第20章 封印された願いと箱の中の黒い罠
■洋館 食堂
「ぷはぁ! 労働の後のビールは格別だなぁ!」
鈴木浩三が空になった缶を置き、満足げに腹をさすった。
「幸田ちゃん、この煮物最高だ。俺らじゃこんな繊細な味付けはできねぇよ」
「ふふ、ありがとうございます。お代わりありますよ?」
幸田美咲が微笑むと、サラ・コッホが身を乗り出した。
「Me too! アレックス、あなたももっと食べなさいよ。この卵焼きは絶品よ?」
「……遠慮しておく。俺は腹八分目がベストパフォーマンスだ」
アレックスはブラックコーヒーを啜りながら、騒がしい仲間たちを静かに見守っていた。
「それにしても……不思議な縁ですね」
髙橋俊明がお茶を飲みながら眼鏡を拭いた。
「刑事さんにスパイに猟師に……普通なら一生交わらない人たちが、こうして一つのテーブルを囲んでる」
「違げぇねぇ。……ま、悪くねぇな」
鈴木がニカっと笑う。
宴もたけなわ。時計の針が深夜を回ろうとした頃、サラが大きく伸びをした。
「ん〜っ! ……さて、お開きにしましょ」
サラは立ち上がり、アレックスの肩に手を置いた。
「悪いけどアレックス、私はもう限界よ。三日分の睡眠負債を返済してくるわ。……今夜はよろしくね?」
「ああ。泥のように眠れ。朝まで絶対に起こさん」
「Thanks. ……Good night, everyone.(おやすみ、みんな)」
サラが手を振って自室へ消えると、谷雄一も重い腰を上げた。
「俺もだ……。昨晩から寝ずに出動したし、サラ先生のスパルタ指導で足が棒だわ」
「谷さん、お疲れ様です。ゆっくり休んでください」
白川真純が労うと、谷はよろめきながら、しかし少し充実した顔で去っていった。
残されたのは、今夜の警備担当であるアレックスと白川だ。
アレックスは懐中電灯を手に取り、白川に向き直った。
「よし、白川。行くぞ」
「はい!」
二人は静まり返った廊下へ出る。
アレックスは窓の外、暗闇に包まれた庭を指差した。
「いいか白川。東が手配した最新のセンサー類は、まだ届いていない。今夜頼れるのは、俺たちの目と耳、そして『知恵』だけだ」
「はい。……具体的には、どうすれば?」
「アナログな罠を張る」
アレックスはポケットから、細い釣り糸と空き缶を取り出した。
「侵入経路になりそうな裏庭の茂みや、死角となる窓の下にこれを張る。枯れ枝をわざと踏みやすい位置に置くのも有効だ」
「なるほど……音で感知するんですね」
「そうだ。それと巡回の極意だが……」
アレックスは足音を忍ばせて歩き出した。
「『光』に頼るな。懐中電灯を点けっぱなしにすれば、敵に自分の位置を教えるようなものだ。闇に目を慣らせ。そして、風の音、虫の声……『いつもと違う音』を探せ」
「……はい! 肝に銘じます」
白川は真剣な顔で手帳にペンを走らせながら、熟練の兵士の背中を追っていった。
「我々も、そろそろ帰るか」
東義昭が時計を見て立ち上がった。
「長居は無用だ。……髙橋君、頼む」
「はい。鈴木さんも、送りますよ」
「おう。じゃあな若いの。また明日」
シュンッ!
