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巡り巡る 〜漢字の意味が世界を変える世界〜  作者: 暇な鍼灸師


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第43章 狂い始めた羅針盤



■東京郊外・八母天満宮周辺



深夜の静寂を、異質な集団が侵していた。


在日米軍の特殊部隊が、暗視ゴーグルと消音器付きのライフルを携え、古びた神社の境内を包囲している。


その中心で、グレイ司令官は恍惚とした表情でタブレットの数値を見つめていた。


「……ここだ。間違いない」


グレイは、境内の梅林に手をかざした。


連行してきた氷川智宏に命じ、氷柱を作らせる。その高さは、都心部すら凌駕する60メートルに達していた。


天を衝く氷の塔。それが示す事実は一つ。


「この神社の地下……いや、この土地そのものが『特異点(特異点)』だ」


グレイは震える手で鳥居に触れた。


「ついに見つけたぞ。……あの方の望む場所を」


「司令?」


部下が怪訝な顔をする。「あの方、とは?」


「……ッ」


グレイの動きが止まる。こめかみに激痛が走った。


(私は今、何を言った? 『あの方』?

私は合衆国の利益のために動いているはずだ。この力を持ち帰り、軍事転用し、覇権を握る……それが目的のはずだ)


思考にノイズが走る。


脳の奥底から、甘く、抗いがたい命令が湧き上がってくる。


『——日本を、平和で退屈な国に戻すのです』


「……そうだ。私は、そのために……」


グレイは虚ろな目で呟いた。


「全てを破壊し、リセットする。……平和で退屈な日本を取り戻すために」


「し、司令? 大丈夫ですか?」


部下たちが動揺する。司令官の言動が、軍人のそれから乖離し始めている。


その時、背後から清原がスッと歩み寄り、グレイの耳元で優しく囁いた。


「ええ、その通りですよ司令。

もう少しです。……じゃあ、最後まで頑張りましょう!」


その言葉は、呪文のようにグレイの脳髄に染み渡った。


(こいつは…こいつは誰だ!?)


その突如混乱が消え、思考が単一の色に塗りつぶされる。


「……ああ。そうだな、清原君。邪魔する者は全て排除する」


遠くで警備員の懐中電灯が見えた。


「撤収だ。……場所は特定した。準備を整えてから、掘り返す」



■山間部・臨時野営地



米軍ヘリは基地には戻らず、人里離れた山中の開けた場所に降り立った。


ペンタゴンからの督促がうるさい。今帰れば、任務(という名の私的活動)を解かれてしまう。


「今夜はここで野営ビバークをするぞ」


グレイの命令に、隊員たちは無言で従った。


だが、テントを設営する彼らの目には、明らかな恐怖と疑念が宿っていた。


「……おい。司令、完全にイカれてきてないか?」


「ああ。『日本の平和』だと? 俺たちはいつから極東のボランティアになったんだ」


「それに、あの氷川への『調整』……。あれはもう尋問じゃない…」


隊員たちは、テントの隅で涎を垂らして痙攣している氷川を見て、身震いした。


だが、恐怖が彼らを縛り付けていた。逃げれば殺される。従うしかない。



■山間部・深夜の森の中



森の湿った空気が満ちる中、清原は一人、音もなくテントを抜け出した。


暗視装置もつけず、月明かりだけを頼りに深い森の奥へと進んでいく。


ある巨木の前で、清原は足を止めた。


「……お疲れ様です」


シュンッ!


何もない空間が唐突に歪み、ウインドブレーカーのフードを目深に被った宗方が、幽霊のように出現した。


「場所は、見つかりましたか?」


宗方の声には、人間特有の抑揚がない。無機質で、それでいて奇妙な温かみのある声。


「ええ。ほぼ確定です」


清原は八母天満宮の方角を指差した。


「あの神社の直下。そこに、六名様が探しておられる『源』があります」


「そうですか……」


宗方はフードの奥で、安堵と寂寥が入り混じったような息を吐いた。


「ようやく……ようやく、六名様の悲願を叶えられる日が近づいているのですね」


「ええ。長かったですが」


二人が密談を交わしていた、その時だった。


カッ!!


