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巡り巡る 〜漢字の意味が世界を変える世界〜  作者: 暇な鍼灸師


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第13章:最強の寄せ集めと新たな正義の礎

◾︎表彰式当日の朝

髙橋俊明は、玄関で革靴を履きながら家族に背を向けた。

「それじゃ、行ってくるよ」

リビングから顔を出した妻が、心配そうに眉を下げる。

「あなた……。今日は表彰式だけなんでしょ? また危ないことはやめてね?」

「分かってるよ。賞状をもらうだけだ。もちろん、危ないことなんて何もしないさ」

髙橋は優しく微笑んだ。妻はまだ不安そうだったが、足元に駆け寄ってきた娘が明るい声を上げた。

「パパ、行ってらっしゃい!」

「ああ。行ってきます」

娘の頭を撫でると、髙橋はオフィスカジュアルなジャケットを羽織り、家を出た。

角を曲がり、人目がないことを確認すると、彼は一瞬で景色を切り替えた。

シュンッ!

◾︎朝 山小屋

到着したのは、朝霧の立ち込める山奥。鈴木の山小屋の前だ。

「鈴木さーん、迎えに来ましたよー」

コンコン、とドアをノックする。

しかし、返事はない。ドアノブを回してみるが、鍵がかかっており、中に人の気配も感じられなかった。

「……あれ? いないな」

髙橋は首を傾げた。

「まさかまた忘れてるわけじゃないだろうし……。もしかして、昨日の今日だし、気合を入れて麓で準備してるのか?」

髙橋は苦笑しながら、再び転移能力を発動させた。

シュンッ!

◾︎麓のアパート

景色が変わり、鈴木の麓のアパートの前に移動する。

ピンポーン、と呼び鈴を鳴らすと、すぐにドタドタという足音が近づいてきた。

「おう、髙橋さんか。早えな」

ガチャリとドアが開く。

そこには、先日警察署の前で見た「強面のヤクザ(黒スーツ)」はいなかった。

ベージュのチノパンに、チェック柄のシャツ。その上から紺色のゆったりしたカーディガンを羽織った、巨大な男。

まるで、休日にイオンモールを歩いているお父さんのような格好の鈴木が立っていた。

「……ぶっ」

髙橋は思わず吹き出した。

「ど、どうしたんですか鈴木さん!? めちゃくちゃまともな格好じゃん! むしろ優しそうに見える!」

「……あぁ? 悪いかよ」

鈴木はバツが悪そうに鼻をこすった。

「もう黒スーツは冠婚葬祭以外着ねぇって決めたんだよ。一昨日あんな目に遭ったからな……。これなら警察に撃たれることもねぇだろ」

「ハハハ! 確かに、これならただのデカいおじさんですね。それがいいと思いますよ」

「うるせぇな、ほら行くぞ。……で、場所はどこなんだ?」

「ああ、そうでした」

髙橋は鈴木の腕を掴んだ。

「なんか、警察署じゃなくて別の場所を指定されたんですよ。『永田町』のとある事務所だって」

「永田町? なんでそんな場所で表彰式なんだ?」

「さぁ……俺にも分かりませんよ。偉い人の都合じゃないですか?」

シュンッ!

◾︎永田町 衆議院議員 東義昭 事務所

二人の姿がアパートの前から消え、次の瞬間には都内の重厚なビルの一室、インターホンの前に立っていた。

表札には『衆議院議員 東義昭 事務所』とある。

「……ここか」

「緊張しますね」

髙橋が呼び鈴を鳴らすと、すぐにドアが開き、神経質そうな眼鏡の男——高柳慎吾が顔を出した。

「……髙橋様、鈴木様ですね。お待ちしておりました」

高柳の表情は能面のようで、一切の感情が読み取れない。

「どうぞ、中へ。他の方々はお揃いです」

「あ、はい。失礼します……」

髙橋が恐る恐るドアを開けると、そこは重厚な革張りのソファが並ぶ、いかにも政治家の応接室といった空間だった。

そしてそこに座っている面々を見て、髙橋と鈴木は息を呑んだ。

「あ……」

まず目に入ったのは、フードを脱ぎ、少し緊張した面持ちで座っている青年——音無賢人。

その隣には、制服姿で背筋を伸ばす刑事、谷雄一と白川真純。

さらにその奥には、なぜかリラックスした様子で足を組んでいる外国人二人組——サラとアレックス。

(おいおい、勢揃いじゃねぇか)

