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巡り巡る 〜漢字の意味が世界を変える世界〜  作者: 暇な鍼灸師


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第39章 危険な善意



■洋館・エントランスホール



「——申し訳ございませんでしたッ!!!」


怒号のような謝罪の声が、ホールを震わせた。


勅使河原州宏が、東義昭の前に膝をつき、額を床に擦り付けている。


その後ろでは、黒田義信をはじめとするK-Securityの社員23名全員が、同様に土下座していた。


「部下の不始末は、トップである私の責任です。

せっかく頂いた『表の顔』に泥を塗るような真似をしちまって……合わせる顔もございません」


勅使河原の声は震えていた。


その姿を見て、後ろの組員たちは嗚咽を漏らしそうになるのを必死で堪えていた。


自分たちの親父に、こんな屈辱的な格好をさせてしまった。その事実が、どんな罰よりも重く彼らの心を抉っていた。


最前列にいる社長の黒田の顔は、昨晩の制裁で無惨に腫れ上がっている。


一方で、実際に暴言を吐いた当人の田村には、傷一つない。


それが逆に、田村の精神を追い詰めていた。「自分の代わりに、社長が殴られた」という罪悪感が、彼を押しつぶそうとしていた。


東は冷ややかな目でその光景を見下ろし、静かに口を開いた。


「……顔を上げたまえ、勅使河原さん」


「は、はい……」


「今は大事な時期だ。新法が施行され、世論が我々に注目している。

このタイミングで『権力の暴走』などというスキャンダルが出れば、組織は終わる」


東は氷のような声で告げた。


「君たちの代わりはいないが……組織を守るためなら、切らざるを得ない。次は無いぞ?」


「……肝に銘じます」


勅使河原は深く頭を下げた。


東が奥へ下がると、勅使河原は振り返り、腫れ上がった顔の黒田を立たせた。


「……黒田」


「は、はい。親父……」


「勘違いするなよ。

今の俺たちは、法律ってやつに守られてる。だがな……それを傘に着ちゃいけねぇ」


勅使河原は、黒田の肩を強く掴んだ。


「俺たちが何のために看板を下ろして、ここに来たか忘れたか?

困ってる市民に寄り添って、助ける。……それが、俺たちなりの『仁義』だろうが」


「っ……! はい……! その通りです……!」


黒田の目から、ボロボロと涙が溢れ出した。


「よし。……行ってこい。若いモンに、生き様を見せてやれ」


「ウスッ!!」


黒田は涙を袖で乱暴に拭うと、振り返って全社員に号令をかけた。


「総員! 研修室へ集合!!

今日から徹底的に叩き直す! 親父に二度と頭を下げさせるんじゃねぇぞ!!」


「「「ウスッ!!!」」」



■洋館・研修室



「いいかテメェら! よく聞け!」


黒田の怒鳴り声が響く。彼の顔は痛々しく腫れているが、その目は燃えていた。


「挨拶! 言葉遣い! 身だしなみ! そして何より『心構え』だ!

一般の方々は、俺たちのこの強面を見てビビってんだよ!

だからこそ、俺たちが誰よりも礼儀正しく、優しくなきゃならねぇんだ!」


黒田はホワイトボードを叩く。


「今日から俺たちは、ヤクザじゃねぇ! 『正義の味方』だ!

