表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

蒼海のニライカナイ

作者: 青蛙
掲載日:2024/08/30



 俺は昔から海が好きだった。

 一人で訪れる波打ち際。()()()()()と大人も近付かない海は、地上での喧騒から離れてとても穏やかで、海でのひと時は子供の時分にすり減っていた心の隙間を埋めてくれた。


『こちらイクチ2。目標地点に到達した』

『イクチ7、此方も目標地点に到達』

「イクチ4、目標地点に到達」


 色とりどりの魚が舞う中へと、3つの人の形をした高さ15mはある金属の塊がゆっくりと降り立ち、ぼうぼうと砂煙を巻き上げる。

 カメラ越しにコックピットの中から見上げる海面は青空よりもずっと眩しくて、木漏れ日のように射し込む光に照らされたサンゴと海藻の森はいつか電子書籍で読んだような青々と茂った丘を想起させた。


『アマビエよりイクチ各機へ、既に海上より目標地点へ物資が投入されている。速やかに作戦を開始せよ』


 上空の管制より通信が入る。

 コックピット内部の手元にあるモニターに映るレーダーでは、確かに投入された物資の存在が確認されていた。


『始めるぞ、()()()()()()()()()


 イクチ2、海上自衛隊特殊潜水隊群第2中隊を率いる彼の言葉と共に、作戦は開始された。


 西暦2127年。

 地球温暖化による海面上昇は予想されていた2.5mを優に超え、南極の氷はほぼ全てが溶け切った事により海水面は100年前と比較して約50mも上昇。人々は生活の場を失ってゆき、逃げるように残された大地へと集まっていった。

 更に追い打ちをかけるように海では大量の新種の生物が確認され、その多くがそれまでの生物学の常識をひっくり返すほどの巨大な体躯と、積極的に人間を獲物として襲う凶暴性を兼ね備えていた事で、人々は海を恐れるようになった。それらの正式な総称は無いが、昔の娯楽作品から連想して呼ばれるようになった『怪獣』という物の出現である。

 世界各地に現れた怪獣は沿岸部の都市を次々と襲い、ただでさえ狭まっていた人類の生存圏は更に削られてゆく。


 それでも人間は残された僅かな生存圏で食料や資源やらを奪い合い、ひしめきあい、これまでどうにか生きて来た。

 ただ、それもそろそろ限界に来ているのが現代、西暦2160年。こんな状況でも止まらない人口増加と大気の悪化に異常気象とで既に目茶苦茶だったのに、30年もよく保った方だと個人的に思う。

 各国政府による話し合いの結果、最初は宇宙に脱出しようという手もあったが、人類の生存に適した星も発見されなければ、人工の星を作って全人類を宇宙に逃がすほどの技術力もなく、暫定的に海中に都市を建設するという方針で固められた。なぜ海上に都市を建設せず、わざわざ怪獣の脅威がある海中を選んだのかと言えば、専門家の予測により数十年以内に大気が人間の生存に適さないものになると予測されたからだ。


 怪獣は武器があれば何とか駆除出来るが、自然環境の変化はどうにもならない。いずれ地上にも海中にも人間の居場所は無くなるが、水さえあるなら生きるのに必要な酸素くらいは生み出せる。だから、全ての生存圏を奪われる前に人類の方が新しい環境に適応してやろう、そういう理屈らしい。


 そしてこの試みだが、今は概ね順調に進んでいる。

 既に全世界で見て億単位の人間を収容できるだけの海中都市の建設が進み、既に居住を開始している都市もいくつか存在する。

 怪獣という脅威に晒されながらの建設作業は厳しい道のりだったが、それを可能にしたのが水陸両用(Amphibious)人型重機(Equipment)『AE』だ。


 巨大な身体を持つ相手には、同じく巨大な身体を持つ者を。残っていた国々の技術の粋を集めて造られたそれは、海中での大まかな建設作業、対怪獣の戦闘という2つの面での活躍を可能とし、海中都市の建設作業及び防衛に大きく貢献している。


 自分たちが今乗っているのは確か【ニライカナイ】とか言う機体だったか。遥か海先にあるという理想郷を意味する言葉。それだけの人の願いと期待を背負った名前。


 人類復興の(かなめ)だ。


『ミナト、そっちの作業は済んだか?』

「ああ、柱を立てて電源との接続も終わった所だ。そっちはどうだ」

『こっちも同じような感じだぜ。そっちまでケーブル引っ張っていくから接続の準備しといてくれ』

「了解した」


 操縦桿を握り、フットペダルを押し込む。ぐんっとほんの少しだけ、座席に押し付けられるような感覚がある。

 今となっては慣れた動作。それだけで思うがままに視界は上下左右に動き、AEの手足は己の手足のように動かせる。

 子供の頃はただ眺めるだけだった海の中で、AEに乗っている時だけは自由でいられる。AE乗りに志願したのも、そんな不純な動機からだった。今は、人類の命を支えるこの仕事に、誇りを感じてもいるが。


