第28章 銃口から握手へ変わる治安の最前線
■一週間後・港湾地区の廃倉庫裏
「……ふぅ。これで今週52人目か。働きすぎだろ、俺たち」
鈴木浩三が、気絶した小柄な男——「火」を操る連続放火魔——を、米俵のように軽々と担ぎ上げた。
その横で、髙橋俊明が疲労困憊の様子で眼鏡を拭く。目の下には濃いクマができている。
「ですね……。流石に家に帰る時間も減って、妻に怪しまれ始めてますよ」
「あぁ? 前みたいに灯油臭いとか言われたか?」
「いえ、臭い対策は完璧です。転移で帰る前に銭湯に寄って、ファブリーズも浴びてますから」
髙橋は力なく苦笑いした。
「ただ、『最近、帰宅後の目が死んでる』って心配されまして……。出向先のブラック企業で酷使されていると思われてるみたいです」
「ハハッ、あながち間違いじゃねぇな。東の旦那は人使いが荒い」
鈴木は肩を回した。
「さっさと警察に通報して、こいつを引き渡して帰ろうぜ。今日はもう限界だ」
二人は慣れた手つきで、指定された引き渡しポイントである倉庫の裏手へと向かった。
いつもの手順。匿名で通報し、パトカーのサイレンが聞こえたら物陰に隠れ、確保を確認して去る。
それが、彼らの日常になりつつあった。
だが、その夜は違った。
カッ!!!!
「うおっ!?」
「目が……!?」
突如、暗闇だった倉庫裏が昼間のように明るくなった。
四方八方から強力な投光器が一斉に焚かれ、鈴木と髙橋の視界を白一色に塗り潰す。
「動くな!! 警察だ!!」
怒号と共に、アスファルトを蹴る無数の足音。
防刃ベストを着込んだ刑事たちと、機動隊の装備をつけた制服警官隊が数十名、ワラワラと闇の中から湧き出してきた。
ジャキッ! チャキッ!
彼らが一斉に構えたのは、黒光りする拳銃——ニューナンブやサクラといった回転式、そして自動拳銃だ。数十の銃口が、鈴木と髙橋の眉間に狙いを定めている。
「な、なんだコリャ!?」
「包囲……されてる!? いつの間に……!」
刑事の一人が警察手帳を掲げ、拡声器で叫ぶ。
「貴様らの行動パターンは把握している!
正体不明の武装集団! 直ちに人質を解放し、地面に伏せろ!」
「人質ぃ? 寝ぼけてんのか!」
鈴木が担いでいる放火魔を掲げて叫ぶ。
「こいつは指名手配中の放火魔だぞ! 俺たちが捕まえてやって、引き渡そうとしただけだろうが!」
「言い訳無用! 抵抗するなら発砲する! 手を上げろ!」
警察は聞く耳を持たない。彼らの目には、鈴木たちは「警察のメンツを潰し続ける不審者」としてしか映っていないのだ。殺気立っている。
(……マズい。完全に敵認定されている。引き金に指がかかっている……!)
物陰に潜んでいた音無賢人は、冷や汗が背中を伝うのを感じた。
助けに入れば共倒れだ。かといって、髙橋が転移するには犯人を捨てなければならないし、鈴木が動けば撃たれる。
賢人は震える手で無線を入れた。
「……こちら音無! 緊急事態です! 鈴木さんと髙橋さんが、警察の伏兵に囲まれました! 完全に包囲されています!」
『……慌てるな、音無君』
無線から返ってきたのは、東義昭の落ち着き払った、氷のような声だった。
『想定通りだ。警察の焦りを利用させてもらう。……アレックス君、カメラは回っているな?』
『ああ、バッチリだ。4K画質で全世界に生配信中だぞ』
遠くの屋根の上から、アレックスが超望遠カメラを構え、ズームレンズを覗き込んでいた。
『よし。……鈴木君たちに伝えろ。「そのまま耐えろ」と。私がこれより、国会の「空気」を変える』
■国会議事堂・覚醒者災害対策特別委員会
同時刻。
深夜にも関わらず緊急招集された特別委員会室は、怒号と野次に包まれていた。
委員長席には東義昭が座り、野党の論客からの激しい突き上げを、柳に風と受け流していた。
「東委員長! 答弁願いたい!」
野党のベテラン議員、**浪川**が机をバンバンと叩き、顔を紅潮させて立ち上がった。
「貴方が提唱する新組織……『対策局』とやらは、法的根拠のない私兵集団ではないか!
