現れた。
「……お待たせしました」
「む、宗方さん! 遅いよ!」
「誰だ!?」
兵士たちが宗方に銃を向けるより早く、宗方は右手をかざした。
「——『宗』」
見えない波動が兵士たちを包み込む。
強烈な認識阻害と、意識の書き換え。
「……この男は、味方です。
あなた達は、何も見ていない。ただ訓練をしていただけです」
兵士たちの瞳から、殺気がスッと消え失せた。
彼らは銃を下ろし、ぼんやりと敬礼した。
「……了解。味方……訓練……」
「……ふぅ」
清原はその場にへたり込んだ。
「助かった……! マジで死ぬかと思ったぞ……」
「はぁ……」
宗方は深くため息をついた。
「貴方には私と六名様が付いているのですから死にません。…それよりも失望しましたよ。グレイの管理もろくにできないとは」
「面目ない。……それで、グレイは何処へ?」
「その様子だと……恐らく『対策局』の連中に連れて行かれたのでしょう。
あの場から一瞬で消えたのなら、転移能力者の仕業に間違いありません」
「なるほど……。奪還しますか?」
「その前に」
宗方は冷徹に尋ねた。
「米軍は、そろそろグレイのことを怪しんでいますか?」
「怪しんでいるどころじゃないですよ」
清原は首を振った。
「本国からは帰還命令を無視した反逆者扱いです。出頭命令どころか、拘束命令が出ていてもおかしくない」
「……そうですか」
宗方は、無機質な瞳で遠くを見つめた。
「もう、グレイを使うのは限界ですね。
彼は用済みですが……情報を漏らされては困ります」
「……消しますか?」
「いえ。まずは状況確認です。貴方はココに残り、米軍の動きを監視しなさい。
……私が、対策局へ行ってきます」
「え? 直接乗り込むんですか?」
「ええ。……少し、挨拶をしてきましょう」
宗方は一礼すると、再び空間を歪ませた。
シュンッ!
残された清原は、呆然と呟いた。
「……挨拶って。手土産もなしにかよ」
最強の従者が、洋館へと向かう。
それは、地獄の尋問が行われている、まさにその時だった。
■洋館・エントランスホール
「あぁぁぁぁぁ!! 指がぁぁぁ!!」
別室から響き渡る氷川智宏の絶叫。
その断末魔のような悲鳴をBGMに、洋館のエントランスには奇妙な静寂が落ちていた。
そこに立っていたのは、ウインドブレーカーの上にフリルのついたエプロンをつけた人物——宗方。
彼は丁寧にお辞儀をした姿勢のまま、顔を上げた。
「……お邪魔します」
その視線の先、応接室から出てきた東義昭とアレックス・ターナーが固まる。
ドアの隙間からは、室内でサラ・コッホがグレイ司令官に銃口を突きつけ、尋問を続けている姿が微かに見えた。
反対側の部屋からは、鈴木浩三と音無賢人も飛び出してきた。
田治見の拷問に耐えかねて席を外した直後だったが、目の前の異変に即座に身構える。
「……貴様、何者だ」
東が警戒心を露わにしつつ、冷静さを装って問う。
「申し訳ありません。……手ぶらで、しかもドアを通らずに不躾な真似を」
宗方は無機質な声で謝罪した。
「少し、急いでおりましたので」
「……そうか」
東は内心で舌打ちをした。
(六名がセンサーに反応しなかったのはコイツの『転移』のおかげか。……だが、この距離まで気配なく近づけるとは)
東は口角を上げ、営業用の笑みを張り付けた。
「丁寧な挨拶、痛み入る。……それで? このような時間に何の用かな?」
表面上は紳士的な会話。だが、その空間には火花が散るような緊張感が張り詰めている。
「単刀直入に申し上げます」
宗方は、東の背後のドア——グレイがいる部屋を見据えた。
