5-2 合流
朔夜は怪訝そうにしていたが、やがて気を取り直したように長屋へ視線を送る。まだ役人たちが部屋の出入りを繰り返していた。
「下手人は簪の飾りが欠けてることに気づいたのかもな。売り払うなら飾りが揃っているほうがいいだろうし。豆に預けていた珠を奪いに来たのかもしれない」
「ああ、なるほど」
豆が珊瑚の珠を取り出すと、琥太郎が手を伸ばしてきた。赤子ながら、これが母の形見だとわかっているのだろうか。しかし、簡単に渡すわけにはいかない。
「下手人が狙っているのなら、琥太郎には持たせないほうがいいでしょうね」
「同感だ。俺が持つよ」
「お願いします。俺では二の舞になるでしょうし」
珠を渡せば、琥太郎がぶすりとした顔になって朔夜の腕をつねった。
「いて。おまえ、赤子のくせに力強いな。暴れんな。落ちるぞ」
豆は両手で琥太郎を抱き直して慣れない手つきであやしにかかった。だがそれでも赤子の機嫌は直らない。困り切って朔夜を見上げた。
が、朔夜は「そういえば」と手を打つ。
「豆。妖気に敏感ってどういうことなんだ?」
「え、それ、いま、必要な話ですか? ああ、琥太郎じっとしてて、落ちる……!」
「思い出したもんで、気になって」
朔夜は飄々とどこ吹く風だ。豆を助けたり話を変えたりする気はないらしい。のらりくらりとするのはぬらりひょんの特性なのかもしれないが、その態度は少々腹立たしい。
「琥太郎、よしよし。――ああもう、俺は、戦いに不向きなんですよ」
仕方なく、ため息まじりに切りだした。琥太郎の背をなでて、そのついでに言う。
「豆腐小僧の俺は、妖怪に絡まれるとほぼ確実に負かされます。なのでできれば妖怪とは関わらずに生きていたい……と逃げる生活を送るうち、いつのまにか妖気を探るのがうまくなっていた。それだけです」
逃げるために得た力など自慢できないうえ、情けない。一応、最弱妖怪にだって自尊心はある。さっさとこの話を終わらせたかった。
だが、朔夜は口角を上げた。
「なるほど。下手人捜しにはうってつけじゃねえか。頼りにしてるぜ」
ばん、と背中を叩かれて、思わず倒れそうになり必死に体勢を整える。
「ちょっと、痛いです。こっちは琥太郎を抱いてるんですよ。危ないじゃないですか」
「悪い悪い。しかし豆は豆腐みたいに柔そうだし、叩いたら折れそうだな」
「そこまで弱くありません」
「そうかい? そりゃ失礼」
からからと笑う朔夜は楽しそうだ。なんなのだろう、この気安い態度は。
妖怪なんて関わってもろくなことがなかった。だから距離を取って生きてきたのに、豆が引いた線を朔夜は容易く乗り越えてくる。これもぬらりひょんだからだろうか。
「さてと、日も暮れてきたことだし帰るか」
空を見上げれば、端のほうが夜の色合いをにじませていた。
「そうですね。では、琥太郎のことはお任せします」
もう一度ため息をついてから、抱いていた琥太郎を朔夜に引き渡そうとする。だが、琥太郎が豆の衣を掴んで離さなかった。
「琥太郎? なにやってんだ、帰るぞ」
朔夜がぐいぐいと琥太郎を引っ張るが、小さな身のどこにそんな力があるのか、琥太郎は豆を離そうとしない。しばらく攻防をつづけた朔夜は、やがてすっぱりと諦めた。
「ずいぶん気に入られたな。今日のところは豆が連れて帰るか?」
「無茶言わないでください。赤子の面倒なんて見れませんよ」
「そうか。なら仕方ねえ。豆もうちに泊まってけ」
「え」
じゃあ行くか、と朔夜は歩き出す。
この男は決して唯我独尊ではない。だが、それに近いものはあるのかもしれないと豆は思い直した。さすがの百鬼夜行の若大将、ぬらりひょんだ。ちなみに褒めていない。
――ああ、もう。
三度目のため息をついて、朔夜の背中を追いかけるために歩き出した。