第33章 弱者たちの反撃
■洋館・指令室
東義昭は、送られてきた地下の映像——土砂で埋め尽くされた階段——を見て、即座に受話器を取った。
「髙橋君。闇雲に掘り進めるのは危険だ。二次災害で生き埋めになっては元も子もない」
『私もそう思います。ですが、どうすれば……』
「安全かつ迅速に、道を作る。……鈴木君を使え」
東は指示を飛ばした。
「一旦拠点に戻り、鈴木君を回収しろ。その際、『木の実』をありったけ持たせろ。
彼の能力で土の中に木の根を張り巡らせ、天然の支保工を作るんだ」
『なるほど……! 了解です!』
■黒田組事務所・裏手
シュンッ!
髙橋が姿を消し、数分もしないうちに戻ってきた。
その横には、両ポケットをパンパンに膨らませた作業着姿の鈴木浩三が立っていた。
「よぉ。話は聞いたぜ」
鈴木はポケットから大量のドングリや松ぼっくりをジャラジャラと取り出した。
「土が崩れねぇように、根っこでガチガチに固めりゃいいんだろ? 任せな!」
「頼みます、鈴木さん!」
鈴木は地下への階段に踏み込み、土壁に木の実を押し込んだ。
「——『木』、発芽。……支えろ!」
ミチチチチ……!
土の中で植物が爆発的に成長する音が響く。太い根が網の目のように広がり、脆い土砂と建物の基礎を強固に固定していく。
「よし、今だ髙橋さん!」
「はい! ……転移!」
シュンッ。
根によって支えられた空間の土だけを、髙橋が海へと転移させる。
ぽっかりと、人が通れるだけのトンネルが開通した。
「すげぇ……!」
黒田と横手が感嘆の声を上げる。
一行は、鈴木と髙橋が作る「生きたトンネル」の中を慎重に進んでいった。
地下深くへ潜るにつれ、空気は湿り気を帯び、異様な臭いが濃くなっていく。
そして。
ズズズ……ドォォォン!!
「ッ!?」
トンネルの壁が振動し、パラパラと土が落ちてくる。
遥か奥底から、地鳴りのような衝撃音が響いてきた。
「……この振動」
黒田が壁に手をつき、目を見開いた。
「間違いねぇ……! 親父だ! 親父が戦ってる!」
「かなり近いです」
音無賢人が耳を澄ませる。
「ですが……相手の音がデカすぎる。ただの人間じゃない」
「僕が一度、先を見てきます」
髙橋が前に出た。
「この距離なら、振動の源へ直接飛べます。状況を確認して、安全なエントリーポイントを探します」
「気をつけてください」
「ええ。すぐ戻ります」
シュンッ!
■地下深層・工事区画
髙橋が転移した先は、地獄だった。
「……な、なんだあれは……」
瓦礫の陰に隠れた髙橋は、息を呑んだ。
広い地下空間の中央で、泥と血にまみれたスーツの男——勅使河原州宏が、必死に水を操って抗戦している。
その相手は。
「グオォォォォォ……!!」
体長6メートル。
建物の基礎杭、折れ曲がった鉄筋、そしてコンクリートと土塊が融合した、異形の巨人。
「化け物かよ……!」
髙橋は戦慄した。
勅使河原が放つ水流も、瓦礫の弾丸も、その巨体には通用していない。それどころか、巨人は土を操り、無限に再生しているように見えた。
(あんなの……まともにやり合ったら全滅するぞ!)
髙橋は冷や汗を拭い、即座に撤退した。
■黒田組事務所・地下
シュンッ!
髙橋が戻ってくると、全員が期待の眼差しを向けた。
「髙橋さん! どうでした!? 親父は!」
「いました!生きてます!ですが……」
髙橋は眼鏡の位置を直し、深刻な顔で告げた。
「状況は最悪です。相手は……ビルの基礎と土で出来た、巨大な怪物です。
正直、僕たちの手には余るかもしれません」
髙橋は音無と鈴木を見た。
「連れて行くのは、音無くんと鈴木さんだけにします。
音無くんの無と、鈴木さんの鈴……この二つがないと、近づくことすらできません」
「待ってください!」
黒田が叫んだ。
「俺たちも行かせてくれ! 親父が危ねぇんだろ!?」
「ダメです!」
髙橋は声を荒らげた。
「足手まといになります! あの怪物を一目見れば分かります、あなた達の能力じゃ傷一つつけられない!
