表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
巡り巡る 〜漢字の意味が世界を変える世界〜  作者: 暇な鍼灸師


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

3/65

第3章 理想を語る怪物と冷徹な策士


◾︎永田町 国会議事堂 第1委員会室前



重厚な扉の前で、長宗我部政宗は深く息を吸い込んだ。


先日、壊れた議事堂の大時計を「パーツ」の能力で直してしまったあの一件以来、彼に向けられる視線は畏怖と疑念に満ちていた。


「……ふぅ。行くか」


彼が分厚い新法案のファイルを小脇に抱え、部屋に入ろうとしたその時だった。


「おい、長宗我部」


背後から刺すような声が飛んできた。東義昭だ。


彼は相変わらず不機嫌そうな顔で、長宗我部を値踏みするように睨んでいる。


「貴様の『宗』の能力……人の思考や行動をコントロールできるそうだな?」


長宗我部は痛いところを突かれたとばかりに、僅かに視線を落とした。


「……ああ。その通りだ」


「なら、この新法案は絶対に通るな。どうせ俺も含めて、ここにいる全員がお前にコントロールされているんだろう? せいぜい、茶番を楽しませてもらうとするか」


東は吐き捨てるように言い、長宗我部の横を通り過ぎようとする。


長宗我部はその背中に向かって、静かだが力強い声で言った。


「東君」


「……?」


「私は今回……いや、今後の国会の場で、その能力を使うことは決してないよ」


東は足を止め、肩越しに冷めた視線を送った。


「……どうだかな」


東はそれだけ言うと、スタスタと自分の席へと歩いて行った。



◾︎第1委員会室



委員会室は、異様な緊張感に包まれていた。


委員長席のマイクが入る。


「えー、それではこれより、覚醒者特別措置法案に関する特別委員会を開会します」


委員長が眼鏡の位置を直し、厳粛に告げる。


「なお、本委員会は国民の皆様への透明性を確保するため、テレビ中継を行っております。また、議論の公平性を期すため、清野議員の能力により、この空間内でのいかなる能力使用も無効化させていただきます。皆様、ご了承いただけますか?」


「異議なし!」


議員たちの声が重なる。


「では、清野議員。お願いします」


清野と呼ばれた議員が立ち上がり、両手を広げた。

瞬間、部屋全体の空気がズシリと重くなり、目に見えない膜が張られたような感覚が全員を包み込んだ。「清」の効果による「一定領域内の能力封印」だ。


その直後、あちこちから微かなさざめきが聞こえ始めた。


「……おい、どうだ?」

「ああ……。これで長宗我部のマインドコントロールが解けるはずだが……」

「……あれ? 俺の考え、変わらないな」

「俺もだ。長宗我部が怪しいという考えのままだぞ」

「もしかして、元々操られてなんかいなかったのか……?」


議員たちは顔を見合わせ、困惑と安堵が入り混じった声を漏らした。


そんな中、東だけは腕を組み沈黙を守っていた。


「静粛に! ……それでは、提案者の長宗我部議員、説明を」


長宗我部は演台に立ち、手元の資料を開いた。


「……現在、我が国は未曾有の危機に瀕しています」


彼の声は、マイクを通して全国に届いていた。


「覚醒者による犯罪は日に日に増加し、その手口は凶悪化の一途を辿っています。対して、現場の警察官はどうでしょうか。彼らは『公務中の能力使用禁止』という既存の法に縛られ、手錠と警棒だけで超常の力に立ち向かわされています! 先月だけで、殉職した警察官の数は過去最悪を記録しました!」


長宗我部は悲痛な面持ちで議場を見渡した。


「私は提案します! 警察官の、限定的な能力解除を! そして同時に、一般覚醒者の能力行使に対し、より明確で一律な制限を設けるべきです。この原案を元に、皆さんの知恵を出し合い、より良い法案を作り上げたい!」


