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[クリスマス短編]コンビニでの告白

作者: 隠れ魚。
掲載日:2025/12/24



 十二月二十四日。


 それは、世間ではクリスマスイブと呼ばれる日。

 恋人や家族と特別なディナーやプレゼントを楽しむ、そんな特別な日なのである。

 

 ……特に、恋人関連の話題がよく上がる。


 これまで私、佐田入鹿(さだいるか)は、(何故かとは言わないが、) 毎年のクリスマスを親の仇かのように恨んでいた。

 避けることのできない、強制イベントであることもその一因だといえよう。


 しかし今日、ついにその(しがらみ)から解放されるかもしれないのだ。


 この瞬間を、何年待ち詫びたことだろう。

 私の脳内は完全に興奮の色に染まり、叫ぶ以外の行動が思い浮かばない程にまでなっていた。

 だが、それはまずい。

 ここは賃貸マンションなのである。


 私はソワソワしながら時計を確認した。


 時計の針は真上を指し示していた。


 「行こうっ」


 高鳴る胸を抑えつつ、準備していた手さげをひったくる。

 鏡で服装、メイクの乱れがないかを再チェックした後、慌てて玄関へと走るのだった。

 そして、玄関のドアノブを掴んだ。


 行き先はコンビニ。


 私はもう一度、今度は腕時計を確認した。


 やはり、零時。


 彼が言っていたシフトの終わりと同じ時間。

 ここからコンビニまでは二分もかからない。

 今から出ても、十二分に間に合うだろう。


 そんな思考の元、玄関の外へと足を運んだ。


 外に出れば、環境は一変する。

 肌を刺すような冷気が、全身を覆うように現れた。


 「うぅ、寒いねぇ」


 玄関に佇む狸の置物に声をかけながら、玄関に鍵をかける。

 そして、慌てつつも慎重な足取りで、雪の積もった大地を踏み締めるのだった。


 「今日は、いい日に、なるのかなっ」


 そんな雑な歌を交えつつ、雪の降り注ぐ街中へと目を向ける。

 真っ暗な闇を照らす、お店の光。

 というより、闇は光に敗北してしまったのか、と問いたくなるような、そんな光景だった。

 電気の発達した現代の街中において、夜の闇は鳴りを潜めてしまったとも言えよう。


 そんな中、雪は光に照らされ、キラキラと輝きを放っている。


 まさに、人工と自然の融合。


 「綺麗だなぁ……」


 ……軽い言葉しか思いつけない私が恨めしい。






 街をしばらく歩くと、コンビニが見えてきた。

 ここもやはり、光に包まれている。


 バッと、袖をまくる。


 時計は、零時一分を指していた。

 想定よりも早い時間。無意識のうちに、早足になっていたのかもしれない。


 ……脚が冷たい。


 歩いている間には気づかなかったことも、立ち止まってみると途端に思考に入り込んでくる。

 なんて傍迷惑なものだろうか。


 そんな思考を振り払うかのように、私はズカズカとコンビニへと足を運ぶのだった。




 ―――タラタラタラタラ

 


 何度も聞いた、入店の音。

 それも今日は、なんだか全く別のものに聞こえる。


 店内はいつも通り、静かだった。

 客も、私以外だと一人しかいない。


 「入鹿さん?」

 

 突然、後ろから声をかけられた。


 その声。


 そしてその雰囲気。


 心臓が跳ね上がるのが手に取るようにわかる。


 私はあわてて背後を振り返るのだった。


 「あ、先輩、お疲れ様です!」


 できる限りの笑みを浮かべながら、そう告げる。

 目の前にいるのは大学のサークルの先輩、森脇章人もりわきあきひとさんだ。

 私は半年前から、彼に恋をしている。


 きっかけは、何かはわからない。


 でも、気づいたら恋をしていた。


 近所のよく行くコンビニで、他愛のない話を毎日し続けていたからなのかもしれない。

 いつの日からか、夜のこの時間帯になるのを待ち侘びている自分がいたのだ。


 それが恋だと自覚したのが半年前。

 もしかしたら、もっと早くから好きになっていたのかもしれない。


 「せ、先輩、今日は冷え込んでますよね」


 いつもの、他愛のない話を切り出す。

 先輩も、どこか嬉しそうに言葉を返してくれた。


 「そうだねぇ、僕もまさかこの地域がここまで積もるなんて思わなかったよ」

 

 彼はガラスに手を当て、外を覗きながらそう零した。

 そして、言葉を続ける。


 「ホワイトクリスマスって言うんだっけ? こういうの。ロマンチックでいいよね」


 ロマンチック。


 その言葉に、ドキリと胸が高鳴る。


 同時に今だと確信した。


 「あ、あの―――」 「ところで、入鹿さん」


 しかし、そこで言葉は遮られてしまう。

 先輩は店内を見渡しながら口を動かす。


 「おにぎりの具はシャケが好きだったんだっけ?」


 「あ、はい。シャケが好きです」


 「そっか、じゃあ持って行きなよ」


 そう言うと先輩はおにぎりコーナーへと歩いて行き、シャケを三つほど掴み取った。

 そして、私の手のひらへと載せるのだった。


 「クリスマスプレゼント、かな」


 彼は頬をかき、若干頬を染めながらそう言うのだった。

 どうやら、私のクリスマスはシャケで終わるらしい。


 ―――違う、そうじゃない。


 私は頭をブンブン振り、ここに来た目的を思い出す。

 思考を乗っ取っていた、おにぎりという名の異物は彼方へと飛ばし、クリぼっちを卒業するという原点に立ち返るのだった。

 

