7-2 下手人?
豆と朔夜は視線を交わした。朔夜が少年に向き直る。
「おまえ、名は?」
「狐妖怪のギン太だよ。あの、簪を、ええと……とにかく返すから許して!」
ギン太はものすごい速さで懐から簪を取り出した。あ、と思う。若い娘が好む、びら簪だった。女の長屋から盗まれて、豆や朔夜が探していたものだ。
幾本もの細い鎖の先に珊瑚の珠がついていて、しゃらしゃらと揺れる。ひとつ、飾りが欠けているものがあった。試しに朔夜が持っていた珠をあててみれば、ぴたりとはまる。
「では、あなたが女人を殺して簪を盗んだんですか?」
訊ねる豆の声には戸惑いがにじんでいた。悲惨な女の骸とこの少年とは、どうにも結びつかない。
「そ、そんなことしないよ!」
案の定、ギン太は勢いよく首をふった。
「おれは盗んだだけ! ずっとその簪を狙ってたんだけど、おれ小心者だからずーっと陰から覗くばっかりで、今日までなにもできなくて。殺すなんてとんでもない!」
「盗みの上に、つきまとってたのか」
朔夜の冷めた目がギン太を突き刺し、ギン太はまた涙を浮かべる。
「だっておれ、小心者なんだもん。で、でも、今朝、長屋に様子を見に行ったら、もうあの姉さんは死んでて。それで悪いなあとは思いつつ、簪だけ盗ませてもらったってだけで、あいたっ」
朔夜が脳天に拳を入れると、ずいぶんと頭の軽そうな音がした。
「女が死んでるからって盗むやつがあるか。……それで? 俺たちのあとを執念深くつけていたのは?」
「簪の飾りを兄さんたちが持ってたから、どっかでうっかり落としてくれないかなあと、こっそり見守ってて」
「つきまとってたの間違いだろ」
「あははー、そうとも言うね。いたいっ」
再びめりこむ朔夜の拳を横目で見ながら、豆は考える。
簪を盗んだのは、この狐妖怪だ。それから昼間と今、豆たちを追いかけたきた妖気もこのギン太のもので間違いない。面と向かって珠を奪いに来るほどの甲斐性がなかったらしいギン太の「早く珠を落とせ!」という思いが、執念深い妖気の正体だったのだ。
今朝の女の骸が念頭にあったとはいえ、こんな小心者の子狐の妖気を「怖い」などと思ってしまった自分が恥ずかしくなり、額に手を当てた。妖気に敏感すぎるのも考えものだ。
「豆、どう思う?」
「そうですね……。人殺しができるような度胸、彼にはないように見えますよ」
「だよなあ」
夜空の月に雲がかかったようで、もともと暗かった小路がさらに濃い闇に包まれる。豆と朔夜は同時にため息をついた。
「こいつが殺しの下手人なら話は早かったんだが。ふり出しにもどったな」
「全くです。それに盗みと殺しが別となると厄介ですね。琥太郎のことも心配です」
呟くと、朔夜が首を傾げた。
「ほら、盗みが目的の凶行でなかったのなら、下手人は最初から娘を殺そうとしていたってことになるでしょう? それに、娘は隠れるように生きていたそうですし。金のいざこざか男女のもつれか、理由はわかりませんが、妖怪に恨まれていたのかもしれません」
「ああ、なるほど。妖怪から逃げるためにこそこそ生きていた、と」
「はい。仮に殺しの理由が私怨だったなら、その恨みは娘だけではなく息子の琥太郎にも及ぶ可能性がありますよね?」
朔夜が「そうか」と顔をしかめた。恨みという感情は暴走しやすいものだ。
「まあ、琥太郎はいま百鬼の屋敷にいますし、危険はないと思いますが……」
そのとき、ひとりの童女が小路に駆け込んできた。
「わ、若大将……っ!」
百鬼の子ども妖怪だろう。その声は甲高く夜の空に響いた。とたんに朔夜が表情を引き締める。豆もはっとした。子どもの声が、焦りと怯えを孕んでいたからだ。
「どうした」
「あ、あの、こたちゃ、こたちゃんが……!」
隠れていた月が顔を出した。童女の姿が闇に浮かぶ。その小さな身体の上に、ぬらりとした血の色が浮かび上がった。