空間が歪み、通勤組の三人が転移で消え失せた。
■深夜 リビング
広いリビングには、音無賢人と幸田美咲の二人だけが残された。
祭りの後のような静けさが、心地よく漂っている。
「……行っちゃいましたね」
「ああ。……本当に、長い一日だった」
賢人がふと息を吐くと、美咲が優しく微笑みかけた。
「音無さん、何か飲みますか? 皆さん帰られましたし、少し休憩しましょう」
「あ、じゃあ……コーヒーを貰おうかな。眠気覚ましに」
「はい! 喜んで」
美咲がパタパタとキッチンへ消えていく。
賢人はソファに座り直し、ポケットからノートを取り出した。
アレックスとの特訓で書き留めた「戦術メモ」と、サラから教わった「組織論」の走り書きだ。
(……クリアリングの手順、死角の潰し方……。あと、アレックスさんに教える教材を作んなくちゃ…この漢字の読み方は……)
賢人は真剣な眼差しで、今日の学びを反芻した。
自分が強くなれば、それだけ彼女を守れる確率が上がる。知識を詰め込み、体に染み込ませる。
「……お待たせしました」
湯気の立つマグカップを持って、美咲が戻ってきた。
彼女は賢人の邪魔にならないよう、向かいのソファにそっと座った。
「ありがとう」
賢人は一口啜り、再びノートに視線を落とす。
カリカリというペンの音だけが、静かなリビングに響く。
美咲は、そんな賢人の真剣な横顔を、静かに見つめていた。
(……すごいな。あんなに怖い目に遭ったのに、もう前を向いてる)
しばらくして、賢人はふと顔を上げた。
美咲の視線とぶつかる。
「……あ、ごめん。集中してた」
「いえ、凄いです。……音無さんは、本当に真面目なんですね」
賢人は少し照れくさそうに頬をかいたが、ふと、ずっと胸につかえていた疑問を口にした。
「……あのさ、幸田さん」
「はい?」
「辛かったら答えなくていいんだけど……。幸田さんって、『覚醒者』なんだよ…ね? 」
美咲の表情が、一瞬で曇った。
彼女はカップを両手で包み込み、温もりを確かめるように指を動かした。
そして、苦笑いを浮かべて首を横に振った。
「……うん。覚醒者だった、が正しいかも」
「だった?」
「高校の時……私の望んだことが、何でも叶っちゃうようになったの。
テストでいい点を取りたいと思えば、ヤマが当たる。遅刻しそうになったら、電車が遅れて間に合う。……最初は『ラッキー』だと思ってた」
「……『幸せ』の能力か」
「うん。でも……それが周りにバレて、気味悪がられちゃって。『あいつのせいで割を食ってる』とか、『魔女だ』ってイジメられて……結局、不登校になっちゃった」
「そうか……」
賢人は静かに相槌を打つ。理不尽な差別。自分たち覚醒者が直面する現実だ。
美咲は悲しげに目を伏せた。
「だから私、家に引きこもってる時に強く思ったの。
**『こんな能力、なければいいのに!』**って」
「……え?」
「そうしたらね……。それから、全く能力が使えなくなったんだ。
いくら願っても、何も起きない。ラッキーなことなんて、一つも起きなくなったの」
美咲は自嘲気味に笑った。
「皮肉だよね。……『能力を消したい』っていう願いが、最後に叶っちゃったみたい」
賢人は目を見開いた。
その話が意味することに気づき、背筋が寒くなった。
「待ってくれ。……つまり幸田さんは……自分で幸運という概念を操る**『思考型』**の覚醒者だったってことか!?」
「……うん。多分、そうだと思う」
音無は自分の顔から血の気が引くのを感じた。
彼女は「運が良い」のではない。「現実を自分の願い通りに書き換える」というとんでもない力を持っていた。そして、その力を使って無意識のうちに「自分の能力を封印」している。
「だから……自分の能力を自分で無くしちゃったから、今は私が覚醒者かどうかも分からないんだよね」
美咲は震える声で続けた。
「でも……私の能力を過去に知っている人がいたら……。それがもし、消えたんじゃなくて『隠れているだけ』だとしたら……悪いこと、考えちゃうのかもね…」
自分にはもう価値がないかもしれない。
なのに、過去の噂だけで狙われ、自分の不用心な発言で両親まで巻き込んでしまった。
その事実は、彼女にとってあまりにも重い十字架だった。
賢人はノートを閉じ、身を乗り出した。
「……関係ない」
「え?」
「能力があろうがなかろうが、君は君だ」
賢人は真っ直ぐに美咲を見据えた。
「君が狙われる理由が何であれ……俺が守ることに変わりはない。だから、安心しな。大丈夫だ」
その言葉に、美咲の瞳が潤んだ。
特別な力なんていらない。ただ、こうして「大丈夫だ」と言ってくれる人がいれば、それだけでいい。
「……はい」
美咲は涙をこらえて、ふわりと笑った。
「ありがとう、音無さん。……私、今お風呂沸かしてきますね。一番風呂、入ってください」
「あ、ああ。ありがとう」
美咲がパタパタと廊下へ出ていく。
その背中を見送りながら、賢人はソファに深く沈み込んだ。
(……思考型の現実改変能力、か)
もし彼女がその気になれば、世界をご都合主義に書き換えることすら可能かもしれない。
氷川が血眼になって探すわけだ。そしてもし、彼女が再び「能力が欲しい」と願ってしまったら?