巷では、謎の集団が法を無視して暴れ回っているという噂がある。これは法治国家への挑戦だ! 断じて認められん!」
「静粛に、浪川先生」
東は涼しい顔でマイクを握った。
「彼らは暴れているのではありません。……『働かない公助』の代わりに、市民を守っているのです」
「詭弁だ! 警察権の侵害だ!」
浪川は声を張り上げた。
「警察庁も自衛隊も、そんな集団の協力など必要ないと言っている! 彼らは治安を乱す不純分子だ!」
浪川議員は勝ち誇ったように、ニヤリと笑った。
「現に今、警察は威信をかけて、その不審者集団の確保に動いていると聞く!
今夜にも彼らが逮捕されれば、貴方の新法案も廃案だ! 責任を取って辞職する覚悟はおありか!?」
議場がざわつく。警察が動いているという情報は、ここにも届いていた。
「……ほう。逮捕、ですか」
東は手元のタブレットを操作した。
その指先一つで、議場の空気が一変する。
「では、今の『現場』を……国民の皆様にもご覧いただきましょう。
……これは、たった今、リアルタイムで行われている映像です」
パッ。
議場の巨大モニターが切り替わる。
映し出されたのは、まばゆい投光器に照らされた倉庫裏の惨状。
数十人の警官に包囲され、無数の拳銃を突きつけられながら、必死に放火魔(犯人)を抱えて立っている、鈴木と髙橋の姿だった。
『撃つな! こいつは犯人だ! 証拠品だってある!』
『黙れ! 地面に伏せろ! 撃つぞ!』
鈴木が必死に叫んでいるが、警察は問答無用で包囲を狭め、今にも発砲しそうな殺気を放っている。
そのあまりにも一方的な映像に、議場のざわめきが悲鳴に変わる。
「な、なんだこれは……? 警察が、市民に銃を?」
東は冷徹な声で、淡々と解説を始めた。
「ご覧ください。
左にいる大柄な男性は、この一週間で12件もの覚醒者犯罪を食い止めた民間人です。
彼が大事そうに抱えているのは、昨夜民家を全焼させた放火魔です。
彼らは、警察が捕まえられなかった犯人を命がけで捕獲し……それを警察に引き渡そうとしているだけです」
東は浪川議員を、そしてカメラの向こうの国民を睨みつけた。
「なのに、警察はどうしましたか?
『感謝』ではなく、『銃口』を向けました。
凶悪な放火魔ではなく、それを捕まえた善意の市民に対して、数十丁の拳銃を向けて威嚇している。
……浪川先生。これが、貴方が守ろうとしている『法治国家の治安維持』の正体ですか?」
「なっ、バカな……! これは……」
浪川議員が狼狽える。映像のインパクトがあまりにも強すぎる。
「こ、これは編集されたものでは……!」
「生中継です」
東は畳み掛ける。
「この映像は、現在ネットでも配信されており、同時接続数は既に数万人を超えています。
……さて、先生方。国民はどちらを応援すると思いますか?
必死に犯人を捕まえた彼らか。それとも、彼らに銃を向ける警察か」
■現場・倉庫裏
ジリリリリリリリ!! ピピピピピピ!!
突如、包囲している警官たちのスマートフォン、そして無線機が一斉に鳴り響いた。
現場指揮官の端末にも、本庁からの緊急連絡が入る。
「は、はい! 現場です! 対象を包囲中……」
『バカ野郎!! 今すぐ銃を下げろ!!』
電話の向こうで、警視総監が鼓膜が破れんばかりに絶叫していた。
『お前らの姿が全国に流れてるんだぞ!
「警察は正義の味方をいじめるな」「放火魔を逃がしたくせに何様だ」「税金泥棒」って、苦情の電話がパンク寸前だ!
これ以上恥を晒すな! 即時撤退だ!!』
「し、しかし……! 目の前に確保対象が……!」
『命令だ!! 撤収しろぉぉぉ!! 』
指揮官は青ざめた顔で、震える手で指示を出した。
その声は裏返っていた。
「……そ、総員、銃を収めろ!
