第1話 帰還
「くっ…………こ、ここは……?」
キュリアスの魔法で強制転移させられた勇者、ルナトは全身の痛みと共に気が付いた。魔王にとどめを刺す瞬間に強制転移の魔法を掛けられた事までは覚えていた。
(……なつかしい、匂いだ…………)
先程まで居たどんよりと雷雲が掛かっている魔王城の空と違い、小さなちぎれ雲が幾つか浮かんだ青い空に、撫でるような風が吹き渡る草原の真ん中にルナトはいた。
「この草は……随分大きいけどカヤミ草……か?じゃあまさかここは……」
カヤミ草はルナトが住んでいた地域周辺にしか生えない珍しい草である。特に珍しい効果等は無い雑草には違いないが。
やけに背の高いカヤミ草をかき分け、小高い丘の上に登る。すると遠目に、何年も前に出たっきりだった、ルナトの生まれ育った家が見えた。
「実家近くまで飛ばされたのか……」
街を制圧した魔族や、通りかかった村での魔物に関するトラブル等を解決し魔王城まで辿り着くのに数年掛かった。流石に前回ほど時間が掛かる事は無いだろうが、それでもここから魔王城に着くまで1年は掛かるだろう。
「……少し、休むか」
色々と考えたが、まずは少し家で休みたかった。せっかく実家近くへと飛ばされたなら久々に母さんの顔を見ていくのも悪くは無い。
ルナトは気を失っていた場所まで戻り、剣を持とうとする……が
「あっ、あれっ……?」
剣が重い。というより大きい。先程まで片手で振り回し、魔王と渡り合っていたというのに、今じゃ両手で持ってやっと持ち上がるくらいだった。
「……も、もしかして……」
「ち、小さくなってる……?」
背中に冷たい汗が流れる。剣すら持てないこの姿では魔王と戦う事など到底無理だろう。家に帰っても母に認識してもらえるか分からない。基本は1人だったが、路銀を稼いだり、必要に応じて商人の敬語、冒険者や傭兵と行動を共にする事もあったが、これでは誰も話を聞いてくれそうにない。
魔法を掛けた側近を倒せば解呪される可能性もあるが、どっちにせよこの姿では側近すら倒せない。
焦りで思考が上手く纏まらない。どうすればいいのか。どうしたらいいのか。ルナトは半ば無意識で聖剣を持ち、聖剣をずるずると引き摺りながら、家の方へと歩き出した。
本来の姿であれば3分程で着いたであろう家も、小さくなり聖剣を引き摺った状態では10分程掛かった。やっとの事で家の前まで着いたが、生まれ育った家だと言うのに、ノックをする事が怖かった。
しかしここでこうしていても始まらない。意を決してルナトはドアを叩く。
「はーい」
ガチャ……
「あら……あら?」
久しぶりに再開した母はキョロキョロと周囲を伺うと、目線を下に落とした。互いの目が合う。母は少しの間、視線を合わせ続けると、ゆっくりと口を開いた。
「おかえりなさい、ルナト」
魔王を倒すという目的は果たせず、このような無様な姿となってしまいこれからの事もどうすればいいか分からないルナトに、母は数年前と変わらぬ微笑みで小さくなった息子を迎えた。いっぱいいっぱいだったルナトはボロボロと涙を流し、母のロングスカートに顔を埋め泣きじゃくった。
母は何も聞かず、何も言わず、帰ってきた息子の頭を撫で続けた。
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母にこれまでの冒険を話した。初めての街、困っていた人々、魔物との戦いの日々、迷宮での窮地……そして、魔王城での決戦。
母は笑い、驚き、そして時折、目に涙を溜めながら、息子の話を1文字1文字、聞き逃すことの無いように大事に耳を傾けた。
「……そう、それで子供の姿になっちゃったのね」
「……うん」
ここまで色々と話したが、正直この先の事をどうしようかは、何も考えられなかった。きっと、母はこのままの姿の自分でも受け入れてくれるだろう。そして、戦いを忘れこの家で昔のように暮らす道も、あるのだろう。
「ねぇ、ルナト。まだ色々と話したい事もあるでしょう?今日は泊まっていきなさい」
表情から色々な事を読み取った母は、今日は家に泊まっていく事を提案した。恐らく、もしそれを拒否したとしても、無理やりにでも家に泊めるだろう。
「うん、今日は泊まるよ。母さん」
「ふふ、じゃあまずはお風呂に入りましょう」
確かにルナトは魔王城を取り囲む森、そして魔王城突入、決戦まで休み無しで戦っていた。入浴や休息などまともに行うタイミングなど無かった。
「うん、じゃあ行ってく────」
ガシッ
「お母さんも一緒に入るわね」
「えっ」
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
ルナトは脱衣場であっと言う間に服を脱がされ、全身を母の前にさらけ出していた。
「あら〜〜♡懐かしいわね♡こら、隠さないの。このくらいの頃はお母さんと一緒に入ってたでしょ?」
「でも中身はそこまで幼くなった訳じゃ……」
同様に服を脱いだ母はニコニコしながらルナトの全身を頭のてっぺんからつま先まで、懐かしがりながら見ていた。
服を脱いだ母は極端に太っている訳ではないが、ふくよかな体つきをしていた。
「小さくなっても身体の傷はそのままなのね……。ルナトが頑張ってきた証……」
息子の身体に刻まれた傷を1つずつ、癒すように、愛おしそうに撫でる。ルナトは時折、完治しない古傷が痛む時があったが、撫でられているだけで不思議と癒されているような感覚を覚えた。
「少し感傷的になっちゃった。お風呂入ろっか」
少ししんみりした母に手を引かれ、久しぶりに実家の風呂に入った。母の身体を洗い、こちらも洗われ、2人で湯船に浸かった。その間も尽きることの無い冒険の話を話した。
湯船で母に抱かれ、今までの足跡を語る内に、今まで出会ってきた人達の事が思い浮かんできた。
「……やっぱり俺、行かないと」
「……そう言うと思っていたわ。でも、そのまま行かせる事は出来ません。あなたが勇者でも、私はあなたのお母さんなんだから。だから……」
「お母さんも同行します。」
「えっ?」
母は絶対に止めるが、最後には送り出してくれると思っていたルナトは、予想外の発言に間の抜けた声を出してしまったが、すぐに我に返る。
「そ、そんな!母さんを危険な目に合わせたくない!」
「私だけじゃ不安かしら?じゃあ隣町のリーティも誘うわね」
「えっ誰」
「最後に会ったのも小さい頃だから覚えてないのも無理ないわね……昔はリーティと私の2人で『地獄の黙示録』って恐れられてたのよ?」
(なにそれ……)
母から次々と予想外かつよく分からないワードが次々と飛び出してきた。なんだかもう行く気満々のようだ。
「ふふ、明日のお昼に家を出ましょう。食材も使い切っちゃうから。夜に家を抜け出そうとしてもそうはさせません。ベッドでもお母さんが抱き枕みたいにするわ」
息子と離れていた期間が長かったせいか、ルナトが実際に子供だった時よりも更に子供扱いをされている。しかしこれは度が過ぎているような気がしなくもない。
「それに、息子が勇者なんだもの、そのお母さんが弱いはずないでしょ?」
そう語る母の目は、確かな自信で満ち溢れていた。
〇ルナト Lv11
・職業…勇者
・種族…人間
・年齢…10
・体型…こども
〇マリア Lv77
・職業…母、戦士
・種族…人間
・年齢…44
・体型…ボンッ・むちっ・むちっ