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巡り巡る 〜漢字の意味が世界を変える世界〜  作者: 暇な鍼灸師


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第22章 透明な死神と絶対零度の殺人鬼



■洋館・一階ホール(バリケード裏)



「……敵車両、正門を突破! 速度80キロ! ノーブレーキで来るわよ!」


サラ・コッホがタブレットのセンサー画面を睨みながら叫ぶ。


窓の外、森の木々を薙ぎ倒しながら、黒いSUVが猛スピードで突っ込んできた。


「Welcome to hell(地獄へようこそ).」


アレックス・ターナーが冷徹に呟き、起爆スイッチを押し込んだ。


ドォォォォォォン!!


門扉の下に仕掛けられていたC4爆薬が炸裂する。


SUVは真下からの爆風で宙に舞い上がり、横転しながら激しく炎上した。


「よしっ! やったぜ!」


谷雄一が拳を握りしめ、身を乗り出した。


「あんな直撃だ、流石に生きてちゃいねぇだろ! 呆気なかったな!」


「——待て、谷!」


アレックスが鋭く制止し、スナイパーライフルを構え直した。


「まだだ。敵の死体を確認するまで油断するな。……奴らは普通じゃない」


「なっ……?」


谷が再び視線を戻すと、信じられない光景が目に飛び込んできた。


燃え盛る鉄屑と化したはずの車体が、まるで生き物のように蠢き、内側から膨れ上がっている。


ギチチチチ……ガシャァン!!


炎上する金属フレームがねじ曲がり、瞬時に変形していく。


それは、巨大な**「金属のドーム」**となり、爆風と炎を完全に遮断していた。


「ククク……ハハハハハ!やはりここにいたか!」


ドームの隙間から、狂気じみた笑い声が聞こえる。

金剛寺武だ。


彼は金属操作能力で車そのものを盾に変え、中にいる熊井、氷川、そして怯える金子を無傷で守りきっていた。


「甘い! 甘いぞ東ぃ!」


金剛寺が腕を振るうと、盾となっていた燃える鉄塊が、数百の鋭利な**「炎の槍」**へと形を変えた。


「なっ……!?」

「全員、伏せろぉぉぉ!!」


サラの絶叫と同時に、金剛寺の攻撃が放たれた。


ドガガガガガガガッ!!


燃え盛る鉄の雨が、洋館に降り注ぐ。


窓ガラスが粉砕され、分厚い壁が紙のように貫かれる。


「うわぁっ!?」

「キャアアッ!」


窓際のバリケードに隠れていたサラとアレックスの頭上にも、鉄骨の槍が迫る。


回避が間に合わない——そう思った瞬間。


シュンッ!


空間が歪み、二人の身体が浮遊感に包まれた。


次の瞬間、二人は洋館の裏手側、安全な廊下へと転がっていた。


「……ぐっ。間に合った……!」


髙橋俊明が、膝をつきながら荒い息を吐く。間一髪で二人を回収し、転移させたのだ。


「Nice job, Takahashi!(いい仕事だ!)」


アレックスが即座に体勢を立て直す。


「いい判断だ。あんたがいなきゃ串刺しだった!」


だが、攻撃は止まらない。


金剛寺の鉄の雨に続き、今度は砕けた壁の隙間から、白い冷気が侵入してきた。


パキィィィィン……!


壁、床、そして舞う埃までもが凍りついていく。


「……この、氷……」


ホールの奥で守られていた幸田美咲が、その白さを見て目を見開いた。


両親を貫いた、あの氷。


「いや……いやぁぁぁぁぁぁっ!!」


美咲が頭を抱えて悲鳴を上げる。


「来ないで! お父さん! お母さん!」


「幸田さん! 落ち着いて!」


白川真純が必死に抱きしめ、視界を遮る。


(まずい……パニック発作だわ。このままじゃ……)


白川は冷静に周囲を見回した。


(前からは鉄と氷の嵐。後ろは壁。……逃げる場所は?)