「『トヨタマ』、電気信号膜のチェックを頼む」


 仲間が到着する前に機材の再点検をと思い、AEのマニピュレーターを先ほど立てた柱に押し付けつつ手元にあるモニターに話し掛ける。


【AE、柱との接続を確認。点検を開始します】


 すぐに合成音声での返事があり、モニターに進捗率が%表示されると共に点検が開始された。

 トヨタマはAEに搭載された人工知能だ。AEに乗ったままではやれない細かな点検作業から、戦闘のサポートまで広くこなしてくれる。これを雑談相手なんかに使ったりする人もいるらしいが……自分はそこまで話し相手に飢えているタイプではないから、どこまで会話をしてくれるものなのかはよく知らない。


【点検が完了しました。電気信号膜、異常はありません】

「ふむ」

『来たぞミナト。今接続する』


 ズシンズシンとくぐもった重い音を響かせながら、隣に一機のAEが歩み寄ってきてマニピュレータに握らせていたケーブルの先端を目の前の『柱』へと向ける。するとそれに反応して柱表面に開口部が現れ、彼はそのまま開口部へとケーブルの先端を挿し込んだ。


 数秒の後、自動でがっちりと固定されたケーブルはそうして遥か海の先にぼやけて見える柱から柱へと糸電話の糸のようにピンと張り、更にその直後に柱から展開された灰色の膜がケーブルに沿って滑るように広がっていく。


『こいつをあと三箇所か』

「いつもと変わらない、が、建設作業を円滑に進めるためにも大事な事だ」

『電気信号膜……ね。怪獣が発する微弱な電気信号を模倣する事で、こいつで囲った場所を一つの巨大な怪獣に誤認させる、だっけか? 学者さんってのは凄いもの作るもんだ。今俺たちが乗ってるAE含めてさ』


 広がっていく膜を眺めながら染み染みとした様子でそう話す彼に、そうだなと一言返して自分の作業に戻っていく。

 これからまた、自分も彼と同じようにケーブルを目の前の柱から伸ばし、新しい他の柱へと接続しに行かなければならない。そうして、四方を完全に囲った場所を作ることで、やっと職人たちが現場に入ることが出来るようになり、本格的な建設作業を始められる。


 結局、AEが行うのは、都市を建設するまでの場所の確保と、その後の防衛が主だ。


「リュウジ」

『うん? どうした』

「泳いでいる魚の数が減っている気がする。用心しておいた方が良い」

『……やめろよな、お前のそういうカンはよく当たるんだからさあ』

「悪い」


 スピーカーを通して彼の不機嫌な声が聞こえてくる。ふと気が付いたことを安易に口に出して、こうして同僚のリュウジに怒られることももう何度目かだった。

 そういえばシオヤ隊長の方はどうしているのだろうかとふと気になり、レーダーに目を通す。イクチ2の名前が表示されているアイコンは外洋と珊瑚礁の境となる礁斜面の手前に位置していた。


 電気信号膜を展開した後も、怪獣からの襲撃を受ける可能性はゼロにはならない。そして常にAEが万全な状態で迎撃にあたれるとも限らない。

 ゆえに自動で怪獣を識別して迎撃する砲台がこうした海中都市には設置される。今イクチ2が礁斜面の手前に居ると言うことは、そういう事なのだろう。


『イクチ7、手が空いたなら此方を手伝えるか? 手早く終わらせたい』

『はい、今そちらに向かいます』


 ゴウンというくぐもった重低音が響き、リュウジの乗るイクチ7が砂地を踏みしめて歩き出す。


『お前も聞こえてたと思うが、俺は隊長がやってる迎撃システムの設置を手伝いに行く。じゃあなミナト、残りの柱は頼んだぜ』

「ああ」


 また一人になる。

 やる事は変わらない。残り2本、柱を建ててその間をケーブルで繋ぐ。それだけの事。


 作業自体は順調に進んだ。

 AEは重たいものを軽々と持ち上げる膂力が有りながらある程度の微調整が効かせられるし、設置する各種部材についても素早く作業を終えられるような工夫が施されているのだから当然ではあるが。