拍手と、怒号が入り混じる。


すぐに手を挙げたのは、与党の重鎮であり、武闘派で知られる金剛寺武だった。


「議長!」


「金剛寺議員」


金剛寺は巨体を揺らして立ち上がると、野太い声で反論を開始した。


「長宗我部議員の憂慮は理解できる。だが! 警察官の能力解除? 笑止千万だ!」


金剛寺は机を拳で叩いた。


「警察官が覚醒者だとして、その能力を誰がどうやって完全に把握するのだ? 申請した能力が『嘘』だったらどうする? 思考型の能力で被疑者を洗脳して自白させたら、それは冤罪の温床になるのではないか!?」


「し、しかし! 背に腹は代えられない状況で……!」


長宗我部が反論しようとするが、金剛寺の声量がそれを遮る。


「大体、この訳の分からない能力を、誰が観測し、誰が許可を出すのだ? 基準が曖昧すぎる! 覚醒者が能力を使った犯罪? それは現行法で裁くべきだ! 警察には海外から最新鋭の対覚醒者装備を取り寄せればいい。警察官は一律、今後とも能力を使わずに公務にあたるべきだ。それが法治国家としての筋だろうが!」


「……っ!」


長宗我部は言葉に詰まった。


金剛寺の主張は、「適者生存」を望む彼のエゴイズムから来るものだが、表面上の理屈としては「警察の暴走防止」という正論の皮を被っていた。


その論戦を、東は冷めた目で見つめていた。


(……長宗我部。お前の法案は理想論すぎる。大体なんだ「背に腹は代えられない状況で」と言う言葉選びは…。穴だらけだ。今のままじゃ警察組織が崩壊するリスクを孕んでいる)


(そして金剛寺。貴様の意見は一見もっともらしいが、現場の警察官を消耗品扱いし、裏で覚醒者カーストを作りたい魂胆が見え見えだ)


議論は白熱し、やがて罵り合いに近い状態になった。


「だいたいお前は自分が能力者だから警察を贔屓したいだけだろう!」

「殉職者の命をなんだと思っている!」

「……えー、これでは建設的な議論になりません!」


委員長が木槌を叩いた。


「双方、頭を冷やしてください。これより30分間の休憩を設けます!」


休憩のアナウンスと共に、議員たちがぞろぞろと席を立ち始める。


長宗我部は演台で深い溜息をついた。額には脂汗が滲んでいる。


(……ダメだ。私の法案には、確かに不備が多い。金剛寺議員の詭弁を論破できるだけの、強固なロジックが足りない……)


このまま再開しても、法案は否決されるか、骨抜きにされるのがオチだ。


日本を守るために、どうすれば……。


長宗我部は顔を上げた。


その視線の先には、壁に寄りかかりつまらなそうにスマホをいじっている男の姿があった。


かつては犬猿の仲だった男。


性格は最悪だが、その頭脳と現実的な視点だけは誰よりも信頼できる男。


(……彼しか、いない)


長宗我部は覚悟を決め、ゆっくりと歩き出した。

向かう先は、東義昭だ。



◾︎国会議事堂 廊下



特別委員会室の外、喧騒から少し離れた廊下の片隅で、東義昭は壁に背中を預けていた。


彼は冷めた目で、コーヒーを片手に談笑する他の議員たちを眺めていた。


(……フン。清野の能力解放で何も起きなかった、か)


東は心の中で毒づく。


長宗我部なら、とっくに自身の能力で根回しを済ませていると思っていた。だが、蓋を開けてみれば潔白。


出てきたのは、善意だけを詰め込んだ、穴だらけの「長宗我部らしい」甘い法案だけだった。


(あいつは馬鹿正直すぎる。……だが、金剛寺。あいつも大概だ)


東の視線が、取り巻きと大声で笑っている金剛寺に向けられる。


(『現行法で取り締まる』だと? 笑わせるな。それが出来ていないから、現場が悲鳴を上げているんだろうが。あいつの主張は、警察の手足を縛ったまま、覚醒者を野放しにするのと同義だ。……このままじゃ、日本は終わるな)


ふと、東は天井を見上げた。


蛍光灯の無機質な光が、彼の疲れた顔を照らす。


(……俺も、好きだったんだけどな。かつての、あの退屈で平和な日本が)


