6 百鬼夜行
両国橋には旅籠屋が立ち並ぶ通りがある。客を捕まえようと声掛けをする女たちの間をするすると抜け、朔夜は薄暗い小路へ入っていった。
琥太郎は豆の腕の中で楽しそうに笑い声を上げている。のんきでうらやましい。豆は自分の長屋に帰りたい、と遠い目になった。
――妖怪とは関わりたくないのに、まさか百鬼の屋敷に向かうことになるとは。
「おや、若大将。おかえりなさい」
どこからともなく提灯が現れ、朔夜の手に落ち着いた。提灯にはふたつのきょろりとした目がついている。化け提灯だ。
しばらく歩くと、行き止まりに突き当たった――と思うと、ぬっと土壁が動く。
「おかえりなさい、若大将」
壁から低い声がした。こちらはぬりかべだ。
現れた道の先には、整然とした竹の林に囲まれた小路があった。夜の気配の中でさわさわと竹の揺れる音がする。朔夜の案内で歩いていくと、霧が出てきた。その霧に惑わされずに進めば、やがて百鬼夜行の屋敷にたどり着く。
豆がいままで見てきたどの建物よりも、その屋敷は立派な造りをしていた。三階建ての楼閣だ。竹藪にぐるりと囲まれて、庭には大きな池まである。どの部屋も灯りをともしているのか、いくつもある障子からは光がこぼれていた。一体何部屋あるのだろう。中からは賑やかな声が聞こえている。
「百鬼の妖怪はここで暮らしてるやつが多いんだ。ま、外に自分の土地を持って暮らしてるやつも大勢いるが」
つまり、ここにいる妖怪だけが百鬼のすべてではないと。こんなに妖気が渦巻いているのに。百鬼夜行は噂に聞いたとおりの大所帯らしい。こっそりとため息をついた。やはり妖怪が大勢いる場所は苦手だ。
「あ、若大将おかえりなさあい」
「こたちゃん元気? 抱っこさせて!」
庭で遊んでいた小さな子ども姿の妖怪たちが朔夜に群がった。みな人間に化けているが、頭に狸の耳がついていたり目が爛々と光っていたりと、中途半端な姿だ。朔夜は慣れた様子で子どもたちをあしらっていく。だが、ふと眉をひそめた。
「刀は持つなって言ってるだろ。これは大人になってからだ」
ひとりの少年が小刀を持っているのを、ひょいと取り上げる。子どもは頬をまん丸に膨らませた。
「ひよっこ若大将のくせに命令するなよ! おれ、知ってるぞ。若大将はまだ弱々だから、みんなに命令する力もないんでしょ?」
からかうような声色に、朔夜の口元が引きつった。
「おまえなあ……、俺よりおまえたちのほうがひよっこだろうが!」
きゃーと子どもたちが笑い交じりの悲鳴をあげて散り散りに駆けていく。朔夜をからかうのも、彼らの遊びのひとつなのかもしれない。
……一方の朔夜は、遊びだと思っていないようだが。
「大丈夫ですか?」
「ああ」
うなずくものの、朔夜は額を押さえて「あいつら……」とうめいていた。昼は勘違いした妖怪たちに責め立てられ、夜は子どもたちにからかわれ、なにかと気苦労が多い若大将なのかもしれない。豆の同情に気づいたのか、朔夜はわざとらしい咳をした。
「奥の部屋に行こう。夕餉を準備させる」