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巡り巡る 〜漢字の意味が世界を変える世界〜  作者: 暇な鍼灸師


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第34章 再生する土塊と不審な核



■地下深層・工事区画



「——次、行きます!」


「おうよ!」


「転移!」


ゴバァッ!!


地下空洞に、空間が削り取られる音が連続して響く。


音無賢人が「寺(防御)」を消し、鈴木浩三が動きを止め、髙橋俊明が肉を削ぐ。


この単純かつ凶悪な作業の繰り返しにより、再生を誇った怪物は見る影もなく小さくなっていた。


「グルゥ……」


6メートルあった巨躯は、度重なる転移によって削り取られ、今や1メートルほどの土人形に成り果てていた。


「へっ、これなら可愛いもんだな」


鈴木がひょいと土人形を持ち上げた。まるで駄々をこねる子供を抱くように、脇に抱え込む。


土人形はジタバタと暴れるが、質量を失った今の彼(?)に、鈴木の怪力を振りほどく力はない。


「よし、観念しろ。……ん?」


鈴木に抱えられ、背中を向けた土人形。


賢人はその背中に、周囲の土とは違う質感の「何か」が埋まっているのを見つけた。


「……人形?」


ゲームセンターの景品のようなどこにでもある人形。それが泥の中に半分埋まっている。


「鈴木さん、動かないで!」


賢人は人形を掴み、一気に引き抜いた。


「——『無』、遮断!」


人形が抜けた瞬間、人形の周りを覆っていた土がボロボロとただの土塊へと崩れ落ちていく。


「……止まったか」


鈴木が土を払い落とす。


賢人は手元の人形を見た。


驚くべきことに、賢人の手にある人形に向かって、地面の土が磁石のように引き寄せられ、集まろうとしていた。


この人形こそが、怪物を形作る「コア」であり、再生の源だったのだ。


「こいつが本体か……」


賢人は躊躇なく、その人形を縦と横に破り裂き綿を全て外に出した。


その瞬間、土のざわめきが止んだ。集まろうとしていた土砂が力を失い、ただの物質に戻る。


空洞に、完全な静寂が訪れた。


「……終わりましたね」


髙橋が眼鏡を直しながら息を吐く。


「ああ。だが……」


賢人は破り捨てた人形を見つめた。


「人形を核にして、土を動かしていた。……自然発生した覚醒現象じゃない。明らかに、『人為的』な何かです」


「誰かが作ったってのか? 趣味の悪ぃ野郎だ」


鈴木が顔をしかめる。


その時。


ゴゴゴゴゴ……!!


空洞全体が激しく振動し始めた。


先程の人形という支柱を失ったことで、地下空間の崩落が始まったのだ。


「マズい! 生き埋めになるぞ!」


「退避しましょう! 髙橋さん!」


「はい! 全員、僕に触れて!」


シュンッ!



■黒田組事務所・裏手(臨時診療所)



景色が一転する。


湿った地下から、西日の差す路地裏へ。


「……ふぅ。戻った」


賢人たちが着地した先には、異様な光景が広がっていた。


ブルーシートの上には、さっきまで瀕死だったはずの勅使河原州宏が、仁王立ちでピンピンしていた。


傷一つなく、肌ツヤも良く、活力に満ち溢れている。


その横には、返り血で白衣ジャージを真っ赤に染め、タバコを吸っている田治見薫。


そして、その周囲でへたり込んでいる黒田と横手、その他の組員たちは、全員が顔面蒼白でガタガタと震えていた。


(……あぁ。やったんだな、田治見先生)


賢人たち三人は、一瞬で状況を察した。


黒田たちのトラウマ級の怯え方は、親分の治療(解体ショー)を目の当たりにした証拠だ。


「おお! 戻ったか客人!」


勅使河原が、復活した身体で力強く拳を握りしめた。


「いやぁ、すげぇ名医だ! 身体が軽い! 若い頃に戻ったみてぇだ!」


勅使河原は鼻息荒く、地下への入り口を指差した。


「よォし! 待ってろよ土塊野郎!

今度こそ、あのデカブツを木っ端微塵にしてやるぜ!