諦めにも似た溜息を吐こうとした時、コツ、コツ、と革靴の音が近づいてきた。


顔を戻すと、そこには長宗我部政宗が立っていた。


「……なんだ、長宗我部。負け犬の遠吠えでもしに来たか?」


東は皮肉を飛ばしたが、長宗我部は動じなかった。


彼は真剣な眼差しで、開口一番に問いかけた。


「東君。君は頭が良い。……今日までの、警察官の殉職者数。そして覚醒者による犯罪件数と、それに巻き込まれた市民の死者数。……正確な数字を知っているか?」


東は眉をひそめ、しかし即座に口を開いた。


彼の頭脳には、あらゆるデータがインプットされている。


「……今年度だけで、警察官の殉職者は342名。重軽傷者はその倍だ。覚醒者絡みの犯罪件数は認知されているだけで4,500件以上。一般市民の死者数は……行方不明者を含めれば、先月だけで1,000人を超えている」


スラスラと、しかし絶望的な数字を並べた東は、自嘲気味に鼻を鳴らした。


「……それがどうした? ニュースで毎日流れている数字だ」


「君も把握しているなら話は早い」


長宗我部は一歩踏み出した。


「金剛寺議員の提案……『現状維持』と『装備の強化』。これをそのまま通せば、どうなると思う?」


「……何も変わらんさ。いや、悪化するな。海外製の対覚醒者装備なんて、届く頃には現場の人間が半分にはなっている」


「その通りだ!」


長宗我部が声を強めた。


「私は、かつての日本のような……誰もが安心して暮らせる、平和な国に戻したいのだ。その為には、今、ここで法を変えなければならない」


長宗我部は一度言葉を切り、東を真っ直ぐに見据えた。


そして、ゆっくりと頭を下げた。


「東君。……力を貸してくれないか?」


廊下の空気が止まった。


与党の大物議員であり、強力な覚醒者でもある長宗我部が、野党の、しかも非覚醒者である自分に頭を下げている。


東はしばらく沈黙した後、低い声で問いかけた。


「……おい、長宗我部。一つ聞かせろ」


「なんだろうか」


「なぜ、『能力』を使わなかった?」


東は壁から背を離し、長宗我部に詰め寄った。


「お前の『宗』の能力なら、俺たち全員をマインドコントロールして、賛成票を投じさせることなんて造作もなかったはずだ。そうすれば、こんな茶番じみた議論も、俺に頭を下げる必要もなかっただろう?」


長宗我部は顔を上げ、静かに首を振った。


「それでは、意味がないんだ」


「…?」


「私が能力で無理やり可決させたとして……それは、私の望んでいる『日本』ではない。恐怖や強制で得た平和など、脆く崩れ去る砂の城だ」


長宗我部の瞳に、揺るぎない光が宿る。


「皆が……国民一人一人が、そして議員である我々が、問題意識を持ち、現状を打開するために必死になって知恵を絞る。そうやって『より良い日本にしていこう』という意思を持たなければ、この異常事態は乗り越えられない」


そして、長宗我部は声を潜めて付け加えた。


「それに……私の命は、いつまであるか分からない」


「……何?」


「覚醒者たちの中には、法整備を望まない者も多い。いつ私が消されてもおかしくない状況だ。だからこそ……私が生きている間に、この法案を通したいのだ。……より良い日本の未来の為に。どうか、力を貸して欲しい」


東は、目の前の男を凝視した。


(……長宗我部。俺はこの男をみくびっていたのか)


覚醒者という人智を超えた力を持ちながら、その力に溺れることなく、理性を保ち続けている。


「宗」と「部」……その能力の法則性から見ても、彼は国内でもトップクラスの怪物だ。非覚醒者の自分など、指先一つで消せるだろう。


(なのに、こいつは……。洗脳もせず、暴力も使わず、ただ言葉だけで……俺みたいな年下の小僧に頭を下げてやがる)


