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ラッピ

作者: 野脇幸菜

閉められたカーテン。


ホコリをかぶった机。


色あせた本が並ぶ本棚。


湿ったひんやりとした空気。


同じ家の中でも違う空間にいるようだ。


少し時代の違いを感じる。


置いてある漫画は昔のものばかりで知らないタイトルものばかりだ。


やけに目の大きい少女の表紙が印象的だ。


本棚にママのの少女時代のラブターでもないかと探してみる。


古い本の間を探してみたり、本を下に向けてパラパラとめくってみる。


何もないかなやっぱり。


そんなもの書くタイプでも貰うタイプでもないか。


ていうかママの時代はもう携帯あったのかな?


メールとかで告ったのかな?


何か出てきたら冷やかしたりしようと思ったのに。


つまんないなぁ。


そう思いながらも続けていると、二つに折られた白い紙が落ちてきた。


探していたラブレターの書き損じか、あるいは悪かった点数のテストかなと思いながら拾って

開いてみるとそこにはウサギの絵が書いてあった。


ウサギはウサギなのだろうけど、それは耳が長いからそうだろうと思えるくらいの絵だった。


何だこれは?


その絵はとても女の子が書いたとは思えない絵だった。


全然可愛くないのだ。


長い耳は垂れ下がって、目も細長く白目の部分がほとんどで垂れ下がっている。


胴体は丸く二足歩行のデブのウサギだったから。


ミッフィーがこの世のものというならばこのウサギはあの世のもののようだ。


なぜこんな絵を捨てずにとっているのだろう?


人から貰ったからかな?