お婆ちゃんの荷物は持つ! 道案内は笑顔で! クレームには土下座だ! 分かったか!」


「はいッ!!」


田村が一番大きな声で返事をする。その目には、生まれ変わる決意が宿っていた。


その様子を、廊下から髙橋、音無、白川が眺めていた。


「……すごい熱気ですね」


髙橋が苦笑する。


「ヤクザ式の研修って、スパルタだけど効果覿面だなぁ」


「ええ。でも、いい傾向です」


白川は微笑ましく見守っていた。


「黒田さんのあの顔……痛みを知っているからこそ、言葉に重みがあります。

彼らはきっと、いいチームになりますよ」


「ああ。自覚と責任、ですね」


音無も頷いた。


「失敗しても、やり直せる。……ここはそういう場所ですから」


三人がそんな穏やかな会話をしていた、その時だった。


ピンポーン。


洋館のチャイムが鳴った。


玄関モニターの前にいた幸田美咲が、インターホンに応答する。


「はい、対策局です」


『……こんにちは。突然すみません』


スピーカーから、若く、穏やかな男性の声が聞こえる。


「どちら様でしょうか?」


『東義昭さんに、直接お話ししたいことがあって参りました』


「東に、ですか? アポイントは……」


『ありません。ですが、どうしてもお会いしたくて』


美咲は困ったように眉を下げ、近くにいた東を振り返った。


「あの、東さん。直接お話ししたいという方が来ているんですが……」


「アポなしか。名前は?」


東が書類から目を離さずに聞く。


美咲はモニター越しの青年に尋ねた。「お名前をいただけますか?」


『ああ、失礼しました。

……六名ムツナと申します』


東の手が止まる。その名を知る者はいないが、奇妙な響きだ。


「六名……? 知らんな。追い返せ」


東がそう言おうとした瞬間。


「Wait!!!(待って!!!)」


指令室から、サラ・コッホの鋭い叫び声が響いた。

彼女は血相を変えて飛び出してきた。


「東! 返事をしないで!」


「なんだ? どうしたサラ君」


「Monitor!(モニターを見て!)」


サラは青ざめた顔で、手元のタブレットを東に見せた。


そこには、洋館周辺のセンサーログと、監視カメラの映像が表示されている。


「……映っていないのよ」


「なに?」


「インターホンのカメラには、確かに青年が映ってる。

でも……外周の監視カメラ、熱源センサー、振動センサー……その全てに、反応が一切ない」


サラの声が震える。


「彼は、門を通っていない。壁も越えていない。

空から降ってきたわけでもない。

……なのに、唐突に『玄関の前』に現れたのよ。

まるで、最初からそこにいたみたいに」


「……なっ」


その場にいた全員——東、音無、髙橋、白川、そして美咲の顔に、戦慄が走る。


音無のような「気配遮断」ではない。


機械センサーが物理的に認識できない存在。


「……タダモノではないな」


東が低い声で唸る。


全員が身構える中、インターホンの向こうの青年——六名は、モニター越しに優しく微笑んでいた。


『……開けてくれませんか?』


正体不明の少年が、自ら玄関を叩いていたのだ。


鈴木浩三がモニターの青年を指差す。


「なら、幽霊だとでも言うのか?」


「いいえ。……インターホンのカメラには、質量のある『物体』として映ってる」


サラは震える指で画面をタップした。


「つまり彼は……『何もない空間』から、突如として玄関前に出現したのよ。

まるで、座標を書き換えたみたいに」


「……転移か」


髙橋俊明が息を呑む。


「僕と同じ……いや、僕以上の精度で?」


「おそらくはな」


東義昭は冷徹に断じた。


「彼自身の能力か、あるいは協力者の手引きか。

いずれにせよ、壁も距離も意味をなさない相手だ。ここで追い返したところで、寝室に現れれば終わりだ」


東は全員を見渡した。


「招き入れよう。……ただし、最高の『おもてなし』の準備をしてな」


東は髙橋に視線を向けた。


「髙橋君。君が迎えに行け。

万が一、ドアを開けた瞬間に攻撃されても、君なら逃げられる」


「……胃に穴が空きそうです」


髙橋は泣きそうな顔をしたが、覚悟を決めて頷いた。



■洋館・食堂(迎撃形態)



シュンッ! シュンッ!


髙橋の転移により、館内に散らばっていたメンバーが次々と食堂に集められた。


広いダイニングテーブルを中央に、ドアに最も近いテーブルにポツンと一脚だけ、豪奢な椅子が置かれている。


「……配置につけ」


東の号令で、空気が張り詰める。


鈴木浩三は、椅子の側面、わずか2メートルの距離に仁王立ちした。ポケットには手を入れたまま、中の「鈴」を握りしめる。


(変な動きをしたら、即座に鳴らす…)