て、撤収だ……! 全員、撤収!!」
「はぁ!?」
殺気立っていた刑事たちが困惑する。
「先輩、何を言って……」
「いいから戻れ! 帰るぞ!」
指揮官は放火魔を車内に放り投げて逃げるようにパトカーに乗り込んだ。
潮が引くように、警察車両が次々と去っていく。
現場には、ポカンとした鈴木と髙橋が残された。
「……あ?」
鈴木が気の抜けた声を出す。
「助かった……のか? 撃たれずに済んだ……」
物陰から音無が出てきて、深く安堵の息を吐いた。
「東さんです……。国会中継で、この状況を逆手に取りました」
「……へっ。本当に食えねぇ野郎だ。心臓に悪いぜ」
鈴木はニカっと笑い、安堵のため息をつく。
「ま、結果オーライか。……帰るぞ、髙橋さん」
「はい……。もう寿命が縮みましたよ……」
髙橋はへなへなと座り込んだ。眼鏡がズレているのも直さずに。
■国会・委員会室
静まり返った議場で、東義昭は悠然とマイクを握り直した。
モニターの中の警察は撤退し、残された「英雄たち」の姿が映し出されている。
「……現場の警察は、賢明な判断をしたようですね」
東は、顔面蒼白で黙り込んだ浪川議員に向き直った。
「さて、議論に戻りましょう。
既存の組織では、覚醒者犯罪に対応できないどころか、面子にこだわって善意の市民を危険に晒すことが証明されました。
彼ら(鈴木たち)のような力ある者を、法的に保護し、管理し、正しく運用する組織が必要です」
東は新法案の書類を高々と掲げた。
「浪川先生、そして反対派の先生方。
これでもまだ、反対なさいますか?
対案をお持ちですか?
……ないなら、黙って賛成ボタンを押しなさい。これ以上、国民を失望させないために」
万雷の拍手はない。あるのは、圧倒的な事実にねじ伏せられた沈黙と、可決への確かな流れだけだった。
(……勝ったな)
東は心の中で勝利宣言をし、冷めたコーヒーを飲み干した。
法なき正義が、ついに法を手に入れる瞬間だった。
■数日前・髙橋家
あの日、倉庫裏での騒動から帰宅した髙橋俊明を待っていたのは、温かい夕食ではなく、青ざめた顔で立ち尽くす妻だった。
「……あなた。見たわよ」
妻は震える手でスマートフォンを差し出した。画面には、ネットニュースの切り抜き動画。
無数の警官に銃を向けられ、必死に犯人を抱えて立っている髙橋の姿が映っていた。
「これ……あなたよね? 会社なんて嘘。……一体、何をしてるの?」
髙橋は観念したように息を吐き、眼鏡を外した。
「……ごめん。隠し通せると思ってたんだけどな」
髙橋はリビングの椅子に妻を座らせ、全てを話した。
地質調査の仕事は表向きであること。実際は、東義昭という政治家が作った「覚醒者特別犯罪対策局」という組織の一員であること。
そしてその組織が、現時点では法的根拠のない、非合法な実力行使部隊であること。
「非合法……!? 信じられない!」
妻が叫んだ。
「あなた、犯罪者集団にいるってこと!? もし捕まったら……娘はどうなるのよ! 家族を路頭に迷わせる気!?」
「違う! ……いや、違わないかもしれない」
髙橋は妻の手を握り、真剣な眼差しで訴えた。
「でも、誰かがやらなきゃいけないんだ。
金剛寺のような怪物が暴れまわり、警察ですら手出しできない今の日本で……娘が安心して暮らせる未来を守るには、俺たちの力が必要なんだ」
「だからって、あなたが泥を被る必要はないじゃない!」
「俺は……」
髙橋は、寝室で眠る娘の方を見た。
「娘に、胸を張って言える父親でありたいんだ。
『パパはね、日本を守ってるんだぞ』って。……今はまだ言えないけど、必ずそう言える日が来る。
だから……頼む。信じて待っていてくれないか」
妻は涙を流しながら、その手を振りほどいた。
「……分からないわよ。そんな危険なこと……」
その夜から、髙橋家には重苦しい沈黙が流れるようになった。
妻は必要最低限の会話しかしなくなり、髙橋もまた、家族を守るための仕事が家族を壊しているという矛盾に苦しみながら、出動の日々を送っていた。
■東義昭事務所・応接室
数日後、東義昭の元に一人の男が極秘裏に訪れていた。
警察庁長官だ。連日のバッシングと責任追及で、その顔はげっそりとやつれ、生気がない。
「……東先生。助けてください」
長官はプライドをかなぐり捨てて頭を下げた。
「このままでは、現場の士気は崩壊し、私は懲戒免職です。……何か、打開策を」
東は冷たいお茶を出し、愉悦を隠すように口元を歪めた。
「世論は怖いですねぇ、長官。あれだけ強気だった警察が、たった一つの動画でこの有様とは」