東の中にあった冷めきった感情の中に、小さな熱が灯った。


それは「共感」などという生温かいものではなく、プロフェッショナルとしての「意地」だった。


東は大きな溜息をつくと、ポケットから高級万年筆を取り出した。


「……おい、長宗我部」


「……東君?」


「原案はどこだ。さっさと出せ」


長宗我部が驚いたように目を見開き、慌てて手元のファイルを差し出した。


「こ、これだ」


東はそれを奪い取ると、パラパラとページをめくり、忌々しそうに舌打ちをした。


「案の定、穴だらけだな。お花畑すぎて反吐が出る」


「うっ……面目ない」


「いいか、よく聞け。金剛寺のような古狸を黙らせるには、正論や理想論じゃダメだ。あいつが突いてきた穴……『警察の暴走』『管理の不透明さ』『責任の所在』。これを全て、法律という鎖でガチガチに縛って塞いでやる」


東は近くの長机にファイルを広げると、恐ろしい速度でペンを走らせ始めた。


修正線が引かれ、新たな条文が書き加えられていく。


「『思考型能力の捜査利用の全面禁止』……『能力行使時の第三者監査の義務化』……『違反時の罰則規定の強化』……!」


東は鬼気迫る表情で書き殴りながら、長宗我部を睨みつけた。


「俺が修正してやる。金剛寺の野郎が二度と口答えできないくらい、完璧な論理武装で固めてやる」


「東君……! ありがとう!」


「勘違いするな。俺はお前の甘っちょろい夢に付き合うわけじゃない」


東はニヤリと、性格の悪そうな、しかし頼もしい笑みを浮かべた。


「俺も……あの退屈な日本を取り戻したいだけだ。お前は黙って見てろ。お前の言葉選びは絶望的だ。……ここからは、俺の仕事だ」



◾︎第1委員会室



休憩終了のブザーと共に、委員会室の扉が開いた。

戻ってきた議員たちの目に飛び込んできたのは、長宗我部政宗の隣に、本来敵対しているはずの野党議員・東義昭が涼しい顔で並び立つ姿だった。


ざわめきが広がる中、東はマイクのスイッチを入れた。


「これより、長宗我部議員の提案に関する答弁は、全て私が代弁者として行います」


議場がどよめく中、金剛寺武がダンッと机を叩いて立ち上がった。


「代弁者だと!? ふざけるな東! 貴様の後ろに本人が立っているのに、何を代弁する必要がある!」


長宗我部が一歩前に出ようとするが、東は目線も合わずに片手でそれを制した。


そして、呆れたような顔で金剛寺を見下ろした。


「……何か、代弁されてマズいことでも起こるのでしょうか? 金剛寺先生」


「なっ……!」


金剛寺の表情が僅かに揺らいだ。東のその態度は、あまりに自信に満ちていたからだ。


金剛寺の脳裏に一つの可能性がよぎる。


「そうか! 貴様、長宗我部にマインドコントロールされているな!?」


金剛寺は委員長席の横に控える清野へ怒鳴った。


「清野議員! 早く能力を発動しろ! こいつの洗脳を解くんだ!」


委員長が頷く。


「清野議員、能力の解放を」


清野が両手を広げると、再び空間に重たい空気が満ちた。能力無効化の領域展開だ。


しかし、東の表情は微塵も変わらない。


「……これで満足ですか?」

「待て!」


金剛寺はまだ食い下がった。額には脂汗が滲んでいる。


「長宗我部! 貴様、先ほどの休憩時間に清野議員をマインドコントロールしたな!? 能力無効化を使ったフリをさせているだけだろう!」


議場が再びざわつく。確かに、清野が操られていれば、この空間は無防備だ。


東はフッと鼻で笑った。


「……なるほど。疑り深いですね」


東は金剛寺に向かって掌を差し出した。


「では金剛寺先生。ご自身で能力を使ってみてください」


「何?」


「清野議員が操られていて能力を使っていないのなら、貴方の強力な能力は発動するはずです。……さあ、どうぞ?」


金剛寺は歯噛みしながら、自身の指先に意識を集中させた。「金」の能力で、手元のボールペンの形状を変えようと試みる。


……ピクリとも動かない。


次は「剛」。皮膚を硬化させようと念じるが、反応がない。


「くっ……ぬぅぅ……!」


顔を真っ赤にして唸る金剛寺に、東は涼しい顔で問いかけた。