その時、音無賢人が飛び出した。


彼は飛来する槍の雨を紙一重でかわし、前線にいる鈴木浩三の元へと滑り込む。


「鈴木さん!!」


「おぅ音無! なんだ、危ねぇぞ!」


鈴木は瓦礫を盾にしながら叫ぶ。


賢人は鈴木の耳元で怒鳴った。


「俺の『音』の能力で、鈴木さんの『鈴』の音を増幅します!」


「あぁ!?」


「指向性を持たせて、あいつらに直接ぶつける! ……思いっきり鳴らしてください!」


「……なるほどな! 合体技ってか!」


鈴木はニカっと笑い、腰の鈴をむんずと掴んだ。


「やってやるぜぇ! 耳の穴かっぽじって聴きやがれ!」


チリリリリリリ…………!!!!


鈴木が鈴を振るう。


同時に、賢人が能力を発動させる。


(——『音』! 増幅! 指向性集中!)


本来なら周囲に拡散するだけの鈴の音が、賢人の能力によって束ねられ、見えない砲弾となって金剛寺たちを直撃した。


キィィィィィン!!


「ぐあぁっ!?」

「な、なんだこの音は!?」


外にいる金剛寺たちが耳を押さえる。


その瞬間、空中に浮いていた炎の槍が力を失ってバラバラと落下し、侵食していた氷の壁が水へと戻っていった。


「能力が消えた……! 今だ!」


賢人が叫ぶ。


だが、敵もさるものだった。


「チッ、あの鈴か!」


瓦礫の山を突き破り、黒い巨体が突っ込んできた。

熊井猛だ。


彼は指向性を持たせた鈴の範囲から飛び出して建物の中に入り、丸太のような腕と人間離れしたフィジカルと『熊』の能力でバリケードを破壊しにきたのだ。


「物理で来るか……!」


アレックスがライフルを構える。


サラもサブマシンガンを手に取り、立ち上がった。


「アレックス、行くわよ! 近接戦闘(CQC)で抑える!」


「了解!」


サラは走り出しながら、無線機に向かって鋭く叫んだ。


「——白川!!」


「は、はいっ!」


奥で美咲を抱えていた白川が顔を上げる。


「私とアレックスは前線に出る! 熊井を止めるわ!

ここからの現場指揮権は、あなたに一任する!」


「えっ……!?」


白川はキョトンとして目を丸くした。


「わ、私にですか!? 谷さんじゃなくて!?」


「谷は視野が狭いのよ!

あなたは全体が見えている! 逃げ道、美咲ちゃんのケア、東への報告……全部あなたが判断しなさい!」


サラは振り返らず、背中で語った。


「あなたの『正義』を信じてるわ! ……頼んだわよ、司令官!」


その言葉に、白川の迷いが消えた。


震えが止まり、刑事の顔になる。


「……分かりました!」


白川は力強く応え、即座に指示を飛ばし始めた。


「谷さん! 鈴木さんのサポートへ! 髙橋さんは美咲さんを連れて二階へ退避! 」


「了解!」


サラはその凛とした声を聞き、口元を緩めた。


「……Good girl.」


サラとアレックスは、瓦礫を飛び越え、暴走する熊井の懐へと飛び込んでいった。



■洋館・ロビー(激戦区)



チリリリリリリリ…………


鈴木浩三が打ち鳴らす鈴の音が、金剛寺と氷川を支配していた。


その清冽な音色は、物理法則を歪める「異能」を強制的に霧散させる浄化の波紋だ。この音がある限り、覚醒者はただの無力な人間へと引きずり下ろされる——それが、対策局の必勝の方程式だった。


