第36章 鋼の教官の指導と開花する才能たち
■洋館・裏庭(特設訓練フィールド)
「オラオラオラァ!! 足が止まってんぞ! それで要人の盾になれると思ってんのか!」
鈴木浩三の怒号が、朝霧の立ち込める森に轟いた。
泥まみれになりながら、巨大な丸太を担いで斜面を駆け上がるのは、黒田義信率いるK-Securityの面々だ。
彼らのトレーニングウェアは既に泥だらけの作業着に変わっており、表情は苦痛に歪んでいる。
「ウ、ウスッ!! 負けるかぁぁ!」
「くそっ……キツい! 他所の組との抗争のほうがよっぽど楽だぜ……!」
元組員たちは悲鳴を上げながらも、必死に食らいついていた。
その横では、髙橋俊明がストップウォッチ片手に、冷徹に空間を操っていた。
「はい、次は障害物対応ですよ!
現場は常に変化します。僕がランダムに障害物を転移させますから、反射神経で避けてください! ……はい、右!」
シュンッ!
走っている組員の目の前に、突如として巨大なタンスや岩が出現する。
「うおっ!?」
「危ねぇ!」
組員たちは反射的に身を捩り、転がりながら回避する。
彼らが鍛えられているのは、単なる筋力ではない。
「理不尽な状況変化」に対応するための、生存本能だ。
一方、グラウンドの端では、アレックス・ターナーと音無賢人が、より実戦的な戦術指導を行っていた。
「いいか。基本はツーマンセル(二人一組)だ」
アレックスがホワイトボードに図解する。
「一人が『盾』になり敵の視線を引きつけ、もう一人が『目』となり死角を確保する。音無、エントリーの手本を見せろ」
「はい」
賢人が能力を使わずに組員の一人の背後に音もなく回り込む。
「敵を見つけたら、声を出さずにハンドサインで相棒に伝えます。……接敵、右前方」
「な、なるほど……。マジでいつの間にか後ろに……」
組員たちが冷や汗を流しながらメモを取る。
■数日後・洋館リビング
「……順調だな」
東義昭は、窓から熱気を帯びた訓練の様子を見下ろして呟いた。
「ええ。驚くべき学習能力と根性です」
アレックスが経過報告書をテーブルに置いた。
「元々、修羅場をくぐってきた連中です。度胸と忠誠心がある。
基礎体力と連携技術を教え込んだことで、彼らの練度は飛躍的に向上しています。……少なくとも、そこらの警察機動隊よりは実戦向きに仕上がっています」
「流石だな。元軍人の指導は伊達ではない」
「ですが、ボス。……これだけでは足りない」
アレックスはサングラスを外し、真剣な眼差しで東を見た。
「彼らの大半は『非覚醒者』です。黒田や横手のような例外を除き、ただの人間だ。
もし現場で、金剛寺クラス……いや、氷川クラスの強力な覚醒者と遭遇した場合……今のままでは、ただの肉の壁になって全滅します」
「ふむ。……確かに、精神論で能力は防げんからな。ではどうする?」
「『対・覚醒者戦闘訓練』を行います」
アレックスは断言した。
「非覚醒者が、いかにして覚醒者を無力化、あるいは拘束するか。
『勝つ』ためではなく、『生き残って任務を遂行する』ための、実戦形式の訓練が必要です」
東は口元を緩め、満足げに頷いた。
「許可する。……我々の手足を、鋼に鍛え上げろ」
■洋館・裏庭(午後)
「総員、整列!!」
アレックスの号令で、K-Securityのメンバー22名と、対策局の鈴木、髙橋、音無、そして不機嫌そうにパイプ椅子に座る田治見薫が集められた。