「うぅ……」
「ですが、安心したまえ。私に考えがある」
東は一枚の書類——『覚醒者特別犯罪対策局・組織概要案』を差し出した。
「我々の組織を、警察の敵ではなく『公的機関』として認めなさい。
形式上は国家公安委員会の下部組織とし、警察とも連携する。
そうすれば、あの動画は『警察と民間協力者の対立』ではなく、『連携ミスによる不幸な事故』として処理できる」
「し、しかし……そんな前例のない組織を……」
「条件がある」
東は悪魔の囁きのように付け加えた。
「この新組織……予算規模は数百億だ。
副局長以下のポストには、警察庁からの出向枠をふんだんに用意しよう。……君たちの『新しい天下り先』としても悪くない話だろう?」
長官の目が大きく見開かれた。
保身と、新たな権益。
「……分かりました。乗りましょう、その話」
密室での握手が、日本の治安維持の形を変えた瞬間だった。
■髙橋家・リビング
数週間後、髙橋の妻は一人リビングで溜息をつきながらテレビを見ていた。
夫との冷戦状態は続いている。彼が正しいことをしているのは頭では分かっていても、不安が消えないのだ。
『——ニュースです。先ほど、政府は緊急記者会見を開きました』
画面が切り替わる。
首相官邸の会見場。無数のフラッシュの中、三人の男が並んで登壇した。
与党の大物・長宗我部政宗。
警察のトップ・警察庁長官。
そして、夫の上司だと言っていた男——東義昭。
『本日、政府は覚醒者犯罪に対処するため、新たな治安維持組織の発足を閣議決定いたしました』
東がマイクの前に立ち、力強く宣言する。
『その名は、「覚醒者特別犯罪対策局」。
警察と連携し、特殊な能力を持つ捜査官たちが、国民の生命と財産を守るための公的機関です』
「え……?」
妻はリモコンを握りしめたまま画面を凝視した。
画面には、組織のイメージ映像として、先日倉庫裏で活動していた「あの集団」の映像が流れる。
ただし今回は、「不審者」としてではなく、テロップ付きで紹介されていた。
『特別捜査官(空間転移能力者)による、迅速な犯人確保の様子』
そこには、警察庁長官と東がガッチリと握手を交わす姿があった。
『彼らはもはや、謎の集団ではありません。国が認めた、正義の執行者です』
「……公的機関……?」
妻の目から、ボロボロと涙が溢れ出した。
非合法ではなかった。犯罪者予備軍でもなかった。
夫は、国に認められた、堂々たる「公務員」になったのだ。
「よかった……。本当によかった……!」
不安と恐怖から解放された安堵の涙が、頬を伝う。
ガチャリ。
玄関のドアが開く音がした。
妻は涙を拭い、慌てて玄関へと走った。
「ただいま」
そこには、少し疲れた顔をした髙橋が立っていた。
今までのような「後ろめたさ」はない。どこか晴れやかな表情だ。
「……見たわよ、テレビ」
妻が言うと、髙橋は照れくさそうに頭をかいた。
「ああ。……これでようやく、胸を張って言えるよ」
髙橋は、愛する妻と、奥から走ってきた娘を抱きしめた。
「俺の仕事は、この国と……お前たちを守ることだ」
「……おかえりなさい。パパ」
妻は泣き笑いのような顔で、夫のジャケットを受け取った。
その背広はもう、ボロボロの不審者の服ではなく、家族を守る父親の頼もしい戦闘服に見えた。
雨降って地固まる。
最強のチームは、ついに表舞台へと躍り出た。
■覚醒者特別犯罪対策局・本部(洋館)
法制定から一ヶ月。
洋館の一室は、最新鋭の機材が並ぶ「指令室」へと様変わりしていた。
「……Target located(ターゲット補足)。Nシステム、ヒットしたわ」
サラ・コッホは、デスクに並んだ三台のモニターを、指揮者のように操っていた。
一台目は、警察庁のデータベースと連動した正規ルートの端末。
二台目は、街中の店舗の防犯カメラや個人のSNSを裏から覗き見る、非合法なハッキング用端末。
そして三台目は、拠点の周囲に張り巡らせたセンサーと、上空を飛ぶドローンを制御する防衛用端末。
「A-3エリア、コンビニの防犯カメラに挙動不審な人物あり。……コイツも透過系ね」
サラがインカムで指示を飛ばす。
「髙橋さん、出番よ。谷を連れて現地へ。……音で確定させて」
『了解!』
シュンッ!
髙橋俊明の転移で、即座に谷雄一が現場へ飛ぶ。
数分後、谷からの通信が入る。
『こちら谷。心音と衣擦れの音を確認。万引き常習犯の覚醒者で間違いない』
「OK。……髙橋さん、一度戻って鈴木をピックアップ。突入して」
『了解!』
シュンッ!
