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※タカくん視点の話です。
ポカポカと、あたたかい、ひかりにつつまれて……。
タカくんは、ねむっていました。
ザザーン、ザザーンと、こっちへきては、あっちへいく……きまぐれななみのおとが、タカくんのみみのなかにヒュッとはいっては、ピュイーっと、ぬけていきました。
タカくんは、ねむったままでした。
「…………あの~、もしもし?」
と、もうひとつ、タカくんのみみにはいるおとが、ありました。
けれど、やはり、タカくんがめをさますことは、ありませんでした。
「……もーしもーし」
「…………」
「もぉーしもぉーし!!」
「……!」
タカくんは、めをさましました。
あおむけになっているじょうたいから、バッ! と、からだをまえにおこしました。
ピュピューイっと、とおりすぎた、やわらかいかぜが……タカくんのあたまに、ほっぺたにあたります。
ザザーンと、ちかよってきたなみが、タカくんのあしにあたります。
……タカくんは、めを、パチクリとさせました。
そして、キョロキョロと、あたりをみまわします。
そこは、これまでにおぼえている”りく”ではない、サメくんとであったあの”りく”でもない……まったくしらない、べつの”りく”でした。
けれど、ポカポカとしたおひさまも、ザザーン……としずかななみも、そこにはかわらずありました。
はえているきぎだけは、もりのきぎではなく、もっと、せのたかいきぎのようで……かずはそこまでおおいわけではありませんでしたが、なんだか、すなはまにぴったりなすがたをしているように、タカくんにはおもえました。
「ゴホッ! ゴホッ!」
と、そのときタカくんは、なみとはべつのおとをききました。
ゆっくりと、タカくんは、おとのするほうへかおをむけました。
そこにいたのは――おおきなおおきな、みどりいろの”いわ”でした。
その”いわ”は、ゴツゴツしていて、かたそうで……けれど、ぽっかりあいている、むっつのあなから、あたまやてあし、それにしっぽのようなものまでピョピョイっととびでている、なんともふしぎなものでした。
そして、”いわ”は、いきていました。
タカくんに、しっぽをむけて、ゴホッ! ゴホッ! と、せきをしていました。
それから”いわ”は、ずんぐりむっくりとした、ふとくてみじかいてあしをうごかし、のーっそりと……タカくんのほうへ、かおをむけました。
タカくんは、ぎょっと、おどろきました。
”いわ”には、タカくんとおなじように、めがあり、はながあり、くちがありました。
”いわ”は、いきものだったのです――。
「あぁ……ゴホン! はぁ……ようやく、めざめましたか。ワシは、たっくさん、としをかさねているのでね、こう……おおごえをひとつだしただけでも、つかれてしまうものなのですよ」
「…………」
「はて、ふだんから……というかむかしから、のーんびりのーんびり、いきているせいでしょうか……パパッとすばやくなにかをしたり、ドドッとハデになにかをしたりすることは、どうもにがてでしてねぇ……。あ、だからといって、べつにきにしないでくださいな。これが、ワシといういきものですから」
「……………………」
タカくんは、ゴクリと、のどをならしました。
タカくんは、おそるおそる、たずねました。
「……ここは、どこなんだい」
「ん? 『どこ』……と、いいますと?」
「いや、だから、ばしょだよ、ばしょ。あなたがボクを、ここにつれてきて、くれたん……でしょ?」
「んん? いいや。あなたをつれてきたのは、たしかにワシもそうですが……ワシだけではないですぞ?」
「? じゃあ、いったい、だれが……」
「……というか、しつれいじゃがもしかして、おぼえていないのですか? ここにくるまえの、できごとを」
「……!」
「ふーむ……やはり、そうでしたか。まぁ、むりもない。あれだけのきょうふに、であってしまわれたのですからなぁ……」
「なにが、あったんだ……?」
「しりたいとおっしゃるなら、おしえてさしあげますが」
「……おしえてくれ」
「ふむ……――あなたは、シャチのむれからたすけられたんですよ。ここにつれてきた、どうぶつたちのてによって」
そのしゅんかん、タカくんはバサッ! と、つばさをひろげ、とびおきました。
「どうされました?」
「…………そんなはずはない」
「はて? なんと?」
「……っ! このボクが……! このせかいで、だれよりもつよい、”そらのおうさま”のボクがっ……! たすけられた!? そんな……そんなバカなはなしがあるもんか!!」
「いや……あるもないも、ワシはただ、みたままをおつたえしただけですぞ?」
「ウソだ! おまえは、ウソをついている! ボクは、しんじないからな……!」
「あ! これこれ、ちょっと!」
”いわ”は、こうふんするタカくんをおちつかせるために、こえをなげるも、それがタカくんにとどくよりもまえに、タカくんは、”うみ”のほうへむかって、はしりだしていました。
バサッ、バサッ、バササッ――!
