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9-2 その後

 ……いま朔夜は、親父、と言ったのか。


「お豆、今日も会えなかったから心配したんだぞ。まさかうちに泊まってるとは思わなかった。また怪我したのかい?」

「……旦那、ですよね?」


 微笑む男はたしかに旦那だった。大川沿いで毎朝会っていた気のいい旦那……なのだが。わけがわからず呆然とするしかない。


 先ほど、親父、と朔夜が呼んだのは間違いない。そのうえ、旦那と朔夜の面影が似ていることに気づいてしまう。朔夜が齢を重ねればこんな風になるのだろう、といった具合だ。


「まさか、柳の旦那って」


 おそるおそる口を開けば、旦那が応える。


「ご明察。百鬼夜行の総大将だ。ま、畏まらずにいつもどおり旦那って呼んでくれ」


 ばしんと豆の背中を叩くその力具合は、毎朝会っていた旦那のものだった。


 しかし。


 しかし、である。


「嘘でしょう、だって、旦那はもっと、ぱっとしないお方だったのに……!」

「ぬらりひょんだからな。気配を消すのも存在感をなくすのもお手の物さ。ほら」


 言うが否や、旦那のまとう雰囲気が変わった。あっというまにぱっとしない、いつもの旦那になっていたのだ。ぬらりひょんの力はそんな使い方もできるらしい。


「親父、豆と知り合いだったのか」

「散歩仲間だ。おまえこそ、どこで知り合ったんだよ」


 あっけらかんとしている旦那と目をまたたく朔夜は、なるほど、親子に違いない。容姿だけでなく、打ち解けたやり取りからもそう思う。豆は眩暈を覚えて布団に伏した。


 ――あの柳の旦那が、総大将?


 信じられないが、きっと嘘はないのだ。


 気づかなかった。毎朝会う男が江戸妖怪をまとめ上げている存在だなんて、だれも思わないだろう。


 だがいま思えば、他人と深く関わるのを避けていた豆が旦那には心を許していたのだから、他者を惹きつける総大将という噂も納得だった。それに朔夜にはじめて会ったとき、だれかに似ていると思ったことも勘違いではなかったのだ。


「そうだったんですか……」

「悪かったな、黙ってて。まあ積もる話もあるだろうが、いまは息子が持ってきた面倒な案件について話をしよう」


 旦那がぱしんと自分の肩を扇で叩く。そのひとつの動作で、空気が変わった。豆ももう黙るしかない。どうにか目の前の現実を呑みこんで、顔を上げる。旦那の真剣な表情に逆らえない。豆腐小僧がぬらりひょんのつくる空気に抗うことなんてできるはずがないのだ。


「この赤子、鬼と人との間に生まれた半妖なのは間違いないんだな」


 琥太郎を抱いたままの旦那が、豆と朔夜を交互に見た。朔夜がうなずき、旦那がつづける。


「半妖ってのは珍しい。そもそも妖怪と人間は容易に相容れないもんだ。だが珍しくも生まれた半妖の中には、妙な力を持つ者がいる。妖怪と人の血が混ざるんだから大概は親よりも脆弱になるもんだが、親にはない特別な力を持って生まれる者が稀にいるんだ。そういう半妖は貴重で狙われやすい。――なあ、お豆」

「え」

「そう思うだろ?」


 手のひらに汗が浮かんだ。


「どうして、俺に訊くんです」

「それは豆が一番わかってるはずだ」

「……なるほど」


 旦那は眉を下げた複雑で小さな笑みを浮かべていた。その表情の裏にあるものは……、同情だろうか。


 ――そうか。旦那は全部知っていたのか。


 いつからだろう。


 深くため息をつく。知られているなら、いまさら隠すのも馬鹿らしい。


「はい。よく存じていますよ。俺も昔から狙われてきましたからね。それに、俺の親は妖怪に狙われた俺をかばって死んだらしいですし」


 朔夜が目を見開いた。豆は苦笑し、再び口を開く。


「俺も、半妖なんですよ」


 その声が思ったよりも苦々しい響きを持っていて、またため息を落とした。軽く首をふる。


「豆腐小僧は本来ならいつまでも小僧のままです。けれど半妖で半端者の俺は、大人になってしまった。昨日、朔夜さんにはそうお話をしたはずですよ」

「……ああ。そういえば。いや、そうだったか? 半妖なんて聞いてないぞ」

「半端者とは言いました」

「それは聞いた気がするが」

「納得がいかないなら、改めてお伝えします。俺は半妖です。人間と豆腐小僧の血が半分ずつ流れています」


 朔夜はしばらく呆けていた。それから思案する顔で、首の後ろをかく。


「半妖ねえ」

「そうです。中途半端な存在なんですよ。だから成長するし、妖怪の世にも人の世にも馴染めない。それから、正体を知られれば狙われます」

「……待て。狙われるってことは、豆にも特別な力があるってことか?」


 呆けている割にはしっかりと理解しているらしい。豆は自分の胸に手を当てた。鼓動する心臓が全身に血を送っている。厄介な自分の血を。


「どうやら俺の血肉は、他者の力を伸ばすことができるようなんです。昨日、琥太郎は俺の血を呑んで、妖気が増したでしょう」

「ああ……。琥太郎のやつ、急に強くなったから妙だとは思ったんだ。あれは豆の影響だったのか」

「そういうことです」

「なんというか、信じがたいが……、嘘じゃなさそうだな」


 ちらりと、朔夜の目が豆の脚に向く。豆も自身の脚を見下ろした。包帯の巻かれた細い足だ。


「俺の血は面倒なんですよ。素行の悪い妖怪に知られれば、狙われて厄介です。だからこれまで、妖怪とはなるべく関わらずに生きてきた。というお話も、昨日しましたよね」

「いやそこまでは聞いてない」


 朔夜が渋い顔になる。


「豆、中途半端にしか話していないにもほどがあるぞ。大切なところ、なんにも言ってなかっただろ」

「そうでしたか。すみません」


 まあ、会ってすぐに話すことでもないのだから仕方ない。むしろ朔夜にはよく話したほうだ。


 だが朔夜は渋い顔でため息をついて、頭をかく。


「まあ、わかったよ。おまえの事情は理解した。だが狙われたら、豆じゃ太刀打ちできないだろう。よくいままで無事だったな」

「幼いころは親代わりになってくれた山姥のばあさまが守ってくれていたので。それに逃げるのは得意ですから。そのために妖気に敏感になったんですよ」

「……なるほど。そういう経緯か。また大切なところを省いて話してたわけだ」


 重く深いため息が落とされた。それから朔夜はなにを思ったのか、真剣な目を豆に向ける。


「豆、百鬼に入らないか」


 豆は首をかしげた。百鬼に?


「なんですか、突然」

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