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9-3 その後

「ここにいたら百鬼総出で守ってやれる。もちろん百鬼の中に豆を利用するやつなんていないし、仮にいたら俺がお灸を据える。俺としてはどこぞの野蛮な妖怪に豆が狙われて、力をつけられるのも困るんだよ。おまえが近くにいてくれたら安心だ」


 至極真面目な顔だった。江戸妖怪を取り締まる百鬼の若大将としては、豆を放っておくことができないらしい。だが。


「その必要はありません。いままでもなんとかなっていましたから」


 自分はひとりで生きていける。他人の世話になる気はない。


 仲が良かった妖怪には「豆腐小僧のくせに大人になるなんて」と不気味がられ、親切で近寄ってきた妖怪は豆の血の力を知るや襲ってくる。そんなことばかりだった。もうだれかと一緒にいるのは御免だ。


 と、急に笑い声が響いた。


「なんだ、おまえさんたち仲いいじゃねえか」


 旦那は「いいことだなあ」と陽気に笑い、抱いていた琥太郎を朔夜の腕に託す。琥太郎はこの状況でも寝息を立てていた。穏やかなものだ。


「それじゃあ話の仕上げだ。赤子の面倒は朔夜に任せよう。普通にしていればただの人の子だし、半妖の特別な力はなさそうだが。念には念を入れて世話をすること。いいな」


 朔夜はまだ豆になにか言いたそうにしながら、「ああ」とうなずく。表情を和らげた旦那が、そんな息子を眺めた。


「それからあとは、豆ともせっかく仲良くなったんなら、そのまま親しくしてもらうといい。豆はいいやつだからな。おまえも見る目あるじゃねえか。さすがだねえ」

「うわ、やめろよ親父」


 旦那は朔夜の頭を掴むと、勢いよくなでまわした。……仲がいいのは、そちらではないだろうか。朔夜は嫌がっているが、諦めているのかなんなのか、反抗するのは口だけのようだし。


 親子か、と豆は彼らを見つめた。


「豆」


 ふいに呼びかけられた。豆は旦那を見て驚く。朔夜の頭から手をどけた彼の瞳が存外、真剣な色をしていた。


「豆には鬼と関わってほしくない」

「え……?」

「鬼は、力を求める妖怪たちだからな。本当なら豆は、この赤子とも朔夜とも縁を切ったほうがいいんだろう。――だが、半人前の息子だが、仲よくしてやってくれないかい?」


 妙に真剣な口調に戸惑った。


「はあ……、それはまあ、いいですけど」

「なんで親父にお膳立てされなきゃならないんだよ」


 朔夜が顔をしかめて、ため息をつく。


「しかし、せっかく縁ができたんだ。これで終わりってのも寂しいもんな。てことで、これからもよろしく頼むぞ、豆」

「そう、ですね。まあ、はい……、わかりました」

「……なんでちょっと嫌そうなんだよ」


 朔夜がさらに顔を歪める。そう言われても、と豆も渋い顔になった。朔夜のことが嫌いなわけではない。それでも「百鬼夜行の若大将」とはなるべく近づきたくないのが本心だ。


「あなたといると、また厄介ごとに巻き込まれそうだなと思いまして。そういうのは勘弁してくださいね。俺は穏やかに生きていたいんです」

「大丈夫だって。むしろ、豆が厄介ごとに巻き込まれたときに助けてやるから」

「そうですか。期待しておきます」

「……本当に期待してるか?」


 納得のいっていないような顔の朔夜を眺め、なにやらおかしなことになっているなあ、と豆は思う。でもまあ、ここまできたらなるしかないだろう。


 どうも朔夜との付き合いは長くなりそうだ。嬉しいのか面倒なのかわからない予感を抱えて、彼に抱かれている琥太郎へ目を移す。


 ――百鬼はきっと、いい妖怪たちの集まりだ。総大将と若大将が彼らなのだから。


 半端者のこの赤子も、ここでなら真っ当に生きていけるのかもしれない。


 豆がふっと息をついたとき、開け放した障子から夏の風が入り込み、軒に釣られた風鈴が揺れた。琥太郎が握ったびら簪も、しゃらり、と可憐な音を立てた。



第1章「赤子を抱えた女の死」了

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