8-2 逆襲
「さて、烏が百鬼の妖怪に知らせれば、破落戸なんてすぐ御せる。諦めな」
朔夜がこつんと少年の額を小突けば、情けない叫び声が上がった。少年は慌てて逃げ去ろうと腰を上げるが、足元がもつれてうまくいかない。それでもどうにか立ち上がって駆け出した。
「く、くそ、こんなはずじゃなかったのに……!」
「威勢がいいな。嫌いじゃないが、もうちっと反省してもらわないと」
朔夜がふり向いて、ギン太を見た。ちょいちょいと手招きしている。
「ギン太、お呼びのようです。いってらっしゃい」
「あいよ!」
ギン太が身軽に駆けていき、たんっと地面を蹴り上げると少年の目の前に躍り出た。青い炎を飛ばせば、少年を囲うように炎の壁ができる。
炎の向こうから少年の悲鳴が上がった。だが、なかなかしぶとい少年だ。
「こ、こいつの炎が熱くないのは知ってるぞ!」
幻では怯まないらしい。
それならばと豆も手を貸すことにした。
神社の灯りを拝借して、松明に火を移す。少年の姿は炎に阻まれて見えないが、まあだいたいこの辺りだろうと見当をつけて炎に近寄り、松明を差し出した。
「あっつ……!」
豆の意図を読んだ野菊がふむ、と笑みを浮かべる。悪い笑みだ。
「――熱くないなんて、本当にそう思うかい?」
炎の中で少年はうろたえているようで、上擦った声がした。
「は、はあ? だって、その狐、たいした力なんてないはずだろ!」
「妖怪を舐めちゃいけないよ。あたしたちが人間ごときに、手の内をすべて明かすと思った?」
野菊には、炎に隠された少年の怯える心が手に取るようにわかるのだろう。それを器用にすくいとって揺さぶる。サトリの戦い方だ。
「その炎は幻じゃあないよ。本物さ。かわいそう。このままじゃあ火あぶりだね。妖狐の炎は骨まで消し炭にしちまう。きれいさっぱりこの世とおさらばさ」
「ひっ……!」
野菊の楽しげな笑い声が響くのとは反対に、怯え切った少年の悲鳴がこだまする。
さすがに不憫になって豆は松明を引いた。そっと寄ってきた朔夜が苦笑する。
「野菊は敵に回したくないな」
「ええ」
「でもまあ、これだけの目に遭えば、もう妖怪に舐めた態度なんざできないだろうさ。……ちと、いじめすぎな気もするが。おい野菊、ギン太。その辺にしてやれ」
「えええ、もっとやろうよ」
「駄目だ。節度は守りな」
不承不承な様子のギン太の炎が消えるころ、少年はすっかり気を失って倒れていた。