「——誰だ!! 動くな!!」


茂みの中から、強力なタクティカルライトが二人を照らし出した。


見回りをしていた米軍の隊員二人だ。彼らはM4カービンを構え、清原に銃口を向けた。


「き、清原さん!? こんな夜更けに何をしているんです!」


「その男は誰だ! 外部の人間か!?」


「あー……」


清原は両手を上げ、苦しい言い訳をした。


「いやぁ、私の古い友人でしてね。偶然、森の中でバッタリ会いまして……」


「ふざけるな! こんな山奥で偶然会うわけがないだろう!」


隊員が怒鳴る。


「貴様……やはりスパイか!? 司令がおかしくなったのも、貴様の仕業か!」


隊員の指がトリガーにかかる。殺気。


完全にバレた。


「はぁ……」


宗方が、深く、重いため息をついた。


「困りましたね。

六名様からは『秩序を守る人や、優しい人は殺すな』ときつく言われているのですが……」


宗方は清原をジロリと見た(ように見えた)。


「貴方の不手際のせいで、それを破ることになりそうです」


「ごめんごめん!」


清原はヘラヘラと頭を下げた。


「不可抗力ってことで!

あ、六名様には内緒にしてくれよ? あの子すごく優しいから、『僕のために人を殺した』なんて聞いたら、また病んじゃうからさ……」


「……仕方ないですね。これも『掃除』の一環と割り切りましょう」


宗方はゆっくりと、銃を構える隊員たちの方へ歩き出した。


「と、止まれ! 近づくな!!」


隊員が警告し、ライトで宗方の顔を照らす。


フードの下から覗いたのは、陶器のように白く、毛穴の一つもない——マネキンの顔だった。


ギチッ……ギチチッ……


関節が動くたびに、生物にはありえない硬質な音が森に響く。


「な、なんだコイツ!? 人形……!?」


「うわぁぁぁ!! 撃てッ!!」


恐怖に駆られた隊員が発砲しようとした瞬間。


シュンッ!


宗方の姿が掻き消え、隊員の目の前——ゼロ距離に現れた。


無機質なガラス玉の瞳が、隊員を覗き込む。


「申し訳ありません。……六名様のためです。悪く思わないでくださいね」


「——『方』」


ヒュンッ!!


二人の隊員の姿が、断末魔の悲鳴を上げる間もなく消失した。


転移先は、ここから遥か上空3000メートル。


重力という名の処刑台へ。数分後には、地面に叩きつけられて肉塊となるだろう。


「……ふぅ」


宗方は何事もなかったかのように清原に顔を向けた。


「全員いなくなりましたね。

……ところで清原さん。グレイにかけた『マインドコントロール』の効き目はどうですか?」


「あ、そういえば」


清原は思い出したように手を打った。


「さっき、一瞬正気に戻りかけてましたよ。『私は何を言っているんだ』とか。

六名様の思想と、本人の野心や愛国心が混ざって、脳内でバグり始めてます」


「はぁ……」


宗方は再びため息をついた。


「そういう大事なことは、定期報告の時に言ってください。

もし彼が正気に戻り、全軍で我々を攻撃してきたら計画が破綻します」


「すんません」


「……『掛け直し』てきます」


シュンッ!


宗方はグレイが眠るテントの中へ直接転移した。


簡易ベッドの上で、グレイはうなされていた。


宗方はその額に、冷たいプラスチックの手をかざした。


六名から預かっていた、『そう』の名前を冠する支配の力。


「……おやすみなさい、グレイ司令。

あなたは、平和で退屈な日本を望む。……そのために、全ての障害を排除し、源を探すのです」


淡い光がグレイの脳に吸い込まれていく。


グレイの表情から苦悶が消え、操り人形のような安らかな顔に戻った。



■翌朝・野営地



「報告します! バーンズとミラーがいません!

