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※タカくん視点の話です。
つぎのひ。
タカくんは、きのうとおなじように、まっさおにかがやく”うみ”のうえを、すいーっと、とんでいました。
”かわ”とはちがって、ひとやすみする”りく”も”しま”もないそこは、「つかれて、まっさかさまにおちちゃったら、どうしよう」と、タカくんのような”とり”のなかまであれば、ブルルとふるえそうなものですが……タカくんは、そうはなりませんでした。
なぜなら、タカくんは、”うみ”でエサをさがすことが、はじめてではないからです。
タカくんに、おおきなじしんがあったのは、そういうわけでした。
「そうさ。ボクは、いつもとおんなじようにすれば、いいだけなのさ。……クックック。わるいね、サメくん。おそらくサメくんは、ボクが”うみ”をしらないものだとおもってるけど、それは、おおまちがいなのさ。それに、もしもサメくんが”うみ”でいっちばんつよいのなら、サメくんよりもつよいボクには、なーんのしんぱいもないことだし……。クックックック。あーあ、”うみ”をおよぐことなんて、”そら”をとぶことよりも、かんたんなことなのかもなぁ」
フフンと、タカくんはとくいになって、はなをならします。
そして、クックックと、またわらいます。
きのうのおひるどきから、じぶんがかつようすを、なんどもおもいうかべては、こうしてわらっていたのです。
おひさまは、きょうも、くものせなかからかおをだして、ピッカピカにひかっていました。
”うみ”のみずは、それをうけて、キラキラとかがやいています。
ときどき、ザブーン! ザバーン! と、おおきななみ、ちいさななみが、あっちへいったりこっちへいったりして、ひかりのつぶをそらへとばしました。
”うみ”にすんでいる、なんにんかの”どうぶつ”が、そらにおなかをむけて、プカーと、うかんでいます。
ひなたぼっこでも、しているのでしょうか。
とても、とても……”うみ”はしずかで、おだやかでした。
「お!」
と、タカくんが”うみ”のうえをとんでから、まもなくしてのことでした。
まっさおな”うみ”のどまんなかで、それこそぷか~とうかんでいる、しろくてまあるい、フワフワしたものをみつけました。
しかも、ひとつではありません。
あっちこっちに、たーくさん、フワっ、フワっと、うかんでいました。
それらは、フワっ、フワっと、ふうせんがはねるようなうごきで、おたがいにからだをよせると、ひとつのかたまりになりました。
そのすがたは、まっしろな”そら”のくもが、まっさおな”うみ”に、うつりこんでしまったかのようです。
「”どうぶつ”……かずもおおい。よしよし、この”しょうぶ”、おもっていたより、はやくおわりそうだぞ」
タカくんには、それがなんなのか、わかりませんでしたが、じぶんたちのちからでういているそれらは、たしかに”どうぶつ”でした。
――おひさまのひかりが、くものせなかからかおをだして、それらをてらてらと、かがやかせました。
タカくんは、つばさをおりたたんで、いっぽんのやりのようになり……つぎのしゅんかん、ビュン!! と、”した”にあるそれらへむかって、いっちょくせんに、とんでいきました。
グングンと、グングンと、あっというまに、たどりついてしまいそうです。
フワフワとういている、しろくてまあるいそれのせなかに、タカくんのするどいくちばしが、つきささってしまいそうです。
「よし! つかまえた!」
キラリと、タカくんのくちばしが、ひかりました――。
と……ビリビリビリビリビリビリビリビリ!!
そのとき、タカくんのからだがブルルルルっと、ものすごいいきおいでふるえたかとおもうと、タカくんは、ピクリともうごけなくなってしまいます。
タカくんは、おもいました……これは「カミナリ」だ! と。
というのも、むかし、タカくんがなかまといっしょに、こうして”うみ”のうえをおよいでいたときに、なかまのひとりが、くもからおちてきた「カミナリ」というものにあたったのをみたことがあり、そのときのようすと、いまのじぶんのようすが、そっくりだったからです。
からだのじゆうをうしない、じまんのつばさをうまくうごかせないタカくんは、ヒュルルルル……ドボン! と、”うみ”のなかにおちてしまいました。
タカくんのまわりでは、しろくてまあるいフワフワしたものたちが、かわらずに、ぷか~とうかんでいます。
(く、くるしい……! いきが、できない……! なんで……!? どうして……!? ボクは……ボクはっ! このせかいの”おうさま”なのに……! いちばんつよいはずなのに……! どうして……どうして……っ!!)