髙橋が洋館に戻り、待機していた鈴木浩三の手を掴んで再び消える。
数秒後。
『……確保完了だ。鈴木さんが無効化して、小脇に抱えてるよ』
「Good job. 警察に通報して引き渡しちゃって」
流れるような連携。
かつてのような迷いや焦りはもうない。彼らの行動は洗練され、何より「堂々」としていた。
自分たちは日陰者ではない。国に認められた「法執行官」なのだという自信が、その背筋を伸ばしていた。
■洋館・食堂(夜)
「いやー、今日も働いた働いた!」
夕食の時間。幸田美咲が腕を振るった大皿料理を囲みながら、リビングのテレビがついている。
ニュース番組の特集コーナー。
『……本日は、新設された対策局のメンバーにインタビューをお願いしました』
画面には、ガチガチに緊張した鈴木と髙橋の姿が映し出されている。
『えー、その……我々は、市民の皆様の安全を第一に……えー、頑張って?おります……』
鈴木がしどろもどろになりながら、カメラを睨みつけている(ように見える)。
『そ、そうです。全力で…日本の治安を……』
髙橋も眼鏡がズレているのを直そうともせず、棒読みで答えている。
「ブフォッ!!」
ビールを飲んでいた田治見薫が盛大に吹き出した。
「ギャハハハハ! なんだ今の顔! でかい図体でカタコトの日本語! 熊のインタビューかよ!」
田治見は腹を抱えてテーブルを叩く。
谷もニヤニヤしながらツッコミを入れる。
「いやー、鈴木さん。顔が引きつりすぎて、指名手配犯の自白動画みたいになってますよ? もうちょっとまともな事喋れなかったんですか?」
「う、うるせぇ!」
鈴木は顔を真っ赤にして唐揚げを頬張った。
「カメラ向けられると緊張すんだよ! ほっとけよ!」
「髙橋さんも、眼鏡ズレてますよ〜」
音無が笑いながら指摘すると、髙橋も肩を落とした。
「……恥ずかしい。娘に見られたらどうしよう」
「ふふ、でもお二人とも、カッコよかったですよ?」
美咲がフォローを入れながらサラダを取り分ける。
「そうよ。これでまた支持率アップね。……乾杯!」
サラがグラスを掲げ、全員が笑い合う。
普段は命がけで仕事をしているが、夜になればこうして食卓を囲み、くだらないことで笑い合える。
それは、音無がかつて夢見ていた「平和」そのものだった。
■翌朝・リビング
プルルルル……。
オフィスの電話が鳴る。白川真純が受話器を取った。
「はい、覚醒者特別犯罪対策局です。……あ、お疲れ様です、課長」
相手は、かつての所轄署の上司だった。白川の声色が、少しだけ「愛想笑いモード」になる。
「ええ、ええ……。はい。……指導、ですか?」
白川はメモを取りながら、チラリと東義昭の方を見た。東はコーヒーを飲みながら新聞を読んでいる。
「……少々お待ちください。局長代理に確認します」
白川は保留ボタンを押し、東に歩み寄った。
「東先生。警察からの依頼です。
今月か来月、どこか空いている日程で、現場の警察官向けに『対・覚醒者』の対策講習をして欲しいそうです」
「ふむ。……警察学校のカリキュラムに組み込む布石か」
東は新聞を畳み、頷いた。
「いいだろう。警察との連携強化は必須だ。恩を売っておけ」
「分かりました。人選はどうしますか?」
東は少し考え、指名した。
「そうだな……。
隠密と奇襲のスペシャリスト、音無。
対人戦闘と戦術のプロ、アレックス。
警察の法規を知るリエゾン、白川。
そして……救急処置と人体の構造を知る、田治見。
この四名で行け」
その瞬間、ソファで二日酔いの頭を抱えていた田治見が飛び起きた。
「えぇぇぇ!? アタシも行くの!?
嫌だよめんどくせぇ! なんでアタシがポリ公共に授業なんか……」
「今回だけ、特別報酬を出すぞ?」
東が懐から封筒をチラつかせた瞬間、田治見の姿勢が直立不動になった。
「やります!!」
「……現金な奴だ」
東は呆れながら封筒を投げ渡した。
「未来の警官たちに、人体の脆さを教えてやってこい」
「へいへい! 任せときな!」
白川は苦笑しながら保留を解除した。
「お待たせしました。了承いたしました。
当日は、私を含む専門官四名が向かいますので、よろしくお願いいたします」
ガチャリ。電話を切る。
窓の外では、最新の防衛設備が朝日に輝いている。
資金は潤沢、装備は万全。そして何より、チームの結束は固い。
かつての「逃亡者」と「不審者」たちは今、この国の治安を背負う「公務員」として、少しだけ騒がしく、けれど平穏な日常を楽しんでいた。




