9 くすぶる
百鬼の妖怪たちは、続々と子ども妖怪を連れて神社に集まってきた。子ども妖怪はみな動物の姿で、野菊を見るや、きゃんきゃんと駆け寄っていく。野菊も彼らを抱きしめて微笑んだ。
「手を借りれば、こんなにあっけなく終わるもんなんだね」
ひとしきり子どもたちをなで、野菊は倒れたきり起きない少年の頬をつまむ。彼の兄貴分たちも、しっかりと百鬼の妖怪たちに灸を据えられてきたようだった。百鬼の面々がやりきった顔をしているのがその証だ。これで野菊の恨みも晴れただろう。
「もっと早く頼ってくれればよかったんだ」
「……妖怪を頼るなんて考えがなかった。サトリは心を読む悪趣味な種族だって疎まれているからね。あたしと一緒にいてくれるのは、人間の言葉もわからないようなこの子たち動物妖怪だけさ。ギン太は言葉がわかるくせにそばにいてくれる物好きだけど」
野菊は目を細め、苦笑する。
「今回の件、あたしひとりじゃ、どうしようもなかった。助かったよ」
「構わねえさ。これも俺たちの仕事だからな」
そう言うと、朔夜は百鬼の妖怪たちの中に混ざっていく。その姿を見送っていると、野菊の肩にギン太が飛び乗った。
「姉さん、よかったね」
「ああ。ギン太もご苦労さま」
ぶんぶんと尻尾をふるギン太は、どうにも憎めない性格をしている。つい豆が笑っていると、野菊が言った。
「悪かったね。勝手に心を読んで、あれこれ言っちまった」
「……いいえ。気にしていませんよ」
豆は微笑む。また笑顔で繕っているな、と思いながら。
豆の中にあるどろどろとした思いは、そう簡単に消えやしないだろう。半妖であることのしがらみは、きっと一生つきまとう。自身の弱さも、不便さも。それから両親に対する、複雑な思いも。
「若大将、ひと仕事終わったんだから酒盛りしましょうや」
「いいぞ。今日は苦労かけたな」
「まったくです。若大将は俺らがいないとなにもできないんですから」
「んなことねえよ」
相変わらずからかわれて不服そうな朔夜を、たくさんの妖怪たちが囲う。なんだかんだで愛されている若大将だ。
ふっと心に苦いものが湧いた。
弱い者を守ろうとする朔夜だから、己のことも助けてくれるのだろう。それが若大将としての務めだから。
いまや、胸の痛みはよくわかった。居心地が悪くなって朔夜から目をそらす。
自分は、弱いものとして彼に接してほしいわけではないらしい。
「……子どもじみていますか、俺の考えは」
豆をじっと見ていた野菊には、すべてお見通しだろう。問えば、彼女はゆるゆると首をふった。
「対等でありたい、か。いいんじゃないかい」
対等に。
そのとおりなのだろう。
片や江戸妖怪の若大将。片や弱すぎる豆腐小僧。どう見積もっても、同じ立場になど立てやしない。けれど、守られてばかりなんて嫌だなと思うのだ。
自分はそこまで弱くない……と、思いたい。いや、弱いことは重々承知しているのだけど、それでも朔夜に守られるだけなのは嫌だ。無性にそう思ってしまった。
男としての矜持だろうか。同じ年ごろの朔夜には負けたくない、という。
それとも――、自分は朔夜に庇護される者ではなく、友でありたいなんて思っているのだろうか。
こんな思いははじめてだった。
「豆、いまから百鬼の屋敷で酒盛りするけど一緒に来るか?」
朔夜が百鬼の面々に囲まれながら、こちらに手をふった。いちはやくギン太が「行くー!」と駆けていき、朔夜に「おまえに言ったわけじゃないんだが」と苦笑されている。
野菊が密かに添えた。
「肴を食べるほど身体が万全じゃないから、豆の豆腐がいい。ってさ」
「朔夜さん、まだ本調子じゃないんですか」
「行って来たらどうだい」
豆は考え、ゆっくりと首をふる。
いまは無性にひとりになりたかった。
「すみません、明日も豆腐売りの仕事がありますので。俺は帰ります」
「そうか? なら、長屋まで送るぞ。夜道は危ないだろう」
「ご心配なく。若い娘でもないですから」
一礼して歩き出す。すこし愛想がなさすぎただろうかと不安になった。朔夜と喧嘩をしたいわけでも、彼の優しさを無下にしたいわけでもない。
けれど、なんだか腑に落ちないのだ。
「難儀なもんだね。あんたはもっと素直になったほうがいい」
聞こえた声にふり返る。野菊が肩をすくめていた。
「どれだけ虚勢を張ろうと、心の内にあるものは消えやしないよ。自分に正直になるのも時には必要なことさ。……さて、あたしは山奥に引っ込むとしよう。今回みたいなのは御免だからね。行くよ、おまえたち」
子ども妖怪たちにかける声はぐっと柔らかくなる。彼らに甘えられながら、野菊はひらひらと手をふった。
「じゃあね、若大将に百鬼の妖怪に、豆腐小僧」
そうして、野菊は闇夜にまぎれた。
第3章「愛と賭け事」 了




