表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/5

プロポーズと宣戦布告

 話が終わった後、私は容赦なくお兄様を部屋から追い出した。


「ーーあの修道院の子供たちみたいに、抱きしめて暖めてくれないか?」


 って言われて、心臓がもたないと思ったのよ……!

 だって、修道院に行ってからも見守っていてくれたなんて知らなかった。

 家族に見捨てられたと思っていたんだもの。


 でも……お兄様は、ずっと心配してくれていたんだと思うと、胸がくすぐったくて目頭が熱くなって、涙が出て来た。

 冷たく心を覆っていた氷が溶けていくみたいに、お兄様の言葉が沁みてくる。

 そっか、私、独りぼっちじゃなかったんだってーーーーーーそう思えてきたから


 二百年越しの出会いがこんなに嬉しいなんて……思いもよらなかった


 *


 「敷島部長って、素敵過ぎる……!エレベーターに挟まれそうになったところを、抱き寄せて助けてもらっちゃったの!『大丈夫?』って耳元で囁かれて、お礼を言うのがやっとだったわ……!」


「お掃除のおばさんのバケツを持ってあげてたのも見たわよ!『重いでしょう?』ってにっこり笑って。おばさんの目がハートになってた!」


「廊下で転びかけたら、手を貸してエスコートしてくれたの‼もう王子様みたいでカッコよかった~!」


「ミーティングルームに入る時、いつもさり気なくレディファーストしてくれるの!そして資料を抱えてると、必ず持ってくれるのよ。優しいのよね……!」



   お兄様……侯爵家令息の中身が駄々洩れしてますわよ……!



 麻衣は、日に日に社内で人気が高まるお兄様にハラハラしていた。

 企画部以外にもファンが出来始め、女性陣が猛禽類の眼で部長をロックオンしている。

 水面下での激しい牽制と腹の探り合いが激化していて、笑えないくらいである。

 

 そりゃあね、侯爵令息の本物のレディファーストなんて、現代の男性にはできないから、女性は感動してしまう。

 ノブリスオブリージュの精神を叩きこまれていて、部下が困ってるとフォローに走って励ますし、失敗は自分の責任、成功は皆の協力があってこそ、と自然に言えるから男性にも支持されるし、何というハイスペックなんでしょう、お兄様ってば。



 で、目下の悩みは、そのお兄様が人目もはばからず、麻衣に絡んでくることでーーーー


 *


「ーーーーお呼びですか、敷島部長」

「ああ、呼んだ。ところで、忘れている事があるんじゃないか?」


 仕事中に資料室に呼び出されて、びくびくしながら入室した麻衣は、待ち受けていた上機嫌な部長の顔を見て溜息をついた。


「……お兄様、こういうのは止めて下さいと言ってますでしょう。いい加減、同僚を誤魔化すのも限界になってるんですよ」

「誤魔化す必要はないじゃないか。もう公表してしまいたいくらいなんだ。マリーは子供が好きだろう?動物も好きだし、たくさん飼うために、家を建てて一緒に暮らそう」


 賢いお兄様は的確に麻衣の弱みを突いてくる。


「……敷島部長、業務時間内ですよ。お仕事してください」

「君が素直にうん、と言ってくれたら、早く戻れるんだけどな」


 耳元で喋るの止めてもらえますか⁉

 それに、やたらとくっつかないで下さい……‼

 スキンシップ過多ですよ⁈

 社内セクハラですよ‼


「明後日は休みだし、一緒に猫カフェに行かないか?」

「実は猫アレルギーなんです」

「そうなのか。じゃあ、水族館はどう?車で迎えに行くよ」

「魚は食べるほうが好きです」

「では、料亭にでも行こう。いい所を知ってる」

「そんな高級なところに着ていく服がありません」

「先に服を買いに行こうか。プレゼントするよ。丁度いいから指輪も見に行こう」


 ……お兄様がしぶとい……!