 そう、私は告白のために来たのだ。


 だが、そんな私の内情には構わず、先輩はおにぎりの話を続けるのだった。


 「僕はね、おにぎりと言ったらやっぱりツナマヨが一番かな。原点にして頂点。まさに王道という言葉が相応しいよね」


 「そ、そうなんですか?」


 「でも、エビマヨも捨て難いよね。ツナマヨと違ってしっかりとした食感があって、別角度でのアピールがあるというか……」


 そう言うと、先輩は頭を雑に掻き始めた。


 「なんて言えばいいかなぁ……」


 流石コンビニ店員。おにぎりに関しては人一倍こだわりがあるらしい。

 目の前で真剣に悩む彼を見て、そんなことを考えた。

 だが、こちらにも目的というものがある。


 「先輩は、クリスマスに一緒に過ごす人とかいるんですか?」


 私は、彼の思考を遮るようにしてそう言った。

 帰ってきた返答は、あっさりしていた。


 「んー? いないよ?」


 たったその一言。

 私は思わず息を呑む。


 そして、気づけば言葉を発していた。


 「で、でしたら私と……」


 そう口走った瞬間、世界から音が消える。

 店内に佇むのは私と、先輩だけ。

 さっきまでいたはずの、サラリーマンの気配なんて微塵も感じない。

 雪が、ちらちらと降り注ぐ店の外。


 先輩と、銀色の世界。


 それだけが脳に刻まれる。


 「私と―――付き合ってください!!!」


 

 ……言った。


 私はついに言ったんだ。


 そう思った途端に、なんとも言えぬ感情が心臓を塗り潰していく。

 鼓膜を、鼓動の音が強く叩いているのがわかる。


 ちらり。


 そっと、顔を上げた。


 「それは……」


 先輩は何かを言おうとした、だが、そこで言葉を切った。

 そして何かを思い悩むような表情を浮かべる。


 数秒間、二人の間に空白が訪れた。


 その空気に耐えられなくなった私は、さらに口を走らせる。


 「先輩のことが、好きなんです。私と恋人になってくだ、しゃい!」


 ……噛んだ。


 その羞恥心から、顔が一気に赤へ染まるのがわかる。


 耳が熱い。


 熱い顔に冷えた手を当て、必死に鎮めようとする。

 しかしそんなことで消えるような熱ではないことは、私が一番よく知っている。

 やがて、冷やすのを諦める。


 そして、ちらりと先輩の顔を窺った。


 「えーと……」


 先輩の視線が、宙を泳ぐ。

 よほど困惑してるようだ。


 「クリスマス、予定ないんですよね……?」


 「まぁ、そうだけど……」


 少し間を置いて、先輩は言葉を続ける。


 「入鹿さんは、シャケが好きなんだよね?」


 「え、あ、はい」


 「ごめん、僕はツナマヨ派なんだ」


 「はい、知ってます……え?」


 「うん、さっき言ったもんね」


 さも当たり前かのように、先輩はそう言う。

 そして再び、おにぎりのコーナーへと足を運んでいくのが見えた。

 私は何も分からないまま、黙って彼について行くのだった。


 おにぎりコーナーに着くと、彼は徐にツナマヨを掴み取り、私に見せつけてきた。

 そしてその指先は、ラベルを指差していた。


 「ほら、ここしっかり見て」

 

 彼の言う通りに目を凝らし、指先の辺りを凝視する。

 そこには、栄養成分表示シールの姿があった。


 ただ、それだけ。


 私は訳がわからず、黙って先輩の言葉を待つのだった。

 しかしまた、先輩は奇妙な行動を繰り返した。


 今度は、私の手元にあるシャケへと手を伸ばしたのだ。


 「ほら、こっちも見て」


 私はまた、言われるがままに指先に集中した。

 そこにはやはり、例のシールがあるだけだ。


 ……何が言いたいのだろうか。


 「つまり、そういうことさ」


 先輩は、満足そうにそう結論づける。

 さっき示した二枚のシール。

 それらは、何かの意味を成していたようだ。


 もちろん、理解なんてできたはずもない。


 「……ど、どういうことですか?」

 

 だから私には、そう聞く以外の選択肢はなかった。

 すると、先輩はやや顔を顰めたのがわかった。

 そして、不満げに言葉を綴る。


 「カロリーだよ、カロリー」


 「え?」


 「ツナマヨが219.00kcalだったのに対して、シャケは168.00kcalだったって言ってんだ」


 「えっと……」


 だから、なんだというのだろうか。

 

 「つまりだな、カロリーが釣り合ってない、って言ってんだ」


 カロリーが、釣り合ってない……?


