人間以外になりたい話
こんな都市伝説がある。もし検索サイトに、空想配達便と検索したら、強く願った人にだけそのサイトが現れ、空想を配達してくれる。
私は子供の頃から人間以外になることに興味があった。
大人になったら羽が生えてくるものだと思っていたし、もしかしたら人魚になるかもしれないと思っていた。
よく、両腕をパタパタさせて空を飛ぶ練習をしたものだ。
体育の時間は苦痛だった。私は運動神経があまり良くなかったから、みんなの笑い物によくされていた。
そんな時、チーターになりたいと思った。 あのしなやかに大地を駆けるチーターに。
そう思って、徒競走を頑張っていた時期もあった。
毎晩、私は本当は人間じゃない、だから上手くいかないんだって、呪文のように唱えていた時もある。
今はもう、人間以外にはなれない、私は私以外になれないって分かるけど。
空想でもいいから、そんな自分になりたい、そんな思いで、サイトに自分の名前を書いて、配達日を指定した。
配達日になった。
ピンポーン、チャイムが鳴る。
ドアスコープで覗くと、黒装束の怪しげな 男とも女ともつかない人が立っていた。
ドアを開けると、笹本美玲さんですか、と声をかけられる。とても涼やかな声だと思った。
私ははい、とかすかに頷いた。
黒装束の人は小さな箱を差し出した。
その箱を開けると、自分が最も望む空想が見られるという。
人によって相場は違うが、概ね30分くらいらしい。
言葉少なく、黒装束の人はそう説明して、去って行った。
夜、仕事が終わって、諸々の雑事を片付けて、ようやくその箱に向き合う。
これが嘘か真か。
エイヤっと箱を開けた。
空想の中で、私は人狼になっていた。ふさふさの耳、尻尾、口が若干犬っぽくなっていた。
人狼になった私は大きく深呼吸した。
空気は土と草の香りが混ざり合い、肺の奥までしみ込んできた。
足裏に感じる地面の柔らかさ。遠くで虫の羽音が響いている。
毛並みを撫でる風が心地よくて、私は吠える代わりに笑った。
人狼になった私は満月を浴びながら、草原を走っていた。それが無性に楽しかった。
風を切って走る。走る。たまに四足歩行になったりもした。
空想の中で私はどごでも自由だった。月に向かって、大きく遠吠えをする。
私はここだというように。そして、私の魂の在り方を問うように。
空想はそこで終わった。
私は震えた体を抱きしめた。まだ余韻が残っているのかと思ったが、ただの冷房の効きすぎだった。
ハロウィンの仮装じゃなくて、本当の人狼。
私は確かに、耳と尻尾と、人狼の本能を携えたのだ。
空には、人狼に相応しい満月が浮かんでいる。
それを見ながら、さっきまでの自分で満月に吠える姿を想像した。
あれが本当の私だったらいいのに。
そんな風に思いながらも、人間であることを捨てきれない自分がいることに気づく。
憧れは、憧れのままでいいのかもしれない。
でも、心の中だけは私は人狼でいていいのだ。
そう思いながら、私は意識を遠くに飛ばして、暖かい布団の中で眠った。
次回、「告白したい話」