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巡り巡る 〜漢字の意味が世界を変える世界〜  作者: 暇な鍼灸師


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第37章 名付ける少年と三つの法案の行方



■沖縄上空・米軍輸送ヘリ機内



プロペラ音が轟く機内で、グレイ司令官はタブレット端末を凝視していた。


画面に映っているのは、かつて東京で自衛隊車両が襲撃され、街路樹ごと氷漬けにされた際の映像だ。


「……ふむ。不可解だ」


グレイは画面をスワイプし、先ほどの北海道での実験データと比較した。


「北海道で計測した氷川の出力は、東京のそれとは比較にならないほど弱かった。射程わずか10メートル。……気温や湿度が関係しているなら、寒冷地である北海道の方が威力が増すはずだが」


「そうですね。逆の結果が出た」


向かいに座る清原が、窓の外の海を見下ろしながら相槌を打つ。


「とすれば、『場所』そのものの特性か……あるいは、アメリカに移送されてから能力を使っていなかった『ブランク』が原因か。……変数は多いな」


グレイが難しい顔で顎を撫でていると、清原がふと問いかけた。


「司令。一つお聞きしても?」


「なんだ」


「なぜ、被験体が氷川なんです?

金剛寺や熊井、あの金子とかいう男もいるでしょう。彼らも使った方が、データが集まるのでは?」


グレイはタブレットを置き、淡々と答えた。


「理由は三つある。

一つ、氷川の『氷』は視覚的に観測しやすく、距離や体積のデータが取りやすいからだ。

二つ、奴らを一緒に居させたくない。我々の目を掻い潜って結託されたら面倒だ」


グレイは清原を見た。


「そして三つ目。……彼一人なら、万が一暴走しても君の『清』でなんとかなるだろう?」


「はは、買い被りすぎですよ」


清原は苦笑したが、その目には絶対的な自信が宿っていた。


「ま、確かにそうですね。……では、他の連中は今どこに?」


本土アメリカだ。軍の特別独房で厳重に拘束している」


グレイは平然と言った。


「まだギリギリ口が利ける程度には正気を残しているよ。……精神的には完全に壊れてしまったがな」


「そうですか。……彼らも、何か使い道があるといいんですがね」


「もともと使い潰しの実験材料だ。必要になれば適当な覚醒者を拉致する。全てはあの方の…」


そう言いかけてグレイは自身に問いかける。


(…あの方とは…誰だ…?私は一体…)



■沖縄米軍基地・演習場



南国の強い日差しが照りつける演習場。


ヘリから降ろされた氷川智宏は、熱気と疲労でフラフラと千鳥足を晒していた。


「……あ、つぃ……」


オレンジ色の囚人服が汗で張り付く。


北海道から沖縄へ。極寒から酷暑への急激な移動は、彼の体力を削り取っていた。


「……立て。位置につけ」


兵士に銃で突かれ、氷川は演習場の中央に立つ。


(……クソが。いい加減にしろよ)


氷川は虚ろな目を装いながら、視線だけで標的を探っていた。


グレイではない。銃を持つ兵士たちでもない。


一番の脅威は——あいつだ。


氷川の視線が、グレイの横で涼しい顔をして立っている男、清原を捉える。


(あの野郎の能力……『無効化』か。あいつさえいなけりゃ、氷で壁を作って逃げ出せる……!)


「始めろ」


グレイの合図が飛ぶ。


「……『氷』」


氷川は左手を前に出し、無気力に能力を発動した。

ヒュオッ。


地面に氷の道ができる。長さは約10メートル。北海道と同じだ。


「……やはり変わらんか。気温は無関係だな」


グレイがメモを取る。


「よし、もう一度だ。全力でやれ」


「……へいへい」


氷川は大きく息を吸い込んだ。


(今だ……!)


彼は左手を前に突き出すフリをして——隠していた右手を、鋭く横に振った。


狙いは、清原の首。


(死ねぇぇぇぇッ!!)


殺意と共に練り上げられた氷の刃が、弾丸のような速度で清原へ射出される。


距離は5メートル。反応できるはずがない。


「——『清』」


短く、静かな声が響いた。


バシャァッ!!