いったいなにがおこっているのか、わけがわからないタカくんでしたが、それよりも、『いきができない』というはじめてのかんかくは、これまでのどんなくるしみよりも、くるしいものでした。
そこからにげだすように、タカくんは、つばさやあし……くちばしなど、からだのぜんぶをつかって、ジタバタとあばれ、もがきました。
けれど、いつまでたっても、どこかへいった”およぐ”かんかくが、もどってきません。
そして、タカくんは、そのときになってはじめて、”うみ”のなかをみました。
いつもは、”うみ”のうえを、すいーっととおるだけだったため、しらなかったのです。
”うみ”は、あかるくて、ポカポカしていて、キラキラとまっさおにかがやくもの……ではありませんでした。
くらくて……つめたくて…………だれもいない、おわりのみえない、”まっくろ”でした。
それが、タカくんのからだをブルルっと、さらにふるわせました。
(な、なんとか……! なんとか、”そら”へもどらないと……!)
タカくんは、もう”うみ”のなかをみようとはしませんでした。
ジタバタジタバタと、さらにあばれました。
でも、そうすればするほど、どうしてか、ひかりさす”そら”のせかいは、タカくんからはなれていきます――。
タカくんは、”そら”のせかいで、いきをしなければならないのに……。
どんどんと、どんどんと、とおざかっていきます――――。
そのときでした。
「おいおい。ありゃあ、タカのやろうじゃねぇか?」
タカくんは、ふと、こえをひろいました。
”うみ”のみずがはいって、ぼや~っとうまくききとれないタカくんのみみでしたが、たしかにこえをききました。
タカくんが、あたりをみまわすと、そこには……たくさんの『シャチさん』たちがいました。
おおきくて……サメくんよりも、たぶんおおきくて、ゴツゴツしていて、”うみ”のそこにもまけない、まっくろなからだをもっていました。
すいーっ、すいーっと、タカくんのまわりをとりかこむようにうごくシャチさんたちは、それから、グルグルグルグルおよいでは、ふしぎそうに、タカくんをみつめていました。
それをみて、タカくんは……よかった! と、あんしんしました。
(た、たすけてくれ……! うまく……つばさをうごかせなくて……そ、それに、いきもっ、できないんだ……!)
そうです。
タカくんは、シャチさんたちに、たすけをもとめたのです。
ジタバタジタバタと、タカくんはもういちど、からだのぜんぶをつかって、あばれました。
いきがくるしいなかで、タカくんは、シャチさんたちによびかけ、「いま”うみ”のなかにおちてしまってたいへんなんだ!」ということを、いっしょうけんめいつたえようとしました。
……ところが。
シャチさんたちは、いつまでたっても、タカくんにちかづいたり、たすけたりしようとはしません。
それどころか、シャチさんたちは、おたがいにかおをみあわせ、ニヤニヤとわらっていました。
(ど、どうして……どうして、たすけてくれないんだよ……!!)
シャチさんたちの、その、タカくんをバカにしてわらっているようなつめたいようすに、タカくんは、とうとうおこりました。
すると、シャチさんのひとりである……そのなかでは、いちばんからだのおおきいシャチさんが、カッカッカッカッ!! と、おおきなこえでわらい、こういいました。
「おいおい、じょうだんはやめてくれよ。……だれが、だれをたすけるって? ん? まったく、いいきになってほしくないものだな、タカのくせに。こっちは、おまえにエサをとるばしょをよこどりされて、それはそれは、はらがたってるってものさ。しかたがないから、サメのやろうのエサばをよこどりしたわけだが……もとはといえば、ぜんぶおまえのせいだ。おまえが、わるいんだからな。たすけるだなんて……ハッ、まっぴらごめんだね。というか――」
じゅるりと、そのシャチさんは、したなめずりをしました。
くちのはしっこから、ドバドバとよだれがでてきては、”うみ”のなかで、たくさんのしろいつぶつぶになってうきました。
まわりにいた、ほかのシャチさんたちも……じゅるりと、おなじようなおとをたてています。
「そうさ……オレたちは、みーんなハラペコなのさ。カッカッカ、だから、ちょうどよかったよ。――おまえが、こんばんのごちそうになってくれるんだからな!!」
と、いいおえたつぎのしゅんかん、シャチさんたちはいっせいに、タカくんへととびかかっていきました。
(あぁ……クソっ。どうして、こんな、ことに……。もう…………ダメ、だ……………………)
『いきができない』くるしさと、まっくろでつめたくてギザギザな”うみ”のきょうふとで……タカくんは、ついに、きをうしなってしまいました。