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覚醒した前世

  「マリエール・ユディット・ヴェトラート。俺のものになれ」


  「……敷島部長、ただいま業務時間内です。それと、私の名前は 筒美 麻衣 です。マリエールじゃありません」


 *


 海外出張から帰って来た部長が、麻衣の勤める企画部に着任した。

 一目見て分かった。彼は前世で自分のお兄様だったとーーーー


  「単刀直入に言う。俺と結婚してくれ」


 長期間海外出張をしていた敷島部長から呼び出されたのは、彼が来てちょうど一か月を過ぎた頃だった。

 書類の不備という理由で、皆が帰宅する中、ミーティングルームに呼ばれた麻衣は、部長に勧められてテーブルをはさんだ彼の向かいの椅子へ腰を下ろした途端、プロポーズされていた。


 どういう展開だ。

 ポカンとする麻衣に、ほとんど話をした事が無いはずの敷島部長は、テーブルの上で指を組んで真顔で続けた。


「マリエール・ユディット・ヴェトラート。この名に聞き覚えがあるだろう。それに君は気付いているんだろう?俺がランスロット・ハビエル・ヴェトラートだと。俺が着任してからさり気なく避けていただろう。知らないとは言わせないぞ。目は合わせない、近付かない、すぐ逃げる。この一か月間、声を掛けようとして何度逃げられたか。その虫でも見つけたみたいな態度を改めてくれ。さすがに傷つく。いくら前世で因縁があったとしても」


 核心を突かれて、バレてたか、と麻衣は溜息を吐いた。

 そう、麻衣には誰にも言っていない秘密があった。


 それはこの世に生まれる前の前世の記憶があって、そこで自分は兄と妹と弟のいる、侯爵令嬢だったというものだ。

 豪奢なお屋敷にたくさんの使用人、レースをふんだんに使ったドレスを身に着け、お茶会やサロンへ参加し、優雅に暮らす毎日。

 ただの夢かと思っていたら、一か月前に長期海外出張から戻って来て麻衣のいる企画部に着任した新しい部長が紹介されて、雷に打たれたような衝撃を受けた。


 お、お兄様……?


 今年29歳だという、独身イケメンの部長を見たとたん、背筋に電撃が走って戸惑った。

 間違いない。部長は、姿が変わっているが、前世で二歳年上だった、侯爵家の嫡男、ランスロットお兄様だと確信した。

 しかし、向こうは気付いていない様子。それにこれが麻衣の妄想でないと言い切れるだろうか?

 と言う事で、誰にも話さず、そっと胸に秘めていた事なのだったが……


 部長も前世を覚えていた事に驚くと同時に、懐かしい気持ちも湧いて来る。

 そうか、やはり記憶していたのは前世だったんだ……

 感慨深く目をつむった麻衣は、再びまぶたを開いて部長を見返した。

 でも、虫扱いはね。前世を思い返すと仕方ないんじゃないかと思うの。


「敷島部長……」

「お・兄・様」

「ぶちょ……」

「ランスロットお兄様、だ。それ以外は返事しないぞ、マリエール」


 子供か。

 麻衣は額を押さえて、呆れながら遠い目をした。

 マリエール時代の記憶が鮮明に蘇る。

 ーーそうだったわ、お兄様は本当に人の話を聞かないんでしたわ。

 

 じっとこちらを見つめる部長の顔に、前世の面影が重なる。

 背が高くて、切れ長の眼で、少し甘いカーブを描く唇。

 整った顔に優秀な頭脳。お金持ちで、女性にモテてーー今も昔も、本当に腹が立つイケメンですわ。


「ランスロットお兄様」


 言われた通りにすると、お兄様がにっこり笑顔になる。

 何その笑顔。無邪気でちょっと可愛いなんて、反則じゃありませんこと?


「懐かしいな。二百年ぶりくらいか?」


 どんな会話だ。

 二百年の時を超え、こうして同じ会社の上司と部下として会うなんて、神様のいたずらにしてもほどがあり過ぎる。


「お兄様。昔は昔、今はもう他人ですのよ。お互いの立場をわきまえる事が必要ですわ」

「そうだな、もう血のつながりは無い赤の他人だ。だからこそ婚姻関係が結べる」


 また血迷ったセリフが出て来て、麻衣は眉をひそめた。


「遠慮していたら埒が明かなそうなので遠慮なくお話致しますけども、何のお話をされているのですか?

結婚って何なんです?まさか本気でプロポーズされてますの?今世では初対面ですわよね、私たち」


 麻衣の言葉に部長が目を泳がせる。


「……マリエール、君を見込んでこうして求婚しているんだ。お願いだ、うんと言って欲しい!」

「無理です」


 あっさり拒否した麻衣に、部長は涙目になった。

 当たり前だ、何を隠しているか分からないけれど、巻き込まれるのはもうごめんだ。

 何か言いたげな部長の気配を察知し、麻衣は腕時計を見た。


「お兄様、私用事がありますの。帰ってよろしくて?今日は業務が終了して誰も残業手続きをしてませんので、そろそろ守衛さんが灯りを消しに来ますわよ。追い出されないうちに、早く帰られたらいかが?」

「あ、ああ、そうだな。じゃあ俺が送る……」

「お構いなく、お疲れさまでした」


 部長が立ち上がる前に一礼した麻衣は、脱兎のごとくその場を逃げ出した。




 


 


 ご覧いただき有難うございます。

レディFに幸運を の作者ですが、短いラブコメを書いてみました。

 こちらは短い連載ですが、楽しんでいただけたら幸いです!

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