(……とんでもない爆弾だ。だが、彼女自身はその引き金を引くのを恐れている)
賢人はアレックスとの特訓ノートを強く握りしめた。
(だからこそ、俺が守らなくちゃいけない)
彼女が望まない力を使わずに済むように。
普通の女の子として、ただオムライスを食べて笑っていられるように。
「……勉強だ」
賢人は再びノートを開いた。
眠気は吹き飛んでいた。守るべきものの重さが、彼を強くしていた。
■翌朝 洋館キッチン
爽やかな朝の光が差し込むキッチンで、幸田美咲は鼻歌交じりに朝食の準備を進めていた。
ふと、窓の外に目をやると、庭を歩く二人の人影が見えた。
アレックス・ターナーと、白川真純だ。
「……11時の方向、茂みに違和感あり。どう動く?」
「姿勢を低くし、死角を利用して接近。風下から確認します」
「Good. 正解だ」
アレックスの厳しい指導に対し、白川はメモを取りながら、機敏な動作でついていっている。
昨日の谷とは違い、足取りもしっかりしている。
「素晴らしいな、白川。飲み込みが早い」
「いえ……アレックスさんの教え方が上手いんです。要点がまとまっていて分かりやすいので」
「謙遜するな。君には才能がある」
(……すごい。白川さん、本当にかっこいいなぁ)
美咲は憧れの眼差しを向けながら、味噌汁の火を止めた。
■エントランスホール
シュンッ!
空間が揺らぎ、東義昭、髙橋俊明、鈴木浩三の三人が出勤してきた。
「よっと……! あー、くたびれた」
鈴木は肩に担いだ大きな麻袋(私物と着替え)を、食堂脇のスペースにドサリと置いた。
「朝から大荷物は堪えるぜ」
一方、東は到着するなり無言で食堂の椅子に腰掛け、ノートPCと書類を広げ始めた。
「……髙橋君、残りの機材も頼むぞ」
「はいはい、分かってますよ」
東は早くも仕事モードだ。
髙橋は再び姿を消し、数秒後に巨大な段ボール箱を抱えて戻ってきた。
シュンッ! ドサッ。
シュンッ! ドサッ。
「ふぅ……。これで全部ですかね」
髙橋が額の汗を拭う。
「悪かったな、髙橋君」
東がキーボードを叩きながら言った。
「ここの住所を配送業者に知られるわけにはいかん。一度私の事務所に届けさせ、そこから君の転移で運ぶ……。面倒だが、拠点の位置を隠すための絶対条件だ」
「ええ、理解してます。……セキュリティは万全にしないと」
そこへ、美咲がトレイを持ってやってきた。
「東さん、おはようございます。コーヒーです」
「ああ、すまないね」
同時に、庭からアレックスと白川が戻ってくる。
「ただいま戻りました」
「……ふぅ、いい運動になった」
白川は額にうっすらと汗をかき、少し疲れた様子で椅子に座った。
それを見た鈴木がニカっと笑う。
「おっ、白川さん。谷さんと違って体力あるねぇ! 全然へばってねぇじゃん」
「ふふ、ありがとうございます。……私は昨日、しっかり仮眠しましたから」
白川は涼しい顔で返した。
そこへ、二階から谷と音無賢人が、重い足取りで降りてきた。
二人とも目をこすり、寝癖がついている。
「……ふわぁ。なんか外が賑やかだな……」
「おはようございます……」
谷は、シャキッとしている白川を見て目を丸くした。
「……おい白川。なんでお前、そんなに元気なんだよ? 夜通し警備してたんじゃないのか?」
「ええ。でも、アレックスさんの的確な指示のおかげで、無駄な体力を使わずに済みましたから」
白川はニコリと笑い、谷にトドメを刺した。
「準備不足で挑むのと、万全で挑むのとの差ですね」
「ぐっ……! 言うようになったな……」
谷が悔しそうに唸る。
「Good morning, everyone!」
最後に、サラ・コッホがパジャマ姿のまま、あくびをしながら食堂に現れた。
「ん〜……よく寝たわ。……あら?」
サラの目が、部屋の隅に積み上げられた段ボールの山に釘付けになった。
「Wow! もしかして、やっと届いたの!?」
サラは眠気を吹き飛ばし、歓喜の声を上げて段ボールに駆け寄った。
「待ってました! 最新のセンサーに、指向性マイク、それに軍用サーバー! これでここを最強の要塞にできるわ!」
「おぉ、仕事が早いな」
アレックスも興味津々で近づき、カッターナイフを取り出した。
「早速、中身を確認するか」
「ええ! ……まずはメインサーバーからね!」
二人は子供がプレゼントを開けるような勢いで、段ボールの開封を始めた。