清原の喉元に突き刺さる寸前、氷の刃は分子結合を失い、ただのぬるい水となって弾け飛んだ。


水滴が清原の頬を濡らす。


「……あ?」


氷川の手が止まる。


清原は、濡れた頬をハンカチで拭いながら、残念そうな目で氷川を見た。


「……惜しかったですね。タイミングは完璧でしたよ」


「な、なんで……!?」


「私を狙う殺気、ダダ漏れでしたから」


氷川の顔色が、土色に変わる。


失敗した。


そして、失敗したということは——。


「……調整不足だな」


グレイの低い声が、死刑宣告のように響いた。


「ひッ……!?」


「反抗する気力があるのは結構だが、実験の邪魔だ」


グレイは冷徹に部下へ命じた。


「連れて行け。……全身に直接電気を流せ。自我が焼き切れる寸前まで、しっかり『調整』してから、もう一度実験する」


「イエッサー!」


屈強な兵士たちが、氷川を取り囲む。


「ま、待て! 違うんだ! 手が滑っただけだ!」


氷川は後ずさりするが、逃げ場はない。


「清原さん! あんたなら分かるだろ!? 悪気はなかったんだ! 助けてくれ!」


「……ごめんなさいね。仕事なんで」


清原は冷ややかに背を向けた。


「いやだ……いやだぁぁぁぁ!!」


兵士たちに羽交い締めにされ、施設の方へと引きずられていく。


その先にあるのは、「調整」という名の地獄。


「ごめんなさい! もうしません! 許してぇぇぇぇ!!」


絶叫が遠ざかっていく。


グレイはその声には目もくれず、タブレットのデータに新たな項目を書き加えた。


『被験体No.4:反抗的。再調整の必要あり』


南の空の下、絶望の叫びはセミの声にかき消されていった。



■市街地・旧勅使河原組事務所前



夕暮れの街を、奇妙な二人組が歩いていた。


一人は、どこにでもいそうな平凡な少年。


もう一人は、全身をすっぽりと覆う大きめのウインドブレーカーを着込み、フードを目深に被った「人らしきモノ」。


二人は、看板が外され、売りに出されているテナントビルの前で足を止めた。


「……へぇ。本当に無くなってる」


少年はスマホのニュース画面と、空きビルを見比べた。


『元暴力団、民間警備会社へ転身』の記事。


「よかった。あの勅使河原組が解散して、対策局の一部になったってニュース……本当だったんだね。これで世界がまた少し綺麗になった」


青年は心底安堵したように胸を撫で下ろした。


「でも、不思議だなぁ。僕が置いた『寺土(てらど)』……。あの子は結構頑丈に作ったつもりだったんだけど、誰が葬ったんだろう?」


「……恐らく、その『対策局』の介入があったのでは?」


ウインドブレーカーの人物——性別不詳の落ち着いた声が返ってくる。


「彼らには、空間転移や能力無効化の使い手がいると噂されています。寺土の再生能力を上回る火力か、あるいは核である人形を直接叩かれたか……」


「なるほど! それなら合点がいくね!」


少年はポンと手を叩いた。


「対策局……。いいね。平和のために能力を使って頑張ってる。彼らみたいな人たちがいてくれて嬉しいよ」


少年は空を見上げた。


「……だって、この世の中は危うすぎるからね。

善人も悪人も関係なく、ある日突然『爆弾』を持たされる。そんなランダムな覚醒が日々起きているんだ。風岡君だってこんな爆弾が無ければ…」


少年は、昔のことを一瞬思い出し、その後空きビルを指差した。


「実験のつもりで『寺土』を作って、社会の害悪である暴力団を壊滅させるつもりだったけど……。

結果として彼らが更生して、まともな道に進んだなら、それはそれでハッピーエンドだね。ただ、本当に更生したのか若干不安があるけど…」


無邪気な笑顔。


だが、ウインドブレーカーの人物は、フードの奥から静かにたしなめた。


「……そうですね。結果オーライではあります」


「でしょ?」


「ですが……もう少し立ち振る舞いを考えて頂かねば困りますよ?