鈴木は内心で舌を巻いた。数日前の修羅場をくぐり抜けた全員が、ここに集められている。

「お待ちしておりました、髙橋さん、鈴木さん」

部屋の奥、執務机の向こうから声をかけたのは、鋭い眼光を持つ男——東義昭。

そしてその隣には、柔和だが底知れないオーラを纏った大物議員——長宗我部政宗が立っていた。

「……どうも。遅れてすいません」

鈴木はペコリと頭を下げ、音無の隣の空いている席に、その巨体を縮こまらせて座った。

4Lサイズのカーディガンが、場違いなほどの生活感を醸し出している。

「……(あの人が、音無くんか)」

髙橋は隣の青年に会釈をした。音無も、少し照れくさそうに小さく頭を下げる。

言葉は交わさないが、「昨日はどうも」という空気が流れた。

全員が揃うと、部屋の隅に控えていた制服姿の男が一歩前へ出た。

管轄の警察署長、千葉だ。彼は緊張した面持ちで、手元の賞状盆を持ち上げた。

「えー、それではこれより……一昨日発生した『警察署襲撃事件』、ならびに『郵便局強盗事件』における功労者への表彰を行います」

千葉署長の声が、静まり返った部屋に響く。

「まずは、鈴木浩三殿、髙橋俊明殿。前へ」

「へい……」

鈴木と髙橋が立ち上がる。

「貴殿らは、身の危険を顧みず、凶悪な覚醒者犯罪に立ち向かい、多くの市民と警察官の命を救いました。その勇気と行動力は、市民の模範であります。よってここに、感謝状を贈呈します」

千葉署長から賞状を受け取る鈴木。

その手は、猟銃を持つ時とは違い、少し震えていた。

「……どうも。俺はただ、鈴鳴らして目の前の鉄骨を支えただけですがね」

「それが尊いのです。……ありがとう」

署長が鈴木の手をガシッと握る。鈴木は照れ隠しに鼻を啜った。

「続きまして、音無賢人殿」

名を呼ばれ、賢人が立ち上がる。

今まで「逃亡者」として生きてきた彼が、初めて「おおやけ」に認められる瞬間だ。

「貴殿は、自身の危険を顧みず、的確な判断と能力で事態の収束に貢献されました。……警察を代表し、心より感謝いたします」

「……ありがとうございます」

賢人は賞状を受け取ると、それをじっと見つめた。

ただの紙切れ。だが、そこには自分の存在を肯定する言葉が刻まれている。

(……俺は、ここにいてもいいのか)