この勅使河原州宏、完全復活だァ!」


やる気満々で再戦に向かおうとする親分。


賢人は気まずそうに、しかし淡々と告げた。


「あ、いえ……勅使河原さん。先ほど、倒しましたよ?」


「……あ?」


勅使河原が足を止めた。


「倒した? ……誰がだ?」


「僕たちが、です。核を破壊して、完全に沈黙させました」


一瞬の沈黙。


その後、勅使河原は呆れたように笑い飛ばした。


「ハッ! 冗談はよせ若いの。嘘はよくねぇぞ?」


勅使河原は賢人の肩を掴んだ。


「あいつはな、俺が三日三晩攻め続けても傷一つ付かなかった化物だ。再生するし、能力も弾く。

……悪いが、お前みたいなヒョロいひよっこに何とか出来る相手じゃねぇんだよ」


勅使河原は自信満々に胸を張った。


「俺が直接やってやるから、どきな。子供の出る幕じゃねぇ」


「いや、本当だぞじいさん」


鈴木が横から口を挟んだ。


「音無の言う通りだ。あいつはもういない。埋まっちまったよ」


「はぁ? あんたまで何を……」


「本当ですよ」


髙橋も眼鏡を光らせて補足した。


「僕が空間ごと削り取って、音無くんが無効化して、鈴木さんが抑え込みました。所要時間……5分くらいですかね?」


「……5分?」


勅使河原は、三人の顔を交互に見た。


嘘をついている顔ではない。それに、彼らの身体には、激闘の煤と土埃が付着している。


黒田が震える声で言った。


「お、親父……本当です。

この人たち……消えたと思ったら、すぐに戻ってきて……。

地下からは、凄い地響きがして……静かになったんです」


「…………」


勅使河原の顔から、血の気が引いていく。


自分が命懸けで、死ぬ気で三日間食い止めていた、あの絶望的な怪物を?


たった数分で?


この、人の良さそうな作業着の男と、サラリーマンと、気弱そうな青年が?


勅使河原は膝が笑うのを感じ、ふらついた。


「お前ら……」


勅使河原は、化け物を見る目で賢人たちを見上げた。


「……そんな、化け物だったのか?」


「失礼な。公務員ですよ」


賢人は少しむっとして答えた。


「……違いねぇ」


田治見がゲラゲラと笑いながら、空き缶を投げ捨てた。


「どいつもこいつも、規格外なんだよウチの職場は。……さ、親分さん。元気になったんなら、約束通りシマを畳んでもらおうか?」


最強のヤクザ組長が、本当の「最強」を目の当たりにして戦慄する中、一件落着の風が路地裏を吹き抜けた。


ブルーシートの上で、黒田義信は泥だらけの地面に額を擦り付けていた。


「親父……申し訳ありません!」


黒田の声が震える。横手や他の組員たちも、同様に平伏している。


「俺たちは……親父を助けるために、東先生と『盃』を交わしました。

今日限りで……勅使河原組は解散です。看板を、俺が……守れませんでした……!」


黒田の拳が地面にめり込む。


極道にとって、組を潰すことは死に等しい恥辱。親分に対する最大の裏切りとも言える。


張り詰めた空気。


鈴木や音無も、口を挟めずに見守る。


勅使河原州宏は、田治見の治療で全快した身体で立ち上がり、無言で黒田の前に歩み寄った。


そして——。


バシンッ!!