「あの、皆さん? 朝食の準備ができましたよー?」
美咲が声をかけるが、二人の耳には届いていないようだった。
バリッ、バリッ。
段ボールが開けられ、緩衝材が取り除かれる。
「……ん?」
突然、アレックスの手が止まった。
精密機器の隙間から、何かを取り出そうとして——その指先が凍りついたように静止した。
「……どうしたの、アレックス?」
サラが覗き込む。
一瞬にして、サラの瞳から「眠気」も「喜び」も消え失せた。
そこに宿ったのは、氷のようなプロフェッショナルの光。
「……アレックス。他にないか探して」
「了解」
二人の声色が、劇的に変わった。
アレックスは無言で、しかし凄まじい速さで他の段ボールを次々と開封していく。
「おいおい、なんだよ二人とも」
鈴木が箸を持ったまま声をかけた。
「せっかく飯ができたんだぞ? 早く食おうぜ……」
「——黙って」
サラが鋭く遮った。
そのあまりの剣幕に、鈴木も、そしてコーヒーを飲んでいた東も動きを止めた。
「……どうした?」
東が眼鏡を外し、鋭い眼光を向ける。
サラは、アレックスが取り出した「小さな黒いチップ」を指先で摘み上げ、全員に見えるように掲げた。
「……マズいことになったわ」
サラの声が、静まり返った食堂に重く響く。
「この段ボールの中に……**『発信機』**が仕込まれていたわ」
「なっ……!?」
髙橋が絶句した。
「発信機!? 馬鹿な、僕が事務所から直接転移させたんですよ!? 経路はバレていないはずじゃ……!」
「ええ。配送ルートじゃない」
アレックスが別の箱から、同じチップをもう一つ見つけ出し、テーブルに叩きつけた。
「これは……**『出荷元』**の段階で仕込まれていたんだ」
全員の背筋に、冷たい戦慄が走った。
東の事務所に届く前、いや、業者が荷造りをした段階で、既に罠が張られていたということだ。
「つまり……」
音無が震える声で呟いた。
「ここの場所は……もう、バレている?」
朝食の温かい湯気が、急速に冷めていくのを感じた。
最強の要塞は、完成する前に、その壁を破られていたのだ。
テーブルの上には、手つかずの温かい朝食。湯気だけが虚しく立ち昇っている。
サラ・コッホは、指先で摘んだ極小の黒いチップ(発信機)を天井のライトにかざし、目を細めた。
その瞳は、先ほどまでの陽気な「お姉さん」のものではなく、冷徹なプロのものだった。
「ええ。バレているわね。……でも、おかしいわ」
「何がだ?」
アレックス・ターナーがカッターナイフを構えたまま問う。
「このチップ、軍用じゃないわ。秋葉原のジャンク屋でも買えるような、安物の市販品よ。信号も暗号化されていない、ただの『垂れ流し』」
サラは鼻で笑い、チップをテーブルに弾いた。
「グレイなら、こんなお粗末な仕事はしない。もっと精巧で、発見不可能な軍事衛星リンクを使うはずよ。……つまり、これを仕込んだのはグレイじゃない」
「じゃあ誰が……。僕の転移ルート以外で、荷物に触れる機会があったのは……」
髙橋俊明が顔を青くする。
その時、リビングの大型テレビから、不穏な緊急速報のアラート音が鳴り響いた。
その不協和音が、全員の思考を強制的に中断させる。
『——番組の途中ですが、緊急ニュースをお伝えします』
画面が切り替わる。
映し出されたのは、都内の幹線道路だ。しかし、その光景は日本の四季を無視していた。
アスファルトが白く染まり、冷気が霧のように漂っている。そこは、真冬の戦場に変貌していた。
『たった今、都内を走行中の在日米軍の車両車列が、何者かの襲撃を受けました! 現場はパニック状態です! ご覧ください、車両が……凍りついています!』
横転した巨大なハマー(軍用車)が、分厚い氷の棘に覆われ、串刺しになっている。
駆けつけた米兵たちがライフルを構えているが、彼らの足元も一瞬にして凍りつき、悲鳴を上げている様子が空撮映像で流れる。
「……あの氷」
幸田美咲が口元を押さえてガタガタと震えだした。
「……間違いない。あの冷たさ……あの男……氷川だわ」
白川真純が咄嗟に美咲の肩を抱く。
「落ち着いて、幸田さん。今は画面を見ちゃダメ」
「バカな……」
谷雄一が絶句して画面を凝視した。
「米軍に喧嘩を売ったのか!? 日本国内で!? 国際問題になるぞ!」