アレックスとサラ、そして谷は、物陰や柱の裏に身を隠し、銃口と視線を中央の椅子に向けた。


そして、音無賢人。


「……行きます」


スゥッ……。


賢人の姿が空間に溶け、完全に消滅した。


彼は「無」となり、椅子の真後ろ——座った者の首をいつでもへし折れる位置——に音もなく待機する。


完璧な布陣。処刑台の準備は整った。


「……よし。髙橋君、客人を」



■洋館・玄関



髙橋は、震える手で重厚なドアノブを握った。


(大丈夫だ。いつでも逃げられる。イメージしろ、上空の座標を……)


自分に言い聞かせ、ドアを押し開ける。


ギィィィ……。


夕暮れの逆光の中に、一人の少年が立っていた。

ラフなシャツにチノパン。どこにでもいそうな、線の細い、優しげな少年。


「……お待たせしました」


髙橋が声を絞り出すと、青年——六名は、人懐っこい笑顔を見せた。


「あ、どうも。突然すみません」


六名は申し訳無さそうに頭を下げた。


「いやぁ、驚かせちゃいましたか?

宗方むなかたにお願いして、ここまで送ってもらったんです。山道を歩くと疲れるので」


「宗方……? 送ってもらった?」


「ええ。便利なもので」


六名は悪びれもせず、靴を脱いで上がりかまちに足を乗せた。


トン、と確かな音が響く。


幽霊ではない。そこに確かな肉体と体重が存在している。


「お邪魔します。……わぁ、綺麗な廊下だなぁ」


六名はキョロキョロと廊下を見回した。


「古い建物なのに、埃ひとつない。大事に使われてるんですね」


「……ええ。先日、全員で掃除しましたから」


「いいですねぇ。仲間と掃除、か。羨ましいな」


無邪気な感想。敵意の欠片も見当たらない。


それが逆に、髙橋の恐怖を煽った。


(この男……。ここが武装した能力者たちの巣窟であることを知っていて、まるで友人の家に遊びに来たかのようにリラックスしている……!)


「……どうぞ、こちらへ」


髙橋は背中を見せないように、半身の体勢で、食堂への道を案内した。



■洋館・食堂



「……こちらです」


髙橋が食堂の扉を開けた。


張り詰めた殺気が、冷たい風となって廊下へ漏れ出す。


部屋の中央には、ダイニングテーブル。その前にポツンと置かれた椅子。


正面には、鬼の形相で睨みを利かせる鈴木。


奥には、冷徹な目で待ち受ける東。


そして、見えない死角には、銃口と暗殺者が潜んでいる。


普通の人間なら、足がすくんで入れないだろう。


だが、六名は嬉しそうに目を細めた。


「わぁ……。皆さんお揃いで。熱烈な歓迎ですね」


彼は躊躇なく部屋に足を踏み入れ、鈴木の前まで歩み寄った。


鈴木の巨大な体躯を見上げ、ニコリと笑う。


「初めまして。……あなたが『無効化』の鈴木さんですね? テレビでも拝見してます!噂通り、頼もしそうだ」


「……あぁ? 」


鈴木が凄むが、六名は動じない。


「すごいなぁ。鈴木さんがいるから、ここは安全なんだね」


六名はクルリと振り返り、部屋の奥にいる東の方を見た。


「そして、あなたが東さんですね!お会いしたかったです!」


六名は、用意された「処刑台」の椅子に手をかけた。


その背後には、透明な音無賢人が、ナイフのような手刀を首筋に添えて待機している。


一挙手一投足が命取りになる状況。


しかし、六名は背後の「死」に気づいているのかいないのか、無防備に背中を預け、深く腰掛けた。


「ふぅ……。移動って、一瞬でも意外と疲れるんですよね」


彼は東に向かって、まるで旧知の友人のように話しかけた。


「……そんなに警戒しないでください」


六名の瞳が、静かに東を射抜く。


「……お茶でも飲みながら、お話しませんか?