あれこれ考えていると母が二階に上がってくる音がした。


急いで片づければ見つからずに済むのだが、ここは子供っぽく質問してみることにした。


「ハルミ何してるのママの部屋で?」


「あっ見つかっちゃった。何かママの思い出のものでもないかと探してたらこれを見つけたの。

この絵はママが書いたものなの?」


「何この絵のこと?」


「そうこれ。」


母はあの変なウサギの書いてある絵を手に取った。


「あぁこれ。ラッピよ。懐かしい。」


「ママが考えたキャラクターなの?」


「いいえ、ママの友達だったの。」


「友達?絵が?」


「絵じゃないわ。そうねぇ六年生の頃かなママの前に毎日現れるようになったの。」


「現れる?」


「そうよ。ラッピはきちんと存在していた友達よ。」


「ママ何を言ってるの?」


ハルミには本当にママが何を言っているのかわからなかった。


いつもは相手の反応や、自分の発する言葉を整理して話すハルミだが、思ったことが言葉を

選ぶ間もなくそのまま口から出ていっていた。


「何ってラッピはママの友達だったって話じゃない。ハルミが聞いてきたのよ。」


「だってウサギが立って歩くわけないし、しゃべるわけないじゃない。」


「ラッピは特別だったのよ。」


ハルミは母とのかみ合わない会話を軌道修正して、いつもの親子の日常会話に戻したかった。


「わかった。ママ冗談を言ってるのね。私を騙して笑おうとしてるんだ。こんな事で騙されない

からね。」


「何でそんな冗談をハルミに言わなきゃいけないのよ。六年生の頃にラッピが突然現れて、

ラッピだと名乗って、ママと友達だったっていう話をしてるだけよ。三年生のあなたに

だってわかる話でしょ?」


そう言われてもハルミにはさっぱり理解することができなかった。


急に自分の母親が宇宙人じゃないかとさえ思えてきた。


だってさっきからママはハルミにはわけのわからない事ばかり言ってくる。


でもこの話がマジな話なことだけはハルミにはわかった。


母親がハルミに対して怒っているときは名前を呼ばず、あなたといって声を静めるからだ。


この話はとにかくマジなのだ。


ハルミは物分かりのいい?子どもとして素直に聞くことにした。


「ごめんなさい。動物の友達なんかハルミにはいないからよくわからなかったの。ラッピは

今でもママと遊ぶの?」


「いいえ。六年生の終わり頃には現れなくなったわ。」


「何をして遊ぶの?」


「そうねぇ、遊ぶというよりもこの部屋でお話する事が多かったかな。」


「この部屋に現れてたの?」


「そうよ。あの角にあるタンスの上がラッピのお気に入りの場所だったの。時々ぬいぐるみ相手に

話しかけたり、いじめたりしてたわ。」


ママは笑いながら言った。


「でも一番おかしかったのはママが友達とケンカして言い寄られてる時に急に目の前に現れて、

友達の頭の上に乗って髪の毛で遊んだり、顔を引っ張って遊びはじめたの。ママはケンカしてる

最中だから相手をもっと怒らせたらいけないと思って、一生懸命笑いをこらえるんだけどラッピ

ったらしつこいからママ笑っちゃって。そしたらその友達案の定怒っちゃって、慌ててラッピが

って説明しても怒ってどっか行っちゃった。ラッピは満足そうな顔してすぐに逃げちゃうし、

ママだけしばらく校庭で笑ってたわ。」


ママは一つ一つ頭の中で思い出しているようだった。


ハルミの見たことのない柔らかな笑顔も見せた。


だが、そんなママの顔を見た嬉しさよりもこの話の真実味が増したことにハルミは恐怖でもなく、

嫌悪でもない嫌な感情がどこかから湧き上がった。


「他の子には見えてないの?」


「そうみたい。その時に髪や顔を引っ張られても気づかない友達を見てママも不思議に思ってハルミのおばあちゃんに聞いてみたんだけど、おばあちゃんも見たことが無いみたいだったわ。」


「おばあちゃんは何て言ったの?」


「きっとママがよい子でハルミのおばあちゃんの言うことをきちんと聴いてるから見えるんだろうって。ママ自身はそんな風には思えなかったけどね。他の友達にだってママよりよい子はたくさんいたから。そういえばそれからね、ラッピが現れなくなったのは。」


「寂しくなかったの?」


「寂しいというよりもラッピらしいと思ったわ。ラッピは自由気ままだったから。何だか無駄話しちゃったわね。ハルミがこんなもの出してくるからよ。勝手にもういじっちゃ駄目よ。」


「ごめんなさい。」


「もういいわ。おばあちゃんの家に来てるんだから、おばあちゃんの相手してあげなきゃママもハルミも怒られちゃうわ。先にママは下に下りるからハルミも片付けて下りてきなさい。」


「はい。」


ママは下に急いで下りていった。


ハルミはラッピの描かれた絵を見ながら自分の母親に対するイメージが崩壊し始めていることを感じていた。


確かに少し天然な所があると思っていたが、しっかりしていて父親よりも厳しい母という

イメージがハルミの中では大半を占めていたからだ。


でも、ハルミが今日ラッピの絵を見つけたことによって、突然ハルミの母に対する何かが

変わったように感じた。何かこの日からこの母親に対する何かが生まれ、新しいイメージを構築していく段階に入るのだ。


でも、その何かは今のハルミにはわからなかった。


でも、ラッピを見つけたことによってその段階に入ることが急速に早まってしまったことはハルミにはわかった。


ハルミはラッピがよくいたというタンスの前に立ってみた。


でもラッピはいなかったし、何の気配も感じなかった。


そこにはただホコリをかぶったぬいぐるみとタンスの板が見えるだけだった。


ハルミはラッピに対して御礼を言うべきなのか憎むべきなのかもわからなかった。


それがわかるのももっともっと先になりそうだ。


ハルミはラッピの絵をタンスの上に置いてイメージしてみた。


声、話し方、動作、垂れ下がった耳は動くのか。


祈ってもみた。


どうか今ハルミの前にラッピを現せて下さい。


話せるだけでもいいです。


でも、ラッピは現れなかったし、イメージさえも浮かんでこなかった。


ハルミはおばあちゃんの言ったようによい子ではないから駄目なのかもしれない。


って何考えてるんだろう自分は。


見えない方がまともなのに。


ハルミの頭の中では子どもっぽい考えと大人っぽい考えが、駆け巡っていた。


しかし、子どもっぽい考え方は本心ではなく作られていた。


ハルミには子どもっぽい考えなんかそもそもないのだ。


ハルミはいつも不思議に思う。


大人たちだって子どもの時には大人っぽい考えを持っていたはずなのに、子供には子どもっぽい考えを求め、知らぬ間に押し付けているように思える。


だからハルミは大人の前では使い分けた。


その場が子どもの考えを求めるならそれに応じ、その場を感心させたり少し盛り上げるには大人の考えを見せた。


大人たちは忘れるのだ。


彼らもそうしていたのに。


それは泥団子を水晶玉にすり替えるほどの目にわかる違いなのに、彼らはそれに気づかない。

ハルミも大人になってそうなるのかと思うと、一種の病気のような気もして怖くなった。


だからいつも大人になってもそうなるまいと誓っていた。でも、母は違っていたようだ。


ラッピを見たことを素直に友達にも母親にも話している。


ハルミは自分がラッピみたいなものを見てしまっても、恐らく誰にも話さないだろうと思う。


しかし、母は話した。


彼女は本当に子どもだったのかもしれない。


ラッピを母親が見ていたことよりも、母が大人の求める子どもだったことのほうがハルミにはファンタジーの世界ことのように思えた。

またまた久しぶりの投稿になってしまいました。子供にとって忘れられない日を小説にしてみました。評価やご意見・ご感想などをいただければ嬉しいです。過去の作品でもいいので。

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