だが、金剛寺武は燃え残る車の陰で、その法則の「穴」を冷静に見切っていた。


「……なるほど。音による干渉波か。厄介な能力だ」


金剛寺は、隣で氷を出せずに悔しそうに舌打ちしている氷川智宏の肩を、万力のような力で掴んだ。


「痛ぇな、なんです先生? 俺はもう、ただの冷え性な一般人ですよ」


「黙っていろ。……『理』を書き換える。俺の『寺』と『剛』は物理型だ」


彼が発動させたのは、二つの漢字の複合術式だ。


「——我は『寺』なり。外敵を拒む聖域なり」


まず『寺(聖域)』の概念。金剛寺自身の肉体を「神聖な領域」と定義し、外部からの干渉(鈴木の鈴の音)を拒絶する。


そして、その拒絶の加護を維持したまま、もう片方の手で『寺』と『剛』の力を、接触している氷川へと流し込んだ。


ドクンッ!!


「……っ!?」


氷川がカッと目を見開く。


鈴木の鈴によって封じられていたはずの「回路」が、金剛寺の力によって無理やりこじ開けられる。


身体の奥底から、消えたはずの冷気が泥のように重く、しかし確実に這い上がってくる感覚。


「お、おい……嘘だろ? 能力が、使える……?」


「静かにしろ!」


歓喜の声を上げようとした氷川の口を、金剛寺が塞ぐ。


「『寺』で干渉を中和し、『剛』でお前の肉体強度と能力出力を底上げした。だが、完全ではない。細い糸を通すような作業だ」


金剛寺は戦況を睨みながら囁いた。


「いいか、まだ氷を出すな。奴らに『お前は無力化されている』と錯覚させておけ。……決定的な隙を突くんだ」


「……へぇ、悪知恵が働きますねぇ」


氷川は気味悪く口元を歪め、ニチャリと笑った。掌の中で、微細な氷の結晶が生まれては消える。


「りょーかい。……最高のタイミングで、絶望をぶっ刺してやりますよ」



◾️ロビー中央



サラ・コッホとアレックス・ターナーは、突っ込んできた怪物——熊井猛に対し、十字砲火を浴びせていた。


ダダダダダダダッ!!


「Die! You monster!(死ね! 化け物!)」


サラのH&K MP5サブマシンガンが火を噴き、9mmパラベラム弾の雨が熊井の巨体に吸い込まれる。


着弾の衝撃で皮膚が波打ち、血飛沫が上がる。だが——熊井は止まらない。


「ぐっ、うぅぅぅ!!」


「嘘でしょ!? 筋肉で弾丸を噛み殺してる!?」


元々の人間離れしたフィジカルと「熊」の能力で熊井は戦車と同義だ。


「オラァァァ!! 痛くも痒くもねぇぞぉぉ!!」


熊井は顔面を極太の腕でガードしながら、血まみれのまま突進してくる。


アレックスがアサルトライフルで膝を狙うが、丸太のような脚はびくともしない。


「クソッ、距離を詰められる!」


「下がりなさいアレックス!」


サラは舌打ちし、あえて熊井の懐に飛び込んだ。


熊井が腕を振り上げた一瞬の隙、その脇の下を滑り抜け、ゼロ距離でこめかみに銃口を押し当てる。


「なら、ここはどうかしら!」


バババッ!!


轟音。至近距離でのフルオート射撃。


「ぐがぁぁぁ!!」


流石の熊井も頭部への衝撃には耐えきれず、白目を剥いてバランスを崩し、派手に転倒した。


「やったか!?」


「……いや、まだだ! 離れろサラ! そいつは異常だ!」


アレックスの叫びは正しかった。


倒れたはずの熊井が、即座に手をつき、獣のような低唸りと共に起き上がったのだ。


こめかみから血を流しながら、その目は怒りで真っ赤に充血している。


「痛ぇじゃねぇか……このアマァァ!!」


熊井がバネのように跳ね起き、サラへタックルを仕掛けようとした——その瞬間。


ザシュッ!!