「グレイ司令官を、米軍にお返ししたいのですが」
「……ほう?」
東は眉をひそめた。
「それは構わないが……理由を聞かせてもらおうか。彼らはテロリストの支援者だぞ?」
東の脳内で、高速の計算が走る。
(……後ろの部屋では、今まさにサラがグレイから情報を引き出している最中だ。
まだ吐かせていない情報があるはずだ。……時間を稼げ。1分、いや30秒でもいい)
東はわざとゆっくりと歩み寄った。
「我々としても、彼を拘束し続けるつもりはない。だが、正規の手続きというものが……」
「手続きは不要です」
宗方は淡々と答えた。
「今日、日米同盟が破綻するのは得策ではないからです」
「……なに?」
「六名様の望む『平和で退屈な日本』……。
それを実現するためには、今の段階でアメリカと全面戦争になり、社会が混乱するのは邪魔なのです」
宗方はグレイがいる部屋を見た。
「私が『宗』の力でグレイを洗脳し、彼が日本を出るまでの間、無事に、揉め事なく、日米同盟に傷がつかないように処理させます」
「……なるほど。秩序を守るために、敵を逃がすと」
東は頷くフリをして、背後のドアノブに手をかけた。
「それは良いことだ。是非そうしなくてはならん。
……では、今グレイを連れてきますので、少々お待ちを——」
(サラ! 逃げろ!)
東がドアを開けようとした、その刹那。
「——お手を煩わすわけにはいきません」
シュンッ!!
東の目の前から、宗方の姿が消えた。
「なっ……!?」
次の瞬間、宗方は閉ざされたドアの向こう側——密室の中に立っていた。
サラが反応して銃を向けるよりも速く、宗方は椅子に縛られたグレイの後ろに立った。
「失礼」
「Wait(待っ)——」
ヒュンッ!!
サラの言葉が終わる前に、宗方とグレイの姿は掻き消えていた。
「……消え、た……?」
ドアを開けた東は、無人になった椅子を見て呆然と立ち尽くした。
時間稼ぎなど無意味。圧倒的な速度と能力差。
彼らにとって、対策局のセキュリティなど空気と同じだったのだ。
■東京郊外・森の中
シュンッ!
木々の間に、宗方と、椅子に縛られたままのグレイが出現した。
そこには、米兵たちから離れて待機していた清原がいた。
「お、お帰りなさい宗方さん。……仕事が早い」
宗方はグレイの拘束を解きながら、清原に問うた。
「清原さん。……もう『根元』の場所は特定したのでしょう?」
「ええ。大体なら……あの神社で間違いないかと」
清原が八母天満宮の方角を見る。
「結構です」
宗方は満足げに頷いた。
「これ以上の争いは不要です。……平和で退屈な日本にするために、今はアメリカと事を荒立ててはいけませんから」
「き、貴様ら……! 何を話している!?」
拘束を解かれたグレイが、怒りに震えて立ち上がった。
「私を誰だと思っている! この報いは……!」
「グレイ司令」
宗方は、ガラス玉のような瞳でグレイを見下ろした。
「貴方のおかげで、六名様の計画が進みそうです。……本当に、ありがとうございました」
宗方は右手をかざした。
——『宗』。
「あ……が……?」
「貴方は、今起きている揉め事を全て政治的に解決し、速やかにアメリカへ帰りなさい。
そして……覚醒者の事、清原と私のことは、永遠に忘れなさい」
「……Yes... I will...(ああ……そうしよう……)」
グレイの瞳から光が消え、操り人形のような従順な色が戻る。
彼はよろめきながら、部下たちが待つヘリの方角へと歩き出した。
「……撤収だ。帰国するぞ」
その背中を見送り、宗方は振り返った。
「さて、清原さん」
「へい」
「貴方も、久しぶりに六名様の所へ行きなさいな?