東義昭は、無表情のままテレビ画面を見つめていた。その脳内では、断片的な情報——安物の発信機、米軍への襲撃、そして金剛寺の現状——が、高速で結合されていた。
そして、一つの結論を導き出した。
「……金剛寺だ。奴は、**『しらみつぶし』**に出たな」
「しらみつぶし?」
鈴木浩三が眉をひそめる。
「そうだ」
東はテーブルの発信機を指差した。
「奴はグレイに見限られ、米軍という最大の後ろ盾と情報網を失った。だが、音無君が『警察(あるいは公的機関)』に保護されていることだけは確信している」
東は淡々と、しかし恐ろしい推測を語った。
「そこで奴は考えたのだろう。……新しい組織が動くなら、必ずまとまった数の**『装備』や『物資』**が必要になると」
髙橋がハッとする。
「まさか……この機材の配送ルートを?」
「ああ。奴は残った裏金を全て使い、配送業者や各地の集積所のスタッフを買収したんだ。そして、『警察関連』や『怪しい届け先』の荷物全てに、手当たり次第に発信機を仕込ませた」
東はテレビ画面——襲撃された米軍車両——を顎でしゃくった。
「あの米軍車両も、たまたま似たような機材を運んでいたのだろう。奴らにとっては、それが米軍だろうが警察だろうが、中身が何であろうが関係ない。
発信機の反応がある場所へ向かい、襲撃し、音無君がいるかどうかを確認し……いなければ潰す」
東の声が重くなる。
「奴らは今、そうやって片っ端から『アタリ』を探して暴れ回っているんだ。絨毯爆撃のようにな」
「……狂ってる」
鈴木が呻いた。
「ただ人探しをするためだけに、関係ねぇ連中まで巻き込んで……自分が何やってるか分かってんのか?」
「分かっているさ。だからこそ厄介なんだ」
東は全員を見渡し、静かに告げた。
「金剛寺はもう、政治生命も、地位も、退路も全て失った。今の奴は**『背水の陣』**だ。
捕まることなど恐れていない。音無君を手に入れて逆転するか、世界を道連れに自滅するか……。ブレーキの壊れた暴走列車と同じだ」
東は洋館の床を靴底で叩いた。
「そして、奴の次の標的は間違いなく**『ここ』**だ。発信機が生きている以上、奴らはここを『警察の隠れ家』と認識して潰しに来る」
「……来る、ということか」
音無が立ち上がった。その目に恐怖はない。あるのは、仲間を守るという覚悟だけだ。
「どうする、先生? 逃げるか?」
鈴木が問う。「髙橋さんの転移なら、全員逃がせるぞ」
東は数秒間、目を閉じて思考した。
逃げるか、戦うか。相手は死に物狂いのテロリスト集団。安全を考えるなら逃走一択だ。
だが、東はカッと目を見開き、不敵に笑った。
「……いや。迎撃する」
「はぁ!?」
全員が驚愕する。
「逃げたところで、奴らは執拗に追ってくる。それに……」
東はテレビを指差した。
「見ろ。敵は完全に『テロリスト』になった。世間の同情など欠片もない。
ならば、我々が奴らを鎮圧すれば、それは正当な『治安維持活動』になる」
東は拳を握った。
「ピンチではない、好機だ。
この襲撃こそが、我々が正規の組織として認められるための、最高の実績作り(プロモーション)だ」
東はサラとアレックスに向き直った。
「技術顧問の二人! この最新機器……使えるか?」
サラは発信機を指先で弄びながら、ニヤリと笑った。
「もちろんよ、ボス。
敵がこの発信機を頼りに来るなら……逆に利用させてもらうわ。
ループ信号を送って、『まだ誰も気づかずにのんびり朝食を食べている』と錯覚させて、ギリギリまで引きつけてあげる」
アレックスもカッターナイフを置き、立ち上がった。
「センサーとカメラを即座に展開する。
敵がここを包囲する前に、こちらが森全体を監視下に置く。……やってやろうぜ、籠城戦だ」
「よし!」
東が号令をかける。
「総員、戦闘配置!
この館を、難攻不落の**『要塞』**へと作り変えろ!
金剛寺の亡霊どもを、ここらで一網打尽にするぞ!」
「「「了解!!」」」
朝食は中断された。
平和な空気は消し飛び、洋館は一瞬にして戦場へと変わった。
サラとアレックスは、段ボールから次々と機材を取り出し、手際よく配線を繋いでいく。
音無は二階へ走り、死角となる窓の確認へ。
鈴木と髙橋は、バリケードを作るために重い家具を動かし始める。
白川は美咲を安全な部屋へ誘導し、谷は通信機器のチェックを行う。
迫りくる「氷」と「暴力」の嵐に対し、彼らは逃げることなく、正面から迎え撃つ覚悟を決めた。