「これより、特別訓練を行う」
アレックスが前に出る。その全身からは、教官としての鋭い覇気が放たれている。
「お前たちの身体能力は上がった。連携も良くなった。だが……相手が『炎』や『氷』、あるいは『不可視の刃』を使ってきたらどうする?」
組員たちが顔を見合わせる。
「そりゃあ……気合で突っ込むか、囲んで袋叩きに……」
「それが死ぬ原因だ」
アレックスはバッサリと切り捨てた。
「いいか。非覚醒者が覚醒者と戦う時の鉄則、その1。『相手の能力(手札)を見抜くこと』だ」
アレックスは指を立てる。
「相手が何を操るのか。射程はどれくらいか。発動の予備動作は何か。
……それが分かるまでは、絶対に戦闘をするな。逃げて時間を稼げ。それが無難であり、生存への最短ルートだ」
「……なるほど」
黒田が頷く。
「情報が命ってことっすね」
「その通り。……だが、逃げられない状況もある。要人を守る時、退路がない時だ。
そこで今から行うのは、『相手の能力が分かっている状態で、どう攻略・拘束するか』の実践訓練だ」
アレックスは、列の中にいた大男を指名した。
「鈴木浩三。前へ」
「……へいへい」
鈴木が首をコキコキと鳴らしながら、のっそりと列から離れた。
その巨体と、歴戦の猟師が放つ野生の迫力に、組員たちがゴクリと喉を鳴らす。
「皆、鈴木の能力は知っているな?」
アレックスが問うと、組員たちが口々に答えた。
「『鈴』で能力を無効化してくる!」
「『木』を急成長させて攻撃してくる!」
「あと単純に、殴られるとトラックに轢かれたみたいに痛い!」
「正解だ。……では、話は早い」
アレックスは上着を脱ぎ捨て、タンクトップ姿になった。
その身体には、無数の古傷と、鋼のように鍛え上げられた筋肉が刻まれている。
彼は訓練用のコンバットナイフ(ゴム製だが芯が入った硬いもの)を取り出し、鈴木の正面に立った。
「鈴木さん。……相手をお願いします」
「あ? 俺とかよ? お前は能力持ってねぇだろ?」
鈴木が怪訝な顔をする。
「ええ。だからこそです。
『能力を持たない俺が、能力全開のあなたをどう攻略するか』。それを彼らに見せてやりたい」
「……ほぉ?」
鈴木の目に、野獣の光が宿る。舐められたとは思っていない。アレックスの目が本気だからだ。
アレックスは、部屋の隅であくびをしている田治見を指差した。
「後ろには、世界最高(最悪)のヒーラー・田治見も控えています。
即死さえしなければ、五体満足に戻してくれるでしょう。
だから……遠慮はいりません」
アレックスはナイフを逆手に構え、重心を低くした。
「能力も、怪力も、フルに使って……本気で俺を殺しに来てください」
その言葉に、訓練場に戦慄が走った。
本気の鈴木。それは、災害級の強さだ。それを生身で相手にするなど、狂気の沙汰だ。
だが、鈴木はニカっと獰猛に笑った。
「……へっ。言うじゃねぇか、色男」
鈴木はポケットから、数種類の木の実(ドングリ、鬼胡桃、松ぼっくり)を取り出して握りしめた。
「まぁ、そういう訓練なら仕方ねぇ。付き合ってやるよ。
……ただし、骨の一本や二本折れても文句言うなよ? 加減は苦手なんだ」
「望むところだ」
一瞬の静寂。
風が止まり、葉擦れの音すら消える。
「行くぞッ!!」
ドォォン!!