周辺を捜索しましたが、痕跡もなし……脱走した可能性があります!」


朝の点呼。隊員の報告に、現場は騒然としていた。


敵前逃亡は重罪であり、この極限状況下では死を意味する。


だが、テントから出てきたグレイは、コーヒーを飲みながら気のない様子で言った。


「……そうか」


「し、司令? 捜索隊を出しますか?」


「放っておけ」


グレイは虚ろな目で、何もない空を見上げた。


「離脱は死罪だが……探して殺すのも面倒だ。

今戻ってきてないなら、勝手に野垂れ死んだのだろう。興味はない」


隊員たちは顔を見合わせた。かつての厳格な司令官なら、地の果てまで追って処刑したはずだ。


今の彼は、人間としての感情が抜け落ちている。


「それより、出発だ。……目的地は決まった」


グレイの瞳には、軍人としての覇気も、戦略的思考もなく、ただ一つの目的——「源の破壊」へと向かう、プログラムされた機械のような冷たさだけがあった。


「行くぞ。……この国を、あるべき姿に戻すためにな」


隊員たちは背筋を凍らせながらも、狂った指揮官に従うしかなかった。


一行は、八母天満宮へと向けて動き出した。



■洋館・指令室



六名の情報を集めつつも対策局は通常業務に追われていた。


「はい、こちらK-Security。……迷子の猫ですか? 了解です、すぐに近くの隊員を向かわせます。ご安心ください」


相談窓口では、かつて強面で鳴らした元組員たちが、電話越しに精一杯の猫なで声で対応していた。

田村の一件以来、K-Securityの空気は劇的に変わった。


粗暴な振る舞いは消え、常に礼儀正しく、市民のために汗を流す。それは「恐怖」による統制ではなく、「誇り」による結束だった。


その中心にいるのは、他ならぬ相談役・勅使河原州宏だ。


彼は還暦を過ぎた身体に鞭打ち、誰よりも早く現場に駆けつけ、誰よりも深く頭を下げていた。


『——緊急入電! C地区の銀行にて、覚醒者による強盗発生!』


サラ・コッホの声が響く。


『犯人は「水」を操る能力者よ! 行員を水の檻に閉じ込めてる!』


「水か……」


髙橋俊明が立ち上がる。


「誰を送りますか? 鈴木さんは別の現場だし、音無くんは……」


「私が行こう」


重々しい声と共に、勅使河原が手を挙げた。


「お、親父!?」


黒田が驚く。


「危険です! 水なら、俺たちで……」


「馬鹿野郎。相手は水を操るんだぞ? お前らじゃ溺れて終わりだ」


勅使河原はジャケットを羽織り、ビシッと決めた。


「それに、俺の『河』なら相性がいい。……髙橋さん、頼めますかい?」


「しかし……」


「俺が行きます!」


若い衆たちが口々に志願するが、勅使河原は一喝した。


「うるせぇ! ……お前らは、俺の背中を見ておけ!」


その一言で、全員が黙り込んだ。圧倒的な覚悟。


髙橋は頷き、勅使河原の肩に手を置いた。


「……行きますよ、相談役!」


シュンッ!



■C地区・銀行前



数分後。


銀行を包囲していた警官隊と野次馬が見守る中、犯人が手錠をかけられて連行されてきた。


その背後には、びしょ濡れになりながらも、仁王立ちする勅使河原の姿があった。


「おお……! さすが相談役!」


テレビ中継を見ていた洋館の組員たちが、涙を流して歓声を上げる。


画面の中、マイクを向けられた勅使河原は、カメラに向かって極道顔で凄んで見せた——つもりはなく、精一杯の笑顔を作っていた。


『えー……市民の皆様。

我々K-Securityは、皆様の安全を守る盾です。

これからも身を粉にして……い、命を懸けて頑張らせて頂きますので! 何卒! よろしくお願い致しますッ!』


ドスの効いた声と、深々としたお辞儀。


画面の端で、引き継ぎに来た警官が苦笑いしているのが映り込む。


「はは……。迫力ありすぎですよ、勅使河原さん」


髙橋が苦笑しながら、回収のために現場へ転移した。


「お疲れ様です、相談役。帰りましょう」


髙橋が路地裏で待機している勅使河原に声をかけようとした、その時。


勅使河原の前に、一人の少年が立っているのが見えた。


「……え?」


人懐っこい笑顔。ラフな服装。


そこにいるはずのない、最悪の訪問者。


「……六名ムツナ!!」


髙橋の背筋が凍りついた。


彼は即座に無線を叩いた。


「緊急事態! 現場に六名が出現! 勅使河原さんと接触しています!」


『なんだと!?』


東義昭の焦った声が返ってくる。


『すぐに勅使河原さんを回収しろ! ……いや、無理なら最悪、髙橋君だけでも離脱せよ! 君を失うわけにはいかん!』


「くっ……!」


髙橋は覚悟を決め、勅使河原の元へ駆け出そうとした。


だが、勅使河原は振り返ることなく、髙橋に向けて掌を突き出した。


——来るな。


その背中が、そう語っていた。


勅使河原は、目の前の少年に視線を戻した。


震える足を地面に縫い付け、虚勢を張って問う。


「……よう。久しぶりだな、若いの」


「ええ。お久しぶりです、勅使河原さん」


六名はニコニコと笑っていた。殺気など微塵もない。それが余計に恐ろしい。


「……なんで殺さない?」


勅使河原は単刀直入に聞いた。


「お前は……俺たちみたいな元暴力団が、社会のゴミだって言ってただろ?