 釣り合って、ない。


 …… 。


 

 「たかが、数字。されど、数字」


 彼は語りかけるようにそう言った。


 「僕は昔から、こういう数字のバランスを気にする人間でね、噛み合ってないと落ち着かないんだ」


 気づけば、真っ直ぐな瞳がこちらに向けられている。



 「この数値の差、不吉としか言いようがないだろ?」



 彼は、常識だと言わんばかりにそう断言した。

 その視線はどこか寂しそうでもあり、店内の静けさも相まって、不思議で不気味な雰囲気が漂った。

 ここまでくると流石に、彼の言いたいことがなんとなくわかる。


 いや、流石に理論は納得できないが。


 恐る恐る、私は口を開いた。


 「それは、告白を断る、ってことですか……?」


 喉の奥が震えるのがわかる。

 顔の熱さは一層増し、羞恥心が一気に襲いかかる。

 好きな人にフラれるというのは、それほどまでに心にくるものなのである。


 これからどうやって会えばいいのだろう。


 もう少し、友好を深めてからの方が良かったのではないか。


 そんなネガティブな思考が、頭の中を駆け巡る。

 思わず、目頭が熱くなるのだった。


 泣いてしまうかもしれない。


 そう思った時だった。



 「いや、そう言うわけではないんだ」


 

 彼は、私の目をしっかりと見据え、そう告げたのだった。


 「え……?」


 突然のことに、私は思わずフリーズしてしまう。


 そんな私には構わず、彼は言葉を続けた。

 頬は紅潮しており、体は強張っているのが見て取れる。

 緊張が、見ている私にも伝わってきた。



 ―――ドキリ


 止まったはずの時が、動く音がした。



 「僕も、入鹿さんのことが好きだ」


 「―――えっ」


 「正直、二年くらい前からずっと、片想いしてたんだ」


 その言葉に、私の胸が跳ねるのがわかる。


 私は急かすように、言葉を綴った。


 「じゃ、じゃあっ―――」 「でも、ごめん」


 「……え?」


 「カロリーの差分、僕はどうしても気になってしまうんだ」


 「……」


 ……この人は、何を言ってるのだろう。




 ―――バンっ


 突然の大きな音に、肩が跳ね上がる。

 理解する間もなく、大きな手が私の顔の横、壁にべったりとついているのが視界に入った。


 ち、近い。


 体は強張り、思わず息を止める。

 怒っている―――と言うわけではないだろう。

 もしかしてこれは、世間一般で言う壁ドンというやつなのかもしれない。


 「僕はっ!」

 

 彼は叫ぶように言葉を続けた。


 静寂な店内なだけあり、その声は一際目立つ。


 「僕、シャケ、好きになってみせるよ。だからっ―――本当に好きになれた時、その時は、僕と正式に付き合ってくれますか?」


 彼は捲し立てるかのようにそう言い放った。


 「ア、ハイ」

 

 私は、条件反射的にそう答えたのだった。


 そしてフッ、と先輩から目を逸らす。


 すると、一人のサラリーマンがこちらの様子をちらちら伺っているのが目に映った。

 そういえば、ずっと店内にいたような気もする。


 恐る恐る視線を送ると、彼と目線が交差する。

 思わず、私は目を逸らした。

 すると、彼は眼鏡をクイっと正し、店内から出て行ってしまった。


 き、気まずい……


 私は喜ぶ先輩を横目に、何とも言えぬ感情に苛まれるのだった。








 「それじゃあ、またね」


 先輩は、そう言って別れの言葉を告げる。

 私は何も言わず、手を振って彼を見送った。


 その姿が街の光に覆われ、見えなくなる頃。

 私は踵を返し、来た道を引き返した。


 あんなに降っていた雪ももう、鳴りを潜めている。


 歩きを進める度、溶けた雪に足を取られそうになる。


 こんな深夜、一人で外にいるなんて何年ぶりだろうか。


 私は月のない空を見上げ、そんなことを考えていた。

 

 「……しばらくは、クリぼっちでもいいかな」


 おにぎりを漁る先輩の姿を思い浮かべつつ、入鹿はそうこぼす。


 夜は暗い。


 歩みを進める度光は消えていく。


 一つ、また一つ。


 明るさに満ちた街の姿は、もうどこにも見当たらない。



 ―――ジジッ


 鈍い電気音が鼓膜を叩く。

 古い街灯に照らされた薄暗い歩道。

 人の気配どころか、虫の気配すらも感じられない。


 ふと、立ち止まった。


 そしてゆっくりと、後ろを振り向く。


 そこには、赤白の帽子が落ちていた。


 そして、今にも溶けてしまいそうな雪だるまの姿。

 

 「……ふ、ふふっ」


 口元を押さえ、静かに笑う。

 白い息が、虚空を舞う。


 私はしゃがみこむ。


 その手には、しっかりサンタの帽子が握られていた。

 そして、雪だるまの頭をすっぽりと覆ったのだった。



 クリスマスは、これからだ。


 

 



 

 

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