鈴木が地面を蹴る。人間とは思えない加速で、巨体が砲弾のようにアレックスへ迫る。
最強の猟師(覚醒者)と、最強の兵士(非覚醒者)。
種族の違う怪物同士の、模擬戦という名の決闘が始まった。
■洋館・裏庭(特設訓練フィールド)
「オラァァッ!!」
鈴木浩三の巨体が、砲弾のように突っ込んだ。
ただのタックルではない。殺気と体重が乗った、人間をひき肉に変えるごとき突進だ。
だが、アレックス・ターナーは動じない。
衝突の瞬間、紙一重で半歩横へスライドし、鈴木の剛腕をくぐり抜けた。
「遅い」
アレックスはすれ違いざまに鈴木の腕を巻き込み、背後に回り込んだ。
そのまま立った状態で関節を極め、重心を崩す。
「ぐっ、ヌゥォッ!?」
鈴木がバランスを崩す。このままでは地面に叩きつけられる。
「させるかよッ!」
鈴木はポケットから鷲掴みにしていた木の実を、足元へ叩きつけた。
「——『木』、成長しろ!」
ボコォッ!!
地面が爆ぜる。瞬時に太い幹が隆起し、アレックスと鈴木の間を分断するように急成長した。
壁のような巨木が、二人を引き剥がす。
「チッ!」
アレックスは舌打ちし、極めていた手を離してバックステップで距離を取った。
(……視界が塞がれたか)
巨木の影に、アレックスの姿が消える。
鈴木は木の陰で体勢を立て直すと、ニヤリと笑った。
「へっ、力比べじゃ分が悪ぃが……こっちには『手』があるんだよ」
鈴木は木の幹に手を触れ、感覚を同調させた。
(枝よ、根よ……奴を探せ。締め上げろ)
ザザザ……ッ!
無数の枝が鞭のようにしなり、アレックスが隠れたであろう死角を打ち据える。
だが——手応えがない。
生物を捕らえた感触が返ってこない。
「……あん? どこ行きやがった?」
鈴木は焦れた。
能力による索敵に引っかからない。ならば目視だ。
鈴木は幹の陰から、ひょいと顔を出して裏側を確認しようとした。
その瞬間。
「——そこだ」
「え?」
死角だと思っていた大木の裏から、アレックスの腕が伸びる。
鈴木が顔を出した瞬間を、完全に読まれていたのだ。
「うおっ!?」
反応が遅れた鈴木の襟首と帯を、アレックスが掴む。
そのままの勢いと回転を利用した、鮮やかな一本背負い。
ドォォォォン!!
「ぐべぇッ!?」
鈴木の巨体が宙を舞い、木から数メートル離れた地面に叩きつけられた。
受け身を取ったおかげでダメージは少ないが、体勢は崩れた。
「くそっ、やるじゃねぇか……! だがまだだ!」
鈴木は跳ね起きると同時に、ポケットへ手を伸ばした。
木の実を取り出し、反撃の森を作るために。
だが。
「……あ?」
手が、空を切った。
ポケットがない。というか、着ていたはずの作業着の上着がない。
「……は?」
鈴木が呆然と前を見ると、アレックスが手に持っていたボロボロの作業着を、遠くへ放り投げるところだった。
あの一瞬の投げ技の最中に、襟と袖を掴んで引っこ抜き、剥ぎ取っていたのだ。
「なっ……!? 俺の弾(木の実)が!」
「弾切れだな、鈴木さん」
アレックスがナイフを構えて詰めてくる。
「マジかよ!? ……なら、こいつを使うまでだ!」
鈴木は巨木へ走った。あの木に触れれば、枝を操って迎撃できる。
だが、その進路には既にアレックスが立ちはだかっていた。
「行かせん」
「……っく!」
鈴木は木への接触を諦め、最後の手段に出た。
地面だ。地面に埋まっている「根」なら、どこからでも操れる。
「——『木』、根っこよ……!」
鈴木が地面に手を突き、能力を発動しようとした刹那。
ガシッ!!
