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※タカくん視点の話です。
「ほんとうだ……」
タカくんはいま、”うみ”のどまんなかにいました。
また、かってにとびだしたわけでも、”そら”からおっこちたわけでもありません……。
おおきなおおきな、カメさんのせなかのうえで、それをみていたのです。
「ほっほっほ。そうですじゃろ? ”うみ”は、ひろいですじゃろ」
タカくんの、ためいきのようなことばに、カメさんは、ちょっぴりとくいになって、わらいました。
カメさんが、ノロマなわけではありません。
タカくんにしてみれば、”はやすぎる”ほど、およぐはやさは、じゅうぶんにありました。
それぐらいであれば、いつもなら、あっというまに、”りく”のはしっこ――”うみ”のはじまりには、たどりついていました。
けれど、”うみ”のはしっこへたどりつくきが、タカくんのなかでは、ぜんぜんしませんでした。
ということは……つまり……。
まっさおなだいちは、”りく”のだいちよりも、もっともーっと、おおきいものだったというわけです。
「ワシは……”りく”では、おそいだの、ノロマだのといわれるが、”うみ”じゃとてもはやくおよげる……」
ふと、カメさんが、いいました。
「たとえば”りく”で、ウサギとかけっこをしようものなら……とてもじゃないが、かなうはずがない。かてるそうぞうがうかばない…………でも。”うみ”でかけっこをするのなら、ワシは、ウサギにまけるとは、これっぽっちもおもわない」
「…………」
タカくんは、なにもいいませんでした。
「ボクだってそうだよ!」
プハァっ! と、カメさんのとなりで、”うみ”のなかからかおをだしたのは、ペンギンさんでした。
そのほかのなかまたちも、いっしょです。
カメさんのまわりをとりかこむように、みんなでおよいでいました。
「ボクも……ボクたちも、タカくん、キミとにたようなどうぶつだけど……”そら”はとべないし、”りく”のうえをはやくいどうすることだって、できやしない。……でもね、およぐことだけは、ボクたちとにたようなどうぶつのだれよりも……もちろんキミよりも、うまいとおもうんだ。それがボクの、たったひとつの、じまんなんだ」
「…………」
「なんでもできるヤツなんて……ボクは、これまでであったことはないし、いないんじゃないかなあなんて、おもうけどね」
「……っ」
タカくんは、なにかをいいかけましたが、やはりなにもいいませんでした。
しばらくして、ポツリ……「ふーん、そうなんだ……」とだけ、こぼしました。
ザザーンとやってくるなみと、ぴゅーぴゅーとふくかぜ……。
おおきくなったり、ちいさくなったり、またおおきくなったり……。
つめたいような、あたたかいような……。
そんなくりかえしのなかで、さんにんはおよぎ……あるいは、されるがままに、ゆれていました。
どこかへいくあてもなく、まっさおなせかいを、さまよいつづけていました。
……いつのまにか、おひさまがまっかっかになって、せかいのすみっこへ、かえっていきそうでした。
「――くらべるひつようなんて、ほんとうに、あるのかね。タカくんよ」
しゃべったのは、カメさんでした。
よびかけられたタカくんは、すこしだけ、くびをかしげました。
カメさんは、ことばをつづけます。
「タカくん、ペンギンくん……そして、ワシ。このさんにんをみても、それぞれが、まったくちがう”いろ”をもっている。ちがう”かたち”をもっている。ちがう”せいかく”をもっている……。――それで、いいんじゃないのかい?」
「……!」
「ワシにできることは、キミにはできないかもしれない……。でも、はんたいに、キミにできることは、ワシにはできないかもしれない……。キミにしか、できないことがある。それはそれは、じつにすばらしいことじゃあないのかね。おもしろくして、ワクワクすることじゃあないのかね」
「――ぜーんぶ、みーんなの、それぞれの”ステキ”?」
カメさんのことばのあとに、ことばをつづけたのは――ペンギンさんでした。
カメさんは、「ほっほっほ」と、とてもあかるくわらいました。
「それぞれの、”せかい”がある。それらが、であって、つながって、ときどきわかれて、またつながる……。そうしてみえるせかいというのは、とってもおおきく、とってもひろいものなのじゃよ……。そしてそれは、この”うみ”のように、”りく”のように、”そら”のように、じつに、うつくしい…………」
カメさんは、そらをみあげました。
タカくんも、つられて、そらをみあげました――。
そらは、もうとっくにまっくらで、あれだけあった”うみ”のあおさえも、まっくろにぬりつぶされていました。
けれど、タカくんたちは、そうはなりませんでした。
キラキラと、よぞらにまたたくいっぱいのほしたちが、タカくんたちを、てらしていたからです。
よるのせかいでも、まいごにならないように、さみしくならないように、ほしたちが、あたたかくみまもっていてくれるからです。
すぐちかくに、あったはずなのに……。
タカくんは、うまれてからこれまで、ずーっと”そら”をとびつづけていましたが、そんなけしきは、いままでしりませんでした。
――――きれいだな、と。
タカくんは、すなおに、そうかんじました。
「おや? ……ふふっ。どうやら、きょうのよるは、いつもよりあかるいよるになりそうですな」
「うわぁ~」
カメさんとペンギンさんのこえに、タカくんはくびをかしげましたが、ふと、ましたをみると……。
そこにいたのは、あの、しろくてまあるい、フワフワしたものでした。
それも、ペンギンさんのなかまたちよりも、たくさんいました。
「に、にげっ……!」
タカくんは、おもわずビクッ! とはんのうして、ふたりににげるようにいいかけますが……。
しかし、フワフワは、あのときのように、ビリビリしてくることは、ありませんでした。
ぷか~とうかんで、しずかに、よるのなみにゆられていました。
それだけではなく、”みどり”だったり”むらさき”だったりと、それぞれがうすいひかりをはなって、いばしょをしめしていました。
それはまるで、いままさに、よるのやみを”そら”からてらしてくれている、ほしたちのようでした。
これもまた、「きれいだな」と、タカくんはかんじました。
もう、フワフワをこわがることは、ありませんでした。
「なんでもできるヤツなんて、いない……か。…………。フッ、そうだね」
タカくんは、ほんのすこしだけ、わらいました。
それから、カメさんとペンギンさんに、こえをかけました。
「ふたりとも……。……っ。――――たすけてくれて、ありがとう」
ふたりは、ちょっとおどろいたようすで、かおをみあわせました。
そして、
「「いえいえ、どういたしまして」」
ニッコリわらって、ことばをかえしました。
(ああ……。こんなじかんが、ずっと、つづけばいいのに……)
かぜが、とてもきもちのいい、よるでした。
じんわりと、あたたかくなったむねのおくから、じまんのはねをひとつ、ちぎって……。
タカくんは、そんなながれぼしのようないのりを、まっしろな”そら”にむかって、およがせました――――。