乾いた音が響いた。


勅使河原の平手が、黒田の頬を張ったのだ。


「お、親父……」


「……馬鹿野郎が」


勅使河原の声が震えていた。


「看板なんてのはな、ただの飾りだ。そんなもんのために、てめぇらの命と引き換えにできるかよ」


勅使河原は、泣き崩れる黒田と横手の頭を、乱暴に、しかし愛おしそうに撫で回した。


「よくやった。……俺のために、大事なモンを捨ててくれたな。

上等だ。俺も覚悟を決める。

……おい黒田。涙を拭け。

助けてもらった『新しい親分』に、筋を通しに行くぞ」



■数日後・洋館エントランス



その日、洋館の監視モニターを見ていたサラ・コッホが、素っ頓狂な声を上げた。


「Wow... これは『ゴッドファーザー』の撮影?」


モニターには、正門から玄関にかけて、数十人の黒スーツの男たちが二列に整列している様子が映し出されていた。


その中央を、仕立ての良いスーツを着た勅使河原と黒田が、厳粛な面持ちで歩いてくる。


「……お出迎えしましょう」


白川真純が苦笑しながら玄関を開けた。


「ごめんください! 勅使河原でございます!」


「「「お控えなすって!!」」」


ドスの利いた挨拶と共に、男たちが一斉に頭を下げる。


その迫力に、出迎えた音無賢人はたじろいだ。


「い、いえ……そんな、頭を上げてください……」


勅使河原は、音無を見るとニカっと笑った。


「よう、若いの。その節は世話になったな。

……東先生はいらっしゃるか? ケジメをつけに来た」



■洋館・応接室



「……本日は、先日の不始末と、命を救って頂いた御礼に参上しました」


勅使河原は、テーブルの上に分厚い桐箱を置いた。


「つまらねぇもんですが、迷惑料です。取っておいてくだせぇ」


東義昭は、桐箱(中身は延べ棒か、札束か)には目もくれず、勅使河原を真っ直ぐに見据えた。


「……勅使河原さん。約束は、ご存じですか?」


「ええ。忘れるはずもございません」


勅使河原は居住まいを正した。


「勅使河原組は、昨日付けで解散届を提出しました。事務所も引き払いました。

……俺たちはもう、ただの失業者です」


寂しげに笑う勅使河原。


だが、東は懐から一枚の名刺を取り出し、テーブルに滑らせた。


「失業者ではない。……今日から君たちは、会社員だ」


名刺には『株式会社 K-Securityケイ・セキュリティ』と記されている。


「今日から君たちは、対策局専属の民間警備会社だ。

仕事内容は……まあ、今までとそう変わらん。街の巡回、情報の収集、そして荒事の処理だ。

ただし、バックには私がついている。法的に守ってやる」


東は黒田を見た。


「社長は君だ、黒田君。……そして勅使河原さん、貴方には『相談役』として、彼らの手綱を握ってもらう」


「……へっ。天下の代議士先生が、随分と粋な計らいをしてくれるじゃねぇか」


勅使河原は目頭を押さえ、深く頭を下げた。


「ありがてぇ……。この命、あんたらに預けます」


「契約成立だ」


和やかな空気が流れる中、音無賢人が一歩前に出た。


その手には、ジップロックに入れられた、半分破れた人形がある。


「……相談役。少し、お聞きしたいことが」


「ん? なんだ若いの」


「地下で倒した怪物の背中から、これが見つかりました」


賢人は人形を見せた。


「これは、怪物の核となっていました。……心当たりは、ありませんか?」


勅使河原は人形を凝視し、眉間の皺を深くした。


「……いや、この人形……」


勅使河原は記憶の糸を手繰り寄せた。


数日前。地下でその怪物と遭遇する直前のことだ。暗闇の中で聞いた、あの声を思い出す。


「あいつが現れる直前……地下から、声が聞こえたんだ」


「声?」


東の目が鋭くなる。


「ああ。若い、男の声だった。

楽しそうな、実験でもしているような声で……確か、こう言っていた」


勅使河原は、その不気味な響きを再現するように低く呟いた。


「『——君の名は、寺土。……強固な礎と、聖なる守りを持つ者なり』……とな」


「……!!」


賢人と髙橋が顔を見合わせる。


「名前を……付けた?」


「命名することで、能力を与えたとでも言うのか……?」


「分からねぇ。だが、その声がした直後、地下室から異音がして俺が駆けつけた時には既に地下室があの工事区画と繋がっていたんだ」


勅使河原は身震いした。


「ありゃあ……自然発生したもんじゃねぇ。

誰かが『作った』んだ。 悪意を持ってな」


賢人は破れた人形を強く握りしめた。


金剛寺とも、グレイとも違う。


能力そのものを生み出し、無機物に命を与える、正体不明の「創造主」。


「……名前(名付け親)は、分かりますか?」


「いや。姿も見えなかった」


勅使河原は首を横に振った。


「だが、あの口ぶり……。俺たちを、まるで粘土細工か何かのように見下しているような響きだったぜ」


東は腕を組み、思考の海に沈んだ。


(……対象に名前を与え、性質を付与する能力か。厄介だな)