「遅い」
アレックスのブーツが鈴木の手首を踏みつけ、固定した。
そしてそのまま腕を捻り上げ、喉元にナイフ(ゴム製)を突きつける。
「……チェックメイトだ」
「……ぐ、ぅ……」
鈴木は脂汗を流し、動きを止めた。
完全に、詰んだ。
「…………」
一瞬の静寂の後、訓練場は爆発的な歓声に包まれた。
「うおおおおお!! すげぇぇぇ!!」
「鈴木さんが転がされたぞ!?」
「マジかよ! 能力なしであの鈴木さんに勝った!?」
黒田たちが興奮して叫ぶ。
音無や髙橋も、信じられないものを見る目で拍手を送っていた。
「……まいった。俺の負けだ」
鈴木が地面を叩く(タップする)。
アレックスはすぐにナイフを収め、手を差し伸べた。
「Good fight. 怪我はないか?」
「あぁ。……頑丈さだけが取り柄だからな」
鈴木は苦笑しながらその手を取り、立ち上がった。
アレックスは全員に向き直り、解説を始めた。
「……見たか? これが『対・覚醒者』の戦い方だ」
アレックスは息を整えながら語る。
「覚醒者は、無意識のうちに『自分の能力前提』で戦闘を組み立てる。
鈴木さんの場合、『木の実がある』『木に近づければ操れる』という前提で動いていた」
「……痛いところを突くな」
鈴木が頭をかく。
「逆に言えば」
アレックスの目が鋭く光る。
「その『前提』を潰せば、相手には致命的な隙が生まれる。
ポケットを奪う、視界を遮る、近づけさせない。
能力を使おうとした瞬間こそが、最大の隙だ。非覚醒者はそこを狙え」
黒田たちが真剣な顔で頷く。
そして、アレックスは鈴木——そして音無や髙橋を見た。
「逆に、覚醒者である君たちは考えるんだ。
『もし自分の能力が使えなくなったら、どう立ち回るか?』
プランB、プランCを持たない奴から死ぬ。……能力は強力な武器だが、それに依存するな」
深い教訓に、場が静まり返り、やがて感嘆の拍手が巻き起こった。
パチパチパチ……!
「……完敗だ、先生」
鈴木は、作業着を拾い上げながら深々と頭を下げた。
「俺も反省したよ。確かに、能力ありきの戦い方になってた。
木がねぇと何もできねぇんじゃ、ただのデクの坊だもんな」
鈴木は真剣な眼差しでアレックスを見た。
「コレからは、もっと色々考えて立ち回ってみる。……だからよ、また色々教えてくれよな? 相棒」
「……ああ。喜んで」
アレックスはニカっと笑い、差し出された鈴木の巨大な手をガッチリと握り返した。
「Welcome to the school(学校へようこそ). しごくぞ、新人」
「へっ、望むところだ!」
能力者と、兵士。
二人の間に、師弟とも戦友とも呼べる、固い絆が結ばれた瞬間だった。
■洋館・裏庭(近接格闘エリア)
「甘い! 相手が『能力者』だと分かった瞬間、思考を止めるな!」
アレックス・ターナーの怒号が、午後の森に轟いた。
泥まみれになって組み合っているのは、音無賢人、鈴木浩三、そしてK-Security社長の黒田義信だ。
「ぐっ、くそっ……!」
黒田が鈴木に投げ飛ばされ、受け身を取る。スーツは泥だらけ、顔には擦り傷を作っている。
「いてぇ……! 鈴木さん、手加減してくださいよ! 俺はただのヤクザ崩れっすよ!?」
「バーカ、俺も必死なんだよ! アレックスの指導が鬼すぎてな!」
鈴木は息を切らしながら構え直す。彼らは今、「能力禁止」という絶対の縛りで格闘訓練を行っていた。
「音無! 重心が高い! ナイフを持った相手を想定しろ!」
アレックスが賢人の足を払う。賢人は無様に転がるが、即座に回転して立ち上がる。
「はい!」
賢人は、アレックスの言葉をスポンジのように吸収していた。
(『音』や『無』が使えない状況……。意識が朦朧としている時、あるいは鈴木さんのような無効化能力者が敵にいた場合。その時に生き残るための技術……!)