寺土が暴れれば、一般の人に迷惑がかかる可能性もありました。

我々の目的は『平和』であって、破壊することではありませんからね」


「……う」


少年はバツが悪そうに頭をかいた。


「そうだよねぇ……。もっと考えて行動しないとダメか。ごめんごめん」


少年はシュンと反省したフリをして、すぐにニカっと笑った。


「でもさ、いざとなったら宗方むなかたが何とかしてくれるでしょ?」


「……はぁ」


宗方と呼ばれたウインドブレーカーの人物は、やれやれと肩をすくめた(ように見えた)。


「まぁ、できる限りは頑張りますが……出来ない事は出来ませんので。

私を万能だと思わないでください。無茶は言わないでくださいね?」


「はーい」


二人は旧事務所を通り過ぎ、近くの公園へと向かって歩き出した。


ブランコが揺れる静かな公園。


「……ねえ、宗方」


「はい」


「『あいつ』は、うまくやってるかな?」


少年が声を潜めると、宗方も声を低くした。


「……ええ。この前、こっそり確認に向かいました。

今のところ、バレてはいないそうです。敵の中枢で、うまく溶け込んでいます」


「そっか。それは良かった」


「ただ……『能力の解析』には、まだ時間がかかるそうで」


宗方は報告した。


「能力が発生する原因、その根源ソース……。それを特定するには、まだサンプルとデータが不足しています」


「そうか……」


少年はブランコの柵に腰掛け、夕日を見つめた。


「早く能力の根源が見つかると、僕の計画もやりやすくなるんだけどな……」


少年は自分の手を見つめた。


名前を与えることで、ことわりを書き換える力。


神の御業にも等しいその力を、彼は憎んでいるようにも見えた。


「……原因さえ分かれば、元に戻せる。

覚醒者なんていない、能力なんてない……かつての、平和で退屈な日本に…」


それが少年の願い。


全ての異能を消し去り、世界を「普通」に戻すこと。


「……そうですね」


宗方は静かに頷いた。


「ですが、そうなれば……異能の産物である私も、その時はいなくなりますので」


「……うん」


少年は寂しげに笑い、宗方を見た。


「ごめんね。……でも、僕は日本をより良くしたいんだ。

やる事をやって、全部終わらせて……元の世界に戻したいんだよ」


「分かっております」


宗方の声には、悲しみはなく、ただ従順な献身だけがあった。


「それが私の存在意義ですから。

……その時が来るまで、一緒に頑張りましょうね? 六名ムツナ様」


「うん。……よろしくね、宗方」


少年——六名は、自身の最高傑作である宗方と共に、影が伸びる公園を歩き出した。



■衆議院議員会館・東義昭事務所



部屋の大型モニターには、連日のニュース番組が流されていた。


『——連日続く、覚醒者犯罪への迅速な対応。

新設された「対策局」と、民間警備会社「K-Security」の連携は、市民から絶大な支持を集めています』


『街頭インタビューです。「警察より頼りになる」「彼らがいれば安心」との声が多数で……』


東義昭は、その映像を見ながら満足げにブラックコーヒーを啜った。


「……ふん。大衆とは現金なものだ。

数週間前までは『得体の知れない武装集団』だと騒いでいた口が、今では『英雄』と讃えている」


「結果が全てですからね」


ソファで書類を整理していた弁護士・高柳慎吾が、眼鏡の位置を直しながら答えた。


「鈴木さんや髙橋さんたちの活躍、そして元組員たちの献身的な警備。……実績が恐怖を上回った。完璧なシナリオです」


「ああ。だが、ここからが本番だ」


東はカップを置き、窓際に立っていた長宗我部政宗に声をかけた。


「長宗我部。根回しはどうなっている?」


長宗我部は振り返り、重々しく頷いた。


「与党内の主要派閥は押さえた。警察庁長官も、天下りポストの確保を条件に『静観』を約束している。

……だが、野党と日弁連はうるさいぞ。『人権侵害だ』『警察権の肥大化だ』と騒ぎ立てる準備をしている」


「想定内だ」


東はデスクの引き出しから、分厚いファイルを取り出し、テーブルに叩きつけた。


「鉄は熱いうちに打て、と言うだろう?