『根元』の場所が分かったのなら、もうここに用はありません」
「そうだな……。久しぶりに六名様の元に帰るか」
清原は伸びをした。
「んじゃ、タクシー頼むよ」
「はい」
森の中から、二人の姿が消え失せた。
後に残ったのは、何も知らずに撤収準備を始める米軍と、静かな夜の風だけだった。
■洋館・エントランスホール
「…………」
洋館には、沈黙が漂っていた。
東、アレックス、サラ、鈴木、音無。
全員が、宗方が消えた空間を見つめたまま、動けずにいた。
「……手も足も出なかった」
アレックスが呻く。
「止められなかった……。認識する前に、終わっていた」
音無が拳を握りしめる。
圧倒的な無力感。
彼らは知ってしまった。
自分たちが必死に築き上げた「要塞」も「連携」も、あの無機質なマネキンの前では、積み木遊びに過ぎなかったことを。
「……まだだ」
東が、絞り出すように言った。
「奴らは去った。……だが、これは宣戦布告だ」
東は全員を見渡した。その目には、屈辱をバネにした新たな炎が燃えていた。
「次は負けん。……必ず、しっぽを掴んで引きずり出してやる」
敗北の味を噛み締めながら、対策局の夜は更けていった。
■奥多摩・隠れ家(前庭)
シュンッ!
空間が揺らぎ、宗方と清原が、古びた平屋の前に着地した。
「……ふぅ。着いたぁ〜」
清原は大きく伸びをすると、玄関脇の犬小屋へ駆け寄った。
「おーい、コタロウ! 元気にしてたか?」
「ワォン! ワォン!」
コタロウが、ちぎれんばかりに尻尾を振って飛びついてくる。
清原はしゃがみ込み、その頭をわしゃわしゃと撫で回した。
「よしよし、いい子だなぁ。寂しかったか? 俺も会いたかったぞー」
宗方はその様子を、フードの奥のガラス玉のような瞳で、温かく見つめていた。
ガララ……。
玄関の引き戸が勢いよく開く。
「おかえりー!」
六名が顔を出した。
彼は宗方と清原を見ると満面の笑みを浮かべすぐに清原に抱きついた。
「おぅ、ただいま六名様! 相変わらず元気そうだな」
清原はコタロウと戯れながら手を振る。
「立ち話もなんです。中へ入りましょう」
宗方が促し、三人と一匹の奇妙な家族が家へと入っていった。
■隠れ家・居間
「風呂、沸かしておきましたよ。清原さんは先に入ってきてください」
「サンキュー、宗方さん! 米軍のシャワーじゃ疲れが取れなくてさぁ」
清原が風呂場へ向かうと、宗方はエプロンをつけ、慣れた手つきで夕食の準備に取り掛かった。
しばらくして、風呂上がりの清原がリビングに戻ってくる。
六名はちゃぶ台の前で、清原が風呂から上がるのを楽しみに待っていた。
「いやぁ六名様! 向こうじゃ大変だったんですよ?」
清原はタオルで頭を拭きながら、隣に座った。
「グレイの奴、日に日にイカれてきちゃってさ。北海道じゃ氷川を使って実験だのなんだの……。俺の『清』がなけりゃ大惨事でしたよ」
「そっかぁ!でも清原が無事で何よりだよぉ。無理言ってごめんね?」
六名は久しぶりの清原との再会で口角が上がってデレデレしている。
米軍での苦労話や、氷川の様子などには興味がなく清原が無事な事をただ喜んでいた。
清原は嬉しそうな六名の頭を撫でながら、声を潜めて切り出した。
「……そういえば収穫はありましたよ。
『力の根源』の場所……ほぼ特定しました」
ピクッ。
六名の動きが止まり、バッと清原の方を向いた。
その瞳が、子供のようにキラキラと輝き出す。
「……見つかったの!?」
「え、ええ。まだ確定ではないですけど、東京の……」
「良かったぁ〜!」
六名は胸を撫で下ろし、嬉しそうに溜息をついた。
「すごいよ清原! さすがだね!