「能力はあくまで『武器の一つ』だ。素手が弱ければ、武器を落とした瞬間に死ぬぞ」
汗と土にまみれ、男たちが原始的な強さを磨き上げていく。
■洋館・地下射撃場(防音室)
一方、防音設備が整った地下室では、乾いた銃声と、張り詰めた緊張感が支配していた。
「Takahashi, aim carefully(狙いを定めて). 呼吸を止めるのよ」
サラ・コッホの指導の下、髙橋俊明が不慣れな手つきでスナイパーライフルを構えていた。
以前はペンと測量機しか持たないサラリーマンの手が、今は重厚な銃器を握りしめている。
「……ふぅ。重いですね、これ」
髙橋はスコープを覗き込み、汗を拭った。
「僕の転移は強力ですが、射程と『視界』に依存します。遠距離から一方的に敵を排除する手段……覚えないといけませんね」
バンッ!
放たれた弾丸が、50メートル先の的の端を掠める。
「惜しい! でも筋がいいわ。真面目な性格が出てるわね」
サラが微笑むと、髙橋は苦笑いで弾倉を交換した。
「ありがとうございます……。家族を守るためなら、鉄砲玉くらい撃てるようになりますよ」
その横では、谷雄一と横手が拳銃の訓練をしていた。
谷は流石に元刑事だけあって、手慣れた様子で的の中心(マンターゲットの胸部)を撃ち抜いていく。
「へっ、この距離なら外さねぇよ。警察学校で散々やらされたからな」
谷が得意げに銃を回す。
「Nice shooting. ……でも谷、あなたにはもっと向いているオモチャがあるわ」
サラが近づき、髙橋が持っているのと同じ、長距離用のスナイパーライフルを指差した。
「あ? 狙撃銃? 俺は使ったことねぇぞ。それに、老眼で遠くは見えねぇよ」
「技術じゃないわ。才能の話よ」
サラはニヤリと笑った。
「目視できない壁の向こうや、完全な暗闇の中……。
あなたの『谷』なら、敵の心音や衣擦れで位置を特定できるでしょ?」
サラは、ターゲットの照明を落とし、射撃場を完全な闇にした。
「『見えなくても当たるスナイパー』。……最強だと思わない?」
「……なるほど」
谷はゴクリと喉を鳴らした。
暗闇の中で、彼の聴覚が研ぎ澄まされていく。的が風を切る音、モーターの駆動音、そこにある「存在」の音。
(……見える。音で、的の形が見えるぞ)
「面白ぇ」
谷は拳銃をホルスターにしまい、髙橋の隣に腹ばいになった。
「髙橋さん、ちょっと場所借りるぜ。俺も混ぜてくれ」
「どうぞどうぞ。一緒に特訓しましょう」
そこから、谷の才能が開花するのに時間はかからなかった。
目を閉じ、スコープすら覗かず、「生きた音」で標的を捉える盲目の狙撃手。
数日後には、髙橋と並んで長距離射撃をこなす腕前になっていた。
■射撃場・休憩スペース
その様子を、白川真純はベンチに座って眺めていた。
彼女も射撃訓練に参加していたが、今は休憩中だ。
(……すごいな、みんな)
白川は、自分の手を見つめた。
髙橋さんは新しい武器(狙撃)を手に入れた。谷さんは能力を攻撃に応用し始めた。音無くんは格闘術を修めている。
でも、私は?