 じりじり近付いてくる部長から逃れようと後ずさっているうちに、資料棚に背中が当たってそれ以上逃げられなくなり、そこへ部長が手をついて囲い込んでくる。

 いわゆる壁ドンというやつだ。

 話には聞くが実体験のない麻衣は、たかが囲まれるだけで本当にときめくの?と疑問に思っていたのだが、実際にされると部長の唇が目の前にあって、体温や彼のつけている香りがダイレクトに伝わってきて、カッと頭に血が昇り、心拍数がとんでもないことになった。

 

「私の事はタイプじゃないんでしょう?でしたら、他の方をあたってください」


 麻衣が以前言われた事を皮肉って、ツンとあごを上げると、部長はきょとんとして言った。


「タイプではないが、可愛いと思ってる。いつも一生懸命で、守りたくなる。誰かにとられたら嫌だと思って焦ってる。さすがに気が無い女性に迫り倒したりしないよ」


 なっ……!

 口説かれるのに免疫のない麻衣の顔が、みるみる赤くなるのを見て、部長はいたずらっぽく笑った。


「それを気にしてたのか?可愛いな、マリーは。どう?俺の事、嫌い?一緒にいるのが耐えられないくらいイヤだったりする?」

「……そっ、そんなことは……」

「そんなこと無い?じゃあ、俺の事、好き?」


 言いながら麻衣の手をとった部長が、騎士がレディにするように床に跪いて、手の甲にそっと唇を触れさせる。

 流れるように優雅なしぐさに見とれ、タイムスリップして二百年前に戻ったかのような心地になった。


「……麗しいレディ、マリエール・ユディット・ヴェトラート。 ランスロット・ハビエル・ヴェトラートの妻になって下さいませんか?ーーヴェトラート侯爵家の名において、あなたのためにわが身と、尽きせぬ愛を、生涯捧げると誓います」


「お兄様……」


 甘く熱のこもった視線に、酔いそうになる。

 くうっ、本当にカッコイイ。

 とっくに滅びた侯爵家にかけていいのか?なんて些事に思える程絵になり過ぎる。

 ああ、頭がぐるぐるしてくる、これ 頷いちゃってもいいかな?

 いや、ダメダメ、同僚が、女性陣が恐ろしいことになるから……!

 そんなことよりも部長、私を惑わしてるより先に、主任に頼まれてた資料探しましょうよ……!

 こんなことしてたら、主任が来ちゃうーー成田さんは部長に気があるんですよ⁈見つかったら、私が八つ裂きにされますよ……!


 麻衣の心がぐらついたところで、資料室の扉が外からバーン!と勢いよく開けられた。


「ちょっと待ったぁーーーー‼」


 ひえっ⁈


 慌てて部長の手を払った麻衣が飛び上がる。

 びっくりして開け放たれた扉の方を振り返ると、そこに居たのは、ほとんど喋ったことのない、営業部の新人の男の子だった。


 跪いていた部長も立ち上がり、三人の視線が絡んだところで、あっ、と麻衣と部長が気付いて声を上げる。

 

 「……セドリック……⁈」



 そこにいたのは前世でマリエールの三歳下の弟だった、セドリック・エサイアス・ヴェトラートだった。

 現在は黒髪だが、かつてやわらかな栗色の髪をした、優しい顔立ちの少年だった面影がある。

 今世でも甘さのあるアイドルの様なルックスをしており、部長とはまた別のタイプのイケメンだった。


 何故この会社にヴェトラート兄弟三人が集まってるの⁈と混乱する麻衣のところへ駆けて来たセドリックは、急いで麻衣を背に庇い、部長を睨んで言い放った。


「兄上、お姉さまに何をしているんです……!ずっと遠くで我慢して見守ってたのに、横から攫わないで下さいますか⁈マリー姉さまは、僕のものです……!」

 マリエールが修道院へ行った時、十六歳だったセドリックは泣いて悲しんでくれたな……可愛かったな……と思い出していた麻衣は仰天した。


 とんでもない爆弾宣言をして、セドリックがお兄様と睨みあう。



            ……ええっ⁈ど、どうなってるの……⁉


         ーーーー情報量が多過ぎて、ついていけないーーーー


     

      哀しい思いをしてた前世だったけど、思ったより愛されてた……ってこと⁈


    そして、お忘れの様ですが、二人とも業務時間内なので、お仕事しましょうよーーーー‼

 

 


 







 


 



 

 コメディ短編をご覧いただき有難うございます。

この後どうなるか? は皆さんのお好きな展開におまかせしたいと思います。

 じつはセドリックにもかなり色々な事情があり、マリエールとは前世で仲が良かったのでした。

 機会があれば、続編が出るかもしれません。

 

 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