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6-2 百鬼夜行

 行燈の灯った三階の部屋に通されると、女妖怪がすぐに夕餉の膳を運んでくれた。乳がほしいのか落ち着きがなくなった琥太郎を彼女たちが別の部屋に連れていく。あんなに豆の袖を離さなかったくせに拍子抜けするほどあっさり去っていったのだから、多少寂しさを感じた。そんな豆を朔夜が笑っていたのも癪だ。


 百鬼は屋敷も大きければ、夕餉も贅沢だった。琥太郎への寂しさをごまかすように夕餉を食べきると、なぜだか朔夜が自分の膳を押し出してきた。


「なんですか?」

「豆はひょろいから、もっと食べて精をつけたほうがいい」

「もう充分ですが」

「いいから食っとけ」

「はあ……」


 結局、彼の分まで食べることになった豆はなんだかなあと思いつつ箸を進めた。おいしいからいいのだけど、そろそろ腹が限界を迎えようとしている。


 どうにかすべて平らげて、顔を上げると、行燈の揺れる灯が朔夜の顔を照らしているのが見えた。開け放した障子の近くにいる朔夜は、瞳を外に向けている。


 こちらに気づいた彼が笑った。


「お、全部食ったな。うまかったか?」

「ええ。ごちそうさまでした。そちらはなにを考えていたんです? 憂い顔のようでしたが」

「いや……、下手人を早く捕まえてやらないと、と思って」


 首を傾げる豆から庭へと、また朔夜が視線を動かす。やはりその瞳には憂いが見え隠れしていた。


「このままじゃ死んだ女も浮かばれないだろうし。幽霊にでもなったら……、まあそれはそれで百鬼で面倒みてやるけどさ、それでも未練なく成仏できるのが一番だろう」

「……そうですね」


 妖怪の自分たちが言うのもおかしな話だが、人間が化けてでるのは悲しいことだ。できることなら、琥太郎の母には安らかに極楽へと旅立ってほしい。


「それより豆は妖怪が嫌いなのか?」

「え?」


 突然話題を変えられ、目を瞬く。朔夜が苦笑していた。


「豆、この屋敷に来てから落ち着きがないだろ。無理強いさせちまったのかと思って。琥太郎も帰ってきたことだし、帰りたかったら帰ってもいいぞ? 悪かったな」


 ああ、と豆は曖昧な返事をする。たしかにあちこちから感じる妖気に気が重かった。妖怪は苦手だ。けれど琥太郎のことも気にかかる。ここまで来たなら、一日くらい赤子のそばにいたっていいかもしれない。気が重いのは変わらないけれど。


 そう思っていると、朔夜がおもむろに立ち上がった。


「本気で帰りたいわけじゃなさそうだな。じゃあ予定通り泊まってけ。とはいえ、ちょいと外を歩いて気分転換しようか。今夜は月も綺麗だし、舟に乗って蛍でも見に行くってのはどうだ」

「男ふたりでですか?」

「そりゃ美人がいた方が華やぐが、たまには男同士水入らずってのもいいだろう」


 気を遣ってくれたのだろう。ならばと甘えることにした。


 朔夜が提灯を持ち、ふたり連れ立って外に出る。途中、子ども妖怪たちが琥太郎と戯れているのを見かけた。人の子が妖怪に預けられるなんてという心配は不要だったらしい。琥太郎も笑っているからほっとした。


 人のいる通りに出ると妖気も薄まっていき、豆は肩の力を抜く。その動作が、すこし前を歩いていた朔夜にも筒抜けだったらしい。


「妖怪を嫌うのには、なにか理由があるのか?」

「べつに嫌ってはいませんが……。言ったでしょう。俺は妖怪相手だと十中八九負けるので、近づきたくないんです」

「うちのやつらは、むやみに他人を襲わない。ま、今日あいつらと喧嘩した俺が言っても、説得力に欠けるかもしれないが」


 朔夜は頬をかく。提灯に照らされたその頬から赤みは引いたが、きっとまだ痛んでいるのだろう。そんな朔夜に、豆は苦笑を浮かべた。


「あなたのお仲間を悪く言いいたいわけではありませんよ。それでも、なるべく関わりたくないんです」

「そりゃなんで?」


 返す言葉に迷った。


「……俺は、ひとりで生きるしかなかったので。ああいう大所帯は慣れていないんです」


 前を歩いていた朔夜がこちらをふり返る。


 ――どうして、こんな話をしているんだろう。


 普段の豆なら、会ったばかりの妖怪にこんな話はしない。なのに朔夜を相手にしていると、口が滑ってしまう。これも、ぬらりひょんの力か。


 まあいい。ここまで来たらなるようになれ。


「俺は豆腐小僧なのに、この見た目でしょう? 昔遊んでいた妖怪たちは、俺が成長するにつれて離れていきました。妖怪にとっても、成長する豆腐小僧の存在は奇妙に見えるようで」


 そんな自分は妖怪の輪から外れてしまう。かといって人の輪にも入れない。どちらの世界にとっても異物であることを自覚している。だから、ひとりでいたい。


 それに、豆はなにかと妖怪から狙われることが多かった。だから、身を隠さなければならなかったのだ。結局、ひとりでいることが一番都合のいい道だった。


「たしかに、豆みたいな豆腐小僧は他に見たことがないな。なんで大人になったんだ?」


 不憫がるでも同情するでもない声で、朔夜が言った。豆はまた、すこしの時間をかけて言葉を探す。


「……俺が、半端者だからですよ」


 そのとき、ふっと、豆の中で黄色い火花が散った。鮮やかな警戒の色に、とっさに朔夜の腕を掴む。


「豆? どうした」


 背中に汗が伝った。そんな豆を見たからか、朔夜の瞳にも鋭さが宿った。


「――妖気です」

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