「……使えますか?」


「……いや、使えん」


その言葉を聞いた瞬間、東はニヤリと笑い、マイクに向かって高らかに言った。


「委員長、お聞きになりましたか? どうやら金剛寺先生は『覚醒者』のようですが、現在は能力が使用できないとご自身で証明されました」

「っ!?」


金剛寺はハッとして口元を押さえた。


今まで「非覚醒者の代表」のような顔をして反対していたが、自分が覚醒者であることを、しかも今はそれが封じられていることを、テレビカメラの前で自白してしまったのだ。


東は畳み掛ける。


「これにより、清野議員の能力は正常に機能しており、長宗我部議員が誰に対してもマインドコントロールを行っていないという公平性が担保されました。……始めてもよろしいでしょうか?」


委員長は咳払いを一つして、頷いた。


「……結構。これより、議論を再開します」


金剛寺はドカりと椅子に座り込んだ。


(……東め。最初からこれを狙って……!)


かつてない屈辱と危機感が、金剛寺の背筋を凍らせた。


「……金剛寺先生ご自身が証明された通り、この場は公正です。では、本題に入りましょう」


東は分厚い資料を演台に叩きつけた。


モニターに『警察官能力行使に関する修正法案』が映し出される。


「長宗我部議員の原案は、性善説に頼りすぎた欠陥品でした。そこで、私が三つの鉄則を加えた修正案を作成しました」


東が指を一本立てる。


第一条項:『能力行使の可視化と限定』


「まず、警察官が公務で使用できる能力は、『物理型』および『自己強化型』かつ、ドライブレコーダーやボディカメラで視認可能な現象に限定します。思考型、精神干渉型、および視認不可能な能力の使用は、いかなる理由があろうと全面禁止とします」


金剛寺が即座に噛み付いた。


「ええい、机上の空論だ! 『禁止』と言ったところで、思考型能力者がこっそり能力を使ったらどうやって見抜くのだ? 『今、犯人を洗脳しました』なんて誰も言わんぞ!」


東は冷ややかに返した。


「仰る通りです。だからこそ、この法案では採用基準そのものを変えます。特殊部隊への配属条件として、能力の鑑定を義務付け、思考型能力を持つ警察官は、そもそもこの部隊には入れません」


「なっ……排除するのか!?」


「区別です。思考型能力者は従来通り、能力を使わない部署で活躍していただく。現場で能力を行使するのは、誰の目にも明らかな『物理現象』を起こせる者のみ。……これなら、隠れてコソコソ使うなど不可能です。映像に映らない現象が起きれば、それは即座に不正と見なせますから」


金剛寺はぐぬぬと唸ったが、すぐに次の粗を探した。


第二条項:『非覚醒者による監視とダブルチェック』


東が二本目の指を立てる。


「次に、能力を使用する現場には、必ず**『非覚醒者の監査官』**の同行を義務付けます。能力使用の許可は、現場の警察官ではなく、この監査官と本部が判断を下します」


金剛寺が鬼の首を取ったように笑った。


「ハッ! 甘いな東! その『監査官』が買収されたり、脅されたりしたらどうする? 現場で警官と監査官がグルになれば、好き放題できるではないか!」


東は憐れむような目で金剛寺を見た。


「金剛寺先生、資料の15ページをご覧ください。監査官は『ランダム選出』かつ『現場ごとの入れ替わり制』です。特定の警官と癒着する時間などありません。さらに、監査官のボディカメラ映像は、AIによるリアルタイム解析と、本庁の第三者委員会へ直結されます」


東は一歩前に出る。


「買収? どうぞやってみてください。その会話も全て録音され、即座に懲戒免職となります。……このシステムの下で、人生を棒に振ってまで不正に加担する馬鹿が、果たして警察組織にいるでしょうか?」


「ぐっ……くぅ……!」


第三条項:『厳罰化と連帯責任の排除』


東が三本目の指を立てる。


「最後に、能力の不正使用があった場合の罰則です。該当警察官は懲戒解雇に加え、『特別公務員暴行陵虐罪』の最高刑を適用し、刑務所へ収監します。ただし、組織ぐるみの隠蔽を防ぐため、個人の暴走による責任は、組織ではなく**『個人の責任』**として処理する法的枠組みを設けます」