「あぐっ!?」


サラの右足、ふくらはぎを貫くような激痛が走った。


銃撃による痛みではない。もっと冷たく、鋭利な異物の感触。


彼女が体勢を崩して膝をつく。見ると、そこには床から突き出した**「氷の刃」**が、彼女の足を縫い止めていた。


「Ice(氷)……!? Whyなぜ!?」


サラは激痛に顔を歪めながら、周囲を見渡す。


「鈴は鳴っているはずよ!? なぜ氷川は能力が使えるの!?」



◾️車の陰



氷川は指先から冷気を漂わせながら、額に脂汗を浮かべていた。


「あぁ〜あ……。やっぱり鈴が鳴ってると、すげぇ使いにくいなぁ。泥の中で動いてるみたいに重いっすよ」


本来なら一瞬で生成できる氷が、鈴木の妨害によって構成に時間がかかる。


だが、金剛寺のサポートがあれば、不意打ちの一撃くらいは可能だ。


「文句を言うな」


金剛寺が冷徹に命じる。


「ほら、次の刃を作れ。あの女狐の足を縫い止めろ。動けなくしてからなぶり殺しだ」


「へいへい……」



◾️ロビー中央



サラが体勢を崩した隙を見逃さず、熊井のタックルが、彼女を庇おうとしたアレックスを捉えた。


「ぐはぁっ!!」


アレックスの身体がボールのように宙を舞い、ロビーの柱に叩きつけられる。


すぐさま熊井が馬乗りになり、丸太のような拳を振り上げた。


「潰れろぉぉぉ!!」


ドゴォッ!!


「ぐっ、うぅ……!」


アレックスは腕をクロスさせてガードするが、そのガードごと粉砕されそうな衝撃が走る。


骨が軋み、視界が明滅する。『熊』の能力で強化された熊井の剛腕による純粋な暴力。


「アレックス!!」


サラは足を引きずりながら駆け寄った。


痛む足で踏ん張り、熊井の背後からこめかみに再び銃口を突きつける。


「離れなさい! デカブツ!」


バババババッ!!


「ぐおぉぉ!?」


再びの至近弾に、熊井がたまらずアレックスから転がり落ちる。


サラはアレックスの襟首を掴んで引き起こした。


「アレックス! 無事!?」


「ハァ、ハァ……ああ、あばらが数本逝ったがな……。生きてる」


サラは車の陰——氷川と金剛寺がいる方向——を睨みつけた。


そこから漂う、微かな冷気と殺意。


「……氷が飛んできた。あっちに何か、鈴を無効化する『カラクリ』があるわ。……それを潰さないと、ジリ貧よ」


サラは瞬時に判断を下した。


このままここで二人で戦っても、遠距離からの氷の狙撃と、目の前の熊井の暴力に挟まれて全滅する。


誰かが、あの「カラクリ(金剛寺)」を止めに行かなければならない。


「アレックス、私は一時離れるわ! 鈴木のところへ行って、この状況を伝える! 彼の『鈴』だけじゃ足りない……音無のサポートが必要よ!」


「……一人で行くのか? 足をやってるんだぞ」


「平気よ。……この場は任せたわよ、相棒!」


サラは足を引きずりながら、鈴木と音無がいる後方へと足を引き摺りながら歩き出した。


熊井がふらつきながら立ち上がり、サラを追おうとする。


「逃がすかよ……!」


その前に、アレックスが立ちはだかった。


彼は弾切れのライフルを捨て、腰のコンバットナイフを抜いて逆手に構えた。


「Hey, big guy(おい、デカブツ)」


アレックスは口元の血を拭い、挑発的な笑みを浮かべた。


スパイとしての冷静な仮面を捨て、一人の戦士としての闘志を剥き出しにする。


「よそ見すんなよ。……ここからは、俺とあんた、二人っきりだ」


「……上等だ。小賢しい鉄砲がねぇなら、まずはテメェから挽肉にしてやる!」


熊井の咆哮と共に、再び肉弾戦が始まった。


サラはその音を背に受けながら、一刻も早くこの異常事態を解決すべく、鈴木の元へと急いだ。



■洋館・二階廊下(臨時指揮所)