賢人の胸に、熱いものが込み上げた。

「そして……谷雄一警部補、白川真純巡査部長。ならびに民間協力者、サラ・コッホ殿、アレックス・ターナー殿」

千葉署長は、スパイの二人を見て一瞬だけ顔を引きつらせたが、すぐに平静を装った。

「貴殿らの……『特殊な事情下』における尽力にも、感謝の意を表します」

「Thanks, Chief(どうも、署長さん)」

サラがウインクして賞状を受け取る。

「これ、額縁に入れて飾っておくわ」

「……そうしてください」

署長は苦笑いで返した。

一通りの授与が終わると、千葉署長はふぅ、と息を吐き、東と長宗我部に向かって敬礼した。

「——表彰式は以上です。……先生方、後はよろしくお願いします」

「ああ。ご苦労だった、千葉署長。戻ってくれたまえ」

長宗我部が頷く。

「失礼します!」

千葉署長は、逃げるように足早に退室していった。まるで、これから始まる「本題」の重圧に耐えきれないかのように。

バタン。

ドアが閉まる音が、やけに大きく響いた。

部屋には、7人の「功労者」と、2人の政治家、そして扉の前に立つ弁護士の高柳だけが残された。

「……ふぅ」

鈴木は賞状を丸めてポケットに突っ込み、立ち上がった。

「よし、終わったな。帰るか髙橋さん。腹減ったし、何か食って……」

「——待ちたまえ」

デスクの向こうから、東義昭のよく通る、冷徹な声が飛んできた。

「……あ?」

鈴木が振り返る。

東はゆっくりとデスクを回り込み、彼らの前まで歩み寄ってきた。

その表情からは、「表彰式」の儀礼的な空気は消え失せ、獲物を前にした狩人のような鋭さが浮かんでいた。

「帰るのはまだ早い。……賞状はあくまで『建前』だ」

東は手元の分厚いファイルを、バサリとテーブルに投げ出した。

ファイルには『極秘・組織改編案』の文字。

「これより、皆さんに**『大事な話』**がある」

東の視線が、音無、鈴木、髙橋、刑事たち、そしてスパイたちを順に射抜いていく。

「君たちは昨日、法を超えて戦い、この国を守った。……だが、それは奇跡のような偶然に過ぎない。次はどうだ? 金剛寺が本気で牙を剥いた時、また偶然で勝てると思うか?」

室内の空気が、一気に張り詰める。

音無がゴクリと喉を鳴らした。

「……単刀直入に言おう」

東は両手を広げ、不敵に宣言した。

「君たちを、私が新設する公的機関……**『覚醒者特別犯罪対策局』**にスカウトする。拒否権はない……とは言わんが、断れば日本の未来はないと思え」

「……は?」

髙橋はキョトンとして眼鏡をずり落とした。

「え……対策局? スカウト?」

その横で、鈴木は天井を仰ぎ、4Lサイズの背中をガックリと落とした。

(……やっぱりかよ)

嫌な予感は的中した。的中しすぎて笑えてくるレベルだ。

「また面倒ごとか……? 俺はただ、表彰状貰って帰って寝たかったがなぁ……」

鈴木の悲痛な呟きは、東の熱っぽい演説にかき消された。

ここから、彼らの運命を決定づける「最強のチーム」作りが始まろうとしていた。

応接室の重厚なテーブルには、分厚い契約書が七人分、扇状に並べられていた。

表紙には、金色の箔押しで『覚醒者特別犯罪対策局・入局同意書』の文字が輝いている。

「……さて。サインを貰おうか」

東義昭がボールペンをカチリと鳴らした。その音は、彼らの人生が変わる合図のようだった。

重苦しい沈黙が支配する部屋で、真っ先に、そして軽やかに動いたのは、意外な二人だった。

「ふふ~ん♪」

サラ・コッホが、場違いなほど陽気な鼻歌を漏らしながら、迷いなくペンを取った。

彼女は契約書の条文など見向きもしない。まるでホテルのチェックインでもするかのように、サラサラと流麗な筆記体で署名していく。

「……おいおい。迷わねぇのかよ」

鈴木が呆気にとられて尋ねると、サラはペンを回しながらウインクしてみせた。

「迷う? まさか。私たちはもう『予約済み』だもの」

サラの脳裏には、独房での取引がよぎっていた。

祖国を裏切り、死刑台の代わりにこの首輪を選んだ。スパイにとって、飼い主が変わることなど日常茶飯事だ。

(それに……悪くないわ。少なくともここの『新しいボス(東)』は、グレイよりは話が通じるし、給料も弾んでくれるみたいだしね)

「俺もだ。……地獄(本国)へ強制送還されるよりは、ここで泥にまみれる方が性に合ってる」

隣のアレックス・ターナーもまた、短く刈り込んだ頭を掻きながらサインを済ませた。

その瞳には、スパイとしての冷徹さの中に、微かな「安堵」が浮かんでいた。

二人が愛した日本という国で、今度は破壊工作ではなく、平和維持のために銃を握れる。それは彼らにとって、思いがけない救済でもあった。

続いて動いたのは、二人の刑事だった。

白川真純は、ペンを取る前に、じっと目の前の権力者たち——東義昭と長宗我部政宗の目を見据えた。

(——『白』。暴け)