これで……僕の計画の終わりが見えそうだよ!」
「……そうだな。やっと終わらせられる」
清原も、六名の笑顔を見て満足げに頷いた。
「お待たせしました」
キッチンから宗方が大皿を運んできた。
今日のメニューは、ウインナーとフライドポテト、ナポリタンスパゲッティ、そして大盛りのサラダ。
子供が好きそうな、しかし温かい家庭料理。
「うわぁ、美味そう!」
清原が身を乗り出す。
「久しぶりだなぁ、宗方さんの飯!
向こうじゃレーションかハンバーガーばっかりだったから、涙が出そうだ」
「ふふ。たくさん食べてくださいね」
「頂きます!」
「頂きます!」
六名と清原が手を合わせ、食事を始める。
宗方は給仕をしながら、ポツリと言った。
「……先ほど、対策局の拠点へ行ってまいりました」
「うん。どうだった?」
六名がスパゲッティを巻きながら聞く。
「あの人たち……グレイ司令官を拉致していました」
「えっ? 拉致?」
六名がフォークを止める。
「はい。私も考えました。なぜ彼らは、米軍と全面衝突するリスクを冒してまで、グレイを攫ったのか」
宗方は淡々と分析を述べた。
「おそらく……六名様の情報を探ろうとしていたのでしょう。グレイや氷川から、貴方の正体を聞き出すために」
「なんだぁ」
六名はキョトンとして言った。
「そんな事、僕に直接聞けば答えるのにね? 隠すことなんてないのに」
「彼らは警戒しているのですよ」
「変なの」
六名はウインナーを齧り、少し心配そうな顔になった。
「それよりもさ……。
グレイを攫ったりして、アメリカと日本の仲が悪くなったら困るよね?」
「そうですね」
「だって、もし戦争とか外交問題になったら……社会が混乱しちゃう。
そしたら、僕が望んでる『元通りの、平和で退屈な日本』に戻らなくなっちゃうよ。それどころか、悪化するよね……」
六名にとって、秩序の崩壊は耐え難いことだった。
彼はモグモグとポテトを咀嚼し、飲み込んでからポンと手を叩いた。
「——決めた!」
「はい?」
「もう一回、話し合いに行こう!」
六名は目を輝かせた。
「東さんたちに、ちゃんと聞かなきゃ。
聞きたいことは3つ!」
六名は指を折った。
「一つ、『勅使河原組の皆さん(ゴミ)をどうするのか?』
僕の代わりに掃除してくれるのか、それともまだ飼うつもりなのか」
「二つ、『アメリカとの関係が悪化して防衛力が低下した時、どう責任を取るのか?』
秩序を乱したのは彼らだからね」
「そして三つ、『なんで僕のことを、僕自身に聞かずにコソコソ調べてるのか?』
水臭いじゃないですか、ねぇ?」
六名は無邪気に笑った。
「これを聞きに行こうよ!」
「……そうですね」
宗方は頷いた。六名の意志は絶対だ。
「ですが、いきなり押しかけてはまた驚かせてしまいます。
今度は、行く前に『手紙』を送りましょう。アポイントメントです」
「そうだね! それがいいや!」
「当日は、また手土産を持って行くことにしましょうね」
「うん! キムチ、喜んでくれたかなぁ?」
和やかな会話。
だが、宗方の脳裏には、先ほど見た洋館の光景が焼き付いていた。
(……あの部屋の奥)
宗方は、言葉には出さなかった。
あの時、奥の部屋から聞こえていた絶叫。そして、一瞬見えた血まみれの光景。
氷川智宏が、手首を失い、内臓を晒して転がっていた姿。
(……あれはもう、助からないでしょうが…言う必要はありませんね。六名様が知れば、また心を痛めてしまう。
……所詮はゴミ(氷川)の末路です)
宗方は無表情のまま、楽しそうに食事をする二人にお茶を注いだ。
「おかわり、ありますよ」
「サンキュー宗方さん!」
平屋の夜は、歪んだ平穏の中で更けていった。