国民の支持率が沸騰している今こそ、この『三つの法案』を一気に通す」


東はファイルを広げた。そこには、日本の治安維持システムを根底から覆す条文が並んでいた。


「高柳。法的な建付け(ロジック)の説明を」


「はい」


高柳は立ち上がり、ホワイトボードに要点を書き出した。


「まず一つ目。『覚醒者特別犯罪対策庁設置法』。

現在の『局』扱いから、内閣府の外局である『庁』への格上げです」


高柳は解説する。


「狙いは『予算の恒久化』と『人事権の独立』です。

いつまでも官房機密費(裏金)や寄付金に頼る自転車操業では限界がある。堂々と国家予算から数千億を引っこ抜くための財布を作ります」


「財務省が渋るだろうな」


長宗我部が懸念する。


「そこは『国民の安全』を盾にする」


東が即答した。


「『予算をケチって、次のテロが起きたら責任を取れるのか?』と脅せばいい」


「次に二つ目」


高柳が続ける。


「『覚醒者捜査官の職務執行特例法』。これが現場にとっての命綱です」


「特例法?」


「はい。現状、鈴木さんたちが能力を使って犯人を制圧する行為は、刑法上の『暴行』や『器物損壊』に問われるリスクがあります。

この法律は、認定された捜査官に対し、『包括的な免責特権』を与えるものです」


高柳は冷徹に言った。


「つまり、公務中であれば、彼らが建物を壊そうが、犯人の骨を折ろうが、『正当な職務執行』として罪に問われないようにします。

さらに、K-Securityのような民間委託業者にも『みなし公務員』としての権限を付与し、武装を許可します」


「……過激だな」


長宗我部が苦笑する。


「野党が『殺人ライセンスだ』と噛み付いてくるぞ」


「言わせておけばいい」


東は冷ややかに言い放った。


「彼らに言えばいいのです。『では、貴方たちは氷川のような怪物が目の前に現れた時、六法全書で家族を守れるのですか?』とな。

現場の隊員を萎縮させないためには、法という盾が絶対に必要なんだ」


「そして、最後。三つ目ですが……」


高柳の声が、少し低くなった。これが本丸だ。


「『覚醒者登録および保護育成法』」


「……保護、か」


「ええ。建前は『覚醒者の生活支援と差別解消』です。

ですが、その本質は『国民総背番号制の覚醒者版』……管理と監視です」


東が補足する。


「日本国内の全覚醒者に対し、能力の内容と危険度ランクの登録を義務化する。

違反者には罰則を、従順な者には税制優遇という飴を与える」


「……それこそ、人権団体が黙っていないぞ」


「黙らせるさ」


東は不敵に笑った。


「今の世論を見てみろ。国民は『覚醒者』に怯えている。

『隣の住人が、突然爆発するかもしれない』という恐怖だ。

そこにこう囁くんだ。

『国が責任を持って管理します。登録された安全な覚醒者だけが、貴方の隣人になります』とな」


東は空中に手を伸ばし、握りこぶしを作った。


「安心と安全を人質に取れば、大衆は自ら進んで『管理社会』への扉を開く。

……反対派の議員にはこう言ってやれ。

『反対するのは自由ですが、貴方の選挙区で未登録の覚醒者が事件を起こした時、貴方は有権者にどう言い訳するんですか?』」


「……悪魔的だな、君は」


長宗我部は呆れたように、しかし感心して息を吐いた。


「分かった。私が泥を被ろう。党内の反対派は私が説き伏せる」


「頼むぞ。……高柳、条文に穴は?」


「ありません」


高柳は眼鏡を光らせた。


「憲法の解釈ギリギリを攻めていますが、緊急事態条項の拡大解釈で押し通せます。……最高裁まで行けば分かりませんが、それまでに既成事実を作ってしまえばこちらの勝ちです」


「よし」


東は立ち上がり、窓の外——対策局のメンバーたちが守る東京の街を見下ろした。


「これは戦争だ。武器(法律)なくして勝利はない。

……行くぞ。この国会会期中に、全てを決める」


三人の男たちの、血を流さない、しかし冷酷な戦争が始まろうとしていた。

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