彼女の瞳孔が微かに収縮する。

視界のフィルターが切り替わる。もし彼らの言葉が「使い捨てるための甘言」や「保身のための嘘」であれば、彼らの体は白く発光して見えるはずだ。

(……光らない)

東の冷徹な瞳も、長宗我部の穏やかな眼差しも、自然な色のままだった。

彼らは本気だ。

法を犯してでも、覚醒者と非覚醒者が共存できる未来を、本気で作ろうとしている。

「……嘘は、ついていませんね」

白川は小さく、しかし確信を持って呟いた。

張り詰めていた肩の力がフッと抜ける。彼女はずっと、現場で無力感に苛まれていた。目の前で傷つく人々を、法律の壁に阻まれて救えない悔しさ。

だが、この組織なら——。

「私も……現場で歯痒い思いをするのはもう御免です。法的に動ける『力』が欲しい」

白川はペンを走らせた。その筆跡には、迷いなど微塵もなかった。

それを見た谷雄一も、深く、重い息を吐き出した。

「……部下がやる気なのに、上司が逃げるわけにゃいかねぇな」

谷は警察手帳を懐にしまい直し、東を睨むように見た。

「先生方。……俺は、これからの日本を少しでもマシにしたい。昨日みたいに、誰も死なせず、誰も泣かせない。そんな当たり前のことができるなら……悪魔とだって手を組みますよ」