今、俺は一人だ。殺すなら絶好の機会じゃねぇのか?」


「ええ、嫌いですよ? ゴミだと思ってます」


六名はあっさりと肯定した。


「でも……東さんのやろうとしている事は、素晴らしい事です。

秩序を作り、街の平和のために頑張ってくれている。それは僕の理想に近い」


六名は、テレビカメラの放列の方をちらりと見た。


「そんな東さんが、今はまだ貴方たちを『必要』だと判断している。

だから、僕は待ちますよ。

東さんが冷静になって、『やっぱりコイツらはいらないな』って……掃除を決断するその日までね」


六名の瞳が、勅使河原を射抜く。


それは人間を見る目ではなかった。生殺与奪の権を握られた家畜を見る目だ。


「……それは、全員か?」


勅使河原の声が低くなる。


「はい。もちろん」


「……そうか」


勅使河原は、少しだけ視線を下げ、そして覚悟を決めたように顔を上げた。


「なぁ、六名。……虫の良いことだとは承知で言うが」


勅使河原は、自分の首を指差した。


「俺だけの首で、我慢してくれねぇか?」


「……はい?」


「俺はろくでもねぇジジイだ。掃除されても文句はねぇ。

だが、ウチの若いモンたちは……これからなんだ。やっとまともな道を歩き始めたんだ。

だからよ……俺一人の命で、手打ちにしてくれねぇか?」


六名は、不思議そうに首を傾げた。


「……ダメです」


「なっ……」


「だって、汚れているのは全員——」


シュンッ!!


六名が言い終わるより早く、空間が抉り取られた。

髙橋が勅使河原の背後に強引に転移し、その身体を掴んで離脱したのだ。



■洋館・エントランス



ドサッ!


二人が洋館の床に転がり込む。


「はぁ、はぁ、はぁ……!」


髙橋は息を切らしながら、すぐに勅使河原の胸ぐらを掴み上げた。


「ふざけるな!!」


「……た、髙橋、さん……」


「またですか! また心中する気ですかアンタは!」


髙橋の怒声が響く。


「『生きて償う』んじゃなかったのか!?

部下の前で、あんなにカッコいいこと言っておいて……また自分だけ死のうとするんですか!」


「……すまねぇ」


勅使河原は抵抗もせず、弱々しく笑った。


「だがよ……俺についてきた、あの馬鹿な息子たちのためなら……。

俺一人の命で済むなら、安いもんだろう……?」


その言葉に、駆けつけてきた黒田や音無たちが息を呑む。


親分の愛。だが、それはあまりに悲痛な自己犠牲だった。


「……バカな人だ」


指令室から降りてきた東は、その光景を見てギリリと歯噛みした。


(……六名。あいつには『宗方』がいる。転移能力があることは分かっていたはずだ)


東は拳を握りしめた。


(神出鬼没なのは拠点だけじゃない。奴はいつでも、どこにでも現れる。

……この事態を防げなかったのは、私の失態だ)


「……総員、警戒レベルを最大に引き上げろ」


東の低い声が、洋館に響いた。


敵は、もう目の前まで来ていることを皆理解した。


「……BOSS!緊急通報!」


サラ・コッホが顔を引きつらせて受話器を置いた。


「東京の郊外……住宅街のど真ん中に、突如として『巨大な氷の柱』が出現したそうです」


「氷……?」


東義昭が眉をひそめる。


「高さ50メートル級。倒壊すれば民家が潰れます。

……この能力の痕跡、間違いなく氷川智宏よ」


その名前が出た瞬間、部屋にいた幸田美咲がビクリと肩を跳ねさせた。


「ひっ……あ……」


両親の死に顔がフラッシュバックし、過呼吸になりかける。


「大丈夫! 大丈夫よ幸田さん!」


白川真純が即座に駆け寄り、背中をさすって視界を塞ぐ。


「深呼吸して……。貴女は安全な場所にいるから」


「……妙だな」


東は顎を撫でた。


「六名の件といい、この氷川の件といい……タイミングが良すぎる。

氷川は金剛寺と共に消えたはずだ。なぜ今頃、そんな目立つ真似を?」


東は即断した。


「現場へ急行しろ! メンバーは鈴木、髙橋、音無!

人命救助と……状況の確認だ。罠かもしれん、警戒レベルは最大でいけ!」


「了解!」



■東京郊外・住宅街



「うわぁ……。こりゃすげぇな」


現場に転移した鈴木浩三は、目の前の光景に呆れ果てた。


朝日に照らされて輝く巨大な氷柱。その周りには、スマホを掲げた野次馬が黒山の人だかりを作っている。


「髙橋さん! 鈴木さん! 規制線を張ります!