東義昭は官邸や公安への根回し、そして米軍への牽制のため、怒鳴るように電話を続けている。



《内閣官房長官・直通ホットライン》



「……私だ。官房長官、聞こえているか」


東の声は、砲弾よりも重く響いた。


『東君! 一体どうなっている! 米軍から「テロリスト鎮圧のため部隊を降下させる」と通告が来ているぞ! 自衛隊の治安出動を検討すべきか!?』


「動くな。自衛隊も機動隊も、一兵たりともここへ寄越すな」


東は窓の外、接近する米軍ヘリの影を睨みつけた。


「いいか長官。これは『テロ』ではない。**『国内の政治的内紛』**だ。金剛寺一派の暴走を、私の私兵が鎮圧しているに過ぎん。

ここで国が動けば、事態は『日米の軍事衝突』あるいは『内戦』と認定される。……株価は大暴落し、内閣は総辞職だぞ?」


『ぐっ……! だが、米軍が強行突入したら……!』


「その時は、私が奴らの**『致命的なスキャンダル』を世界にばら撒く。刺し違えてでも米軍の足は止める。

だから官邸は黙って見ていろ。……『遺憾の意』と『状況確認中』だけを繰り返せ**。時間稼ぎがアンタの仕事だ」


東は一方的に電話を切った。


(これで官邸の腰は引けた。次は現場だ)