 暫く黙々と作業は続き、3本目の柱の設置と電気信号膜の展開も完了し、次の柱へとかかろうとした時だった。

 唐突に上空の管制から通信が入る。


『アマビエよりイクチ各機へ。2時の方向より大型生物が高速で接近中! ただちに作業を中止し警戒態勢へ移行せよ』


 嫌な予感はしていたが、やはり来たかと思わず眉間にシワが寄った。ほとんど間を置かずに、今度は隊長から全体に通信が入る。


『こちらイクチ2。イクチ4、イクチ7へ全武装安全装置の解除を許可する。指定した地点に移動し待機せよ』

「イクチ4、了解」

『イクチ7、了解』


 モニターに映るレーダーにポイントが示される。隊長機を中央に、3機が間を空けて外洋を見張るような配置。指示された安全装置の解除。


「(隊長は戦闘は避けられないと考えている)」


 真っ直ぐにこちらへ向かって来ている時点で相手はこちらの存在を認識しているのだろう。シオヤ隊長の考えには自分も同感だ。


「トヨタマ、全武装の安全装置を解除」

【搭乗者『ナギ・ミナト』の音声を認証。全武装の安全装置を解除します】

「それとショルダーキャノンの操作権を預けておく。万が一、機体の安全が確保されないと判断した時に使え」

【了解しました】


 戦闘の準備を整えつつ、指示されたポイントに移動する。モニターに映る自動で生成された周辺の地図で確認してはいたが、体高15mもあるAEの身を隠せるようなものは何処にもない。

 外洋には魚が泳ぐ影もなく、ただどこまでも澄み渡る青があるばかり。


「(だいぶ深さのあるサンゴ礁だから水は澄んでいるが、それでもまだ目視できるだけの距離には来ていないのか)」


 肉眼でも僚機の姿は確認できるが、接近しているらしい怪獣の姿はまだ見えない。

 片手を頭上へと伸ばしAEの遠視スコープを引き下ろす。アマビエから送られてきた位置情報を頼りに怪獣の姿を探す。


 靄がかかったように薄く濁った海の先に、見えた。

 ワニによく似た姿をした、巨大な白い影。


「トヨタマ。スコープで発見した対象を解析」

【解析中――――――解析完了。対象は爬虫類型怪獣、体長約40m。対象の周囲に強力な電界の発生を確認。人体に影響を及ぼす可能性があります、接近の際は注意してください】

「電界?……トヨタマ、今得られた情報を僚機とアマビエにも送ってくれ」

【了解しました】


 聞き慣れない困惑しつつも、得られた情報を共有しておこうとトヨタマに指示を出す。

 水圧のかかる中での運用を想定されているが故にAEは頑丈だ、ちょっとやそっとの衝撃や電磁パルス程度ではびくともしない。だが、中にいる人間は違う。パイロットスーツを着ていても耐えられない衝撃はあるし、暑さや寒さですぐダメになる。


 これまで怪獣といえばとにかく身体が大きく、AEすら破壊する圧倒的なパワーとそれに見合った牙や爪、鋏を持っているだけだった。だが、直接AEの中にいる人間を害することが出来るような力を持っているようなものは初耳だ。

 デンキウナギやらシビレエイなど体から電気を発して自衛や狩りを行う水生生物は珍しくないが、怪獣でそんなものが出たことは無かったはず。


『こちらイクチ2。イクチ4、今送ってきた情報は正確か』

「こちらイクチ4。トヨタマに調べさせた情報です。私のトヨタマが壊れていなければ正しい情報で間違いないかと」

『そうか……いや、助かった。引き続き対象の監視にあたれ』

「了解」


 嫌な感覚を覚える。

 理性のない暴力そのものだったはずの怪獣が、まるで意思を持って人間を害そうとしているような。


『こちらアマビエ! 怪獣なおも接近し作戦地点の1キロ圏内に侵入! 戦闘を許可します!』

『イクチ2、了解。イクチ4、イクチ7、俺を中心に陣形を組め! 実力を以って敵を排除する!』

『「了解!」』


 スクリューの回転する音と共にAEの身体がぐんと浮き上がり、外洋へと飛び出した。それとほぼ同時にくぐもった怪獣の咆哮が響いて耳へと届く。

 白い鱗をした巨体が身体をくねらせながら凄まじいスピードで迫る中、シオヤ隊長のニライカナイが先陣を切っていく。


――グルォァァァアアァァァ!!