金剛寺は脂汗を拭いながら叫んだ。


「そ、そんな厳罰化をしては、現場の警察官が萎縮してしまう! 誰も能力など使いたがらなくなるぞ! それでは本末転倒だ!」


「萎縮? 結構なことではありませんか」


東はバッサリと切り捨てた。


「我々が与えようとしているのは、人を殺傷しうる強大な『力』です。萎縮するくらいの慎重さがなければ困ります。それに、本当に市民を守る気概のある警察官ならば、このリスクを背負ってでも正義を執行するはずです。……金剛寺先生は、日本の警察官の志を低く見積もりすぎでは?」


「き、貴様……!!」


金剛寺は言葉に詰まった。


「揚げ足」を取ろうと投げたボールが、全て「完璧な論理」として打ち返され、自分の顔面に突き刺さっている。


「……さて、金剛寺先生。他に何か、この完璧なシステムに懸念点はございますか?」


「予算だ! そう、金だ! こんな大掛かりな監視システム、莫大な税金がかかる!」


「試算済みです」


東は即座にグラフを表示した。


「現状の覚醒者犯罪による被害総額は年間数千億円。対して、このシステム導入費はその十分の一以下。さらに、治安回復による経済効果を含めれば、初年度でお釣りが来ます。……まさか先生、国家の損失を放置して、小銭を惜しむつもりですか?」


「……あ、あ……」


金剛寺は力なく椅子に崩れ落ちた。


反論の余地がない。ぐうの音も出ない完全敗北だった。


「……以上で説明を終わります」


東が一礼すると、一瞬の静寂の後、万雷の拍手が議場を包み込んだ。


委員長が木槌を叩く。


「本委員会における審議の結果、本修正案は可決すべきものと決しました。よって、本会議へ緊急上程いたします!」


「……クソがァッ!!」


金剛寺は吐き捨てるように呟くと、採決が終わるや否や、逃げるように部屋を後にした。



◾︎国会議事堂の通用口



金剛寺は苛立ちを隠せないまま、待機していた黒塗りの高級車に乗り込んだ。


「出せ! 早くここから離れるんだ!」

「はっ!」


後部座席で金剛寺は、震える手で携帯電話を取り出した。


「……私だ。……東の小僧にしてやられた! ……今から向かう」


車が走り去る様子を、通用口近くの植え込みの陰から見つめる影があった。


パーカーのフードを目深に被った男——音無賢人だ。


(……あの男が、金剛寺か)


「音」の能力で拾った、委員会室での醜態。そして今、車内から漏れ聞こえる「計画」という不穏な単語。


この男を泳がせておけば、必ずロクなことにならない。


車が通用門を抜け、公道へと出るために一時停止した、その一瞬。


賢人は植え込みから飛び出した。


(——『無』。気配、視覚情報の遮断)

(——『音無』。足音、風切り音、心音の消去)


世界から自分の存在を切り離し、賢人はアスファルトを疾走する。


運転手が左右を確認し、アクセルを踏み込んだ瞬間。


賢人は音もなく跳躍した。


黒い影が、高級車のトランクの上に着地する。


本来なら「ドンッ」と響くはずの着地音も『音』の能力で消し、車体が揺れるはずの衝撃も『無』の能力で全て消した。


運転手は何も気づかないまま、スピードを上げていく。


「……ふぅ」


賢人はトランクフードの上に張り付くように身を低くし、冷たいボディに指をかけた。


時速60キロ、やがて80キロ。


夜風が刃のように切りつけるが、賢人は車の装飾の一部になったかのように微動だにしない。


目の前を流れる東京の夜景。


その煌びやかな光の中を、怪物にしがみついた幽霊が駆け抜けていく。


赤く染まるテールランプの光を受けながら、賢人はリアガラス越しに見える金剛寺の後頭部を見据え、小さく呟いた。


「……さて、どこに連れて行ってくれるのかな。先生」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
面白いですが無だと音は消せないんですか?
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