《警察庁・警備局長》



即座に別の端末を耳に当てる。


「警備局長。東だ。……ああ、状況は把握しているな?」


『東先生! 管轄の県警本部長がパニックを起こしています! SAT(特殊急襲部隊)の投入許可を……!』


「許可するな。現場半径5キロを封鎖し、一般市民とマスコミをシャットアウトしろ。それだけでいい」


『し、しかし! 電話口の向こうでは銃声や爆発音が……』


「局長。……君は来年の人事異動で、警視総監の椅子を狙っていたな?」


東の声色が、甘く、そして冷酷に変わる。


『……は?』


「今、現場で戦っているのは、私が新設を提唱している**『覚醒者特別犯罪対策局』**の試験部隊だ。

もし君が余計な手出しをして、彼らの『初陣』を邪魔すれば……この新組織構想は頓挫する。

そうなれば、警察組織が手にするはずだった『新たな予算』と『権限』、そして君の手柄も全て消えるぞ?」


『……ッ!』


「賢明な判断を期待する。……現場の警察官には『待機命令』だ。中から誰が出てこようと、私の許可があるまで手出しさせるな」


東はまたもや電話を一方的に切った。



《東都日報・社会部編集長》



東は最後に、メディアへのくさびを打ち込んだ。


「……編集長か。ネタを提供してやる」


『東先生! 今、米軍が動いているという情報が……!』


「ああ。だが、記事の角度を変えろ。

見出しは**『元与党大物議員・金剛寺武、覚醒者テロを主導か』**だ」


『なっ……!? こ、金剛寺先生が!? 裏取りは!?』


「私が証人だ。数分後、決定的な証拠写真と、金剛寺一派が警察署を破壊した際の内部映像を送信する。

……米軍は『テロリストの排除』に来たのではない。『口封じ』に来たのだと匂わせろ」


『……とんでもないスクープになりますよ!?』


「構わん。輪転機を止めろ。号外の準備だ。

……世論を味方につけるぞ。国民の敵は金剛寺、そして守護者は我々だ」


東は続けて関係各所からの電話に応えて更に根回しで各所に電話をかけている。



■洋館・二階食堂



「……くっ、敵の狙いは? 次の一手は……!」


白川真純は、壁に貼った洋館の見取り図を睨みつけながら、脂汗を流していた。


思考が空回りする。階下から響く爆音が、冷静さを削り取っていく。


今の現場指揮官は自分しかいない。だが、戦況は刻一刻と崩壊している。


「白川!」


その時、谷雄一が階段を転がるように駆け上がってきた。その顔は蒼白だ。


「おい! 状況が変わった! 氷川の野郎、氷を生成して飛ばしてきやがったぞ!」


「……は?」


白川の手が止まる。思考がその報告を拒絶する。


「氷? ……まさか、そんなはずはありません。鈴木さんが鈴を鳴らしているんですよ? 氷川の能力は無効化されているはず……」


「見間違いじゃねぇ! 現にロビーは凍りつき始めてる! アレックスも防戦一方だ!」


「で、でも理論上は……」


白川の思考がフリーズする。


鈴が効かない? なぜ? 私の配置ミス? それとも敵の未知の能力? もしこれが誤報だったら?


判断の遅れ。指揮官にとっての数秒の迷いは、前線の死を意味する。


「——谷の言う通りよ!!」


悲鳴のような声と共に、サラ・コッホが廊下に崩れ落ちてきた。


「サラさん!?」


サラの右足、ふくらはぎには鋭利な氷の刃が深々と突き刺さり、鮮血が廊下を赤く染めていく。


彼女は苦悶の表情で、しかし確かな事実を突きつけた。


「はぁ、はぁ……! 見ての通りよ。奴ら、何らかの方法で『鈴』の干渉を中和し、能力を行使してる!」


「そ、そんな……」


白川の顔から血の気が引く。


(私の読みが甘かった。谷さんの報告を即座に信じていれば……! この私の躊躇のせいで、前線が崩壊したら……!)


パニックになりかけた白川の頬を、サラが両手でパン! と挟んだ。


「白川! しっかりしなさい! 現状報告!!」


「っ! ……は、はい! 現在、熊井がロビー中央でアレックスと交戦中! 氷川と金剛寺は車の陰! 音無君と鈴木さんは屋上で鈴を鳴らし続けています!」


「OK。了解」


サラは痛む足を引きずりながら壁に寄りかかり、鋭い瞳で宣言した。


「今度は私が指揮を執るわ! 聞いて!」


サラの口から、矢継ぎ早に、しかし的確な指示が飛ぶ。


「谷! あなたは伝令役! 音無と鈴木の所へ走って!

鈴木に『一時的に鈴を鳴らすのを止めろ』と伝えて!」


「はぁ!? 止めたら余計に氷漬けに……」


「いいから言う通りにして! 敵は『鈴への対抗策』にリソースを割いてるはず。急に音を止めれば、奴らのガードのタイミングがズレる!

その後、音無と鈴木をアレックスの元へ向かわせて救出もしくは熊井と氷川の無力化を指示!そしてあなたの『耳』で金剛寺の動きの観測と……米軍ヘリの位置を正確に把握して! 1秒単位のカウントダウンが必要よ! 急いで!」


「お、おう! 分かった!」


谷が脱兎のごとく屋上へ走り出す。


サラは無線機を掴んだ。


「髙橋さん! 聞こえる!? 作戦変更よ!

鈴木が鈴を止めた瞬間、金剛寺たちの真上に転移して!

持っていくのは『金属じゃない、よく燃える液体』……キッチンにある酒瓶でも油でもいい! なんでもいいからアイツの頭上にぶちまけなさい!」


『りょ、了解です! よく燃える液体…!』


指示が飛び、停滞していた空気が一気に動き出す。

その横で、白川は自分の不甲斐なさに唇を噛み締め、立ち尽くしていた。


「私……何も……」


「白川」


サラが優しく、しかし力強く声をかけた。


「あなたは幸田ちゃんのそばにいてあげて。彼女、両親の件がフラッシュバックしてパニックになってるはずよ」


「で、でも……私は……」


「指揮官失格とか考えてる暇があったら動きなさい。適材適所よ。

……お説教は、この騒ぎが落ち着いてからたっぷりしてあげるから」


サラはニカっと笑い、ウインクしてみせた。


その強さに、白川は涙をこらえて深く頷いた。


「……はい! お願いします!」



■洋館・ロビー



「ぐ、あぁ……ッ!」


アレックス・ターナーは、床に縫い付けられていた。


馬乗りになった熊井猛が、その丸太のような拳を無慈悲に振り下ろす。


熊井の能力はフルに解放されていた。


ドゴッ! ガッ!