 肉眼ではっきりと見えるようになったその姿。氷山のように白い巨体のそれが、ずらりと鋭い牙の並んだ口を開いてシオヤ隊長のニライカナイを一口で噛み砕かんと襲い掛かる。

 だがそれよりも早く回避運動を行った隊長のニライカナイから魚雷が4発、その口内めがけて発射され、4発全てをまともに食らった怪獣の牙と肉が蒼い海に弾け飛ぶ。


 隊長機の左右から追うように怪獣へ接近していた自分たちもスラスターを吹かして高速で散開し、怪獣を左右から挟み込むような位置から攻撃を開始する。


「ターゲットロックオン、発射!」


 高速で泳ぎ回る怪獣だが、隊長機の攻撃とタイミングが上手くあった事で発射した魚雷は無事に命中。凄まじい爆音を水中に響かせる。だが、


「っ、ほとんど効いてない……!?」


 口内に命中したものと違い、表皮に命中したものはブヨブヨとした白い鱗に阻まれて目立った傷の1つすら付けられていない。

 悠々と泳ぎ去った怪獣はゆったりとした動きでまたこちらへと身体を向け、次は狙いを自分へと定めて襲い掛かかってきた。


――グルゥァァァァァァ!

「こいつ……速い!」


 先程隊長機に襲い掛かった時よりもスピードが上がっている。左腕のアームガトリングで迎撃するが勢いは弱まらない。


「接近戦は注意しろって言われたんだけどな……!」


 覚悟を決めてフットペダルを踏み込み、全速力で回避しつつ右腕に仕込まれた大型の振動剣を展開させる。

 僚機からの援護もあってギリギリ回避は間に合い、同時に振るった振動剣の先が怪獣の表皮を掠め、出来た傷から僅かだが赤い血液が海に流れていく。


「効いた……っぐう、う!?」

『イクチ4!大丈夫か!』


 振動剣が有効だった事に喜ぶのもつかの間、今度は突然の激しいめまいに襲われる。一瞬操縦の手が止まるほどの不快感。これがトヨタマの言っていた電界の影響かと察するも、次の瞬間には急速旋回した怪獣の大きく開いた口が目の前にまで迫っていた。


「まず……っ」


 咄嗟にAEの両腕で、怪獣の上顎と下顎を閉じさせまいと内側から掴んで押し返す。咬合力に長けるワニ型相手にこれが悪手なのは承知していたが、他に手段も無かった。

 一瞬にして何トンもの圧力がAEの腕に重くのしかかり、ミシミシと金属の軋む嫌な音がコックピットの中に響く。更に目眩と吐き気は増すばかりで万事休すかと思われた時、ショルダーキャノンが火を吹いた。

 強い衝撃により怪獣の頭部はむりやりに別の方向へと向けられ、追い打ちの僚機からのガトリングを嫌がった怪獣が離れたひとまずの危機を脱する。トヨタマにショルダーキャノンの操作を任せていて正解だった。


『おいミナト、大丈夫か!』

「だ、大丈夫だ。まだやれる」


 一旦怪獣と距離をとり、シオヤ隊長を中心にして陣形を組み直す。あんな短期間でこれほど影響が出るものか。まだ気分は悪い。目眩はおさまっていないし、喉の奥から込み上げてくるもので口の中はほんのりと酸っぱくて気持ちが悪い。

 でも、それだけだ。


「トヨタマの解析に間違いは無かった。振動剣はアレに有効だが、あまり近くに寄りすぎると影響が出る」

『あの短時間でか……厄介だな』

『イクチ4、振動剣は有効なんだな?』

「はい、掠っただけでも確かに傷を付けたのを確認しました」

『良し。それが確かなら……イクチ7は振動剣を展開、イクチ4は駆動系およびスラスターに問題は無いな』

「問題ありません」


 コックピット内に並ぶ計器はAEがまだ充分に戦闘を続行出来る事を示している。


『俺が囮になって奴を引き付ける。イクチ4とイクチ7は隙を見て振動剣で斬りつけろ』

『「了解」』


 再び先頭をきっていく隊長のニライカナイ。放たれるアームガトリングと魚雷を浴びながら、白い怪獣は鬱陶しそうにゆったりと身体をうねらせて隊長機を追いかけ始めた。

 隊長のニライカナイが逃げ、それを怪獣が追い、更にその怪獣を自分とリュウジ、二機のニライカナイが追いかける。


 全速力のAEは約70ノットものスピードを海中にありながら発揮する。それでも今相手をしている怪獣の泳ぎはかなり速く感じられた。


『ミナト、普通に追っているんじゃ追い付かない!一旦別れてからシオヤ隊長の動きにあわせて進行方向に回り込むぞ!』

「わかった!」


 隊長は機雷をばら撒いて勢いを弱めたりAEの小回りの良さを活かしてなんとか逃げ回っているが、あれの相手を一対一でする事の難しさは自分も理解している。いつまでもは保たない。

 トヨタマに僚機全ての進行方向予測をさせ、それを参考に怪獣へと接近していく。ほぼ同時にリュウジも近づいて来て怪獣の腹部へと狙いを定めているのが一瞬見えた。


 内臓がたっぷり詰まった生物共通の弱点。

 狙い定めるのは自分も同じ。


――ギャォォォォッッ!!?


