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お兄様の事情

 ああ、家に上げてしまった……


 麻衣は後悔したが、アパートの前で長身のイケメンが、子犬みたいにしょんぼりしていて、「ダメ?」って涙目で俯いたら、可哀そうになるよね⁉人として、子犬が、日が暮れた寒空に置いてけぼりにされてたら、放置できないよね?いや、実際には子犬じゃなく二十九歳の私の上司ですけども、誰か、誰かそうだと言って……!


 「お邪魔します」


 行儀よく部屋に上がった部長は、猫グッズだらけの部屋に引くかと思いきや、ぱっと目を輝かせた。


「マリーも猫が好きなのか?俺も好きで、実家で猫を飼ってるんだ。気が合うな」

 

 ここにきて、初めてまともな話題になる。

 猫好きと聞いて一気に好感度の上がった麻衣は、ころっと態度を変えて部長へソファに座るよう勧め、素早くお茶を出した。

 夕食の時間になるので何か作ろうかと思ったら、部長がコンビニで買ってきた袋から肉まんや唐揚げなどを大量に取り出してテーブルに並べ、一緒に食べようと言う。

 遠慮のない部長につられ、麻衣も部長の向かいに座って一緒に食べることにした。

 部長の中身が勝手知ったるお兄様なので、やはり何となく馴染みやすい。

 前世の時代とオーバーラップして、どうにも懐かしくなってしまっている。


 前世でも、小さい頃はよく兄弟姉妹でお茶を楽しんだものだ。

 たっぷりクリームをのせたタルトにジャムクッキー。アイシングのかかったキャロットケーキ。

 今はコンビニケーキやプリンだが、初めてコンビニのプリンを食べたと言う部長が美味しさに感動しているのを見て和んでしまった。


 いつの間にかすっかりくつろいでいた二人だったが、パソコンで秘蔵の猫動画を見だした辺りで、ハッと麻衣が我に返る。

 画面で子猫がヘソ天でゴロゴロいう良い場面だったが、心を鬼にして視界から外し、麻衣は部長に向き直った。


「お兄様、今更ですが、今日は何のために私をつけて来たのですか?他の方とデートじゃなかったんですか?」

「……他の人とデート?なんだそれは。俺に付き合ってる女性はいないんだが。いたらマリーに求婚なんかしないだろう。さすがにそんな不誠実な事はしない。心配するな」


 部長は心外だという風に驚いてから、麻衣に笑顔を向けた。

 ……誰が心配なんて……!

 麻衣が反論しようとしたとたん、部長が身を乗り出す。


「昨日は突然過ぎたかなと反省したんだ。今後は時間をかけて距離をつめていく事にする。だから、俺にチャンスをくれないか?」


 そっと近付いて麻衣の手の上に手を重ね、視線を合わせてじっと見つめて来る。

 振り払おうとして指を絡められ、ドキリとした麻衣だったが、部長のわきで流しっぱなしの動画から、子猫のにゃーにゃ―いう音声が部屋に響いて、すん、と現実に引き戻された。


「……お兄様。うかがってもよろしくて?」


 姿勢を正した麻衣の口調が変わったのを察して、ハイ、と部長が手を放し、大人しく座り直す。


「何をそんなに急いでいらっしゃるの?何か目的があるんでしょう?」

「い、いや、目的なんて……」


 目を逸らして大変分かりやすい。

 

「お兄様。私が疑いを持ったまま、お兄様とお付き合いすると思います?むしろ今のままは悪手だと思いませんこと?例えお兄様へ好意が生まれたとして、不信感を抱えてまでお付き合い致しませんわよ。前世で散々裏切られておりますので、流されてくれると狡い事をお考えなら、そのような事はございませんから、すぐにお帰り下さいませ」


 キッパリ言い切った麻衣に、部長はさあっと血の気が引いた様子だった。

 迷っていたのは一瞬で、何かを振り切る様に目をつむった後、再び開いた彼は隠していた焦りを滲ませ、頭を深々と下げた。


「済まない。前世でも嫌な思いをさせたのに、配慮が足りなかった。正直、焦っていてなりふりかまっていられなかったんだ。今から説明する話は長くなるかもしれないけど、聞いてくれるか?」


 誘惑するような雰囲気を払拭した彼が、やっとはぐらかさずに麻衣に向き直る。

 麻衣が、「ええ」と深く頷くと、ホッとした部長はためらいがちに口を開いた。


 *


 「実は、ミュリアーナとの見合い話が持ち上がっている」


 しょっぱなから、とんでもない名前が出て、麻衣は飲んでいたお茶を吹きそうになった。


 「今のミュリアーナは俺の親戚の娘で神奈川に住んでいて、女子短大を出てから家事手伝いをしている。君の三歳年下だが、やはり前世同様美人だと評判で、親戚の間でもどこへ嫁に行くのか話題になっていたんだが、俺の両親は前世の記憶はないんだが、ミュリアーナを気に入って俺と結婚させる気でいるんだ」

「……いや、それはおめでたい話では……?だって、お兄様、前世であんなにミュリアーナを可愛がっていたじゃありませんか。それこそ恋人みたいに連れまわして、私の婚約者をとった時でもずっと真剣にかばっていたでしょう?」


 皮肉でなく本心から言った麻衣に、顔色を悪くした部長がまた謝罪する。


「あの時は済まなかった。肉親と言う立場に酔って考え無しな事をした……いざ、自分がミュリアーナと結婚するとなったら、あんなに浮気を繰り返す女性を賛美して添い遂げるのは、ハッキリ言って無理だ」


 部長が迷いなくキッパリ言い切る。


   ーーーー今頃気付いたんですかーーーー?

  ……二百年後にそれを言うのか……それ、前世で生きてるうちに気付いてほしかった……

  麻衣は額を押さえて脱力した。

 

「そ、そうですか……じゃあ、お断りすれば済むんじゃないですか?」


 気軽に答えた彼女に、部長はどんより俯いた。


「それが、両親が前世を無意識に覚えているのか、ミュリアーナを娘にしたいと強引に話を進めようとしているんだ。アメリカから帰国直後に見合いをセッティングされて仕方なく会ったんだが、向こうも乗り気になってしまって、俺抜きで話をまとめられそうで震えてる。今は仕事が忙しいと遠ざけているが、何回も会いたいと申し入れが来ていて両親にもせっつかれ、恋人がいると言って断りたくてもいないしで、切羽詰まって、ちょうどマリーがいたから、前世の事情を知る同士、助けてほしいと思って話に引き込もうとした」


 正直に吐いた部長は潔く頭を下げた。


「巻き込んで申し訳ないとは思ってる。調べたらマリーには長い間恋人もいない様だし、俺にも本当に付き合っている人はいない。結婚したら幸せにするつもりだから、助けると思って俺と結婚して欲しい……!」


 今度こそ、やっと兄の本心が見えて麻衣は安堵した。

 性急に何とかしようと焦っていたわけだ。

 兄の強引さにモヤモヤしていた目の前が晴れて、兄の明かした本音に納得する。

 それは確かに焦るわ。

 しかし、生まれ変わったのに、ずいぶん前世に振り回されている気がする。

 ここに来て因縁のミュリアーナの登場とはーーーー




 





 



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