いち、に、さん……と、タカくんは、リズムにあわせて、だいちをけり、いつものように、まっさおなせかいへとびだし――
「バァっ!!」
「ぬぅおわぁっ!?」
タカくんのめのまえに、”うみ”のなかから、いきなり、なにかがとびだしてきました。
それも、いっぴきではなく、もっとたくさんのなにかたちでした。
どひゃあとおどろいたタカくんは、そのばで、しりもちをついてしまいました。
「あははっ。どう? びっくりしたかい?」
たくさんのなかのいっぴきが、ズイッとまえへでてきて、タカくんにそういいました。
まあるいあたまに、うすいいたのようなてあし、そして……きいろいくちばしと、みっつのあしのつめ。
ぜんたいてきに、くろっぽいいろをしていること、おなかのぶぶんがまっしろなこと……それをのぞけば、そのなにかは、タカくんにそっくりでした。
ぞろぞろと、ほかのなにかたちも、タカくんのまわりにあつまってきます。
タカくんは、きょろきょろとまわりをみながら、めのまえのいっぴきに、たずねました。
「キミは……ボクとおなじ、なのかい?」
すると、なにかは、んーとアゴにてをあてて、すこしかんがえましたが……フルフルと、くびをよこにふりました。
「いいや、ちがう。くちばしとか、あしのつめとか、ちょっとにてるところはあるけど……でもほら、キミにはりっぱな”つばさ”があって、おおぞらをとべるだろうけど、ボクらにはないんだ」
なにかは、からだのよこで、うすいいたのようなてをパタパタとうごかしてみせます。
「だから、キミとボクらはちがう。――ボクらは、”ペンギン”。”うみ”のなかにすんでいる、キミのすがたにそっくりないきものさ」
「…………」
タカくんは、はじめてであったそのどうぶつ――『ペンギンさん』を、じーっと、みつめていました。
タカくんのしせんにきづいたのか、ペンギンさんは、タカくんのつばさに、てをむけました。
「まぁでも、もしかしたら……”いま”のタカくんは、ボクらとおんなじかもね」
「? それは……どういういみだい?」
「――”とべない”ってことさ。りっぱなつばさが、ひどくびっしょりと、ぬれてしまっているからね。キミは、なにもかんじないのかい?」
「そ、そういわれてみれば……」
タカくんは、ゆっくりと、つばさをもちあげてみます。
いつものように、バササッ! と、ゆうがにひろげようとします。
けれど、みずにぬれて、ずっしりとおもいつばさは、おもうようにうごかすことができません。
これでは、とてもではありませんが、”そら”をとぶことなんて、できそうもないでしょう。
タカくんは、がっくりと、かたをおとしました。
「つばさがかわくまで、ムリしないほうがいいよ」
ペンギンさんは、そういうと……「よいしょ」と、うしろにおいていたこざかなたちを、てにかかえました。
ほかのなかまたちも、それをてつだいました。
「おなか……すいてないかい? よかったら、コレ、わけてあげるよ。ごはんにしようか。ね? カメさん」
「え……」
タカくんが、ペンギンさんのしせんをおって、うしろへふりむいたとき――ベタッ。
タカくんのあたまのうえに、うすいいたのようなものがおちてきて、あたりました。
「いたたっ。おい、なにをするんだよ……!」
タカくんは、いたさにびっくりして、そこにいた”いわ”――『カメさん』に、ぶーっと、ふくれっつらをして、おこりました。
はんたいに、カメさんは、おちつきながら、いいました。
「ペンギンさんじゃよ。キミを、たすけたのは……」
「……!」
カメさんのことばに、タカくんは、なにもいうことができませんでした。
ペンギンさんは、ケラケラと、わらっていました。
「あははっ。いいって、いいって。それよりもさ、はやくごはんにしようよ! ボクたち、いーっぱいおよいだから、おなかペコペコなんだよね」
「き、きかせてくれ……! ボクは、いったい、どうやってここまできたんだ?」
「んー……じゃあ、たべながらね。ゆっくり、のーんびり、おしえてあげるよ。じかんは、たっぷりあるからさ」
「…………」
キャッキャとはしゃぐペンギンさんのせなかを、カメさんは、おいかけていきました。
そのいっぽうしろから、ほとんどおなじはやさで、タカくんも、おいかけていきました――。
タカくんは、カメさんと、ペンギンさんたちから、はなしをききました。
”うみ”のなかで、タカくんがきをうしなってからのはなしです。
まず、シャチさんたちからタカくんをたすけだしたのは、ペンギンさんたちでした。
たまたまちかくをおよいでいたら、タカくんがシャチさんたちに、いまにもたべられそうになっているところにであい、いそいでたすけにむかった……ということらしいのです。
シャチさんたちからは、うまくにげられたものの……しかしこんどは、タカくんが、じゅうぶんにいきをすうことができていない、というもんだいがありました。
タカくんのからだを”うみ”のひょうめんにうかせて、そのしたから、タカくんのからだを、ペンギンさんたちみんなでささえる……ということをしていたそうですが、ずっとそのままでは、みんながつかれておよげなくなってしまいました。