『嘘発見』と『因果理解』。優秀な捜査能力だが、直接的な戦闘や介入には向かない。
(……もっと、強くなりたい。みんなの役に立ちたい)
白川は、ふと昔のことを思い出した。
まだ能力に目覚めたばかりの頃。刑事になりたてで、嘘をつく犯人に翻弄され、悔しい思いをしていた日々。
『あーあ。私が覚醒者だったらなぁ……嘘つきなんて、一発で見抜いてやるのに』
そんな非現実的な妄想をした日。
取調室で、黙秘を続ける犯人を睨みつけながら強く念じた。
『嘘を暴け』『白日の下に晒せ』と。
その瞬間——犯人の体がカッと白く発光したのだ。
『うわっ!? ひ、光った!? お、お化けぇぇ!』
犯人は腰を抜かし、白川自身もパニックになった。
『おい白川、どうした!? 大丈夫か!?』
驚いて取り乱した自分を、当時ペアを組んだばかりの谷が心配してくれた。
「疲れてるのか? コーヒーでも飲むか?」と、不器用な優しさをくれたことを覚えている。
「ふふっ……。あの時の谷さん、慌ててたなぁ」
白川が一人で思い出し笑いをしていると、視線を感じた。
顔を上げると、射撃練習を終えた谷が、ヘッドマフを外してこちらを見てニヤニヤしている。
「……なんだよ白川。俺の顔見て笑ってんのか?」
「えっ、いえ! 違います! 昔のことを思い出してて……」
「隠すなよ〜。俺の音響射撃がカッコ良すぎて惚れ直したか?」
谷がからかうように顔を近づけてくる。
(……うぅ、恥ずかしい。見ないで欲しいなぁ……)
白川はカッと顔が熱くなり、反射的に強く念じた。
(もう! こっち見ないで! 私の視界から消えて! 視界を塞いで!)
その時、脳裏に「白」のイメージが過った。
いつもの「嘘を見抜くための光」ではない。もっと物理的な、ペンキのような、あるいは閃光のような圧倒的な「白」。
受動的な『観察』ではなく、能動的な『干渉』。
「——『白』!」
カッ!!!!
「——うおっ!?」
突然、谷が目を押さえてその場にのけぞり、倒れ込んだ。
「目が! 目がぁぁ!! 真っ白だ! 何も見えねぇ!!」
「えっ……!?」
白川は呆然と立ち尽くした。
谷が苦しんでいる。まるで閃光弾を至近距離で食らったかのように、目を擦っている。
「お、おい白川! 今、お前何かしたろ!?」
谷が涙目でこちらを睨む(焦点は合っていない)。
「急に視界が真っ白に塗りつぶされたぞ! まるでペンキぶちまけられたみたいに! ……ってか、お前そんなことも出来たのかよ!?」
「わ、私……?」
白川は自分の手と、谷を交互に見た。
(出来た……? 私が、他人の視界(感覚)に干渉した?)
今まで「自分が光を見る」だけだと思っていた能力が、「相手に光を見せる(視界をジャックする)」方向に作用した。
驚きと同時に、胸の奥からじわじわと嬉しさがこみ上げてくる。
「おーい、聞いてんのかコラ! まだチカチカすんだよ!」
「……あ、はい。聞いてます」
白川は、ポカンとしながらも、もう一度試してみたくなった。
(まぐれじゃないわよね? ……もう一回)
イメージする。
相手の視神経をハッキングし、視界というキャンバスを「白」一色で塗りつぶす感覚。情報を遮断する、拒絶の白。
(——『白』、視界遮断!)
「——うわぁぁっ!!」
立ち上がろうとしていた谷が、再び悲鳴を上げて転んだ。
近くにいたサラと髙橋が驚いて駆け寄ってくる。
「また来やがった! だからやめろって!
俺、お前に何か悪いことしたか!? 昨日のプリン食べたの根に持ってるのか!?」
「……ふふ」
白川は口元を押さえて笑った。
そして、谷の元へ駆け寄り、手を差し伸べた。
「ごめんなさい、谷さん。何も恨みはないですよ?
いつもお世話になっております」
「……絶対嘘だろそれ。目がチカチカする……」
谷の手を取りながら、白川は確信した。
(これなら……。敵の視界を奪えば、突入のサポートも、味方の撤退支援もできる)
捜査だけではない。
私も、最前線で皆の役に立てる。
「……よし!」
白川は小さくガッツポーズをした。
日本の治安に、そしてこのチームに貢献できる新しい武器を見つけた喜びが、彼女の背中を押していた。