この壊れかけた世界を……どうやって『直す』かについて」


食堂の扉が閉まる。


洋館の中心で、少年と大人たちの、静かなる対話が始まった。


張り詰めた空気の中、椅子の上の少年——六名は、出された紅茶を一口すすり、ほっとしたように息をついた。


「……美味しい。いい香りですね」


彼はカップを置くと、正面に座る東義昭に向かって深々と頭を下げた。


「東さん。まずは御礼を言わせてください。

日々、日本の治安を守ってくれてありがとうございます。

それに……例の『覚醒者登録法』。覚醒者に番号をつけて管理する法律……あれ、僕も大賛成なんです」


「……ほう?」


東は警戒を解かず、眼鏡の奥から探るような視線を向けた。


「人権侵害だと騒ぐ声も多いがね。君は管理されたいのか?」


「ええ。だって、力を持った人間が野放しなんて危ないじゃないですか」


六名は無邪気に笑った。


「管理して、監視して、危険な芽は摘む。……素晴らしい『掃除』のシステムだと思います」


「……掃除、か」


「はい。でも……」


六名の表情が、少しだけ悲しげに曇った。


「やっぱり、勘違いしてしまう方っているんだなって、残念に思っちゃったんです」


「勘違い?」


「ええ。先日、街でひったくりをしている覚醒者を見たんです。

すぐに『K-Security』……元勅使河原組の皆さんが対応に駆けつけたんですが」


六名は眉をひそめた。


「その対応が、とっても酷かったんです。

被害者のおばあちゃんに対して、言葉遣いも荒いし、威圧的で。……『守ってやってるんだから感謝しろ』みたいな態度が見え透いていて」


それは、先日田村が起こした不祥事のことだった。

食堂の隅で待機していた黒田の顔色が、サッと青ざめる。


「見ていられなくて、僕がその後、おばあちゃんを支えてお家まで送ったんです。

そしたら『上がってけ』って言われて、お茶とお漬物をご馳走になっちゃって!

いやぁ、昔の話とか色々聞かせてもらって、楽しかったなぁ」


六名は楽しそうに笑い声を上げた。まるで休日の善行を報告する少年のようだ。


だが、次の瞬間。


彼はその笑顔のまま、とんでもないことを口にした。


「あ、いけない。脱線しちゃいましたね。ごめんなさい」


六名はコテンと首を傾げた。


「だから、つまりね。

やっぱりヤクザさんはヤクザさんで、社会の『ゴミ』なんだから、早く殺しちゃってもいいんじゃないかな? って思うんです」


「…………は?」


その場の時が止まった。


鈴木の手が、ポケットの鈴を握りしめる。


黒田の喉が引きつる。


東の表情が強張る。


全員が、耳を疑った。


今、この少年は何と言った? 「殺しちゃってもいい」?


それも、「今日の天気はいいですね」と言うくらいの気軽さで。


「え? おかしいですか?」


六名はキョトンとして、続ける。


「だって、ゴミでしょ?

看板を変えたって、中身は暴力を振るう反社会勢力だ。おばあちゃんを怖がらせるような人たちだ。

そんなのが生きていても、綺麗な日本にはならないじゃないですか」


六名の瞳には、悪意も憎しみもなかった。


ただ純粋な、「汚いものは掃除すべき」という潔癖な理屈だけがあった。


「だから僕、作ったんです」


六名は、まるで夏休みの工作の話でもするように言った。


「『寺土(てらど』っていうのを。

あれに『ヤクザの人達全員を殺すまで動き続けろ』って命令して、彼らの地下に置いたんです」


「……ッ!!」


音無賢人の背筋に、冷たいものが走った。


あの怪物。再生し続ける土の巨人。


あれは、実験などという生易しいものではなかった。


「勅使河原組の皆殺し」だけを目的とした、自律型の処刑装置だったのだ。


「でも……変だなぁ」


六名は残念そうに頬杖をついた。


「全員殺す前に、壊されちゃったみたいで。

……あれ、結構自信作だったのになぁ」


六名は顔を上げ、キラキラした目で東たちを見渡した。


「ねえ。

あれ、皆さんがやったんですよね?」


「…………」


全員が凍りついた。


口が利けなかった。


恐怖と、生理的な嫌悪感。


(……コイツは、なんだ?)


(ヤクザを数十人殺す兵器を作っておいて、罪悪感の欠片もないのか?)


(話が通じない。……氷川や金剛寺とは違う。コイツは……『人間』じゃない)


背後に立つ賢人は、いつでも首を狩れる位置にいた。


だが、指先が動かなかった。


本能が告げている。この男に触れてはいけない、と。


洋館の食堂は、暖房が効いているはずなのに、極寒の墓地のように冷え込んでいた。

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