谷は力強く署名した。

それは、長年連れ添った「所轄の刑事」という肩書きとの決別であり、新たな「正義」への宣誓だった。

これで四人が決まった。

残るは、民間人の三人——鈴木、髙橋、そして音無だ。

「……俺はパスだ」

鈴木浩三は腕を組み、椅子にふんぞり返った。

「悪いが先生方、俺は猟師だ。山での静かな生活が気に入ってる。こんな堅苦しい役所仕事なんざ御免被るね」

「僕もです」

髙橋俊明も申し訳なさそうに、しかしきっぱりと頭を下げた。

「私には妻と娘がいます。命の保証もない公務員への転職は、家族のためにもできません」

二人の拒絶。だが、東は想定内とばかりに、口角を三日月のように吊り上げた。

「なるほど。……山を離れたくない鈴木君と、家族と自分を守りたい髙橋君か」

東は二人の目の前に、別の資料をスッと差し出した。

「勘違いしているようだが……誰が『今の生活を捨てろ』と言った?」

「……あ?」

「まずは髙橋君。君は今の会社に籍を置いたままでいい。形式上は、国への『出向』扱いとする」

東は電卓を弾く仕草をした。

「給与は国が倍額保証しよう。君の『転移』能力なら、現場への急行も一瞬だろう? ……いわば、非常に割の良い『副業』だと思えばいい」

「ば、倍額……副業……?」

髙橋の眼鏡がズレる。家のローン、娘の進学費用……現実的な数字が脳裏をよぎる。

「それに」

東の声が低く、ドスを利かせたものに変わる。

「断るのは自由だが……君の家族はどうする? あの熊井という男は執念深いぞ。海に落とされた恨み、君だけでなく、愛する奥さんや娘さんに向くかもしれん」

「ッ!?」

髙橋の顔色が一変した。

「我々の組織に入れば、君の家族は『要人警護対象』だ。公安が24時間体制でガードする。……家族の安全を買う『保険』だと思いたまえ」

髙橋は唇を噛み締め、震える手でペンを握った。

「……卑怯ですね、先生」

「政治家なものでね」

髙橋は観念したように、しかし家族を守るという強い意志を込めてサインした。

「……へっ。俺には家族はいねぇぞ」

鈴木が強がって言うと、東は冷ややかな視線を向けた。

「そうだな。だが君には『山』がある」

東は鈴木の契約書の特記事項を指差した。

「君には『特別自然保護官レンジャー』兼『広域獣害対策員』の肩書きを用意した。活動拠点は、君の今の山小屋だ」

「は……?」

「国が山小屋の維持費、ガソリン代、弾薬費、そして老後の年金まで全て負担しよう。君は今まで通り山で暮らし、髙橋君と一緒に朝出勤してくれればいい」

鈴木の目が点になる。

「い、維持費に……弾代もか? 年金まで?」

「ああ。だが、断れば……そうだな。熊井あたりが報復に山へ火を放ちに来ても、我々は関知しない。ただの民間人の喧嘩だからな」

「……なっ! あの野郎、山に手を出したらぶっ殺すぞ!」

「だが組織に入れば、君の山は『国有重要管理区域』となる。最新のセキュリティで私が守らせよう。……君の愛する山小屋も含めてな」

鈴木は唸り声を上げた。

「ぐぬぬぬ……! 痛いところを突きやがって……!」

「どうする? 『犯罪者予備軍』として怯えて暮らすか、『正義の執行者』として堂々と山を守るか」

鈴木は天井を仰ぎ、大きなため息をついた。

「……分かったよ! やりゃいいんだろ、やりゃあ! その代わり、猪汁の材料費も経費で落とすからな!」

「善処しよう」

鈴木はふてくされながら、4Lサイズの体で小さくなりつつ、契約書に殴り書きのようなサインをした。

これで六人。

全員が、それぞれの事情と覚悟を飲み込み、東の用意した船に乗った。

残るは、一番端に座っている青年だけだ。

東はゆっくりと視線を移した。

昨夜、警察署の正面玄関から名乗り出た、孤独な復讐者。

そして、自分のデスクに「見えない手紙」を置いた、この計画の最大の功労者。

「……さて。最後は君だ」

東は契約書を、音無賢人の目の前に滑らせた。

「音無賢人君。……君の答えを聞こうか」

全員の視線が、音無に集中する。

賢人は静かに顔を上げ、目の前の男——かつて手紙を送った相手を見据えた。

全員の視線が集中する中、音無賢人は震える手で契約書を押し戻した。

「……断ります」

その言葉に、場の空気が凍りつく。

鈴木が驚いて声を上げた。

「おいおい、兄ちゃん。なんでだよ? 行き場がねぇんだろ?」

「だからです」

賢人は俯いたまま、搾り出すように言った。

「俺は……金剛寺や米軍、グレイから狙われています。俺がここにいれば、またあの警察署の時みたいに皆さんを巻き込んでしまう。俺は疫病神なんです。これ以上、迷惑はかけられません」