新たな敵の輪郭が、霧の中からぼんやりと浮かび上がってきた。


対策局が次に立ち向かうべきは、この「名付け親」かもしれない。



■洋館・応接室



「……さて、勅使河原さん」


東義昭は、テーブルに広げられた名簿——『株式会社K-Security』の社員リスト(元組員名簿)——を指先でトントンと叩いた。


そこには、昨日まで「反社会的勢力」として登録されていた23名の名前が並んでいる。


「君たちの忠誠心は理解した。だが、私は君たちの『個々の能力』や『集団としての性質』までは把握していない」


東は眼鏡を押し上げ、探るような視線を向けた。


「書類上のデータだけでは不十分だ。これから共に仕事をする以上、君たちがどの程度使い物になるのか……あるいは、どの程度『飼い慣らせる』のか、見ておく必要がある」


「……テスト、ですかい?」


勅使河原が怪訝な顔をする。


「いや、もっと砕けたものだ」


東は口角を僅かに上げた。


「堅苦しい面接をするのも無粋だろう。……どうだ?

『組の解散』と『集団就職』、それに君の『快気祝い』を兼ねて……パーッと飲まないか?

酒を酌み交わせば、人となりも見えてくるだろう」


その言葉に、勅使河原はパッと顔を輝かせた。


「おお! そいつは願ってもねぇ!

俺たちも、新しい『親』となる皆さんと腹を割って話してぇと思ってました! さかずき……いや、歓迎会とあっちゃあ、断る理由はございません!」


「決まりだな。……髙橋君、鈴木君!」


東は控えていた二人、そしてアレックスと白川を呼んだ。


「買い出しだ。……我々10人と、彼ら23人。計33人分の酒と食料を調達してこい。

相手は屈強な元極道だ。普通の量では足りんぞ。

予算は気にするな。肉も酒も、店ごと買い占めるつもりで行け」


「さ、33人分!? しかも大食らいばっかり……!」


髙橋が悲鳴を上げる。


「へっ、力仕事なら任せな! 宴会と聞いちゃあ黙ってらんねぇ!」


鈴木は嬉々として袖をまくった。


四人は慌ただしく部屋を飛び出していった。



■洋館・食堂兼キッチン



「えっと、お皿はここで、グラスはあっちで……予備のお箸は……あわわ……」


幸田美咲は、広大なキッチンで目を回していた。


普段の倍以上の人数。しかも相手は、つい先日まで裏社会に生きていた強面の男たちだ。


おもてなしの準備だけで、キャパシティを超えかけていた。


「ど、どうしよう……全然間に合わない……」


その時、食堂のドアが開き、黒いスーツを着た男たちが雪崩れ込んできた。


黒田と横手を含む、20名以上の元組員たちだ。彼らはズラリと整列すると、美咲に向かって直立不動の姿勢を取った。


「お嬢さん! 手が足りてねぇようですな!」


黒田がビシッと言い放つ。


「ひっ……! あ、あの、えっと……」


「俺たちは何でもします! 皿洗いでも掃除でも!

何をすれば良いでしょうか! ご指示を!」


「「「お願いしますッ!!」」」


ドスの利いた声が食堂を震わせる。


美咲は一瞬怯んで後ずさりしたが、彼らの目を見た。そこに威圧感はない。あるのは、「役に立ちたい」という真剣な眼差しと、少しの不器用さだけだった。


美咲は深呼吸をして、勇気を出した。


「じゃ、じゃあ……! そこのテーブルをくっつけて、長い列にしてください!

あと、予備の椅子を倉庫から出してきてほしいです!」


「へい! 野郎ども、聞いたな!」


黒田が吠える。


「テーブル移動だ! 壁紙傷つけんじゃねぇぞ! 」


「「「ウスッ!!」」」


ドドドドド……!