「死ねぇ! テメェだけは生かしておかねぇぞ!」


「が、は……っ」


アレックスの意識が飛びかける。ガードした腕の骨は既に砕け、肋骨も何本か体の外へと飛び出している。


(……ここまで、か)


その時、熊井の背後に「空気」が揺らいだ。


(——『音』、停止。『無』、心停止)


音無賢人は、殺気を完全に消して熊井の背後に立ち、その分厚い背中越しに心臓へと干渉した。


「無」のエネルギーを、鼓動を打つ心臓へと直接流し込む。


ドクン。


熊井の心臓を、見えない手が握りつぶす。


「……あ、ガ……?」


熊井の拳が空中で止まった。


白目を剥き、口から泡を吹きながら、巨木が倒れるように横へと崩れ落ちる。


ズシン。


賢人は実体化し、血まみれのアレックスに駆け寄った。


「アレックスさん! アレックスさん!」


「……おと、なし……か……。……Good... job...」


かろうじて返事がある。生きている。だが、これ以上ここにいれば危険だ。


「運びます! 掴まってください!」


賢人は自分より二回りも大きなアレックスを背負い上げた。


昨日の特訓で習った「担ぎ方」だ。だが、重い。警察署で氷川にやられた賢人自身の足の怪我も痛み、膝が折れそうになる。


(重い……! でも、やるしかないんだ! 今、自分にできることを!)


「ぐぅぅッ……!」


賢人が一歩を踏み出した瞬間、横合いから殺意の籠もった冷気が襲いかかった。


「おっと。逃がさねぇよ?」


建物の柱の影から氷川が指を向けていた。


鋭利な氷の槍が生成され、無防備な賢人の横っ腹へと狙いを定める。


(しまった……!)


回避できない。アレックスを背負ったままでは、動けない。


ヒュオッ!


氷の槍が射出される。


チリリリリリリリ…………!!


突如、澄んだ音が戦場に割り込んだ。


賢人の目の前、わずか数センチまで迫っていた氷の槍が、瞬時にただの水となってバシャリと床に落ちた。


「おぅ! 間に合ったか!」


「鈴木さん!」


横から鈴木浩三が飛び出し、賢人の背中からひょいとアレックスを奪い取った。


「貸せ! 俺が運んだほうが早ぇ!」


「あ……」


鈴木は瀕死のアレックスを、まるで小枝のように軽々と抱え上げると、賢人の肩をバシッと叩いた。


「音無! 俺はこいつを安全な所へ運んだら、すぐ戻ってくる!

それまで……死なずに生き延びろ! いいな!」


鈴木の瞳が、力強く賢人を鼓舞する。


「……はい!」


鈴木は猛スピードで瓦礫の山を駆け上がり、サラのいる後方へと走っていった。


ロビーに取り残されたのは、音無賢人ただ一人。


そして、その前方には、ニヤニヤと笑う氷川智宏。


「……へぇ。お仲間は逃げちゃったねぇ音無君」


氷川が、極寒の冷気を纏う。


その周囲の空間が凍りつき、絶対零度の殺意が賢人へと向けられる。


賢人はフードを被り直し、深く息を吸った。


以前氷川の氷で負傷した足の傷が痛む。恐怖で指先が震える。


だが、もう迷いはない。


(……一対一だ)


逃げ場はない。助けもすぐには来ない。


自分が囮になり、時間を稼ぐ。そしてあわよくば、この手で——。


「……リベンジだ、氷川」


賢人は氷川の目の前で姿を消した。


不可視の死神と、絶対零度の殺人鬼。


因縁の対決が、再び幕を開ける。

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