7 下手人?
昼間、長屋で感じたものと同じ。簪を狙っている妖怪の気配がした。また欠けた珠を奪いに来たのだろうか。まとわりつくような気配に肌が粟立つ。
朔夜が周囲に目を走らせた。
「どこだ」
「そこの細路」
言い終わらない内に、朔夜は提灯を豆に託して駆けた。ひらりと彼の袖がひるがえり、闇に踊る。一瞬の出来事に呆然としたが、豆もあわてて追いかける。だが細路に入ったときには、朔夜の姿しかなかった。
「気づかれた。追えるか?」
「はい」
昼とはちがい、今度は朔夜が共にいる。それが存外、心強い。
妖気はせわしなく移動していく。相手は小回りが利くらしく、近づいたと思うとかわされる。すっかり大通りを外れて、人のいない道ばかりを走りつづけていた。朔夜にはたいして疲れた様子がないが、豆は限界が近い。
「次、どこだ!」
「ふたつ先、の、小路です!」
だが朔夜は豆の指し示す小路に走らなかった。
「生真面目に追いかけていても仕方ねえな」
大きく跳んで、手近にあった旅籠屋の屋根にのぼる。そのまま屋根伝いに突っ切り、刀を抜いた。月明かりをはね返す刀を、豆が指した小路に向かって投げつける。そうして朔夜自身も、するりと屋根からおりて姿が見えなくなった。
――身軽すぎる。
豆にはどうやっても出来ない芸当だ。
どうにか豆が追いつくころには、疲れた様子もない朔夜が小路で肩をすくめていた。
「ほら、妖気発してるのはこいつだろ?」
「あ、そうです。……狐?」
朔夜の投げつけた刀が目の前に落ちて驚いたのだろう。刀のそばでひっくり返っている狐が、豆の持つ提灯の灯りに照らされた。栗色の毛並みは普通の狐と大差ない見た目ではあるが、妖気はある。
そういえば昼間、豆が取り逃がしたときも足元をこれくらいの大きさのものが駆け抜けていった気がする。
朔夜は刀を鞘に納めると狐を拾い上げ、目の高さでゆらゆら揺らす。
「起きろ。おまえ、百鬼の若大将をつけ狙うとはどういう了見だ」
「――ひいっ! あ、あんた、若大将なの……⁉」
狐から声がした。かと思うと、白い煙が立つ。煙が晴れるころには、少年が立っていた。狐の姿と同じ栗色の髪と瞳。着物も髪もぼさぼさだが、吊り上がった瞳には愛嬌がある。
脳裏に女の骸がよぎった。
……この少年が下手人?
「か、勘弁してよ、若大将! おれはただ、ちょーっとお金に困ってるだけで!」
少年はわっと涙目になって叫ぶと、地面に膝をつき頭を下げる。わあああっと泣く彼の涙が豆の足元にまで飛んできて、思わず足を引いた。
なんだろう、これは。こちらが弱いものいじめをしているようではないか。
この少年が本当に下手人なのか?