死なせるわけにはいかないんです!」
「俺が死ぬ死なないの話じゃねぇんだよ!!」
黒田は髙橋の胸ぐらを掴みかけたが、その手は震えていた。
「親父を……助けてぇんだよ!
俺たちを拾ってくれた親父が、たった一人で戦ってんだぞ!?
指くわえて待ってろってのか!? 頼むよ……行かせてくれよ!」
横手も涙目で頭を下げた。
「お願いします! 盾くらいにはなりますから!」
その悲痛な叫びに、鈴木が困ったように頭をかいた。
「……髙橋さんよぉ。連れてってやんな。
ここで置いてったら、こいつら一生後悔するぜ」
髙橋は迷い、視線を音無に向けた。
現場の判断は、この若きエースに委ねられた。
賢人は、黒田の目を見た。そこにあるのは、恐怖よりも強い覚悟。
かつて、自分が両親を想った時と同じ熱量。
「……分かりました」
賢人は静かに頷いた。
「ただし、約束してください。
俺たちは全力で戦いますが……もしあなた達が死んでも、恨まないでくださいね?」
「……ああ! 上等だ!」
黒田が顔を上げ、力強く答えた。
賢人は振り返り、後方に控えるアレックスと白川を見た。
「アレックスさん、白川さん。……地上のことは任せます」
「田治見先生の護衛と、脱出ルートの確保をお願いします」
アレックスはサングラス越しに頷いた。
「OK。背中は守る。……気をつけろよ?」
「無事に帰ってきてくださいね。……全員で」
白川も祈るように言った。
賢人、鈴木、髙橋、そして黒田と横手。
五人の男たちは、互いに顔を見合わせ、無言で親指を立てた。
グッドマーク。生きて帰るという誓い。
「……行きますよ。しっかり掴まって!」
髙橋が全員の体に触れる。
「転移!!」
シュンッ!
トンネルから人の気配が消えた。
彼らは、怪物が待つ地下の底へと飛び込んだ。
■地下深層・工事区画
シュンッ!
空間が歪み、髙橋俊明を中心にして、音無賢人、鈴木浩三、黒田義信、横手の五人が着地した。
「……ッ!?」
全員が息を呑んだ。
湿った空気と土埃。そして何より、目の前にそびえ立つ圧倒的な質量。
「グオォォォォォォ……!!」
推定体長6メートル。
ビルの基礎杭が肋骨のように飛び出し、大量の土砂とコンクリートが肉となって脈動する異形の巨人。
髙橋は一度偵察で見ているが、それでも間近で見上げるその威容に足が震えた。
「な、なんだよコレ……。怪獣じゃねぇか……」
鈴木が木の実を握りしめる手に力を込める。
横手は腰を抜かしそうになりながら、口をパクパクさせていた。
その巨人の足元、瓦礫の山に、泥だらけのスーツ姿の男が膝をついているのが見えた。
「親父!!」
黒田が叫び、弾かれたように駆け出した。
「ハァ、ハァ……。く、黒田……? なぜ、ここへ……」
勅使河原州宏は、薄れゆく意識の中で部下の顔を見て、怒りに顔を歪めた。
「馬鹿野郎が!! 逃げろ!!」
「嫌です! 親父を置いて逃げられるわけねぇだろ!」
「グルルッ!」
二人の再会を、巨人は待ってくれなかった。
巨人が巨大な腕を振り上げる。コンクリート塊の拳が、二人を押しつぶそうと迫る。
「危ねぇ!」
黒田は咄嗟に勅使河原の上に覆いかぶさった。
(親父だけでも……!)
自身の能力『黒』を展開する余裕もない。ただの肉の盾として、死を受け入れた。
ドォォォォォン!!
