もう会えない人に会う話
こんな都市伝説がある。もし検索サイトに、空想配達便と検索したら、強く願った人にだけそのサイトが現れ、空想を配達してくれる。
私は半分本気で、半分冗談で検索してみた。
すると驚いたことにヒットした。
ホームページは本格的で、名前を入れるだけでその人が望む空想を届けてくれるらしい。
私は唾を飲み込んだ。
もし、それが本当なら、私には見たいものがある。もう会えない人がいる。その人に会いたい。
震える指で名前を入れた。最後に、配達日を指定して、応募のボタンを押した。
はぁ、とため息をつく。
これで本当に届くのだろうか。
全然信じてなかったが、配達日は家にいた。
ピンポーン、チャイムが鳴る。
出ると、そこには全身黒装束の怪しい人が小さな小箱を抱えて立っていた。
勇気を出してドアを開けると、怪しい人は至って普通の声で、青木咲さんですか、と本人確認してきた。
私は、はいと言った。
怪しい人は、小さな小箱を私に差し出して、こう言った。
「小箱を開けると、空想が出てきます。人によりますが、空想はおよそ30分ほどです」
そう言って怪しい人は去っていた。
私の手の中には、小箱が鎮座している。
部屋に戻って、小箱を睨みつけた。本当に求める空想なんて届くのだろうか。
指先が少し震える。
しばらくたって、やがて、これが嘘でも話の種になるだろうと、諦めて、小箱を開けた。
その瞬間、私は雲の上にいた。見渡すかぎり、もこもこと柔らかい雲が広がっていた。
足元が透けていて、空が静かに流れていた。
空気はぬるく、少しだけ甘い匂いがした。
雲の上で、向かい合わせで、急死した恩師に会った。
あまりの衝撃に言葉を失う私に、恩師はいつも通り優しさのなかに情けなさも含んで言う。
「ごめんねぇ、何も言わずに去って」
私の口は戦慄いて、でも震える声で返事した。
「私、わ、わたし、どうしても言いたかったことがあるんです」
恩師は優しく微笑んで促した。
私は深く頭を下げた。
「今まで、お世話になりました。あなたのおかげで私は無事大学を卒業出来ました。本当にありがとうございます」
大学に行けなくなってしまった私に、しっかりと対応してくれたのが、この恩師だった。
恩師は頭を掻いた。
「全然、そんなの大したことじゃないんだけどねぇ。まぁ、元気でやってくれたらそれでいいさ」
私は涙を流していた。
「はい」
ふいに雲が足元から崩れ、私はゆっくり下へと落ちていった。恩師の顔が遠ざかる。最後まであの優しい微笑みのままだった。
それで、空想は終わった。
私は自分の部屋を見渡す。まるでここが現実じゃないかのように。耳奥でまだ、恩師の声が木霊していた。空っぽの小箱が、ここが現実であることを教えてくれた。
窓の外の彼岸花が風で揺れていた。
やけに優しい風は、私を慰めているかのようだった。さっき見た妄想の余韻に浸っては、夕日を眺めた。
それからなんとなく、光るスマホの通知を見た。
LINEの友達欄に、恩師の、少し照れくさそうな笑顔のLINEのアイコンを見つけた。
「ありがとう」
小さくそう呟きながら、もう既読がつくことのないその画面を、そっと指先で撫でた。