賢人は顔を上げ、鈴木と髙橋、そして刑事たちを見渡した。

「それに……皆さんの動機は真っ当だ。生活のため、家族のため、山を守るため。……『光』がある」

賢人は自分の胸を強く掴んだ。

「でも、俺は違う。俺が戦う理由は……両親を殺した奴らへの『復讐』だ。ただの人殺しが目的の人間が、公的機関にいていいはずがない」

その告白に、鈴木と髙橋が息を呑んだ。

「……復讐?」

鈴木の表情から、呆れの色が消えた。

「兄ちゃん……親御さんを、やられたのか?」

「……はい。あの日、家に帰ったら、二人は変わり果てた姿になっていました。俺は、犯人を殺すためだけに生きてきたんです」

「なんてこった……」

髙橋が胸を痛めるように眼鏡を外した。

「まだ若いのに……。そんなものを一人で抱えていたのか」

鈴木は腕を組み、唸るように言った。

「……馬鹿野郎。それが『暗い理由』なもんかよ。俺だって、もし親父やお袋が理不尽に殺されたら……相手をぶっ殺してやりてぇと思うさ。当たり前じゃねぇか」

二人の目には、軽蔑ではなく、深い同情と義憤が宿っていた。

しかし、東義昭は冷たく鼻で笑った。

「……くだらん感傷だな」

東はテーブルを指先で叩いた。

「音無君。君は『迷惑をかけたくないから一人で消える』と言ったな? ……勘違いするな」

「え?」

「君が一人で逃げて、もし奴らに捕まったらどうなる?」

東の声が、温度を失う。

「君は何らかの方法で洗脳され、あるいは改造され……**『最強の暗殺兵器』**として、我々の前に立ちはだかることになるんだぞ?」

その言葉に、サラとアレックスの顔色が一瞬で蒼白になった。

「……ちょっと待って」

サラが身震いして自分の二の腕をさすった。

「それ、洒落にならないわよ。もしグレイが彼を手に入れて、マインドコントロール下で『制限』を外させたら……」

「ああ……」

アレックスも脂汗を流して頷いた。

「姿も見えず、音もせず、躊躇なく心臓を止めに来る暗殺者……。防ぎようがない。俺たち全員、寝てる間にあの世行きだ。……想像しただけで吐き気がするぜ」

スパイ二人が本気で恐怖する姿を見て、賢人は絶句した。

「そ、そんなつもりじゃ……」

「つもりはどうでもいい」

東が畳み掛ける。

「『君を守ること』は、君のためじゃない。我々が殺されないための『リスク管理』だ。 君という危険な爆弾は、外野に放置するより、我々の手元で厳重に管理する方が安全なんだよ」

「でも……!」

賢人は食い下がった。

「リスク管理だとしても、俺の中身は変わりません! 俺は復讐のことしか考えられない……そんな奴が、正義の組織にいていいんですか!?」

「正義? ……綺麗事で国が守れるか」

東は立ち上がり、賢人の目の前まで歩み寄った。

「警察や法律がなぜ機能しなかった? 『正しさ』だけでは悪意に勝てないからだ」

東は賢人の目を覗き込んだ。

「鈴木君の『山』への愛着、髙橋君の『家族』への愛。それらは素晴らしいが、時に『守り』に入って鈍ることもある。……だが、君の『復讐心』は違う」

東は賢人の胸に指を突き立てた。

「それは決して消えない、黒く燃え続ける燃料だ。奴らを追い詰め、断罪するための執念……それこそが今、この組織に欠けている『牙』なんだ」

「牙……」

「汚れていて結構。その汚れ仕事をするために、この組織を作ったんだ。 君は復讐のために組織を利用しろ。我々は平和のために君の復讐心を利用する。……対等なギブアンドテイクだとは思わんか?」

賢人の瞳が揺れる。

自分の暗い感情を、否定するのではなく「必要だ」と言い切られた。

東は懐から、一通の封筒を取り出した。

あの日、賢人が東のデスクに置いた手紙だ。

「それに、だ。……これは嘘だったのか?」

東は手紙の一節を読み上げた。

「『どうか、生き延びて日本を守ってほしい』……そう書いたのは君だろう」

「っ……!」

「君は復讐を望んでいるが、それ以上に……**『二度と自分のような被害者を出したくない』**と願っているはずだ。それは立派な『正義』だ」

東の表情が、僅かに和らいだ。

「両親を殺された過去は変えられない。だが、その痛みを知る君だからこそ、他人の痛みを防ぐことができる」

東はペンを賢人の手に握らせた。

「音無賢人。君の復讐を、この国の『平和』へと昇華させろ。 ……それが、君が両親に手向けられる、最大の花束になるはずだ」

賢人の視界が滲んだ。

復讐心も、平和への願いも、全てを飲み込んで肯定してくれる言葉。

ここには、自分を「疫病神」ではなく、「必要な仲間」として見てくれる人たちがいる。

「……卑怯ですよ、先生」

賢人は涙を拭い、震える手でペンを走らせた。

契約書の署名欄に、『音無賢人』の名が刻まれる。

「……ありがとうございます」

賢人が顔を上げると、鈴木がニカっと笑い、髙橋が優しく頷いた。

谷と白川は敬礼のような仕草をし、サラとアレックスは「Welcomeようこそ」と口パクで言った。

東は満足げに契約書を回収すると、高らかに宣言した。

「よろしい。これにて、『覚醒者特別犯罪対策局』……ここに結成だ!」

机の上に積み上げられた七枚の契約書。

それは、狂い始めた日本を取り戻すための、最後の砦のいしずえとなった。

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