地面が陥没するほどの衝撃。
だが——痛みはなかった。
「……え?」
黒田が恐る恐る目を開けると、そこは数メートル離れた安全圏だった。
横で、髙橋が膝をつきながら激怒していた。
「ふざけるな!!」
「た、髙橋さん……?」
「死ぬ気かあんたは! 僕が転移させなきゃミンチだったぞ!」
髙橋は黒田の胸ぐらを掴んだ。
「心中なんて許しませんよ! 助けに来た意味がないでしょうが!」
「……す、すまねぇ……」
黒田が縮こまる。
勅使河原は、助けてくれた「客人」を見て、弱々しく頭を下げた。
「……面目ねぇ。部下が世話になったな」
その時、音無賢人が前に進み出た。
彼は巨人の巨体を見上げながら、冷静に指示を出した。
「髙橋さん。……黒田さんと親分さん、横手さんを地上へ」
「音無くん?」
「田治見先生の所へ転移させてください。今の親分さんには治療が必要です」
その言葉を聞き、勅使河原が血を吐きながら笑った。
「……よせ、若いの。あの化け物は……俺の『勅』すら通じねぇ」
勅使河原は絶望的な目で土寺を見た。
「いくら戦っても怯まねぇ、再生する土塊だ。……ましてや、お前らみたいな弱っちぃガキじゃ、話にならねぇよ。逃げろ」
覚醒者であり歴戦の極道である自分ですら勝てなかった相手だ。
こんな優男や作業着のオッサンに何ができると言うのか。
だが、賢人は振り返り、静かに微笑んだ。
「……そうですね。僕一人だと、弱いかもしれません」
賢人は、隣に立つ鈴木と、戻ってきた髙橋を見た。
「でも、皆がいてくれるから。……多分、大丈夫です」
「……あ?」
「ゆっくり休んでください、親分さん」
賢人が髙橋にアイコンタクトを送る。
髙橋は頷き、勅使河原たち三人の肩に手を置いた。
「黒田さん、行きますよ。……後のことは、僕たちに任せてください」
シュンッ!
ヤクザたち三人の姿が消え、地下には対策局の三人だけが残された。
「……ふっ」
鈴木浩三が、木の実をジャラジャラと鳴らしながら吹き出した。
「おい音無。お前、自分が『弱い』と思ってんのか?」
「え? ……違うんですか?」
賢人がキョトンとする。
「鈴木さんの鈴と木や、髙橋さんの転移に比べたら、俺なんて……」
「ははは! 謙遜が過ぎるね、音無くん」
髙橋も、眼鏡を直しながら笑った。
「少なくとも僕は……この世で一番、君を敵には回したくないと思ってるよ」
「俺もだ。お前に狙われるくらいなら、田治見先生の治療を喜んで受けるぜ」
二人の言葉に、賢人は照れくさそうに頬をかいた。
「ガアアアアアアアッ!!!」
巨人が咆哮を上げ、地響きと共にこちらへ向かってくる。
その圧倒的な質量と殺意。だが、三人の間に恐怖はなかった。
「さて……」
鈴木がポケットから、古びた鈴を取り出した。
「カッコつけちまったからには、カッコよく終わらせねぇとな!」
「ええ。サクッと片付けて、帰りましょう」
髙橋が空間の座標を計算し始める。
賢人はフードを深く被り直し、二人の背中を見た。
「……皆さん、よろしくお願いします!」
地下の墓標で、最強チームと土塊の巨人による、最後の死闘が幕を開けた。
目の前には、再生を続ける土の巨人。
音無賢人は、その圧倒的な質量を冷静に見上げながら、隣の二人に提案した。
「……皆さん。まずは鈴木さんの『鈴』が効くか試したいです。
ですが、ここで闇雲に鳴らすと、髙橋さんの転移も、僕の『無』も使えなくなって逃げ場を失います」
賢人は距離を見積もった。
「一度、距離を取ってから試しましょう」
「了解! 安全圏まで飛びますよ!」
髙橋俊明が二人の肩に触れる。
シュンッ!
三人は一瞬で、巨人とは反対方向の、空洞の最奥部へと移動した。
「よし、ここなら大丈夫だろ。……食らえ!」
「合わせます!」
鈴木浩三がポケットから鈴を取り出し強く振るい、音無がその音を増幅させる。
チリリリリリリリ…………
清冽な音が地下空洞に反響する。
すると、猛進してきていた巨人の動きが、泥沼に足を取られたようにガクンと遅くなった。
「……お? 効いてるか?」
鈴木が身を乗り出す。
だが、止まらない。
動きは鈍重になったものの、巨人は確実にこちらへ歩を進めてくる。
「……ダメですね」
賢人が首を横に振った。
「完全に無効化できていません。何らかの『耐性』が働いています」
「チッ、頑丈な野郎だ」
鈴木が舌打ちをして鈴をしまう。
「次は髙橋さん、お願いします」
賢人は髙橋に向き直った。
「一瞬だけ転移で懐に飛び込んで……アイツに触れて、転移させられるかどうか試して欲しいんです」
「えぇ……?」
髙橋が苦笑いを浮かべ、眼鏡を直した。
「音無くんも無茶言うねぇ。あんな土の塊に特攻しろって?」
「髙橋さんなら、危なくなったらすぐ逃げられますから」
「買いかぶりすぎだよ。……ま、やってみるけどね!」
シュンッ!