どうしようかと、ペンギンさんたちみんなでかんがえていたところ、これまたたまたま、カメさんがちかくをおよいでいたおかげで、そのおおきなせなかにのせてもらえることになり、タカくんは……ギリギリおぼれるまえに、ようやくいきをすうことができた、というわけでした。
カメさんは、せなかでぐったりとねているタカくんをつれて、ちかくでひとやすみできる”りく”をさがし……。
そのあいだに、ペンギンさんたちは、さっきみんなでたべたこざかなたちを、ごはんとしてとってきてくれたのです。
ずっと、おなかがすいていたことにきづかなかったタカくんが、そのこざかなたちでおなかをいっぱいにしたとき、ちょうどはなしはおわりました。
こんどは、タカくんのばんでした。
「ねぇねぇ。きいてもいいかな? どうして、いつも”そら”をすいーっとおよいでいるキミが、あんなところにいたんだい?」
「おぉ。そりゃあ、ワシもきになりますなぁ」
ペンギンさんが、きょうみしんしんにたずねると、カメさんもうなずいて、くびをなが~くのばして、おなじようにたずねました。
タカくんは、ハッ! と、かおをあげました。
「そ、そうなんだよ……! きいてくれ! じつは、それもこれも……すべては、かてるってわかってるのに、ちょうしにのって、サメくんとの”しょうぶ”をうけたことが、いけなかったんだ……!」
「「サメくんとの”しょうぶ”……?」」
ペンギンさんとカメさんは、おたがいに、かおをみあわせると、くびをかしげました。
タカくんは、いちからじゅうまで、ぜんぶはなしました。
――きのうのまえのひ、サメくんとであって、どっちがせかいでいちばんつよいか、エサとりの”しょうぶ”をすることになったこと。
――きのう、”しょうぶ”のかちまけがきまらず、もういちど、やりかたをかえて、エサとりの”しょうぶ”をすることにしたこと。
――そしてきょう、エサとりをしていたとちゅうで、かみなりにうたれてしまい、”うみ”のなかにおちたこと。
ウソいつわりなく、タカくんは、はなしました。
さいごに、「ほんとうは、サメくんになんか、よゆうでかっていたんだ……。なのに、なのに……こんなことになってしまって、ざんねんでならないよ」と、つけくわえました。
さいしょからさいごまで、タカくんのはなしをじっくりときいていた、ペンギンさんとカメさんは、もういちど、かおをみあわせると……………………ドゥワッハッハッハッハッハッハッ!!
まんまるのおなかをかかえて、おおきなこえで、わらいました。
そのわらいごえに、ギョッとするタカくんでしたが、じょじょに、ムカムカと、いかりがこみあげてきます……。
「な、なにがおかしいんだよ……!!」
まゆをまげて、ムッとしておこるタカくんに、まだすこしわらいながらも、カメさんはいいました。
「そりゃあ、キミはサメくんに、どうやったって、かてっこないですよ。だって――”うみ”は”りく”よりも、もっとずーっと、ひろいのですから」
「…………………………………………へ?」
カメさんのことばに、めをまるくして、きょとんとするタカくんでしたが……カメさんのとなりにいるペンギンさんは、うんうんと、うなずいています。
タカくんは、ブルブルとくびをよこにふると、すぐに、いいかえしました。
「そ、そんなバカな……そんなバカなはなしが、あるもんか!! そんなのデタラメにきまってる! インチキだ! キミたちは、サメくんといっしょで、”うみ”のなかまだから、そういってるだけにちがいない……! そうだろ……!」
タカくんが、はやくちでそういうと、それをきいたふたりは、また、くびをかしげました。
しかし、こんどのそれは、『わからない』といういみよりも、『ふしぎ』といういみのつよいものでした。
「タカくん……キミは、”そら”をとべるのに、そのことをしらないんだね。ボク、ちょっとおどろいちゃったよ」
「……!」
そういったのは、ペンギンさんでした。
タカくんは……また……なにもいえなくなってしまいました。
”りく”は、ポカポカと、あたたかいひかりにつつまれていました……。
ザザーン、ザザーンと、こっちへきては、あっちへいく……きまぐれななみのおとが、タカくんのみみのなかにヒュッとはいっては、ピュイーっと、ぬけていきました。
…………タカくんは、だまったままでした。
「ゴホン!」
しばらくして……しずかになったくうきのなか、せきばらいをしたのは、カメさんでした。
さんにんのあいだを、フッとかるいかぜがとおりすぎて、いくつぶかのすなを、さらっていきました。
「あー……うん。タカくんタカくん……」
カメさんは、タカくんに、こえをかけました。
なにもいいませんでしたが、タカくんは、かおだけを、カメさんのほうにむけました。
カメさんは……”うみ”のほうへてをむけて、こういいました。
「どうですかな? よろしければ、いちにちだけ、ワシにつきあってみませんか?」
「…………………………………………へ?」
くびをかしげるのも、こんどは、タカくんのばんでした。