 2つの振動剣が怪獣の腹部を深々と突き刺し、抉り、突き抜ける。赤黒い靄があたりに広がると同時に一際甲高い鳴き声が水中に響き渡り、シオヤ隊長のニライカナイを追い掛け回していた怪獣は苦しむように身を捩らせたのちにぐったりと動かなくなった。


『……へへ、最初は何かと思ったが弱点さえわかれば案外あっけなかったな』

「充分大変だったよ……」


 怪獣が動かなくなったのを確認して、リュウジがそんな軽口を叩く。

 シオヤ隊長も身動ぎひとつしなくなった怪獣を見て討伐完了したと判断したのか、今回現れた前例のないタイプの怪獣の死骸についてどう扱うか管制に連絡を取り始めていた。

 暫くして応答を得られたのか、隊長から通信が入った。


『イクチ4、イクチ7。今回の怪獣だが、死骸を国の研究機関に回したいらしい。牽引を頼めるか』

『了解です』

「了解です隊長」


 やはりそうなるかと言う気持ちと共に、ここでやっと終わったのかと安堵してため息が漏れた。

 牽引とは言うが、ロープがあるわけでも無いのでAEで掴んで航行して行く事になる。

 ほっと胸を撫で下ろしつつ、さあ今日最後の大仕事に取り掛かろうと怪獣の死骸へ目を向けた、その時だった。


 怪獣の死骸から不意に人間の子供ほどの大きさをした黒い何かが飛び出して、死骸の一番近くに居たリュウジのAEに張り付いた。


「なっ……!??」

『なんだ、これ!? え……あ、入ってき……やめ、や……ああああああ!!!』


 スピーカーを通して聞こえてくるリュウジの絶叫。何事かとシオヤ隊長が彼の元へと行こうとした瞬間に、唐突にニライカナイから魚雷や機雷が滅茶苦茶に射出されて怪獣の死骸を破壊し始めた。


『イクチ7!何をしている、ただちに攻撃をやめろ!』

「リュウジ何があった、応答してくれ!」


 通信でいくら呼びかけても応答はない。

 先程響いていた絶叫すら聞こえず、代わりに彼のニライカナイに目を向けて異常なものが付着しているのに気が付く。

 真っ白な、爬虫類型のそれによく似た鱗がニライカナイの左肩あたりを覆い尽くしている。


「っ…………リュウジ!」


 やむを得ないと自己判断し、抵抗する彼のニライカナイの攻撃を避けながら振動剣で四肢を切り飛ばす。

 途中からシオヤ隊長も加わり、リュウジのニライカナイはコックピットとカメラだけが無事な状態になった。


『何が起きたんだ……いきなり……』

「トヨタマ、イクチ7のコックピット内の映像を映してくれ」

【了解しました】


 普段の彼らしくもなく困惑の声を漏らすシオヤ隊長をよそに、彼に何があったのかとイクチ7の内部を確認する。


 コックピット内のモニターに映されたのは、全身の穴という穴から真っ黒な液体を流して息絶えている彼の姿だった。




◆◆◆◆◆◆



『国の研究機関により【怪獣】が新種の生物ではなく、新種の寄生生物によって変異したものであると判明しました』


 あの日から数カ月後。

 フードコートで野菜の少ないハンバーガーをちまちまと齧っていたところに、設置されているテレビからの声が耳に入って来た。


 あの日、リュウジはあっけなく死んだ。

 あの黒い何かが、怪獣と呼ばれていたものの正体だったらしい。それに身体を乗っ取られて、リュウジは死んだと。


 ボロボロになった怪獣の死骸の代わりに彼の遺体が国の研究機関に送られ、怪獣がいったい何なのかについて研究が進められた。その結果が、今流れているニュースなのだろう。


『関係者によると氷山に閉じ込められていたこれらの生物が地球温暖化により氷が溶けたことで発生したとの可能性が高いと示され――』


「ミナト、そろそろ時間だ。行くぞ」

「……はい」


 あれから同じような種類の怪獣が各地でも増えていると聞いた。彼のように死ぬ人間はまだまだ増えていくだろう。

 それでも、俺は大好きな海と今を生きるためにまたAEに乗り続ける。


 蒼い海の底で逝けるなら、それもまた本望だ。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