黒スーツの男たちが、軍隊のような規律と、猫のような素早さで動き回る。


テーブルがあっという間に連結され、クロスが敷かれ、即席の巨大宴会場が出来上がっていく。その手際は、まさにプロの仕事(何のプロかは不明だが)だった。


「すごい……」


美咲が感嘆していると、背後から明るい声がかかった。


「あら美咲ちゃん。会場作りもいいけど、メインディッシュはこれからでしょ?」


「あ、サラさん!」


サラ・コッホが腕まくりをしてキッチンに入ってきた。


「30人前のオードブルなんて、一人じゃ無理よ。私も手伝うわ」


「助かります……! でも、量が……」


「大丈夫。質より量、そしてスピードよ!」


サラは冷蔵庫から食材を次々と取り出した。


「ポテトサラダはボウルごと作るわよ! 唐揚げは二度揚げでカリッとね! 野菜スティックは彩り重視! ドレッシングは私が特製のを調合するわ!

……おい、そこの若い衆!」


サラが手持ち無沙汰にしていた組員数名を指差す。


「へ、へい!」


「このジャガイモ、皮剥いて潰して! マッハでね!

そっちの二人は鶏肉の下味! 醤油とニンニクたっぷりで!」


「了解っす姐さん!」


キッチンは戦場のような活気に包まれた。


美咲とサラが次々と料理を仕上げ、それを黒服たちがバケツリレーで次々と運んでいく。



■洋館・エントランス



シュンッ!


空間が歪み、買い出し部隊が帰還した。


髙橋を中心に、鈴木とアレックスが両手に、いや背中にも抱えきれないほどの袋を持って現れる。白川も両手に一升瓶を抱えている。


「お、重てぇ……! 指がちぎれる!」


鈴木が呻く。ビールケース3箱と、肉が詰まった袋の山だ。


「お疲れ様ですッ!!」


待ち構えていた黒田たちが、疾風のごとく駆け寄った。


「お荷物、お持ちします!」

「鈴木さん! そのケース俺が持ちます!」


「お、おう。気が利くなぁオメェら」


鈴木が荷物を渡すと、組員たちは恐るべき連携で酒と食材を運び込んでいく。


「ビールは冷蔵庫で冷やせ! 焼酎とウイスキーはテーブル中央! 氷も忘れるな!」


横手が的確に指示を出し、会場のセッティングが完了していく。



■食堂・宴の開始



テーブルには山盛りの唐揚げ、大皿のポテトサラダ、刺身の船盛り、そして高級酒の数々が並べられた。壮観な眺めだ。


「……へっへっへ。準備万端だな」


部屋の隅の影で、谷雄一と田治見薫がこそこそとグラスを傾けていた。


「おい谷、まだ乾杯前だぞ」


「毒見だよ、毒見。……うん、この刺身うめぇ」


「どれどれ……うん、酒も冷えてるな。合格だ」


「コラッ! お二人とも! フライングは禁止です!」


白川に見つかり、二人は慌ててグラスを隠す。


「あー、あー。……全員、注目!」


東が上座に立ち、パンパンと手を叩いた。


総勢33人の視線が集中する。


「準備ご苦労。……これより、株式会社K-Securityの設立、および我々対策局との業務提携を祝う宴を開催する」


東は短く切り上げ、隣の勅使河原にバトンを渡した。


「後は任せる。……勅使河原相談役」


「へい。……皆様、お初にお目にかかります」


勅使河原は波々と注がれた日本酒の盃を手に、厳粛な面持ちで一歩前に出た。


その瞬間、ざわついていた元組員たちの背筋が伸び、空気が引き締まる。


「我々のような、行き場のないハグレモノを拾ってくださり……感謝の言葉もございません」


勅使河原の声は、低く、深く響いた。


「今日から俺たちは、看板を変え、皆様の手足となって働かせてもらいます。

極道の看板は下ろしましたが……受けた恩を返す『仁義』だけは、忘れちゃおりません」


勅使河原は、音無、鈴木、髙橋たちを見渡し、ニカっと豪快に笑った。


「命を救われた恩は、仕事で返します。

……今後とも、宜しく頼みます!」


勅使河原が高々と盃を掲げた。


「では……K-Securityの門出と、対策局の未来に!

乾杯!!」


「「「乾杯!!!!」」」


怒号のような唱和が洋館を揺らす。


グラスがぶつかり合い、泡が飛び散る。


「お疲れ様です!」

「これうめぇ!」

「酒足りねぇぞ!」


かつて敵対し、あるいは恐れ合っていた者たちが、今、一つの「組織」として溶け合い、熱気に包まれていく。


最強にして最凶の宴が、賑やかに幕を開けた。

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