髙橋の姿が消え、次の瞬間、土寺の背後空中に現れた。
「——『橋』、転移!」
髙橋が巨人の背中にタッチする。
狙うは全身の強制転移。
ブォン!
空間が抉れる音がした。
だが、転移したのは髙橋が触れていた部分の、わずかな土砂だけ。
巨大な体積の1%にも満たない。
「うわっ、硬っ……! 無理だ!」
巨人が裏拳を振り回す。髙橋は間一髪で転移し、賢人たちの元へ戻った。
「……はぁ、はぁ。ダメです」
髙橋が膝をつく。
「何かに拒絶されました。僕の能力でも、全体を動かすのは不可能です。せいぜい、表面の泥を削るのが精一杯でした」
「……なるほど」
賢人は顎に手を当て、脳内でパズルを組み立てた。
「能力による干渉を弾く防御力。そして、土と瓦礫の集合体……」
賢人は顔を上げた。
「分かりました。……こいつの名前、多分『寺』と『土』が入っています」
「寺? 金剛寺の『寺』か?」
鈴木が問う。
「はい。『聖域』の寺です。だから鈴や転移といった外部からの能力干渉を防いでいる。
そして本体は『土』。だから再生し、形を変える」
「……なるほど」
髙橋が感心したように頷く。
「名前(構成要素)さえ分かれば、攻略の糸口になる……。さすが音無くん、分析が早い」
「対象の『正体』が分かれば、僕の『無』で『寺』に干渉できます」
賢人の目に、確かな勝機が宿った。
「やってみましょう。
鈴木さんは『木』で奴の足を止め、動きを鈍らせてください。
その隙に、僕と髙橋さんで飛び込みます」
賢人は作戦を告げた。
「僕が、奴の名前に含まれているであろう『寺(防御)』の概念を、『無』で打ち消します。
防御が消えた瞬間……髙橋さん、思いっきり『橋』でえぐり取ってください」
「了解!」
「おう、やってやるぜ!」
作戦開始。
鈴木が前へ走り出し、巨人を挑発する。
「オラァ! こっちだデカブツ!」
巨人がズシンと足を踏み出したその瞬間、鈴木はポケットから大量の木の実をばら撒いた。
「——『木』、苗床になれ!」
ボコォッ!
地面から植物が爆発的に成長し、巨人の足に絡みつく。
だが、巨人の表面にある『寺』の加護が植物を拒絶し、根が深く食い込めない。
「ぐぬぬ……! やっぱ硬ぇな!」
「今です! 髙橋さん!」
「はい!」
シュンッ!
賢人と髙橋が、巨人の懐——植物に絡め取られた足元へと転移する。
賢人は、巨人の土の表面に両手を突き立てた。
イメージするのは、この巨体を守る「聖域」の概念の消去。
(——『無』!『寺』による 防御結界、消失!)
キィィィィン……パリン!
見えない膜が割れるような感触があった。
その瞬間、鈴木の操る木の根が、ズズズッと巨人の「肉」に深く食い込んだ。
「入った! いけぇ髙橋さん!」
「もらったぁ!!」
髙橋が巨人の胴体に触れる。
拒絶反応はない。
「——『橋』、転移!!」
ゴバァァァァァッ!!!
空間が抉り取られる。
巨人の脇腹から下半身にかけての土砂が、ごっそりと消失した。
(転移先:太平洋上空)
「グ、オォォ……!?」
支えを失った巨人が、バランスを崩す。
スローモーションのように、6メートルの巨体が傾き、轟音と共に地面に倒れ込んだ。
ズゥゥゥゥゥン!!!
「……退避!」
シュンッ!
巻き込まれる前に、三人は安全圏へと転移した。
土煙が舞う中、倒れた巨人は起き上がろうともがいているが、半分以上を失った体では再生もままならない。
「……はぁ、はぁ」
賢人は息を整え、倒れた怪物を見据えた。
「効きましたね」
「ああ。デカいのが転ぶと気持ちいいな!」
鈴木が快哉を叫ぶ。
髙橋も眼鏡の位置を直し、ニヤリと笑った。
「希望が見えましたね。
……この手順なら、バラバラに解体できます」
地下の底で、「弱者」と侮られた三人が、規格外の怪物を追い詰め始めていた。