野次馬を下げないと、倒れた時に巻き込まれます!」


音無賢人が声を張り上げた。


今日の彼は、いつものフードを目深に被った姿ではない。対策局の腕章をつけ、公的な捜査官として堂々と姿を晒し、群衆整理に当たっていた。


「下がってください! 危険です! 写真を撮らないで!」


「へいへい。……オラァ! どけっつってんだろが!」


鈴木が威圧感たっぷりに人を払う。


賢人は黄色いテープ(KEEP OUT)を張りながら、群衆の最前列で誘導を行っていた。


(……誰だ? 誰がこんなことを? 氷川か? 近くにいるのか?)


その時。


群衆を掻き分けるように、黒塗りの高級車と軍用車両数台が、規制線を無視して強引に入り込んできた。


ナンバープレートは「Y」。在日米軍車両だ。


「あ、ちょっと! 入らないでくださ……」


賢人が制止しようと駆け寄った時、車から降りてきた人物を見て、言葉を失った。


軍服姿のグレイ司令官。


ラフな私服の男、清原。


そして——オレンジ色の囚人服を着せられ、手枷足枷を嵌められた男、氷川智宏。


「チッ……。昨日の夜、警備員に見つかって撤収した時に、一つ消し忘れていたか」


グレイが氷柱を見上げて舌打ちをする。


「司令、マズいですよ。野次馬もメディアも多すぎる」


清原が淡々と言う。


「さっさと『清』で水に戻して、回収しましょう」


「ああ。やれ」


その時虚ろな目で突っ立っていた氷川が、ふらりと顔を上げた。


焦点の合わない目が、周囲を彷徨う。


そして——規制線を握りしめて立ち尽くす、音無賢人と目が合った。


「……あ」


氷川の濁った瞳に、強烈な憎悪と恐怖の光が灯る。

顎を砕かれ、プライドを砕かれ、この地獄(実験体)へと落とされた元凶。


「……アイツ……だ……」


「ッ!?」


賢人の心臓が早鐘を打つ。


(しまった……! 姿を晒していたせいで、見つかった!)


氷川が喉の奥から獣のような唸り声を上げ、賢人を指差そうとする。


賢人は即座に身を翻し、物陰に隠れながら無線を入れた。


「東さん! 緊急事態です!

現場に米軍が現れました! グレイと……それに、氷川もいます!」


『なに!?』


「奴ら、氷柱の処理に来たようです。……ですが、氷川と目が合いました!

完全に気づかれています! 戦闘になる可能性があります!」


無線越しの東は、数秒間沈黙した。


脳内で、高速の計算が行われる。


(米軍が氷川を連れている? つまり氷川は捕虜として実験に使われているのか。

ここにきてグレイが動いた……。六名の動きとリンクしているのか? だとしたら……)


東の声が、無線の向こうで冷徹に響いた。


『……音無君。作戦を変更する』


「はい、撤退ですね?」


『いや。……可能であれば、氷川とグレイを、拠点に回収しろ』


「……はぁっ!?」


賢人は思わず声を上げた。


「正気ですか!? 相手は米軍ですよ!? しかもグレイは敵の親玉……」


『分かっている。だが、状況が変わった』


東は断言した。


『今は、氷川の脅威よりも、六名の脅威の方が遥かに大きい。

グレイが何をしていたのか、氷川を使って何を調べていたのか……その情報が、六名攻略の鍵になる可能性がある』


東は言葉を強めた。


『敵の敵は味方、とは言わんが……利用価値はある。

無理はするな。だが、隙があれば拉致さらってこい』


「……無茶苦茶だ」


賢人は呻いた。だが、東の政治的嗅覚が外れたことはない。


「……分かりました。鈴木さん、髙橋さん! 聞こえましたか!?」


『おうよ! 米軍相手に人攫いか! 痺れる命令だぜ!』


鈴木がニヤリと笑い、ポケットの木の実を握りしめる。


『胃が痛い……。でも、やるしかないですね!』


髙橋が転移の準備をする。



■洋館・指令室



通信を終えた東は、即座に振り返った。


「サラ君! アレックス君! そして谷君、白川君!」


「はい!」


「グレイと氷川たちがこちら(拠点)に転移してくる可能性がある。

……迎撃準備だ。

米軍だろうが何だろうが、この館に入った者は全て我々の管理下に置く!」


「了解!」


現場と拠点。


二つの場所で、同時多発的な緊張が走った。


氷の柱の下で、白日の下の三つ巴の戦いが始まろうとしていた。

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